AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 10 2023, Vol.379

同じ斑点、異なるしろもの (Same spots, different lots)

収斂進化は、異なる進化の軌跡を有するにもかかわらず同じ表現型を示す2つの種によって例示される。Van Belleghemたちは、地理的に重複し、ほぼ同一の羽の模様を示す2組の蝶種を調査し、遺伝子の発現と調節に関する進化的保存状態を評価した。4つの亜種すべてにおいて多くの同じ遺伝子が羽の模様形成に関わっているが、著者たちは、いくつかの発生時点にわたってオープン・クロマチンが示す基本的調節領域が、多くの場合共有されていないことを見出した。彼らはまた、単一の系統における新たな転写促進因子を特定し、CRISPRによる遺伝子編集を通じてその機能を実証した。(Sk)

【訳注】
  • オープン・クロマチン領域:クロマチン(染色質)のうち、ヌクレオソーム(DNAがヒストンたんぱく質に巻き付いたもの)構造をとっていない領域であり、DNAへのアクセスが容易になっている。
Science, ade0004, this issue p. 1043

細胞間相互作用を詳細に調べる (Dissecting cell-cell interactions)

細胞間相互作用を体系的に決定することは、特に脳においては技術的大課題である。Wheelerたちは、細胞間コミュニケーションの機構を明らかにするためのマイクロ流体技術基盤を開発した。SPEAC-seq(カプセル化された関連する細胞の体系的な摂動とそれに続く配列決定)は、液滴中で共培養された細胞のペアの選別を可能にした。アストロサイトとミクログリアのペアの研究から、SPEAC-seqはミクログリア由来のアンフィレグリンをアストロサイトの核因子kB活性化の負の調節因子として同定した。多発性硬化症の患者と動物モデルにおいて、アストロサイト由来のインターロイキン-33がミクログリアの受容体を活性化し、アンフィレグリンの発現を誘発し、疾患を促進するアストロサイトの応答を抑制した。SPEAC-seqは、細胞間コミュニケーションの機構を体系的に調査するための強力な手段を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • アンフィレグリン:細胞の表面にある上皮成長因子受容体(EGFR)に結合し、線維芽細胞や上皮細胞などの増殖に関係するタンパク質(サイトカイン)。
Science, abq4822, this issue p. 1023

進化の場 (Evolutionary arenas)

島には独特の生態的条件が含まれていることが多く、それが矮性のマンモスや巨大なネズミのような異常な進化の軌跡を引き起こすことがよくある。Rozziたちは、島の現存種と絶滅種を横断的に調査して、これらの進化上の「変わり種」がより多くの脅威にさらされているかどうかを決定し、その結果、矮小種と巨大種の両方がより絶滅の危険にさらされていることを見出した。さらに、遠い過去においても現在においても共に人類の到来で、これらの種の絶滅が加速していた。少なくとも人類が海を渡る能力を獲得するまでは、島が持つ生態的条件はこれらの珍しい種を生み出し、保護してきたのである。(ST,kj)

Science, add8606, this issue p. 1054

高温から近極低温までの衝突 (From hot to near-ultracold collisions)

数十年にわたる研究にも関わらず、分子衝突ダイナミクスを正確に研究する能力は分子物理学における主要な課題の1つであり、特に低衝突エネルギーでは特定の分子種だけにしか達成できていない。Tangたちは、シュタルク減速(Stark deceleration)、六極子による状態選別(hexapole state selection)、融合ビーム散乱(merged beam scattering)および量子力学計算が加わった速度マップ・イメージング(velocity map imaging)による手法を用いて、0.1cm-1から580cm-1までのほぼ4桁にわたる衝突エネルギーで、2つの極性分子、NOとND3間の非弾性散乱を詳細に調べた。著者たちは、全ての量子状態の分解能を実現し、この範囲にわたって全く異なる機構間の遷移を観測した。提示された手法の組み合わせは、この分野における新しい基準を設定するものであり、そして、さまざまな双極子-双極子系に適応できるかもしれない。(NK,MY,kj)

