AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 9 2022, Vol.378

ジェゼロ・クレーターの有機地質化学 (Organic geochemistry in Jezero crater)

火星探索車パーサヴィアランスはジェゼロ・クレーター底部を調査してきており、ここが液体水との反応(水性変成)により変質を受けた火成岩でできていることを見つけている。Schellerたちはこの探索車を使って、このクレーター内の2箇所で岩石に対するラマン分光法測定と蛍光分光法測定を行った。彼らは、1つおよび2つのベンゼン環を持つ芳香族化合物を含む、有機分子の存在を突き止めた。著者たちは過塩素酸塩の存在により、最後の水がこのクレーターを満たした時期の限界を20億年以上前に設定することができた。炭酸塩と硫酸塩も見つかった。これらの結果は、ジェゼロ・クレーターの岩石が太古の有機地質化学現象の記録を含んでいることを示している。(MY,nk)

Science, abo5204, this issue p. 1105

高原への道筋 (A path for a high plateau)

青海チベット高原の盛り上がりの時期は、数千万年前の大気循環と環境をどのように解釈するかに影響を与える。Miaoたちは、高原北部の隆起(と年代の関係)を限定するために、新規な堆積物記録からの花粉記録を分析した。著者らは、およそ1,000万年前の中新世後期に、この高原が現在のまたはそれ以上の標高を獲得した可能性が高いことを見出した。(Sk,nk,kh)

Science, abo2475, this issue p. 1074

AIは外交をマスターする (AI masters Diplomacy)

外交ゲームDiplomacyは、人工知能(AI)にとって大きな挑戦に値するものであった。チェス、囲碁、ポーカーなど、近年AIがマスターした他の対戦ゲームとは異なり、純粋に自己対戦(self-play)による学習法だけではDiplomacyの最適解に到達することはできない。他のプレイヤーの動機や視点を理解し、自然言語を使って複雑なゲームの参加者間で共有された計画を交渉するエージェント(独立プログラム)を開発する必要がある。Meta Fundamental AI Research Diplomacy Team (FAIR) らは、このゲームを完全な自然言語を使う形で対戦できるエージェントを開発した。これは、オンライン上のDiplomacy対戦リーグにおいて、人間の平均を大きく上回るパフォーマンスを発揮している。この研究は、利害が一致する場合と競合する場合が混在する状況でも、人とコミュニケーションをとるためのAIと自然言語を協調させるモデルの開発についての広範囲におよぶ意味を持つものである。(ST,nk,kh)

Science, ade9097, this issue p. 1067

金属の多形態 (Many metal morphologies)

金属は高温で液体ガリウムに容易に溶解し、その後冷却されると溶液から析出する。しかしながら、この液体金属の高い表面張力が、これらの結晶を取り出すことを非常に困難にしている。Idrus-Saidiたちは、真空ろ過しながら液体金属溶液に電圧を印加することにより達成される、取り出し方法を開発した。結果として得られる結晶は、雪の結晶のように見えるものを含む、複雑な形態を持つことがある。この方法は、広範囲の種々の元素や合金にわたる金属粒子に対して、さまざまな形態を生み出すであろう。(Sk,kh)

Science, abm2731, this issue p. 1118

ビニル・カチオンの挿入に偏りを持たせる (Biasing vinyl cation insertions)

ビニル・カチオンの形成で、二重結合をとる炭素中心は、8個ではなく6個の電子だけが残留する状態となる。この電子不足のため、これらの中間体は極めて速くかつ無差別に、近傍のどんな結合とも反応する傾向にある。Nistanakiたちは、負電荷をもつリン系触媒が、その後の分子内炭素-水素挿入反応を2つの鏡像生成物のうちの1つだけに向かって進行させるのにちょうど十分な強度で、ビニルカチオンと会合することを報告している。同位体標識と計算解析は、反応誘導に対するありそうな様式を明らかにしている。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ビニル・カチオン:化学式がRC+=CHRで表される化合物(Rは互いに違っていてもよい)。
Science, ade5320, this issue p. 1085

