AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 17 2023, Vol.379

単一配列からの高速構造化 (Speedy structures from single sequences)

タンパク質構造予測のための機械学習法は、多重配列アラインメント(揃え)に存在する進化的な情報を利用して正確な構造情報を導き出してきたが、単一のアミノ酸配列から構造を正確に予測することははるかに難しい。Linたちは、実験的な構造や高品質な予測構造に関する150億個に上るパラメータを使って、transformerを用いたタンパク質言語モデルを学習させた。そして、学習の規模が拡大するにつれて、原子レベルの構造に関する情報がこのモデルに出現することを見出した。彼らは、アラインメントに基づく方法とほぼ同等の正確さを持ち、大幅に高速化した、アミノ酸配列から構造への予測器であるESMFoldを作製した。この高速化により、6億個以上のメタゲノムタンパク質を含むデータベース「ESM Metagenomic Atlas」を生成することができた。(Wt,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 多重配列アラインメント:複数の遺伝子やタンパク質の配列を比較した時に見られる同一あるいは同等の塩基配列やアミノ酸配列。多くの多重配列アラインメントがあれば比較している対照群は進化的に近い。多重配列アラインメントはタンパク質ファミリーの保存残基を探したり、二次構造や三次構造の予測にも用いられる。
  • タンパク質言語モデル:タンパク質のアミノ酸配列に対して自然言語処理における言語モデルを適用したもの。本論文のESMFoldでは、Transformerという自然言語の深層学習モデルが用いられている。
Science, ade2574, this issue p. 1123

層状材料の変更手段 (Editing tools for layered materials)

MXene材料として広く知られている層状金属の炭化物および窒化物は、主にMn+1AXn(MAX)三元層状化合物からA成分をエッチングすることによって得られる。Dingたちは、間隙の開放と原子種の置き換えを可能にする一連のトポタクティック変換を通じて、MAX相を化学的に変化させる方法を開発した。これはMAX材料群の幅を広げて常識外れの元素を含有することを可能にし、同様にこれらを用いてさらなるMXene材料を作製できる。(Sk)

【訳注】
  • トポタクティック変換:物質の基本骨格を保ったまま、一部の元素を出入りさせる変換。
Science, add5901, this issue p. 1130

アポトーシス阻害剤を阻害する (Inhibiting inhibitors of apoptosis)

ユビキチンリガーゼBIRC6はアポトーシス阻害剤(IAP)である。正常な状態では、これはアポトーシス性タンパク質分解酵素と結合して、分解用のこれらの酵素タンパク質を標的とするので、結果として細胞死を防ぐ。この機構は細胞に盗用されることがあり、結果としてしばしばIAPを増強する。Hunkelerたち、Dietzたち、およびEhrmannたちは、互いに補いあうBIRC6複合体の構造を提供しており、それらは、この鍵となるタンパク質がアポトーシス制御を仲介する分子的機構を説明している(MaceおよびDayによる展望記事参照)。BIRC6は二量体で馬蹄形の構造をもち、標的タンパク質分解酵素を結合可能にする空洞が中心にある。アポトーシス促進性タンパク質であるSMACは、複数の相互作用によってタンパク質分解酵素と同じBIRC6の内部の部位と極めて強く結合して、BIRC6が基質と結合する能力を本質的に不可逆的に阻害する。これら3つの研究における構造とこれを裏付けする生化学的研究は、このアポトーシスと自己貪食の重要な門番役の機能についての豊富な洞察を提供する。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • アポトーシス:遺伝子によってあらかじめ決められたプログラムに従ってもたらされる細胞死。
Science, ade5750, ade8840, ade8873, this issue pp. 1105, 1112, 1117; see also adg9605, p. 1093

全ては涙の中に (It’s all in the tears)

