AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 18 2022, Vol.378

金属ナノクラスターが印刷を改善する (Metal nanoclusters improve printing)

2光子(2光子吸収重合法を用いた)3次元 (3D) 印刷による重合体構造の特性を向上させるために、遊離基の形成を増加させ重合工程を改善する光重合開始剤が添加される。しかしながら、各重合体には特定の開始剤が必要な場合があり、一般的に用いられる有機分子は最終製品の特性を向上させない。Liたちは、原子状の金属クラスターを2光子吸収体として用いて印刷構造の機械的特性を強化する、2光子3D印刷における改善を報告している。著者たちは、高い機械的強度と安定性を示す、空隙率が可変で階層的な複雑構造の形成を明らかにしている。(Sk,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 金属ナノクラスター:数個から数百個の金属原子が集まって出来る集合体で、単核錯体やバルク金属とは異なる性質を示す。
  • 2光子吸収重合法:2光子を同時に吸収することで励起状態となることが可能な波長のレーザー光と重合開始剤を用いて、硬化性樹脂のレーザー光の焦点部分のみを回折限界を超えて選択的に硬化させる方法。(フェムト秒パルスレーザーのような強力な光源を用いて光子密度の極端に高い局所領域を形成し、2光子吸収という非線形光学現象を用いる)
Science, abo6997, this issue p. 768

セレノフェンで均一分散したままにする (Staying distributed with selenophene)

ペロブスカイト太陽電池では、カチオンとアニオンの混合物を用いることでバンド・ギャップを調整し、安定性を高めることができるが、これらの混合物は、性能を劣化させる望ましくない元素や相の分離を起こしやすい。Baiたちは、そのコロイド膜前駆体に、セシウムとホルムアミジニウムのカチオンの均一な分布を最初に作り出すことで、分離を遅らせることができることを見出した。添加物のセレノフェンは、単一ハロゲン化物および混合ハロゲン化物ペロブスカイトのいずれにおいても、膜の加工中およびデバイス動作中に均質性を維持した。ヨウ化物系太陽電池は、45℃で3000時間後の照明下でも90%の効率を維持することができた。(Wt,kj,nk,kh)

【訳注】
  • セレノフェン:セレンを含む五員環の不飽和複素環式化合物(チオフェンの硫黄がセレンである化合物)。
Science, abn3148, this issue p. 747

側根の発生 (Lateral root development)

植物の根は、植物が必要とする水を含む土壌小領域で最も有効である。水は土壌全体に均一に分布しておらず、側根の形成が抑制されるゼロブランチング応答が、根も均一に分布しないようにしている。Mehraたちは、植物の根が土壌中の乾いた小領域に入り、そこを通って成長するときに何が起こるかを示している。湿った状態では、水は根の表面から師部に流れるが、乾燥した箇所では、代わりに水は師部から根の組織に流れ出す。この逆流は、師部由来のホルモンであるアブシジン酸を運び、細胞間の孔を閉じて、側根の発生を開始するためのホルモンであるオーキシンの能力を妨げる。(Sk)

【訳注】
  • 側根:最初に伸びた主根から、次々に分岐して新たに形成される枝状の根で双子葉植物に見られる。
  • ゼロブランチング:植物の根の先端が土壌内の空間で水と接触しなくなった場合に、側根形成を急速に抑制する適応応答。
Science, add3771, this issue p. 762

ポラリトン化学用の分光法 (Spectroscopy for polaritonic chemistry)