長期にわたって回復力を維持する (Resilient in the long term)

結核菌によって引き起こされる結核は、治療のために複数の抗生物質の長期服用を必要とする持続性の、時には生涯にわたる感染症である。当然のことながら、抗生物質耐性が広まっている。臨床分離株からの全ゲノム・データの大規模な試料において、Liuたちは、抗生物質治療の典型的療法の後に急速な再増殖を示す細長い表現型を繰り返し観察した。進化の中で正の(適応)選択のシグナルは、基幹的な転写調節因子 (resR) と特定の遺伝子間領域にあることを示しており、これらは増殖を調節するために協調して作用している。結核有病率の高い国からの菌株の最大10%が、これらの地域で固定された変異を示した。この細胞成長調節カスケード全体の変異は、抗生物質治療の失敗に関連しており、古典的な抗生物質耐性の出現のもとになっている。(KU,kj,nk)

Science, abq2787, this issue p. 1111

幻覚剤の臨床効果 (Clinical benefits of psychedelics)

サイロシビンや N,N-ジメチルトリプタミン (DMT) などの古典的な幻覚剤は、さまざまな神経精神障害に対して持続的効果があると報告されており、より幅広い用途がある可能性がある。古典的な幻覚剤が臨床現場で使用されるには何が必要だろうか? 展望記事で、Schindlerと D'Souzaは、幻覚剤の臨床使用で有用であった証拠と、神経可塑性を誘発すると提案された作用機序について考察している。彼らはまた、克服すべき重要な課題を強調している。例えば、投薬とそれに付随する安全性の疑問に対する理解および臨床試験の参加者が実薬を服用していることを確実に知らないようにする方策等である。それにもかかわらず、幻覚剤は、単剤として或いは補助剤としてのいずれにおいても、中毒症やうつ病などの治療困難な障害に対する新しい治療手段を開発する機会を提供する.(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 実薬:有効性、安全性が確かめられ、承認されている薬剤のこと。
Science, abn5486, this issue p. 1051

電解質を求めての進歩と挑戦 (Progress and challenges for electrolytes)

新規の陽極や陰極の開発に比べ、電解質の開発にはあまり注目が集まっていない。しかし、イオンと電荷の流れを制御するのは電解質であり、他のすべての構成要素と密接に接触している唯一の構成要素である。より高いエネルギー密度と出力密度を求める圧力下にあって、電解質はまた運動学的に形成される個体電極皮膜とも接触するようになった。それは、電池の安定性向上の助けになる一方で、その動作を阻害する可能性もある。Mengたちは総説で、先進的な電池用電解質の開発で現れた多くの動向をとらえている。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abq3750, this issue p. 1065

セントラル・ドグマについて計算する (Doing the math on the central dogma)

遺伝子発現は、理論的には転写または翻訳の段階で調節できるが、これらの過程には両方とも、出力予測を複雑にする制約がある。細菌での遺伝子発現の制御についてより良い定量的理解を得るために、Balakrishnanたちは、多くの異なる増殖条件下で大腸菌における1500以上の遺伝子で、遺伝子プロモーターの会合速度、メッセンジャーRNA量、およびタンパク質の量を測定した。タンパク質の存在量は、主に遺伝子プロモーターの会合速度と転写を反映しているが、タンパク質濃度を一定に保ちリボソーム数を制限する一般的制約、つまり 翻訳能力に適合する必要がある。著者らは、RNAポリメラーゼの利用可能性を制御する因子であるRsdを通しての、転写と翻訳の平衡を保っていると提案している。彼らの結果は、細菌での人工回路の設計とさまざまな成長条件での行動予測に役立つ可能性がある。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • セントラル・ドグマ:「遺伝情報がDNAからメッセンジャーRNAに転写し、それをタンパク質に翻訳するという流れで伝達される」という分子生物学の概念
  • 遺伝子プロモーター:遺伝子の転写開始に必要なゲノム上の特定領域やその塩基配列。DNA上には多くの遺伝子が存在するが全部が発現されているわけではなく、細胞の活動状態に応じてDNAへの転写が調節されているが、プロモーターはその調節を担う手段の一つ。
Science, abk2066, this issue p. 1066