全ての細胞は細胞外小胞(EV)を放出するが、それらは、体液に乗って循環しその中身をさまざまな細胞目標に送達することにより、細胞間通信体として作用する。それらの構成はその親細胞の細胞状態を反映しており、そのためそれらは、極めて重要な診断材料や治療材料となる。涙は涙腺により分泌され、循環血液からろ過された豊富な生体分子を含んでいる。そのため、涙のEVは全ての体器官からの情報を運んでおり、病気の診断にとって豊かな情報源となる。Huたちは詳細なプロテオミクス解析を用いて、37の組織と79の細胞型に由来するEVタンパク質群を同定した。この研究は、涙の中の豊富な情報を活用するための重要な資産となる。(MY,kh)

【訳注】
  • プロテオミクス解析:生体内の細胞や組織における、タンパク質の構造・機能を総合的に解析する研究手法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.adg1137 (2023).

C–C結合形成への強力な手法 (Powerful approach to C–C bond formation)

アルドール反応は、生体有機合成および実験室有機合成の双方において、炭素–炭素(C–C)結合を作る有力な手法である。Rahmanたちは、触媒による脱炭酸アルドール反応について報告していて、そこでは、キラル配位子の小さな変化が、広範な基質を持った生じうる異性体(4つが可能)のそれぞれに対する選択的な利用を可能にする。副産物として二酸化炭素だけを生成する大規模反応による実証は、この方法が実用的であることを強調している。得られた生成物は、さまざまな有益でキラルな分子構成要素へと容易に変換された。(MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.adg8776 (2023).

警告表示 (Warning signs)

捕食者に有毒な獲物であると警告するために鮮やかな色彩を使うこと、すなわち警告色は、進化の難題を提示している。鮮やかな色の生物は、隠れ上手の同類より捕食されやすいのに、どのようにして長く存続し続けて、捕食者に警告を発するまでに至るのだろうか? Loeffler-Henryたちは、知られている警告色を持つ両生類の大規模な系統樹を用いて、このような表示がどのように進化したのかを評価した。一連のモデルを比較した結果、彼らは、警告色が、生物が逃げている時や隠蔽された特徴を意図的に表示している時にのみ彩色が見えるという中間段階を経て現れる可能性が高いと断定した。この研究は、そのような形質の代償が、中間段階の表現型によってどのように回避されるのかを示している。(Uc,MY,kh)

Science, ade5156, this issue p. 1136

ある段階を通過する (Going through a phase)

腸内細菌叢はヒトの健康にとって重要である。有益細菌がどのようにして腸に住み着くかを理解することは、腸の健康を促進する医療行為を可能にする。Krypotouたちは、腸内の共生細菌の適応度を高める機構を発見した。バクテロイデス・テタイオタオミクロン(Bacteroides thetaiotaomicron)は、膜なし区画内に転写因子を隔離することによって、栄養制限と哺乳動物の腸環境に応答した。この分子凝縮は転写因子の活性を増し数百の遺伝子の転写を変更したが、それは腸の適応性促進にかかわるものを含む。このように共生細菌は、タンパク質凝縮を利用して哺乳動物宿主に住み着くことができる。(Sh,kh)

【訳注】
  • バクテロイデス・テタイオタオミクロン:腸内細菌叢を構成する主なグループの1つであるバクテロイデス属の細菌で、リウマチなどの自己免疫疾患やアレルギー、ガンなどの疾患に関わる転写因子の活性化を抑制することで知られている。
Science, abn7229, this issue p. 1149

増加しつつある早発性結腸直腸ガン (Increasing early-onset colorectal cancer)

結腸直腸ガン(CRC)は、高齢者によく見られるガンの種類であるが、これが50歳未満、特に30歳未満の人々で増えつつある。早発性CRCの臨床的特徴は、遅発性CRCの臨床的特徴とは異なり、明確に異なる病態生理があることが示唆されている。展望記事において、GiannakisとNgは、早発性と遅発性のCRCの違いについて論じ、何がこれらの違いおよび欧米型の食生活をしている高所得国で特に顕著である発生率の上昇を推進していそうかに光を当てている。著者たちは、早発性CRCの腫瘍形成の積極的な調査と、早期発見を進歩させるための新たな生物標識を明らかにすることにもなるかもしれない、要因を特定するための前向き研究の必要性を強調している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 病態生理:人が病気になった時の、調節機能が破綻した身体機能の状態と、破綻をきたすに至る生理的な経過と機構のこと。
  • 前向き研究:疾患の起こる可能性がある要因にさらされるかどうかに注目して群分けし、研究を開始してから将来にわたって追跡を続け、疾病の発生状況を比較する研究方法。
Science, ade7114, this issue p. 1088