Science, adf9836, this issue p. 1031

C-Hを切る電気コバルト鋏 (An electric cobalt C–H clipper)

電気化学的酸化は、複雑な分子の合成において、炭素–水素(C–H)結合の修飾に対する環境負荷の少ない手段である。しかし、2つの鏡像生成物のうちの1つだけを選択するには、通常、可溶性の共触媒を必要とし、ほとんどが貴金属である。von Münchowたちは、より豊富に存在するコバルトもまた、アリール環C–Hの電気化学的酸化に対する有望な共触媒であると報告している。彼らは、キラルな炭素中心やリン中心を持つだけでなく、分子軸方向がキラルな多環化合物を持つ、さまざまな生成物を作る方法を紹介している。(MY,nk)

Science, adg2866, this issue p. 1036

明らかにされた光学特性 (Optical properties revealed)

グラフェン・ナノリボン (GNR) は、通常、銀や金のような金属表面上で成長させられる。金属基板の存在が、GNRの光学特性の研究を困難にしている。この問題を回避するために、Jiangたちは、金の表面にアームチェア端GNRを成長させ、走査型トンネル顕微鏡の探針先端を用いて、それらを隣接する絶縁表面に移した。その後、研究者たちはこのGNRに蛍光を誘導し、位相幾何学的端部状態の特徴と豊富な振電スペクトルを明らかにした。(Sk,kj)

【訳注】
  • アームチェア端:グラフェンシートの六角形格子構造の切り出し方向によって決まる2種類の端部形状のうちの一つで、その形状が肘掛け椅子のように見えるためこのように呼ばれる。もう一方はジグザグ端と呼ばれる。
  • 振電スペクトル:分子の電子エネルギー準位と振動エネルギー準位が光子の吸収や放出に起因して同時に変化する場合のスペクトル。
Science, abq6948, this issue p. 1049

動物由来感染症のウイルスを同定する (Identifying zoonotic viruses)

COVID-19の世界大流行は、感染してヒトに広がりうるかもしれない動物ウイルス調査の必要性を浮き彫りにした。WarrenとSawyerは展望記事で、未知のウイルス疾患を究明するためには、可能性のある人畜共通ウイルスに対する検査が必要で、それは次の世界大流行を防ぐためのより速やかな対応を可能にするだろうと提言している。しかし、その研究対象にはどのようなウイルスを含めるべきなのだろうか? 著者たちは、ヒトに感染して細胞内で複製し、自然免疫と適応免疫の応答を回避するウイルスの能力など、人畜共通ウイルスの重要な特徴について論じており、それは、人類に対する世界大流行の脅威をもたらしうるウイルスに研究者たちが集中するのを可能にするはずである。この取り組みは、ヒト間でのウイルスの広がりを軽減するための対応と、保健衛生機関への情報提供するための対応を、改善できるかもしれない。(MY,nk)

Science, ade6985, this issue p. 982

脳のシナプス間の地図 (A synapse-by-synapse map of a brain)

技術的制約のため、電子顕微鏡で脳全体を画像化し、そのようなデータ群から回路を再構築することは困難であった。完全なシナプス解像度のコネクトームは、これまで最大数百の脳ニューロンを持つ3つの生物についてしか図化されていなかった。Windingたちは、ショウジョウバエ幼虫の脳の三次元電子顕微鏡法に基づく再構成について記述している。ショウジョウバエ幼虫の脳は、1桁多くのニューロンを、さらにより大規模なより多くのシナプスを、そして複雑な脳組織を持っている。この昆虫の脳のコネクトームは永続的な研究資源であり、多数の理論的および実験的な追跡研究のための基礎を提供するだろう。(KU,MY)

【訳注】
  • コネクトーム(connectome):生物の神経系内各要素(ニューロン、ニューロン群、領野など)の間の詳細な接続状態を表した地図。
Science, add9330, this issue p. 995

