AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 17 2023, Vol.379

幻覚作用の根底機構 (The mechanism underlying psychedelic action)

幻覚性化合物は、セロトニン2A受容体の活性化を介して脳皮質の構造的および機能的な神経可塑性を促進する。しかし、この受容体の活性化が神経細胞成長の変化に導く機構は、未だほとんど明らかにされていない。Vargasたちは、細胞内セロトニン2A受容体の活性化が、幻覚性化合物の持つ可塑促進性で抗うつ薬様の性質の原因であるが、セロトニンはそれらの細胞内受容体に対する内生のリガンドではないかもしれないことを見出した(HessとGouldによる展望記事参照)。(MY)

Science, this issue p. 700; see also adg2989, p. 642

水素分子由来のアンモニア合成用プロトン (Protons from H for ammonia synthesis)

窒素(N2)と水素(H2)からの電気化学的アンモニア合成は、現在の肥料の大量生産の一点集中を都合よく解消することができるかもしれない。探索されている1つの有望な方法は、有機溶媒電解質中でのリチウム・イオンのカソード還元(陰極還元)と、それに続く還元リチウムとN2との反応が関与するものである。しかし、相補的なアノード過程に対する従来のH2酸化触媒は、これらの条件では不安定である。Fuたちは、金-白金の合金がこの酸化を頑強に触媒し、その結果、連続フロー条件下でアンモニア用のプロトンを安定して生成できることを報告している。(MY,kj,kh)

Science, adf4403, this issue p. 707

ケトン変換におけるニッケルの二重の役割 (Nickel’s dual role in ketone transformation)

ケトンへの炭素求核剤の付加は、第三級アルコール化合物への一般的な経路である。これらのケトンがカルボニルに隣接するキラル中心を有する場合、塩基を用いてその中心を動的にエピマー化し、それによって正に1つの第三級アルコール・ジアステレオマーのエナンチオ収束生成物を得ることが原理的には可能である。それにもかかわらず、この方法は実際には困難であることが立証されていた。Ruanたちは、或るニッケル触媒が、塩基を使用しない別の反応機構を介してエピマー化を達成し、次にアリールまたはアルケニル求核剤をエナンチオ選択的に導入して、広範囲のキラル第三級アルコール化合物を提供できることを報告している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • エピマー:立体化学を表す用語で、2ヶ所以上のキラル中心を持ちジアステレオマーの関係にある化合物のうち、特に1ヶ所のキラル中心上の立体配置だけが異なる化合物。
Science, ade0760, this issue p. 662

電子の流れを操る (Manipulating electron flow)

導体中の電子の流れは、欠陥やその他の抵抗源との衝突よりも電子同士の衝突の方が支配的になると粘性を帯びることが知られている。この粘性を調べる一つの方法として、電子の流れに対して狭いチャネル構造を物理的に加工することが挙げられるが、そのようなチャネルの出入りが困難な端が理論との比較を難しくしてしまう。Krebsらは、代わりに静電的手法を用いてグラフェン中の電子の流に対して調整可能な障壁を設けた。筆者らは走査型トンネル電位差測定法を用いて、障壁近傍を流れる粘性支配状態の電子流体を観測した。(NK,kj,kh)

Science, abm6073, this issue p. 671

薄い方でなく厚い方で (Through thick but not thin)

ペロブスカイト太陽電池では、高い電荷キャリア伝導性を維持するために、パッシベーション層(不動態化層)を非常に薄く(約1ナノメートル)して電子のトンネル移動を可能にすることが一般的である。しかし、この方法は、開放電圧と充填率の間にトレードオフの関係が生じ、また、溶液から大面積の薄膜を作製するという課題があるため、効率が制限されてしまう。Pengらは、アルミナ・ナノプレートを沈着して形成した厚い(約100ナノメートル)誘電体マスクを成長させ、キャリア輸送のためのランダムなナノスケールの開口部を形成した。この層は非発光性再結合を低減し、従来のパッシベーション層に比べて電力変換効率を23?25.5%向上させた。(Uc,nk,kh)

Science, ade3126, this issue p. 682

こっそりとは治せない (Silently not able to heal)

