AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 2 2022, Vol.378

汚染は子どもの発達を阻害する (Pollution harms children’s development)

地域社会の貧困が子どもの認知発達に及ぼす悪影響は、幼少期の有害な大気汚染への暴露によりある程度は説明することができる。Wodtkeたちは、潜在的に有害な数十種類の汚染物質の曝露に関する情報と突合させたアメリカの乳児の全国サンプルのデータを分析した。因果関係推論と機械学習の手法を用いて、彼らは、高貧困地域に住む乳児が多くのさまざまな汚染物質にさらされており、この曝露が4歳時の検査で認知能力の低下につながることを見いだした。これらの知見は、地域の貧困が経済的な収奪だけでなく、世代を超えて貧困の再生産に寄与する環境的な健康上の危険からも構成されていることを示している。(Uc,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.add0285 (2022).

Strategoをする機械学習 (Machine learning to play Stratego)

Strategoは、2人で行う人気のある不完全情報のボード・ゲームである。その巨大なゲーム・ツリーや、不完全な情報下での意思決定、開始の駒の配置に起因する複雑さのために、Strategoは人工知能(artificial intelligence:AI)にとっては難題である。これまでのコンピュータ・プログラムは、せいぜいアマチュア・レベルでの動作性能であった。Perolatたちは、モデル非依存型で多参加者用の強化学習手法を導入し、Strategoにおいて人間の専門家レベルの性能が達成可能なことを示している。この研究は、AIシステムが人間と同等かそれ以上の勝負ができるゲームの、現在長くなりつつある一覧にもう一つを加えるだけでなく、不完全な情報で特徴づけられ、そのため現在は解くことができない、実世界の大規模多参加者問題に対しても強化学習手法の活用をさらに促すであろう。(Wt,kj,nk,kh)

【訳注】
  • Stratego:スペインの軍人将棋。勝負開始前に競技者が自由に自分の駒を自陣地に、相手に見えないように並べる。
Science, add4679, this issue p. 990

バランスの取れた窒素固定 (Nitrogen fixation kept in balance)

大豆などのマメ科植物は、根粒に存在する共生細菌の助けを借りて、大気中の窒素を同化することができる。窒素固定はエネルギー集約的であり、根粒内の細胞のエネルギー状態が窒素固定の速度を決定する。KeたちはAMP濃度に応答する根粒における分子センサーを用いて、そのつながりを研究した。このセンサーは、幾つかの解糖関連遺伝子への核調節因子の接近を調節し、結果として根粒が十分なエネルギーを持っているとき、競合する経路間でのホスホエノールピルビン酸の割り当てを変えて窒素固定を促進する。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 根粒:細菌との共生によって植物の根に生じるコブ。「根瘤」とも書く。
  • 解糖:グルコースの分解により2分子のピルビン酸が生成され、それに伴って2分子のATPが生成される。生体の主要なエネルギ獲得反応。
Science, abq8591, this issue p. 971

高密度の極低温三原子ガスを創る (Forming dense, ultracold triatomic gases)

極低温二原子分子ガスの創出に成功した今、極低温三原子分子を創り制御することが次なる重要な実験的挑戦となっている。三原子分子ガスは、より多くの自由度を有している為分子精密分光や量子シミュレーションを目指した多くの興味深い研究機会を提供する。Yangらは、23Na40Kと40Kの間のフェシュバッハ共鳴を通して磁場をつなぐことによって生じる断熱的磁気会合を用いて、弱く結合した23Na40K2三原子分子極低温ガスを100ナノケルビンで創り、それらを高周波電離を用いて直接検出することで確認した。約4000個の三原子分子が、過去に報告された最高記録よりも10桁も高いピーク密度で創られており、極低温の化学及び物理の重要マイルストーンとなっている。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • フェシュバッハ共鳴:スピン状態の違うポテンシャルの束縛状態と共鳴する現象
Science, ade6307, this issue p. 1009

トポロジカル量子フォトニクス (Topological quantum photonics)

物質のトポロジカルな性質の徹底利用が、欠陥の影響を受けない堅牢な輸送・通信システムの基盤技術開発の道筋を与えると期待されている。光学分野では、トポロジカルな挙動の実証は、主に古典的な光に限定されてきた。Dengたちは、多数の共振器と結合した単一の量子ビットからなる、超伝導素子ベースの基盤技術を紹介している。各共振器内の光子数と結合強度を制御することで、著者たちはトポロジカル物理学におけるいくつかの重要なモデルを実現することができた。この方法は、古典的起源と量子的起源のトポロジカル状態間のギャップを埋めるものである。(Wt,kh)

Science, ade6219, this issue p. 966

欠陥のある膜タンパク質を取り除く (Weeding out faulty membrane proteins)