生理的制御を探る (Probing physiological control)

代謝状態がどのように細胞プロセスに影響するかを理解するには、代謝産物とタンパク質との低親和性の相互作用を系統的に解析することが必要である。Hicksたちは、MIDAS(mass spectrometry integrated with equilibrium dialysis for the discovery of allostery systematically:アロステリック効果の体系的発掘のための平衡透析統合質量分析)と呼ばれる方法について記載し、これによって、ヒト糖代謝の33の酵素と400以上の代謝産物について、このような相互作用を探索することが可能になった。著者たちは、ATPと長鎖アシル補酵素Aによる乳酸脱水素酵素の制御を含む多くの既知の相互作用、および多くの新しい相互作用を検出した。これは、さまざまな組織における脂肪と糖の代謝との間の既知の生理的関係を説明するのに役立つかもしれない。(hE,kj)

Science, abm3452, this issue p. 996

モーター・タンパク質上に照準を合わせる (Zeroing in on motor proteins)

超解像顕微鏡技術MINFLUXは、最小数の光子を用いての発蛍光団の位置特定を可能にする。今回2つの研究が、MINFLUXの進展と実施を拡大させて、モーター・タンパク質の動態を追跡している(FeiとZhouによる展望記事参照)。WolffたちはMINFLUXの精度を改良し、わずか数十個の光子を用いて、ナノメートル精度で単一の発蛍光団を追跡できるようにした。彼らは微小管上のキネシン-1の動きを追跡し、彼らの解析でキネシンが歩んでいる間に、個々の4nmのサブステップとキネシンの回転を見ることができた。DeguchiたちはMINFLUXにmotor-PAINTと呼ばれる標識化と追跡の手法を適用し、生きていて固定された細胞の微小管上のモーター・タンパク質の歩みを二次元と三次元の両方で観察した。(Sh,MY)

【訳注】
  • MINFLUX(minimal photon flux):円環状焦点の励起光を用い、発蛍光団上を走査して蛍光強度を測定し、発蛍光団中心位置をナノメートルの解像力で観察する観察技術。
  • サブステップ:細胞中に見られる直径約25nmの管状構造である微小管上を、キネシンは一歩8nmで人が歩くように交互に踏みだして運動するが、この一歩がさらに連続する4nmの2つのサブステップから構成されることが知られている。
Science, ade2650, ade2676, this issue p. 1004, p. 1010; see also adg8451, p. 986

ダンスを学ぶ (Learning to dance)

ミツバチの尻振りダンスは、採集役の働き蜂から巣の仲間に資源の位置に関する情報を伝える行動として、長い間認識されてきた。Dongたちは、この複雑なダンスが、若いハチが経験豊富なハチを観察することである程度学習されることを示した(ChittkaとRossiによる展望記事参照)。特に、年上のハチのダンスに触れていないハチは、「家庭教師」がいるハチに比べて、角度や距離の誤差が大きくなった。経験によって角度と方向の正確さは増したが、家庭教師のいないハチは正確な距離の符号化を再現することができなかった。このように、鳥類や人間などの社会的学習種と同様に、ミツバチは経験を積んだ同種の他者を観察することで利益を得ている。(Uc,nk,kj)

Science, ade1702, this issue p. 1015; see also adg6020, p. 985

マイナスになる (Going negative)

私たちの物理的な直感は、温度は正であると示している。これは、エネルギーを加えるとエントロピーが増大する、という束縛のない系では真実である。すなわち、「より熱い」系はより無秩序である。しかし、束縛された系では、物理的な姿は直観とは逆行し、負の温度が存在する。この場合、エネルギーを加えることで、高エネルギー状態が優先的に占有され、系が秩序化される。Marques Munizたちは、負の温度領域における熱力学過程の研究に利用できるフォトニック研究基盤を構築した(CarrとParigiによる展望記事参照)。(Wt,nk,kj,kh)

Science, ade6523, this issue p. 1019; see also adg7317, p. 984