光センシングと光イメージングを向上させる (Enhancing optical sensing and imaging)

光センシング及び光イメージングは、符号化/復号化の行為であると見なされ、そこでは符号器は、光信号またはその特性(例えば強度、偏光、スペクトル成分)を取得し、その信号を利用可能な情報に変換する機器または素子となる。復号器は、符号化された情報を取得し、利用者にとって有益なものに変換するソフトウエアである。Yuanたちは、微細化、再構成能、多機能性に向かう機器動向を反映した光センシングと光イメージングの方法を概説している。それと同時に、機械学習アルゴリズムの進歩が画像処理能力を大いに向上させてきた。両分野の進歩は情報理論の今後の進歩と共に、多くのセンシング応用にわたる強力な技術基盤を提供する。(NK,MY,kj,kh)

Science, ade1220, this issue p. 1103

ネオアンチゲンを取り押さえる (Nabbing a neoantigen)

自己免疫は、免疫寛容をやぶるネオアンチゲンによって引き起こされることがある。Zhaiたちは、自己免疫疾患である強直性脊椎炎患者におけるタンパク質の翻訳後修飾の様式を解析した(Santambrogioによる展望記事参照)。彼らは、インテグリンαIIbのシステイン残基が、腸内微生物の代謝産物3-ヒドロキシプロピオン酸 (3-HPA) を必要とするプロセスでカルボキシエチル化され、病原性ネオアンチゲンをもたらすことを見出した。そのように修飾したタンパク質または3-HPAのいずれかを用いてのHLA-DR4マウスへの処置は、自己抗体の生成と自己免疫性の病状をもたらした。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ネオアンチゲン:ガン細胞の遺伝子変異に由来して新たに形成された抗原。
  • インテグリン:細胞膜に存在し、細胞内にある細胞骨格と細胞外にある細胞外基質をつなぐタンパク質。
Science, abg2482, this issue p. 1104

TDP-43プロテオパチーからの救出 (Rescue from TDP-43 proteinopathies)

悪影響を受けたニューロンの核からのRNA結合タンパク質TDP-43の喪失は、筋萎縮性側索硬化症および前頭側頭型認知症を含むTDP-43プロテオパチーにおける神経変性の特徴である。TDP-43の減少によって最も影響を受けるRNAであるSTMN2は、スタスミン-2(損傷後の軸索再生に必要なタンパク質)をコードしている。Baughnたちは、TDP-43が、STMN2のpre-mRNAにおける隠れたスプライス部位の認識を立体的に妨げていることを見出した(O'BrienとMizielinskaによる展望記事参照)。CRISPRエフェクターdCasRxまたはアンチセンス・オリゴヌクレオチドは、STMN2のpre-mRNAにおける隠れたスプライシングを阻止することができた。この方法は、TDP-43の欠損したヒト運動ニューロンおよびヒトSTMN2の隠れたスプライス/ポリアデニル化配列を含むように編集されたマウス遺伝子において、スタスミン-2の発現レベルを回復することができた。(KU,kh)

【訳注】
  • プロテオパチー(proteopathy): 特定のタンパク質が構造的に異常になり、体の細胞、組織、臓器の機能を破壊する疾患。
  • 隠れたスプライス部位(cryptic splice site):スプライス部位と誤認するほど塩基配列が似ている部位。
  • CRISPRエフェクター:CRISPR系における標的DNA切断酵素であるCas(CRISPR-associated)タンパク質のこと。
Science, abq5622, this issue p. 1140; see also adg8501, p. 1090