現代農業による選択 (Selection by modern agriculture)

集約的な農業は、土壌攪乱、灌漑と施肥、化学農薬の散布など、極端な環境変化を引き起こす。Kreinerたちは、このような極端な環境が北米原産の農業雑草であるヒユモドキ(Amaranthus tuberculatus)にどのように変化をもたらしてきたかを、同一領域での農業環境と自然環境からのゲノムデータ、そして双方の生息環境から採取した歴史的植物標本のゲノム・データを使って実証した(WaselkovとOlsennによる展望記事参照)。著者たちは、南西部特有な品種の東方への範囲拡大が新たな遺伝的多様性をもたらし、成長、環境耐性、除草剤耐性に関連する遺伝子に農業環境への迅速な適応を促進したことを見出した。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science, abo7293, this issue p. 1079; see also ade4615, p. 1053

機械学習システムもプログラミングができる (Machine learning systems can program, too)

コンピュータ・プログラミング競技会は、経験に裏打ちされた批判的思考法と、予期せぬ問題に対する解決策の創出を必要とする、プログラマーの間で人気のある テストであって、それらは両者とも人間の知能の重要な側面であるが、機械学習モデルで模倣するのは挑戦的な課題である。Liたちは、自己教師付き学習と符号化・復号化・変形に基づく構築法を用いて、AlphaCodeという深層学習モデルを開発し、Codeforces基盤上でほぼ人間レベルの成績を達成することができた。Codeforcesは、こうした競技会を定期的に開催し、世界中の多くの参加者を魅了している (Kolterによる展望記事参照)。このようなプログラム具体化基盤の開発は、プログラマーの生産性に大きな影響を与える可能性がある。それが、人間の作業を問題の定式化に移行させることでプログラミングの文化を変えるかも知れず、そのときには機械学習が具体プログラム作成と実行の責任を持つ主要者である。(Wt,nk,kh)

Science, abq1158, this issue p. 1092; see also add8258, p. 1056

伝統的な薬剤設計を超えて (Beyond traditional drug design)

薬剤設計は、細胞膜を通過しそうな化合物を優先するため、選択される化学構造体の大きさ、極性、および剛性を支配する規則は細胞膜通過性から導かれてきた。しかしながら、2つの化学種を連結し、1つの標的に対してより大きな選択性を与えたり、2つの標的を合体させることに興味が高まっている。Louたちは、シグナル伝達タンパク質mTORの双向性(2つの薬剤結合部位と同時に結合することのできる)阻害剤であるRapalink-1が、大きすぎて薬剤として効くとは考えにくいにも拘わらず、生体内で活性であることに注目した (LokeyおよびPyeによる展望記事参照)。著者らは化学遺伝学的手法を用いて、Rapalink-1の活性がインターフェロン誘発性膜貫通タンパク質群(IFITMs)に依存することを示した。彼らはさらに、IFITMsが連結した様々な化学種の細胞取り込みを促進することを示し、取り込み経路に及ぼすリンカーの長さの役割を探査した。この研究は双向性医薬の開発を先導するものであるかもしれない。(hE,kj,nk,kh)

Science, abl5829, this issue p. 1097; see also adf4412, p. 1054

鉛を除去する (Get the lead out)

圧電材料は電気信号を機械的歪みに変換することができ、アクチュエーターやセンサーとして極めて重要な材料となっている。しかし、現在用いられている最良の材料は鉛を含んでいる。Huangfuらは、ニオブ酸カリウム-ナトリウム塩にストロンチウムをドープすることで圧電特性を向上できることを見出した。本材料は電場に対して鉛系圧電材料と類似の高い歪み応答を有しており、いくつかの鉛系圧電材の代替物になり得るであろう。(NK,KU,nk,kh)

Science, ade2964, this issue p. 1125