AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 4 2022, Vol.378

花の性の決定 (Floral sex determination)

メロンでは、花は最初、両性的に発達するが、さらなる成長が心皮または雄しべのいずれかの発達を停止させ、成熟した花は雄花または雌花に絞り込まれる。雌花だけがメロンの実をつける。Zhangたちは、両性の初期の花を雄花または雌花のいずれかに変化させるのに関与する遺伝子を特定した。ジンク・フィンガー転写因子WIP1が心皮の発達を妨げ、雄花の発達が進むのを可能にする。逆に、おそらくオーキシンのシグナル伝達により支援された、ホルモンであるエチレンの産生に関与する酵素の発現は、雌花の発達を支援および促進している。(Sk,kh)

【訳注】
  • ジンク・フィンガー:その特徴的な折り畳み(fold)形状の安定化に亜鉛イオンを必要とする、多様なドメイン(タンパク質の小さな領域)の総称。これを含むタンパク質は多岐にわたるが、そのほとんどがDNAやRNAなどに結合する性質を有する。
  • 心皮:のちに種子になる胚珠を内包するめしべの構成要素であり、成長して果実の果皮になる。
  • オーキシン:主に植物の成長(伸長成長)を促す作用を持つ植物ホルモンの一群。
Science, add4250, this issue p. 543

遺伝コードの構造を変える (Changing the genetic code’s structure)

遺伝情報がDNA内の遺伝子にコード化される規則である遺伝コードは、生命のあらゆる界にほぼ普遍的に存在し、多様な細胞間での遺伝的な情報と革新の伝達を可能にしている。生物学者は長い間、この共通コードを利用して、微生物、作物、動物の遺伝子操作を行ってきた。Zürcherたちは、遺伝情報がDNAにコード化される際の規則を改変し、他の生物と機能的な遺伝情報を交換できない、遺伝的に隔離された生物を作り出した。この改変された遺伝暗号は、貴重な人工生物を自然の侵略者から保護し、自然界を人工遺伝物質から保護する。(ST,kh)

Science, add8943, this issue p. 516

タンパク質分解のための閉鎖複合体 (Closed complex for protein degradation)

内在性タンパク質を低分子化合物による分解の標的にする能力は、広範囲の疾患を治療する道を広げてきた。Watsonたちは、 CELMoD(CRBN E3 リガーゼ調節薬)と呼ばれるこれらの分子の1つのクラスが、分解すべき基質を認識して印をつける酵素であるセレブロン(CRBN)の立体構造の景観をどのように変えるのかを研究した。著者たちは、CELMoD化合物がCRBNの立体構造を完全に開放された機能しない形から活性な閉鎖形へと再配置すること、ただし、CRBNタンパク質の一部分についてのみ再配置する引き金を引くことを見出した。次世代のCELMoDは、より有効な治療薬となるが、はるかに効率よく閉鎖を促進することによって、はるかに多くのCRBNタンパク質を活性化すると思われ、将来の医薬開発はこのアロステリック効果を利用して効能を改良することができるかもしれない。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • セレブロン:タンパク質の分解を司るE3ユビキチンリガーゼ複合体の構成因子であり、分解すべき基質タンパク質を認識する役割を担っている。セレブロンの機能を低分子化合物によって変換(モジュレーション)することで、さまざまな疾患の原因を担うタンパク質の分解を促す新たな薬を用いた治療法開発の道が期待される。
  • アロステリック効果:酵素や受容体、阻害物質などのタンパク質の機能を、エフェクターと呼ばれる他の化合物が標的タンパク質の活性部位やリガンド結合部位ではない部位(アロステリックサイト)に結合することで、その活性状態が調整される現象をいう。エフェクターによって標的タンパク質の立体構造が変化することで起きる。
Science, add7574, this issue p. 549

堅牢な量子ネットワーク・ノード (A robust quantum network node)

量子ネットワークを構築し長距離量子情報通信を実現するには、高効率な光インターフェイスと長い記憶時間を有する量子メモリ・ノードが不可欠である。ダイヤモンド中の色中心は、その長い 可干渉時間と高効率な光インターフェイスから、この目標達成の有望な候補と目されている。Stasたちはダイヤモンド中のシリコン欠陥を用いて、この2つの特性の両方を1つの素子に実装した(Gangloffによる展望記事参照)。著者たちは、2秒を超える寿命を有する量子メモリーと、2量子ビット・レジスタの量子状態の完全な光制御を実証している。内蔵エラー検出能力を備えているので、この技術基盤は拡張性のある量子ネットワークの開発に有望である。(NK,nk,kh)