凝集相の化学動力学的現象を操作する有望な方法である振動強結合(VSC)効果の理解に、現在大きな関心がもたれている。VSCにより変更を受ける化学的現象に関するこれまでの研究は、伝統的な化学動力学の手段を用いており、これでは超高速な振動過程をその本来の時間尺度で適切に扱うことができない。Chenたちは、超高速二次元赤外分光法を用いて、ポラリトンが、VSC下で金属カルボニル化合物の2つの振動エネルギー経路の比率を切替えることができ、分子内振動再配分を分子偽回転よりも有利にさせる(共振器から外れるとその逆となる)ことを解明した(Chuntonovによる展望記事参照)。著者たちはまた、かなり議論されてきたが直接の実験証拠を欠いていた長年の疑問であるVSCにおけるダーク・モードの役割を明らかにした。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ポラリトン:分極と電磁波の混合状態のことで、光学フォノンとフォトンとのカップリングによって生成されるボーズ準粒子のこと。
  • 振動強結合:共振器中の定在波の光エネルギーとそこに置かれた分子の振動エネルギーが一致することで生じる、光と分子振動の強い相互作用のこと。これにより分子振動と光の量子的な重ね合わせ状態であるポラリトンが作られる。
  • 金属カルボニル化合物:Fe(CO)5のこと。この分子では、COが軸方向に2個配位、赤道方向に3個配位している。
  • 分子内振動再配分:励起光の照射前後で、Fe(CO)5の分子構造には変化がなく、配位子の振動状態が異なる状態になる変化のことを言っている。
  • 分子偽回転:励起光の照射前後で、配位子が動いて分子構造の対称軸が変わり、分子全体が回転したように見える変化のことを言っている。
  • ダーク・モード:振動強結合が生じる条件下でポラリトンとなっていない振動状態のこと。
Science, add0276, this issue p. 790; see also ade9815, p. 712

堅牢なエッジ (Tough edges)

量子多体系のダイナミクスは、周辺環境との相互作用に大いに影響を受ける。ある特定の摂動から対称性故にトポロジカルに保護された系についても同様である。Miたちは、47個の超伝導量子ビットが連なった鎖を用いて対称性とノイズとの相互作用について調べた。彼らは、周期的に駆動された横磁場中のイジング・スピン・モデルを実装し、系のエッジ・モードがいくつかの種類の対称性の破れに伴うノイズに対して驚くべき程の耐性を示すことを見出した。(NK,ok)

Science, abq5769, this issue p. 785

非任意淘汰 (Nonrandom selection)

複合形質(complex trait)間の相関性は多くの研究で調べられてきたが、そこでは、生物学的重なりがたとえ明瞭でなくても、相関性は遺伝的なつながりを含意していると想定されてきた。多面発現効果を持つ重畳遺伝子が、複数の異なる精神障害に、あるいは精神疾患と代謝疾患などのような別種の疾患にさえも寄与していると提案されてきた。Borderたちは、2つの大きな、集団に基づく調査対象群からの表現型データの分析と計算機シミュレーションを組み合わせることで、ヒトの形質間の多くの相関性がそうではなくて、交差形質の同類交配(遺伝的関連がない特定の特徴を持つ配偶者を選ぶ個人の傾向)によって説明することができることを実証している(GrotzingerとKellerによる展望記事参照)。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 複合形質(complex trait):同じ作用をもった多数の遺伝子の影響を受けて発現する形質。量的形質(quantitative trait)としても知られている。メンデル型遺伝に従わず、多数の表現型が現れる。
  • 重畳遺伝子:DNA の同じ領域が、異なる2つの遺伝子の一部になって遺伝子のこと。
  • 同類交配:類似の表現型を有する個体同士が好まれて、任意交配で予想されるよりも頻繁に交配するという、性的選択の一形態のこと。
Science, abo2059, this issue p. 754; see also ade8002, p. 709

ワクチン接種後の月経周期測定 (Measuring menstruation after vaccines)

月経の変化、特に周期が長くなることと出血が多くなることは、COVID-19などのさまざまなワクチン接種に付随して報告されてきた。これらの観察が誤った情報の広い流布を招き、若い女性の間でCOVID-19ワクチン接種へのためらいをもたらした。以来、さまざまな研究が、月経はCOVID-19ワクチン接種により影響されることがあるが、これらの変化は一時的で、2,3か月以内に消えることを見出してきた。Maleは展望記事で、COVID-19ワクチン接種と感染がどのように月経に影響するのかについて、および可能性のある根底機構について調べた研究について論じている。これらの影響はワクチン試験では定常的に監視されておらず、そのためこれは、免疫系と女性の生殖器系の間の影響情報を明らかにできるかもしれない好機を逸しているのである。(MY,nk,kh)

Science, ade1051, this issue p. 704

人新世を定義する (Defining the Anthropocene epoch)

新しい地質学的な世が到来した。完新世を経て、我々は20世紀半ばに始まったとされる「人新世」の中にいる。人新世の定義は、地球上の人口増加の影響を把握する堆積物層中の特定のマーカーの同定を含んでいる。展望記事でWatersとTurnerは、人新世の始まりを定義するための基準となり得る12の候補地について論じている。これらの地点のコアには、人新世の始まりを確定するための正確な年代決定を可能にするさまざまなマーカーが含まれている。これらの候補地は、2022年後半に投票に掛けられる予定である。もしどれかの候補地が最終的に選ばれたら、それは、人間活動が地球にどのように影響を与えてきたかに研究を集中させるのに役立つよう用いられるだろう。(Uc,MY,kh)