膜タンパク質は、細胞をその周囲環境に接続しており、重要な生物学的活動と細胞の生存に不可欠である。適正に機能するため、膜タンパク質は脂質二重膜内できちんと定められた三次元構造をとる必要がある。この過程における不良品は、多くの病気を引き起こす。Zanottiたちは、行先が小胞体の分泌タンパク質および膜タンパク質からシグナル・ペプチドを除去するものである、ヒト・シグナル・ペプチド分解酵素複合体が追加の品質管理機能を有することを見出した。この複合体は欠陥のある膜タンパク質を切断し、その分解を支援して健全な膜プロテオームの維持を助ける。これらの知見は、細胞における分子品質管理に対する我々の理解を広げ、タンパク質折り畳みが関わる疾患における有力な標的であることを示唆するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 行先が小胞体の分泌タンパク質および膜タンパク質:分泌タンパク質や膜タンパク質は小胞体に結合したリボゾームで合成されて小胞体内に入り、そこで加工されて次の目的地や最終目的地へと小胞体を通って輸送される。一方、遊離リボソームで合成されたタンパク質は小胞体を経由しないで輸送される。
  • シグナル・ペプチド:合成されたタンパク質分子中の短いペプチド配列で、タンパク質の輸送や局在化を指示する構造。小胞体シグナルペプチドはその1つで、伸長中のタンパク質分子の小胞体内取込に関与する。
  • 小胞体:細胞質内に網目状に連なる膜状構造の細胞小器官。 リボソームで合成された膜タンパク質や細胞外分泌タンパク質を取り込み、三次元組み立てや修飾、輸送を行うなど、多くの細胞機能を持つ。
  • プロテオーム:ある生物学的な系(本論文では膜)に存在しているタンパク質全体のこと。
Science, abo5672, this issue p. 996

ヒトへのワクチン接種がbnAb前駆体を誘発する (Human vaccination induces bnAb precursors)

毎年、100万人以上の新たなHIV感染症が発生しており、効果的なHIVワクチンの必要性が強く望まれている。広域中和抗体 (broadly neutralizing antibodies:bnAb) を誘発するワクチン戦略は、HIVや他の病原体と闘う手法として有望であるが、ヒトではいまだ試験されたことがない。Leggatたちは、生殖細胞系のナイーブB細胞を標的とした特殊な初期感作免疫原を開発し、それが安全かつ実現可能であり、ワクチン接種者の97%において、各個人でかなりの頻度で標的bnAbを作るB細胞前駆体の応答を誘発したことを示す第1相臨床試験の結果を報告している (Mooreによる展望記事参照)。bnAb前駆体応答は、ワクチン追加接種後にB細胞の変異とそれが作る抗体の親和性において有利な結果をもたらした。この結果は、ナイーブB細胞に戻って考えるこの還元主義的なワクチン方法の原理証明を確立し、bnAbを誘発するさらなる追加ワクチンの開発を鼓舞する。(KU,nk,kj,kh)

Science, add6502, this issue p. 964; see also adf3722, p. 949

寒すぎて砕けない (Too cold to fracture)

極低温で良好な破壊特性を示す構造材料を見つけることは困難な課題であるが、宇宙開発などの分野では重要である。Liuらは、20ケルビンで信じられないほど高い破壊靭性を示す高エントロピー・クロム-コバルト-ニッケル合金を見出した(Zhang and Zhangによる展望記事参照)。この性質は、予期せぬ相変態によって引き起こされ、他の微細構造と組み合わさったっときに、亀裂の形成と伝播を阻止する。この合金の破壊靱性は、さまざまな極低温用途に役立つ可能性がある。(ST,kh)

Science, abp8070, this issue p. 978; see also adf2205, p. 947

マダガスカルを保護する (Protecting Madagascar)

マダガスカルは、8000万年以上にわたってアフリカ本土とアジアから隔離されており、その種の90%以上がこの島国に固有のものであるという、独特の動植物相を発達させてきた。そこはまた、人口約3,000万人のマダガスカル人にとって故郷であり、紀元前1世紀頃にはじめて人が移り住んだ。この島の生物的多様性のある野生生物は非常に脅かされており、この島の人々の大半は貧困線以下で生活している。レビュー記事において、AntonelliたちおよびRalimananaたちは、この島の生物学的歴史と多様性を明らかにするともに、保全状況および、生物多様性を保護しつつマダガスカルの人々の生活水準と健康を改善するために、必要な行動を調査している。(Sk,kh)

Science, abf0869, adf1466, this issue p. 962, 963

イエローストーンの火道を描き出す (Picturing Yellowstone’s plumbing)