【訳注】
  • シリコン欠陥、色中心:ダイヤモンド結晶格子中の隣接する2個の炭素原子を1個のシリコン原子で置き換えてできる欠陥。これは光学的に活性で、色中心でもある。
Science, add9771, this issue p. 557; see also ade6964, p. 473

新たな高みへの到達 (Reaching new heights)

大規模で爆発的な火山噴火は、火山灰、ガス、水などの物質を成層圏にまで高く吹き上げ、大気の組成や気候に顕著な影響を与えることがある。Proudたちは、2022年1月に起きたフンガトンガ火山噴火の静止衛星画像を用いて、その火山雲が高度57kmに達し、成層圏をはるかに超えて中間圏に達したことを示している。この噴火は、これまでの記録の中で最大の噴火の1つであり、その火山噴煙は、これまで記録されたどれよりも高いことを示している。これは、火山噴煙が成層圏界面を貫くのが見られた初めての例である。(Wt,nk)

Science, abo4076, this issue p. 554

脱アミノ酵素はウイルスの進化を駆動する (Deaminase drives viral evolution)

サル痘の症例は、数十年にわたり世界中で散発的に発生してきた。しかしながら、2022年5月には、流行地域から離れてサル痘感染の報告が急増し、それは男性と性交渉する男性の集団に集中していた。幸いなことに、天然痘ワクチンの改良版はサル痘に対して有効である。Giganteたちは米国で発生している2つの系統を同定して、宿主のアポリポタンパク質B編集複合体(APOBEC3)配列内包シトシン脱アミノ酵素からの抗ウイルス活性の証拠を示した。APOBEC3による編集はポックスウイルスに対しては普通でないことであるが、最近のサル痘ウイルスの進化を駆動しているように見える。(KU,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ポックスウイルス(科):サル痘を引き起すウイルス分類の1つの科で、線状の2本鎖DNAをゲノムとして持つDNAウイルス。
  • APOBEC3:シトシン脱アミノ酵素などに保存された配列で、侵入ウイルスのDNA配列に編集を施す宿主の抗ウイルスシステム。
  • APOBEC3による編集:APOBEC3がボックスウイルスの2本鎖DNAの一部の配列を書き換えること。
Science, add4153, this issue p. 560

アストロサイトの多様性と形態構造 (Astrocyte diversity and morphology)

アストロサイトはグリア細胞の主要な型であり、それを決定づける特徴として複雑で密に分岐した形態構造を示す。Endoたちは、マウス中枢神経系(CNS)のいろいろなところで、アストロサイトの類似性、多様性、および形態構造を研究した(Baldwinによる展望記事参照)。彼らは、CNS領域間のアストロサイトの形態構造に関係する遺伝子ネットワークを突き止めた。意外なことにその幾つかがアルツハイマー病(AD)の危険性に関連する遺伝子群を含んでいた。これらの遺伝子の発現がマウスで低下した場合、アストロサイトの形態構造の複雑さが減少し、マウスは認知試験で機能障害を示した。注目すべきことに、ADのマウス・モデルおよびヒトのADと他の幾つかのCNS障害において、同じ遺伝子群が発現低下している。これらの知見は、アストロサイトの形態構造の喪失が、多様なCNS障害の治療上の標的になりうるかもしれないことを示唆している。(MY)

【訳注】
  • グリア細胞:電気的な信号伝達活動をしない神経系を構成する細胞で、神経細胞に対して直接的あるいは間接的に、信号伝達の高速化・機械的支持・栄養補給する機能を持つ。
Science, adc9020, this issue p. 514; see also ade9249, p. 475

神経細胞の実時間電位イメージング (Real-time voltage imaging of neurons)

