AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 3 2023, Vol.379

生息環境の追加が魚の追加より優れる (Adding habitat beats adding fish)

保全と管理の取り組みは、個々の種の保護に焦点を当てることが多い。それとは異なり、管理が生態系プロセスまたはより広い生息環境の回復を目標とすることがある。そのような生態系に基づく管理(ecosystem-based management)の実践は、種に焦点を当てた取り組みと比較して、費用がかかり有効性が不明なため、あまり支援されていない。Radingerたちは、一般的な取り組みである魚種の放流に対して、浅水域を設置して枯れた樹木を追加するという、生息環境に基づく2つの介入措置の効果を試験した。著者たちは、それら実験した20の湖のどれも、魚の放流は効果が無い一方、浅水域の設置の方は対象とする魚の個体数、特に幼魚の個体数を増加させることを見出した。この研究は、生態系に基づく管理が保全目標にかなう可能性を実証するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 生態系に基づく管理:地域の社会経済活動と生態系の調和を図るために、生態系の動的な機能に注目し、モニタリングと順応的管理を通じて生態系の恩恵を持続的に利用する保全管理手法。
Science, adf0895, this issue p. 946

ゆっくりとした価数のゆらぎ (Sluggish valence fluctuations)

幾つかの強相関材料で観測されている異常金属相は、通常の電荷輸送則に従わないという特徴を有している。しかし、このエキゾチック相における電荷ダイナミクスを理解することは、適切な計測子の欠如が障害となっている。Kobayashiたちはシンクロトロン放射メスバウアー分光法を用いて、重フェルミオン金属であるβ-YbAlB4の異常金属相における電荷ダイナミクスを調べた。研究者たちは、メスバウアー吸収ピークの分裂を観測した。彼らはこれを本金属材料中のイッテルビウム・イオン価数の異常に遅いゆらぎによるものと見なした。(NK,nk,kh)

【訳注】
  • メスバウアー分光法:原子核の共鳴励起現象を使って、物質中の特定元素の状態(その元素が持つ原子価、電子構造、磁性といった情報)を調べる手法。
  • *本論文に関するプレスリリース:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-03-03-1

Science, abc4787, this issue p. 908

放出緊急事態 (Emission emergency)

北方林火災による二酸化炭素放出量は、少なくとも2000年以降増加しており、2021年には最高値を更新していると、Zhengたちは報告している。北方林火災は通常、森林火災による世界の二酸化炭素放出量の約10%を生み出しているが、2021年には全体の4分の1近くを生み出した。この異常に高い総量は、北米とユーラシアで水不足が併発し、異常事態となったことに起因している。地球温暖化に伴う極度の森林火災の増加は、世界の気候変動緩和の取り組みに真の課題を突きつけている。(Uc,kh)

Science, ade0805, this issue p. 912

遺伝子改変による免疫受容体 (Engineered immune receptors)

植物の自然免疫受容体の特異性は、新規な病原体に応じて素早く変化することができない。植物が感知できる病原体の多様性を増やすために、Kourelisたちは、哺乳類抗体の特異性と多様性を活用した。著者たちは、通常は菌類病原体のエフェクター分子を感知するコメ由来の受容体を改変した。この受容体タンパク質の一部が、蛍光タンパク質を認識するラクダの抗体断片と交換された。これらのキメラ・タンパク質を発現する植物は、蛍光タンパク質が取り込まれると、免疫応答を開始する能力を持っていた。この研究は、病原体感受性作物種を素早くかつ特異的に改変して、これらの作物種に病原体抵抗性を与える道筋を前進させる。(MY,kh)

【訳注】
  • 病原体のエフェクター分子:病原体が自身の感染を助けるために産生する分子群。
  • 免疫受容体:抗原が結合して生体の免疫反応を誘発する、細胞膜上の機構。
Science, abn4116, this issue p. 934

あなたの列に入り込む (Getting in your lane)

原子から歩行者の通行に至るまで、比較的疎な運動系は、2つの異なる方向から交差することを余儀なくされた場合、列(lane)を形成する傾向がある。Bacikたちは、2つの交差する歩行者集団についての単純な規則に基づき、それらの列の角度の新たな定式化を導き出した。実験の場では、衝突を避けるには右に動くというような、単純な規則でお互いに歩くように人々に指示することで、多くの興味深い列形成の筋書きが生成された。数値シミュレーションに裏付けされて、著者たちは、系の微視的な変数に応じて、列形成がいつ発生し、それがどのようになるかを決定するための普遍的なモデルを開発した。(Sk,nk,kj,kh)

Science, add8091, this issue p. 923

血液の発生に備えたマイクロRNAの不要部除去 (Trimming microRNA for blood development)

