AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 25 2022, Vol.378

家畜動物の複雑な影響 (Complex effects of livestock)

家畜動物の放牧は何十億人の人々に食物と暮らしを提供するが、多くの場所では、それには生態系の劣化という代償がある。Maestreたちは、家畜動物と野生の草食動物による草食が生態系の機能と恩恵にどのように影響し、これらの影響が気候、土質、生物多様性によってどのように変わるのかについて調べた(GanguliとO’Rourkeによる展望記事参照)。著者たちは、6大陸にわたる98の乾燥地の調査場所での標準調査を用いて、生態系の恩恵に及ぼす草食の影響が、しばしば他の要因に依存することを見出した。草食と気候の相互作用は特に重要で、より温暖な場所は、低くはなく高い草食圧の下で、炭素貯蔵率、有機物堆積率、および侵食防止率が低かった。(MY,ok,nk)

Science, abq4062, this issue p. 915; see also add4278, p. 834

RNAで活性化されるタンパク質切断 (RNA-activated protein cleavage)

CRISPR-Cas系は、典型的にはRNAにガイドされる核酸分解酵素として機能し、外来性遺伝物質から細菌を保護する。しかしながら、さまざまな関連遺伝子がCRISPR-Cas系内で同定されており、新規なRNAガイド酵素機能が自然界に存在する可能性が生じている。その一例が、CHATファミリーに属するタンパク質分解酵素で、これはRNAを標的とするCRISPRエフェクターであるgRAMPの遺伝子座の隣に遺伝子が見出された。Streckerたちは、このCRISPR関連タンパク質分解酵素がシグマ因子阻害剤に対して、RNAで活性化されるタンパク質切断を行い、感染後の転写応答を活性化することを見出した。自然界にあるこの系の特性を明らかにし遺伝子操作技術に取り入れることが、ヒト細胞中でのRNA検知応用を含む、生物学における新しい可能性を与えることになる。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • CRISPR-Cas系:侵入者のヌクレオチド鎖の一部を自身のCRISPRと呼ばれるゲノム領域に取り込み、再感染時に、取り込んだヌクレオチド鎖をもとに外来者を認識し、核酸分解酵素で切断する、細菌が持つ自己防御系。分解・切断機構などに基づき幾つかの型に分類される。Ⅰ型とⅡ型はDNAを標的にするが、本論文が該当するIII型はDNAとRNAの両方を標的にできる。
  • RNAを標的とするCRISPRエフェクターであるgRAMP:標的とする1本鎖RNAを切断するタンパク質のこと。このタンパク質は、Cas7と呼ばれるドメインとCas11と呼ばれるドメインを含んでいて、gRAMPとも呼ばれる。
  • CHATファミリーのタンパク質分解酵素:触媒的なシステイン残基を持つタンパク質分解酵素。細胞にアポトーシスを起こさせるカスパーゼなどが含まれる。
  • シグマ因子:細菌DNA上の転写開始箇所を決定するタンパク質。
Science, add7450, this issue p. 874

光触媒反応で鉄を利用する (Harnessing iron for photocatalysis)

優れた触媒は、反応剤の結合や反応物の脱離が反応抑制を起こさないように程よい強さで基質と結合する。白金族金属は多くの反応においてこの条件を満たしており、反応条件においてしばしば酸化する、鉄のような安価な金属で取ってかえることができない。Yuanたちは、銅–鉄光触媒の銅部分で励起されたプラズモンがホット・エレクトロンを生成し、鉄部分に結合したアンモニアと反応することで、アンモニアを分解し水素を遊離することを示している。鉄は当該反応に対しては優れた熱触媒ではないが、酸素の光誘起脱離により、類似の銅–ルテニウム光触媒とルテニウム熱触媒に匹敵する触媒となる。発光ダイオード照射で推進されるこの銅/鉄触媒反応は、アンモニアを用いた水素輸送システムで用いられるルテニウム熱触媒系に匹敵するかもしれない。(NK,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ホット・エレクトロン:固体の温度(格子温度)よ り高い温度をもつ電子。
  • アンモニアを用いた水素輸送システム:アンモニアを水素輸送体として用いて、必要な場所で触媒でアンモニアを分解し、気体水素を取り出すシステム。
Science, abn5636, this issue p. 889

2つの酵素が1つの中に (Two enzymes in one)