神経細胞の種々の集団がどのようにして、それらの活動パターンを同時に調和させて回路出力を制御するのかは依然として十分理解されていない。これはある程度、対象とする細胞集団内および集団間での電位変動の過程を同時に測定することができないためである。Kannanたちは、遺伝子同定された複数並列神経細胞の電位を覚醒行動中の動物で高速膜電位画像化するための、一式の相互接続可能な遺伝子にコードされた電位表示手段を開発した。これらの表示手段は活性神経集団による発火の実時間記録向きに一対一の組み合わせが可能である。この技術的進歩は、異なる細胞種類の神経細胞間における実時間でミリ秒単位間隔の相互作用に関する初めての包括的な研究を可能にする。(MY,ok,kj,nk,kh)

Science, abm8797, this issue p. 515

異常なニューロンの選択的サイレンシング (Selectively silencing abnormal neurons)

てんかん患者のほぼ1/3は、現在利用可能な抗てんかん薬には効き目がない。いくつかの遺伝子治療方法が提案されてきたが、これらの方法は、所与の脳領域のすべてのニューロンを無差別に標的にする傾向がある。Qiuたちは、病理学的に過剰活動しているニューロンを自己選択し、その興奮性を閉回路制御で減少させる遺伝子治療戦略を開発した(Staleyによる展望記事参照)。彼らは、カリウム・チャネルをコードするKCNA1遺伝子を、ニューロンの激しい発火によって活性化される最初期遺伝子プロモーターの制御下に置いた。脳回路の活動がひとたび基準レベルに戻ってしまうと、この処置は自己的にオフになる。この方法は原理的には、ニューロンの部分集団のみが病理学的に過剰に活動している神経精神障害の治療に使用できるかもしれない。(KU,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 最初期遺伝子(immediate early gene):細胞への刺激に応答して速やかに発現が誘導される一群の遺伝子の総称。
Science, abq6656, this issue p. 523; see also ade8836, p. 471

燃え上がって痛い目に遭う (Getting burned)

地球温暖化は野火を引き起こす条件を多くの地域で悪化させているが、これは、広大な泥炭地が大量の炭素を保持している北極圏を含んでいる。しかし、北極圏での野火の広がは、条件の変化から予想されるように増加しているのだろうか? Descalsたちは、過去40年間で最も高温だった2020年の夏に、北極圏の火災が炭素を多く含む土壌をかつてないほど広範囲に焼いたことを見出した(PostとMackによる展望記事参照)。彼らは、近い将来の気候温暖化が、今世紀半ばまでに北極圏の炭素を多く含む土壌の、指数関数的な焼失面積の増加を引き起こすだろうと予測している。(Uc,kh)

Science, abn9768, this issue p. 532; see also ade9583, p. 470

近くの活動銀河がニュートリノを放射 (Nearby active galaxy emits neutrinos)

高エネルギーの拡散背景ニュートリノは、観測により示されており、これは、銀河系外起源であることが知られている。 しかし、この背景ニュートリノに寄与する個々の放射源を特定することは困難であった。IceCube Collaborationは、宇宙物理学的なニュートリノの到来方向を再分析し、点源を探査した(Muraseによる展望記事参照)。彼らは、近傍の活動銀河であるNGC 1068(メシエ 77 としても知られる)からのニュートリノ放射の証拠を確定した。その特性は、2018 年にニュートリノの発生源であることが判明したTXS 0506+056とは全く異なり、研究者たちは、背景ニュートリノに寄与する天体種族が複数存在する可能性を示唆している。(Wt,ok,nk,kh)

Science, abg3395, this issue p.538; see also ade4190, p. 474

鳴鳥の複雑な認知能力 (Complex cognition in songbirds)

象徴認知の基礎は再帰、つまり類似の構造の中に構造をはめ込む能力である。この能力は霊長類でのみ確認されてきたが、Liaoたちは、複雑な認知能力を示す鳴鳥の仲間であるハシボソガラス (Corvus corone) が、視覚刺激の再帰的な並びを解析、学習、および生成できることを見出した。この鳥は、わずか数回の学習試行の後、人間の3歳から4歳の子供に匹敵する、人間以外の霊長類よりも優れた能力レベルに達した。鳴鳥の情報伝達と人間の言語との類似点を考えると、これらの調査結果は、同種間の複雑な情報伝達の根底にある基本的な認知能力に光明を与える。(Sk,ok)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abq3356 (2022).