AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 24 2023, Vol.379

ストレスの影響 (Stress effects)

南大洋は大気中の二酸化炭素の主要な吸収源であり、これは南大洋の純一次生産によって介在される。一次生産性は、今度は光と鉄の利用可能性における季節的変化に影響される。Ryan-Keogたちは、南大洋の植物プランクトンによる放射照度一単位当たりの非光化学作用による消光量の25年にわたる記録を示し、これを利用して鉄分による制約を推定した。彼らは、1996年から2021年の間に鉄分による制約が増加し、結果として純一次生産量が減少したことを見出した。これらの結果は、気候変動への影響を持つ、南大洋炭素循環の現在進行中の重大変化の証拠である。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 純一次生産:一定期間内(通常1年間)における総一次生産(植物の光合成による炭素吸収量)から呼吸による炭素放出量を差し引いたもの。
Science, abl5237, this issue p. 834

持続する動機を脳にコード化する (Encoding lasting motivations in the brain)

交尾に成功した後、オスとメスのマウスは性行動への関心を失うが、その後数日から数週間にかけて関心が徐々に戻ってくる。このような経験-依存的変化が、神経回路でどのように表現されるかについてはほとんど知られていない。Zhouたちは、分界条床核と呼ばれる脳領域においてエストロゲン受容体2を発現するニューロンが、射精の経験をコード化していることを見出した。両性において、これらのニューロンの活性化はその後の性的活動への欲求を抑制したが、そのニューロンの不活性化はこの動機を回復させた。これらのニューロンの過剰興奮性は、オスで高度に発現するHCN (過分極活性化環状ヌクレオチド依存性) チャネルによって仲介されるイオン伝導度の変化と密接に対応していた。(KU)

【訳注】
  • 分界条床核:脳において不安,嫌悪,恐怖などの不快な情動を司る領域
Science, abl4038, this issue p. 820

主要な海洋系の変移 (A major marine shift)

白亜紀末の絶滅事象が、陸上系での生態系の変化と種の入れ替わりを推進したことは分かっているが、この事象が、海洋系をどのように変えてしまったのかについては分かっていることはより少ない。GuinotとCondamineは、板鰓類 (サメ、ガンギエイ、エイ) の化石の大規模なデータベースを調べて、白亜紀の終わりに海洋生態系に生じたかもしれない変化を分析した。彼らは、種の、特に殻を持つ獲物を餌としていた種と海底に住んでいた種の、かなりの減少を見出した。遠洋に住む種とより高緯度に住む種はより高い生存率を有し、生存率の種間での違いが、白亜紀と古第三紀の境界を越えて海洋系を形成したことを示している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abn2080, this issue p. 802

どうやって大きくなるのか (How to get big)

進化史を通じて、多くのさまざまな分類群が、非常に大きな身体に進化してきた。一般的合意は、動物は成長率の増加に基づき大きな体へと成長する、であった。しかしながら、比較系統発生の枠組みの中で多くの種にわたりこの疑問を検討してきた研究は極めて少ない。D’Emicたちは、体の大きさが多岐にわたった、非鳥翼型獣脚類恐竜の大きなデータ群を調べた。彼らは、成長率の変化が体の大きさの変化の一因であることを支持する証拠を見出したが、成長期間の変化が大きな役割を果たしていることも見出した。(MY,nk,kh)

Science, adc8714, this issue p. 811

イオン液体中でプラスチックを燃料に変える (Plastics to fuels in ionic liquids)

ポリエチレンやポリプロピレンは多くの有用な物性を有しているが、化学分解に対する耐性がそれらの廃棄物の処理を難題にする。特に、高温過熱による基礎的炭素-炭素結合の開裂は大量のエネルギーを必要とすることがある。Zhangらは、塩化アルミニウム系イオン液体媒質が100度以下の温度でポリオレフィン樹脂を液体燃料に分解促進できることを報告している。この手法では、中間体同士のアルキル化反応から放出されるエネルギーと結合切断に費やされるエネルギーとが釣り合うという。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • イオン液体:化学において、液体で存在する塩をいう。以前はイオン性液体、低融点溶融塩などとも呼ばれた。
Science, ade7485, this issue p. 807

燃え上がる (Fired up)

大規模な山火事は、煙を成層圏に運び、成層圏のエアロゾルの収支と気候に大きな影響を与える火災積乱雲を生成する可能性がある。Katichたちは、13年間の試料採取上空観測を分析して、火災積乱雲の煙の化学的および物理的組成を決定し、成層圏エアロゾルへの影響を定量化した。これらの雲は、現在下部成層圏にある黒色炭素と有機エアロゾルの25%もの原因となっており、異常火災の頻度と深刻度が高まるにつれて、将来の気候にさらに重要な影響を与える可能性がある。(Wt,nk,kj,kh)