3'-to-5'RNAエキソヌクレアーゼのUSB1の変異は、血球の産生に欠陥を伴う小児疾患を引き起こすが、この症候群の根本的な原因は不明である。Jeongたちは、USB1がマイクロRNAの3'末端から余分なアデノシンを除去し、そしてこれが除去されない場合には、血液発生に必要なマイクロRNAの(他のエキソヌクレアーゼによる)分解が促進されることを明らかにした。余分なアデノシンをマイクロRNAに付加する酵素を遮断することによっても、USB1変異が起きた状況で血球の産生が回復する。この研究は、疾患の分子基盤を明らかにし、USB1の新たな役割を特定し、患者に対する治療介入の可能性を示唆する。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エキソヌクレアーゼ:核酸を分解する酵素のうち、ポリヌクレオチドの両末端である、5’末端もしくは3’末端から(つまりポリヌクレオチドの外側から)ヌクレオチドを1個ずつ切断する酵素。
  • マイクロRNA:血液や唾液、尿などの体液に含まれ、塩基長が21から25と短い1本鎖RNA。
  • アデノシン:核酸を構成する塩基の1つであるアデニンとリボースからなるヌクレオシド。
Science, abj8379, this issue p. 901

噂であったブドウの木の起源と栽培化 (Origins and domestication of grapevines)

人間は、栽培化を通じて我々の周囲の生物を幅広く作り上げてきた。ワイン用ブドウと食用ブドウは何千年もの間、文化的に重要な役割を果たしてきたが、現品種の不均等な標本抽出のため、それらの起源は確認することが困難であった。Dongたちは、世界中の約3500の栽培ブドウと野生ブドウの品種の遺伝子データを分析した(Allabyによる展望記事参照)。彼らの分析の結果は、ブドウの生息集団の規模に及ぼす過去の地球の気候の影響を明らかにし、ワイン用ブドウと食用ブドウの同時栽培化を示唆し、果粒の色やおいしさなどの栽培化特性に関連する遺伝変異を特定している。これらの結果は、人間と環境がこの栽培化された作物をどのように作り上げたかについての理解を深める。(Sk,nk,kj,kh)

Science, add8655, this issue p. 892; see also adg6617, p. 880

地球の表面を形作る (Shaping Earth’s surface)

陸から海への堆積物の移動と蓄積は、地球の地形にどのような影響を与えてきたのだろうか? Sallesたちは、地質学的な記録からモデルとは独立に得られた観測によって検証された、地表地形の高解像度モデルからの結果を提示した。それは、過去1億年にわたる侵食と堆積によって引き起こされた景観の進化を再現している(Ehlersによる展望記事参照)。 彼らの結果は、新生代後半に観測される海洋堆積速度の短期的変化と、地球規模での風化率の一定性との間に見られる見かけの矛盾をより深く理解するのに役立つであろう。(Wt,nk,kh)

Science, add2541, this issue p. 918; see also adg5546, p. 879

クジラの声の解剖学の秘密 (Secrets of whale vocal anatomy)

ハクジラ(「歯のあるクジラ」)は、水中で反響定位を使用して餌を探すことでよく知られているが、社会的コミュニケーションに使用されるさまざまな音も生成する。これらすべての音がどのように正確に生成されるかが、Madsenたちによって生きているハクジラで特徴が明らかにされた(RavignaniとHerbstによる展望記事参照)。著者たちは、広範囲にわたる音が鼻腔を通じて生成されるが、喉頭や鳴管の音生成に類似した方法で生成されることを見出した。鼻腔の使用は、喉頭音が圧力によって妨げられるであろう深海部での複雑な音の生成を容易にする。更に彼らは、ハクジラが、情報を伝達するために、例えば我々がヒトにおいてファルセットやボーカル・フライと関係付けているのと同じような、さまざまな声区を用いていることを見出した。(KU,kh)

【訳注】
  • 鳴管(syringeal):鳥類のもつ発声器官。
  • ファルセット(イタリア語: falsetto):歌手が特に高いピッチ(音高)に対応するために作り出す声色。
  • ボーカル・フライ(vocal fry):喉を出来るだけリラックスした状態で音程を落とすことにより出る、低音の「カラカラ」という声で、丁度フライを揚げているときのような音である。
  • 声区:歌声の音質や、発声可能な音域が異なる発声法を分類したもの。
Science, adc9570, this issue p. 928; see also adg5256, p. 881

低分子用ペプチド・タグ (Peptide tags for small molecules)

創薬の初期段階では、化学者たちは、しっかりと結合するものを見つけたいと、標的タンパク質を小分子の膨大なライブラリーに照合することがよくある。小分子にそれが適合するDNAの小さな断片を記することは、他の方法ではどの分子が結合しているかを決定することが難しいであろう濃度で照合結果を解釈する便利な手段であることが証明されている。しかし、ヌクレオチド構造は、薬剤候補の作製に適用できる化学を制限する。Rosslerたちは今回、タグがオリゴヌクレオチドの代わりにペプチドから構成されている別の方法を示しており、適合性のある化学の範囲を拡大する(Haapによる展望記事参照)。(KU,nk,kh)

Science, adf1354, this issue p. 939; see also adg7484, p. 883