RNA誘導ヌクレアーゼ活性とは別に、CRISPRシステムは、免疫機能を強化または調節する複数の補助タンパク質を含んでいる。Katoたちは、III-E型CRISPR系が、カスパーゼ様タンパク質分解酵素Csx29を含んでいることを見出した。このタンパク質分解酵素は、Cas7-11による標的RNA認識時に活性化されると、別の補助タンパク質Csx30を切断する。この切断が有毒なCsx30断片を生成し、そしてそれが、おそらく特殊なシグマ因子RpoEを抑制し、感染に対する細菌応答を調節し、細菌の増殖停止をもたらし、それによってファージ感染を抑止する。これらの知見は、CRISPR免疫応答の既に知られていた複雑な働きをさらに拡大し、哺乳動物細胞におけるタンパク質分解酵素に基づくプログラム可能なRNA検知の設計を可能にする。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • III型CRISPR系、Cas7-11、シグマ因子:本号における「RNAで活性化されるタンパク質切断」の訳注を参照のこと。
Science, add7347, this issue p. 882

人間の水必要量 (Human water requirements)

地球の気候と人口の変化が生じるにつれて、人間が消費する水の必要量を管理することがより難しくなる可能性がある。Yamadaたちは、同位体標識法を用いて、さまざまな環境と生活条件下における個人の水の摂取と喪失を追跡した。水の総摂取量と総排出量は、体格、身体活動、気温、湿度、標高などの多くの要因によって変化した。著者たちは、このようなパラメータに応じた水の使用量を予測する方程式を導き出した。(Uc,kj)

Science, abm8668, this issue p. 909

尿路感染症用舌下ワクチン (Sublingual vaccine for UTIs)

尿路感染症(UTI)は多くの人々に影響を及ぼす。多くのUTIは再発し、また、幾つかは慢性化し、生活の質を低下させる。UTIを管理するための抗生物質による長期予防は、患者の細菌叢を変え、この攪乱は抗生物質耐性細菌を生じさせるかもしれない。Kellyたちは、UTI原因細菌に対するワクチンの舌下送達を可能にする、粘液浸透性のペプチド重合体ナノファイバーを設計した。彼らはマウス・モデルを用いて、このワクチン設計が、全身および尿生殖路の両方で、尿路病原性大腸菌に対する抗体応答を誘発できることを示した。(MY,kh)

【訳注】
  • 舌下送達:薬物を舌下の粘膜から吸収させることにより、消化器を通すことによる弊害を避けながら、循環器経由で目的の臓器に送達すること。
  • ペプチド重合体ナノファイバー:ここでは、尿路病原性大腸菌由来の異なる抗原基が組み込まれたペプチドやその他の機能を持つペプチドが会合して形成された、複数の抗原基を含有するペプチド重合体からなるナノファイバーのこと。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abq4120 (2022).

糖分で転写印刷方法の価値を高める (Sweetening the transfer printing process)

マイクロパターニングは、リソグラフィ法によるか、または犠牲層を用いて前もって作られたパターンを基質表面へ転写するかのいずれかにより、特定の質感付けまたは図形付けされた面を基板表面上に成形加工するものである。しかしながら、そのさまざまな方法は通常、平らな表面または緩やかに湾曲した表面にのみ有効である。Zabowは、砂糖を使ってほぼ任意の立体形状面に転写印刷を行う方法を報告している(Johnsonによる展望記事参照)。砂糖が結晶化するのを防ぐためコーン・シロップが砂糖に添加され、特定の混合物を用いて転写基材の特性を調整することができる。優しく加熱するだけで転写が完了し、砂糖は容易に溶けてなくなる。実証実験には、(微小な穴の)垂直側壁、鋭い縁、および髪の毛1本への順応被覆が含まれている。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • コーン・シロップ:トウモロコシのデンプン(コーン・スターチ)を酵素、酸で分解し糖に変えた糖液。
  • 順応:ここでは、砂糖が主成分で加温によって流動し、任意形状の対象物表面への転写を実現する、補助剤(本研究の対象)の挙動を言う。
Science, add7023, this issue p. 894; see also ade6722, p. 826

パンドラの箱からの抗原 (A cornucopia of antigens)

ワクチンは、インフルエンザの制御と予防に不可欠な手段として機能するが、いくつかの課題が残っている。高齢者など一部の人々は、ワクチン接種にあまり反応しない。さらに、インフルエンザ・ウイルスの非常に変わりやすい性質により、最適な抗原を標的とすることが困難になる可能性がある。このような欠点の解決策として広域中和抗体が提案されているが、インフルエンザA株とB株の両方に対する交差反応性が限られていることや、インフルエンザの季節に繰り返し注射する必要があることなど、特有の潜在的欠点がある。Arevaloたちは、既知インフルエンザA型とB型の20種のすべての亜型由来のマグルチニン抗原をコードするヌクレオシド修飾メッセンジャーRNA−脂質ナノ粒子ワクチンを開発した(KelvinとFalzaranoによる展望記事参照)。このようなワクチンは、複数の抗原に対する抗体を同時に誘導することにより、抗原が変わりやすいウイルスに対する防御を提供できる。(Sh,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 交差反応:1種の特定の抗原に対して作製した抗体が、類似した構造領域を持つ抗原も認識すること。
  • ヘマグルチニン:ウイルスの表面に存在する抗原性糖タンパク質の1つで、インフルエンザ・ウイルスでは、ウイルスを細胞内に侵入させる役割を果たす。
  • ヌクレオシド修飾メッセンジャーRNA:一部のヌクレオシドが、他の天然修飾ヌクレオシドまたは合成ヌクレオシド類似体に置換された合成メッセンジャーRNA。
Science, abm0271, this issue p. 899; see also adf0900, p. 827