Science, add3101, this issue p. 815

危機に瀕した種を管理する (Managing species on the brink)

我々は地球規模の絶滅の危機に直面しており、国際公約は絶滅危惧種を絶滅から守ることを約束している。しかし、最も絶滅の危機に瀕した種のいくつかは、しばしば見落とされている。それらは現在、動物園、水族館、植物園、あるいは種子バンクだけに存在し、「野生絶滅(extinct in the wild)」として分類されている。Smithたちは、野生絶滅の植物種と動物種のデータを統合して、それらの種の危険性の状態と、回復のためにどんな措置が講じられているのかを評価した。ほとんどの生息域外個体数は少なく(1000個体数以下)、それらは、おそらく遺伝的多様性の低いわずかの数の個体数がもとになった。野生での種の復元はいくつかの例では成功してきたが、それは、現状の野生絶滅の種の約4分の1に対して試みられてきたにすぎない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 野生絶滅:国際自然保護連合が定めた絶滅の恐れのある種に対するレッドリストで設定されている8つの絶滅危惧ランクの1つで、「絶滅」に次ぐ第2番目のランク。
Science, add2889, this issue p. 794

その場でつくる生体電子材料のためのレシピ (A recipe for in situ bioelectronic materials)

生体組織と適合するのに十分なほど柔らかいが、体内に挿入するのに十分なほど堅い材料を作るには課題がある。Strakosasたちは、生体内でポリマーを作る経路を開発することによって、この課題を回避した(Inalによる展望記事を参照)。彼らは、過酸化水素をその場で作るためのオキシダーゼ、酸化重合を触媒するためのペルオキシダーゼ、水溶性の共役モノマー、共有結合架橋のための対イオンをもつ高分子電解質、および安定化のための界面活性剤を含む複雑な前駆物質系を導入した。著者たちは、この混合物を用いて、様々な組織環境中で、重合とそれに続くゲル化を誘導することができた。彼らの実証には、ゼブラフィッシュ中(脳、ひれ、および心臓)や、食品試料中(牛肉、豚肉、鶏肉、および豆腐)でのこの導電性ゲルのex situ(実験室系での生体内) 製作、並びにヒル神経の生体内刺激の概念実証が含まれる。(hE,nk,kj,kh)

Science, adc9998, this issue p. 795; see also adg4761, p. 758

細菌の細胞壁がマウスの成長を刺激する (Bacterial cell walls stimulate mice growth)

幼児期の栄養不良は、骨格の発育阻害を引き起こし、腸内細菌叢の確立を阻害する。Schwarzerたちは、以前のショウジョウバエにおける細菌Lactiplantibacillus plantarum (LpWJL)の知見に基づいて、この菌株だけで栄養不良マウスでのインスリン成長因子-1(IGF-1)の循環濃度を上昇させることを示した (YadavとPhilpotの展望記事を参照)。LpWJLはこの効果を得るために生きている必要はなかったが、その理由は細胞壁抽出物は、大腿骨長を伸ばしIGF-1を刺激するのに十分だったからだ。この効果は、細菌のムラミル・ジペプチド構造を認識するNOD2と呼ばれる腸内の自然免疫受容体を介して仲介された。著者たちは、LpWJLが、腸陰窩において栄養不良によって抑制されたNOD2シグナル伝達を刺激することを示唆している。NOD2シグナル伝達の増加は、腸細胞の増殖を強めて栄養吸収を改善し、次いで、栄養感受性成長ホルモン/IGF-1/インスリン軸の活性を刺激し、出生後の成長を促進する。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ムラミル・ジペプチド:グラム陽性菌や陰性菌の細胞壁の構成成分。
  • 腸陰窩:小腸では絨毛の基部で粘膜固有層内に陥入している管状の凹みを指す。
Science, ade9767, this issue p. 826; see also adg6247, p. 756

鹿角再生の物語 (A tale of antler regeneration)

哺乳類は、付属器官や臓器を再生する能力をほとんど失っている。例外の一つは、鹿角の毎年の再生である。これは、哺乳類の器官再生を研究するための貴重なモデルを提供する。Qinたちは単一細胞トランスクリプトミクスを用いて、鹿角再生の包括的な細胞地図を作成した (WangとLandete-Castillejosによる展望記事参照)。角再生には、幹細胞に基づく再生プロセスが含まれる。角芽腫前駆細胞 (antler blastema progenitor cell:ABPC) の主要な集団は、自己複製、骨形成-軟骨形成の分化、および骨組織修復ポテンシャルを発揮する。異種間の比較は、マウスが類似した種類のABPCを (再生指の先端に)持っているが、非哺乳類の種は持っていないことを明らかにした。このことは、哺乳類が独特の再生機構を持っている可能性があることを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, add0488, this issue p. 840; see also adg6018, p. 757