イエローストーンは、次に噴火したときには大量破壊を引き起こすであろう、活動的な超巨大火山である。Maguireたちは、全波形を用いた地震画像化を用いて、火山の下の融解物の位置と量を地図化している(Cooperによる展望記事参照)。彼らは、最大量の溶融物が、おおよそ以前の噴火の供給源となった深さの範囲にあることを見出した。しかしながら、その融解物の量は、近い将来のどこかで大規模な噴火をするのに必要な量よりもはるかに少ない。もし状況が劇的に変化し始めるとしたら、地下の継続的な監視が鮮明な像を提供してくれるであろう。(Sk,nk,kh)

Science, ade0347, this issue p. 1001; see also ade8435, p. 945

ニューロンにおける能動的DNA脱メチル化 (Active DNA demethylation in neurons)

ニューロンのDNAは、生涯にわたる高レベルの代謝活性や転写活性のために絶えず損傷されている。最近の研究は、分化途中の有糸分裂後のニューロンで、広範な「プログラム化された」DNA損傷もあることことも示している。Wangたちは内生的な損傷を能動的DNA脱メチル化中の、酸化されたメチルシトシンのチミンDNAグリコシラーゼ(TDG)媒介除去による一本鎖切断中間体であると同定した(Lopez-Moyado およびRaoによる展望記事を参照)。抗腫瘍薬のシトシン類似体を用いての能動的DNA脱メチル化の妨害は、TDG-依存性のニューロン細胞死を引き起こした。今回の仕事は、「ケモブレイン」とも呼ばれる、ある種の化学療法のよく知られた副作用が、正常なニューロン分化に固有のDNA修復過程と関係があるのかも知れないことを示唆している。(hE,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 能動的DNA脱メチル化:DNAのメチル化は、不必要な遺伝情報を隠す機能を担うエピジェネティック機構の1つであるが、この遺伝情報が必要になった時には脱メチル化(メチル化を取り去る)が起きる。DNA脱メチル化は受動的なDNA脱メチル化、つまりメチル化維持酵素の不在により、メチル化シトシンがゲノムから希釈されるプロセスで、あるいは酸化されたメチルシトシンをチミンDNAグリコシラーゼ(TDG)が除去するなどの能動的なDNA脱メチル化により行われる。
  • ケモブレイン:抗がん剤治療の間、もしくは治療後に、記憶力、思考力、集中力が一時的に低下する症状。
Science, add9838, this issue p. 983; see also adf3171, p. 948

高温で乾燥している (High and dry)

近年、高温と乾燥した条件が、シベリア北東部での極端な火災活動を生じさせている。Scholtenたちは、北極前線ジェット気流の出現頻度と季節的により早い雪解けの同時変化によって引き起こされた、2019年から2021年にかけての春と夏の気象条件が、そこでの異常に激しい火災活動と火災の北方への偏移をもたらしたと報告している(Schaepman-Strub Kimによる展望記事参照)。将来、これらの傾向は、炭素が豊富な永久凍土の泥炭地の分解を加速させ、現在よりもさらにいっそう地球温暖化に寄与するかもしれない。(Sk,kh)

Science, abn4419, this issue p.1005; see also ade8673, p. 944

青銅器時代の錫交易網 (Bronze Age trade networks of tin)

青銅は、銅と錫から構成されるが、紀元前2千年代の古代世界の重要な物資であり、武器と日常の道具に用いられた。青銅用の銅の出所は昔から知られていたが、錫の出所ははっきりとは突き止められていなかった。Powellたちは、トルコ南岸沖のウルブルン(Uluburun)の類まれな難破船遺跡から回収された105個の錫インゴットの研究で、それらの三分の一が、そこから3000km以上離れたタジキスタンとウズベキスタンに起源があることを見出した。これらの知見は、一般家庭から政治選良集団に至る多様な規模の交易が広大な交易網に寄与していたことを示唆していて、これは、この時代の物資の交易に対するこれまでの集権的管理モデルに異議を申し立てるものである。(MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abq3766 (2022).

細胞間の接触履歴をたどる (Tracing a history of cell-cell contact)

細胞間の接触履歴の観察可能性は、発生からさまざまな疾患状態までの、多くの生物学的状況における細胞相互作用の理解に役立つのかも知れない。Zhangたちは、マウスにおいて対象の細胞を標的とすることができる合成受容体システムに修正を加えた。送信側細胞上の設計されたリガンドが受信側細胞上の適合する受容体に結合し、蛍光レポーター発現の変化によって受信側細胞に永久に印が付く。たとえば、彼らは発生の間に心臓から肝臓に移動する内皮細胞を検出することが出来た。(Sh,kh)

【訳注】
  • リガンド:細胞の表面に存在する特定の受容体に特異的に結合する物質。著者たちは、直接的な細胞間接触によってシグナル伝達を行うNotch経路を活用、リガンドに膜連結蛍光タンパク質を用い、蛍光画像による細胞間の接触履歴の観察手法を提案している。
Science, abo5503, this issue p. 965