地球上の断層は そのうちに破断するが、常に地震が発生するわけではない。このような無感地震、すなわち、スロースリップは、応力解放の重要な道筋である。Shreedharanたちは、ニュージーランドにおけるHikurangi断層のスロースリップ領域の摩擦回復特性を決定した。彼らは、地震を引き起こす破断事象とは異なり、スロースリップでは破壊後に断層面の物質が強化される程度は低いことを見出した。これらの観測結果は、このような浅いスロースリップ現象が、低応力でかつ頻繁に発生する理由を説明できる可能性がある。(Wt,kj,kh,nk)

Science, adf4930, this issue p. 712

H3K79me2の読み手 (A reader for H3K79me2)

ヒストン修飾を解読するには、その標識を「読み取る」タンパク質の同定が必要である。ヒストンH3リジン79 (H3K79) のメチル化は、遺伝子調節において重要な役割を果たしているが、このヒストンの標識が特定の読み手によってどのように認識・解釈されるかは謎のままである。Linたちは、多機能ヌクレオソームに基づく光親和性プローブを用いて、H3K79me2の真の読み手としてタンパク質メニンを同定した。低温電子顕微鏡法を用いた生化学的研究および構造的研究は、メニンが多価接触を介してH3K79me2ヌクレオソームに関与していることを明らかにした。(KU,kj)

【訳注】
  • H3K79me2:ヒストンH3において79番のアミノ酸残基リジンのアミノ基の水素原子2個がメチル基に置換されたもの
Science, adc9318, this issue p. 717

太陽系外縁部の新たな探査機 (A new probe in the outer Solar System)

氷の巨星である天王星と海王星は、これまでほとんど調査されたことがない。それらを訪問した唯一の探査機は、1986年と1989年に続けてフライバイを行ったVoyagerである。結果として、Uranus Orbiter and Probe (UOP) は、NASAが次に優先的に取り組むべき大規模ミッションとして、学界では認識されていた。展望記事において、Mandtは天王星に関する多くの不明点について、また、天王星がどのように形成されたかや、その組成と構造、大気、そして、そのリングと衛星系についてUOPから学べることについて論じている。海王星は天王星から遠く離れた別天体であるが、このミッションは、将来の探査への道も開く可能性がある。(Wt,kh,nk)

Science, ade8446, this issue p. 640

細胞外基質中の免疫細胞 (Immune cells in the extracellular matrix)

細胞外基質は、線維性タンパク質、グリコサミノグリカン、プロテオグリカンおよび粘液を含む成分で構成される動的な組織支持ネットワークである。このネットワークが免疫細胞と複雑な関係をもつという知識が拡大しており、宿主防御、創傷修復、線維性疾患、および加齢についての我々の理解に重要な意味をもつ。Sutherlandたちは、これらの系の相互関係性について、このクロストークが免疫細胞に基づく治療を成功、あるいは失敗させるうえで、いかに重要な要素であるか、に重きをおいて最新の研究を総括した。(hE,kh)

Science, abp8964, this issue p. 659

ツェツェバエの香り (The scent of tsetse)

揮発性の性誘引物質は、昆虫の拡散を監視および制御するための罠として用いることが出来る。ツェツェバエは、サハラ以南アフリカにおける人間と家畜の間で病気を広めており、それらを制御する方法が欠如している。Ebrahimたちは、ツェツェバエ Glossina morsitansの揮発性の性誘引物質として脂肪酸メチルエステル化合物を同定し、これらの化合物に応答して雄ハエの交尾行動が促進されることを示した (Syedによる展望記事参照)。このハエの種における交尾行動は、アフリカ・トリパノソーマ症(睡眠病)を引き起こす原虫の感染によっても調節された。これらの結果は、性誘引物質がサハラ以南アフリカでツェツェバエの拡散を制御するための罠として用いられる可能性があることを示唆している。(KU,kj,kh,nk)

Science, ade1877, this issue p. 660; see also adg2817, p. 638

樹状細胞は危機を乗り切る (Dendritic cells save the day)