カンブリア紀の脳の起源 (Cambrian brain origin)

節足動物はその進化の起源をカンブリア紀にさかのぼり、この種に富んだ分類群の脳の起源については継続した議論がなされてきた。有力な見解は、この真節足動物の脳は、部分的に腹側神経系に由来する神経節で構成されていたというものであった。しかしながら、Strausfieldたちは、5億2000万年以上前のカンブリア紀の葉足動物の脳の構造について記載し、そうではなく、脳は頭部の進化以前からすでに3つの別個の脳構成要素に分割されていたことを見出した(BriggsとParryによる展望記事参照)。これらの発見は、脳神経系と尾部神経系がこの分類群においては別々に進化したという結論を支持している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 真節足動物:現生節足動物の最近共通祖先。
  • 葉足動物:カンブリア紀を中心に生息した、30種以上の「脚付き蠕虫(ぜん動により移動する小動物)」様の古生物からなる化石動物群。
Science, abn6264, this issue p. 905; see also add7372, p. 831

火星に関する科学的推論をさらに良くする (Improving scientific inferences on Mars)

動き回るロボットの技術を用いた火星表面の地質に関するこれまでの研究は、ロボット搭載の、岩石や鉱物のどちらか一方に関する化学データのみを提供する分析装置に大きく依存していた。火星探査機 Mars 2020 Perseveranceに搭載されたX線岩石化学用惑星計器(Planetary Instrument for X-ray Lithochemistry PIXL)は、同じ露頭に対する岩石学的データと化学的データの両方を収集することができる。Ticeたちの研究では、PIXLチームは広範なデータ群を収集・分析した。そして、Jezeroクレーター底部にある、Séítahと呼ばれる層の試料が、熱水流体によってその後に変性した火成岩の結晶鉱物からなることを見出した。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abp9084 (2022).

プライム・アンド・スパイク法がスニフ試験に合格 (Prime and Spike passes the sniff test)

COVID-19ワクチンが広く利用できるようになってからほぼ2年、ワクチン誘発性免疫の低下と相変わらずのウイルス変異があいまって、ワクチン有効性の減少をもたらしてきた。Maoたちは、COVID-19の動物モデルで彼らが「プライム・アンド・スパイク」と呼ぶ、別のワクチン増強戦略を開発した。メッセンジャーRNAワクチンによる一次ワクチン接種(「プライム」)後、動物はアジュバント(抗原性補強剤)なしの重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)スパイク・タンパク質(「スパイク」)の鼻腔内投与を受けた。この方法は、粘膜に強力な細胞性免疫と抗体に基づく免疫をもたらし、非経口追加免疫と同じくらい強力かつ持続的に動物を防御すると同時に、ウイルス伝播もより適切に阻止した。スパイクはさまざまな処方で投与でき、SARS-CoV-1に由来する場合、両方のウイルスに対して強力な交差防御を提供できるかもしれない。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • スニフ試験:におい嗅ぎ試験。
Science, abo2523, this issue p. 872

シナプス特有の翻訳制御 (Synapse-specific translational control)

神経細胞は遠く離れた分岐を有し、翻訳制御の幾らかをその末梢に譲り渡している。成体の脳において、局所的なタンパク質合成がシナプスで起きる。Bernardたちは今回、タンパク質合成の非集中化制御がまた、発生中の神経細胞がシナプスおよび神経回路をどのように作るのかに影響を与えることを示している。発生中のマウス大脳皮質中の介在ニューロン上に生じる興奮性シナプスは、どの型の細胞とどの型のシナプスが関与しているのかに応答するメッセンジャーRNAの翻訳に依存している。(MY,kh)

Science, abm7466, this issue p. 873

森林火災はオゾン層を激減させる (Wildfires deplete the ozone layer)

2019年末から2020年初頭にかけてのオーストラリアの森林火災は、オゾン層の厚さを大幅に減少させた。SalawitchとMcBrideは展望記事において、成層圏の風パターンや、オゾンの光化学的損失を進行させる森林火災を介した化学的要因など、この減少の解釈について論じている。森林火災の強度と頻度が増加しているため、森林火災が成層圏の化学に及ぼす影響を理解することは重要である。(Wt,kh)

Science, add2056, this issue p. 829