【訳注】
  • コア:地中を掘削して採取した過去の試料を含んだ円柱状の堆積土試料。
Science, ade2310, this issue p. 706

Hippoシグナル伝達の再考 (Rethinking Hippo signaling)

Hippoシグナル伝達経路の調節不全を引き起こす変異は、臓器の過成長を引き起こすことが知られており、このことがこの経路を臓器成長の主な調節因子と考えるよう多くの研究者を導いた。Kowalczykたちはショウジョウバエの目の原基とマウスの肝臓を研究し、そうではなく、Hippoシグナル伝達は正常な成長を指示するのではないことを見出した。Hippoによる過成長の表現型は、Hippoシグナル伝達が異常な遺伝的プログラムを活性化することによって引き起こされるようである。これらの知見は、臓器の成長におけるHippoシグナル伝達の役割についての長年の考えに挑戦し、ガンや再生などの臓器の過成長以外の状況におけるその機能に関する我々の理解を再評価する必要があることを示唆している。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 原基:個体発生の途中で、将来ある器官になることに予定されてはいるが、まだ形態的・機能的には未分化の状態にある部分。
Science, abg3679, this issue p. 744

減数分裂の成功のための組織化 (Organizing for meiotic success)

微小管の適切な組織化は、有糸分裂と減数分裂の両方で娘細胞が染色体の適切な相補体を手に入れることを保証するために不可欠である。有糸分裂を行う体細胞では、この課題は中心体によって実行される。対照的に、減数分裂では多くの動物種において中心体は関与しないが、微小管を組織化する具体的な方法は動物によって異なる。特に、ヒト卵母細胞における紡錘体形成の機構はこれまで理解されていなかった。Wuたちは、ヒト卵母細胞の微小管組織化中心と彼らが名付けたタンパク質構造を検出し、その構成タンパク質のいくつかを同定した。彼らは次に、これらのタンパク質の1つの変異が、ヒト患者における卵母細胞の成熟停止に関連する臨床的不妊症の原因であることを示した。(KU)

Science, abq7361, this issue p. 745

FMRPと腫瘍免疫 (FMRP and tumor immunity)

多くの腫瘍は、免疫系による攻撃と破壊に対して自らに抵抗性を与える機構を発達させてきた。Zengたちは、脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP)がヒトのガンで高度に発現していることを報告し、抗腫瘍免疫に関与していると提唱している。FMRPは、ニューロンRNAの安定性と翻訳を調節するRNA結合タンパク質として最もよく知られている。研究者たちは、マウスのガン細胞においてFMRP遺伝子を遺伝的に不活性化することにより、FMRP欠損腫瘍が増殖を減少させてしまい、Tリンパ球による攻撃をより受けやすくなることを見出した。FMRPを欠く腫瘍細胞は、腫瘍微小環境の再構築、マクロファージ極性化、およびエフェクターCD8陽性T細胞動員に関与するケモカインの発現上昇を示した。(KU,kh)

【訳注】
  • 脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP):脆弱X症候群(知的障害や自閉症スペクトラム障害の最も多い遺伝型)において遺伝子の抑制により遺伝子産物であるこのタンパク質が減少することに起因する。
Science, abl7207, this issue p. 746

ピリジンの3-位を活性化 (Activating pyridine’s 3-position)

多くの医薬品化合物はピリジンのような芳香族複素環部分を含む。したがって、化学者はこれらの環の特定の位置に置換基を選択的につける反応を重視する。Boyleたちは、ピリジン環を開いて直鎖イミンを形成すると、その中間体の際立った特徴で、非反応性であった3-位の炭素のハロゲン化を非常に容易にすることを報告している。その後に再環化すると選択的にハロゲン化された環を生じた。Caoたちによる補完的な方法は、アルキンとエステルによるピリジンの可逆的反応を用いて、電子構造を壊してハロゲン化のために3-位を活性化するものであり、トリフルオロメチル化についても同様である(Jooによる展望記事参照)。(hE,kj,kh)

Science, add8980 and ade6029, this issue, pp. 773 and 779; see also ade5501, p. 710