樹状細胞は免疫系の重要な一部で、腫瘍抗原に対するT細胞応答の誘発を助けるため、抗腫瘍免疫にとって不可欠である。CD5は、樹状細胞のサブセットを含むいくつかの免疫細胞上に発現する糖タンパク質だが、その機能は十分に理解されていなかった。Heたちは、CD5を発現する樹状細胞が、メラノーマに対するT細胞応答の準備刺激を助け、ヒト患者の生存とマウスモデルでの腫瘍の免疫逃避と関連することを実証した。さらに、これらの細胞は、免疫チェックポイント阻害剤(がん治療のために身体自身の免疫応答の再活性化を促進する免疫療法の一種)による最適な治療結果のために必要であった。(Sh,KU)

【訳注】
  • 準備刺激:免疫系を活性化するための予備刺激。
  • 免疫チェックポイント阻害剤:T細胞は、生体自身の細胞を攻撃しないよう、表面に免疫チェックポイントと呼ばれる免疫抑制機構をもつが、がん細胞も自身の細胞とみなしてしまう。このT細胞の免疫抑制機構に対する阻害剤。
Science, abg2752, this issue p. 661

リンによるペロブスカイトの安定化 (Phosphorus stabilization of perovskites)

酸素や硫黄のような電子供与原子を含むルイス塩基分子は、配位不足の鉛原子に結合し、ペロブスカイト膜中の界面および粒界での欠陥を不動態化できる。Liたちは密度汎関数理論を用いて、可能性のあるルイス塩基をふるいにかけ、リン含有分子が鉛に対して最も強い結合を示すことを見出した。少量の1,3-ビス (ジフェニルホスフィノ) プロパンが、逆ペロブスカイト太陽電池を安定化させた。この太陽電池は、85°C の開回路条件下で1500時間以上、約23%の電力変換効率を維持できた。(Sk,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 逆ペロブスカイト太陽電池:通常のN-I-P型ペロブスカイト電池とは逆のP-I-N型電池
Science, ade3970, this issue p. 683

甲殻類に迷彩を施すフォトニック・ガラス (A photonic glass to camouflage crustaceans)

通常、目の色素は視覚に必要であるが、隠れたままでいたい生き物にとって、色素は他者から見られやすくしてしまう。このことは、海洋無脊椎動物がいかにして被検知を回避するのかの疑問を提起する。Shavitたちは、幼生の甲殻類を研究し、これらの動物の多くが、不透明な目の色素を覆って、それらを周囲の目から隠す超小型反射板を用いることを見出した(FellerとPorterによる展望記事参照)。眼の内面からの光の反射は、結晶性イソキサントプテリンのナノ球体を含むフォトニック・ガラスによって生じる。このナノ球体の大きさと配列は、深い青から黄緑まで反射率を調整するために変化し、生物がさまざまな生息地に溶け込むことを可能にする。フォトニック・ガラスの使用は、目の視力も向上させるかもしれない。(Sk,kh,Sh)

【訳注】
  • フォトニック・ガラス:特定波長域を散乱するナノ球体が不規則に分散されたガラス状物質
  • イソキサントプテリン:生物において見られる、青色蛍光を発する色素。
Science, add4099, this issue p. 692; see also adf2062, p. 643

メチル化抑制 (Methylation suppression)

アデニンのN6位のメチル化(m6A)は、多くのメッセンジャーRNA(mRNA)に対する化学的タグであり、m6A修飾を行う「書き込み」タンパク質により付加される。タグ付けされたmRNAは、m6Aの「読み込み」タンパク質を通して調整用に標識化される。このタンパク質はメチル化されたmRNAに結合してその発現を変更する。しかし、細胞がどのようにして標識化される特定のmRNA領域を選ぶのかについてははっきりしないままだった。Heたちは、m6Aの「抑制体」として、エクソン・ジャンクション複合体の新しい機能を突き止めた。これは近傍のmRNAを包み込んで、これらの領域がm6Aに標識化されないよう保護する。エクソン構築は、mRNAのm6Aメチル化への到達可能性を制御するだけでなく、より幅広い一連の調節性複合体も制御するのかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • エクソン:mRNA前駆体に転写されたタンパク質のコード領域。
  • エクソン・ジャンクション複合体:mRNAのスプライシングの際にエクソン境界部に形成されるタンパク質複合体。
Science, abj9090, this issue p. 677