AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 28 2022, Vol.378

窒素を光の軽作業にする (Making light work of nitrogen)

太陽光駆動による大気中の窒素からのアンモニア合成は、分散型の化学肥料生産と炭素排出量ゼロの代替燃料への魅力的な手法を提供する。Johansenたちは、青色光照射がジヒドロピリジンであるハンチュ・エステルを活性化し、分子モリブデン触媒の存在下で窒素をアンモニアに還元する (正味では6-電子/6-水素イオン還元) 、光駆動での転移による水素化法を開発した。その正味での反応は、熱力学的には工業的ハーバー-ボッシュ法に匹敵するが、高温と高圧の代わりに光がこの反応を駆動するエネルギーを提供する。その酸化ピリジン副生成物は、化学的(水素化を通して)または電気化学的なリサイクルに適している可能性がある。イリジウム系光酸化還元触媒の添加は、この方法の収率と速度の両方を向上させる。(Sk,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.ade3510 (2022).

新しい種類の抗うつ薬 (A new class of antidepressant drugs)

現在用いられている抗うつ薬は好ましくない副作用である中毒性を示したり、統合失調症を起こしうる。したがって、このような欠点のない、速やかに作用発現する抗うつ薬を開発することは重要な神経薬理学的な目標である。Sunたちは、セロトニン・トランスポーター(輸送体)を一酸化窒素合成酵素から解離することが背側縫線核と呼ばれる脳領域中の細胞間セロトニン濃度を特に減少させることを発見した。この相互作用を絶つと、この領域におけるセロトニン作動性のニューロン活性を増強し、内側前頭前皮質へのセロトニン放出を劇的に増加し、これによって速やかに作用発現する抗うつ効果を生じた。一酸化窒素合成酵素とセロトニン・トランスポーターの相互作用を阻害する低分子化合物は、動物モデルで速やかに作用発現する抗うつ効果を示した。(hE)

Science, abo3566, this issue p. 390

多様化する (Becoming diverse)

哺乳類は、巨大なクジラから小さなキティブタバナコウモリまで、脊椎動物の中で最も多様な形態を持っている。哺乳類がどのようにしてこのような多様性を獲得したのかについては、これまでにも根強い議論があり、進化的変化のタイミングと速さをめぐって多くの議論がなされてきた。Goswamiらは、絶滅した哺乳類と現存する哺乳類の頭蓋骨の大規模なデータセットを調査し、進化的変化の速度が白亜紀と古第三紀の境界の頃にピークに達し、それ以降は全般的に遅くなっていることを明らかにした(SantanaとGrossnickleによる展望記事参照)。水棲生物や草食生物などある種の生活様式が変化が速め、一方、げっ歯類など一部の種では、形態変化は分類学的多様化と切り離されているようである。(Uc,KU,kj)*

【訳注】
  • キティブタバナコウモリ(bumblebee bat):タイ西部に生存する体長2.9~3.3cmのコウモリの中でも最小種の一つ。
Science, abm7525, this issue p. 377; see also add8460, p. 355

遺伝子を鏡像で書く (Writing genes in mirror image)

鏡像生物学および関連応用を構築するには、大きな鏡像の酵素およびRNAが必要であるが、これらの構成要素の合成は依然として困難なままである。XuとZhuは、100キロダルトンの鏡像T7 RNAポリメラーゼを化学合成し、2.9キロベースの長さの高品質 l-RNAの効率的かつ忠実な転写を可能にした。鏡像T7の転写の実現は、正常に機能する試験管内の鏡像生体分子系の作成に向けた、鏡像リボソーム合成における重要な段階であり、診断および治療での実用的応用に対する新しい機会を提供してくれるかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • キロダルトン:静止して基底状態にある自由な炭素12原子の質量の1/12に等しい質量が1ダルトンと定義されており、キロダルトンはタンパク質の分子量を表す場合に用いられる
  • l-RNA:自然界のRNAとは鏡像のL-型ヌクレオチドから人工的に作られたRNA
  • キロベース:一本鎖中の1000個の塩基または二本鎖中の1000個の塩基ペア(bp)に等しいDNAおよびRNAの長さを表す単位
Science, abm0646, this issue p. 405

化学空間におけるより良い指針 (Better navigation in chemical space)

化学者は通常、比較的類似した出発化合物の小さな組み合わせを用いて反応を発見する。それらの化合物に最も良く働く条件が、別の代替条件の方が結果を改善するかもしれない場合でも、多数の他の、しばしば異なる化合物に適用される。Angelloたちは機械学習と自動合成の反復手法を開発し、由緒あるSuzuki-Miyaura炭素-炭素カップリング反応の基本条件を改善した。この方法は化学空間の広い領域をサンプリングし、従来の研究ではめったに追跡されない否定的な結果を考慮したため、平均収量の大幅な改善が得られた。(KU,ok,nk,kh)

Science, adc8743, this issue p. 399

破断を2相化で止める (Phasing out fracture)

セラミックはプラスチックのように変形するとは考えられておらず、むしろ負荷に応答して破断する傾向にある。Zhangらは、破断を回避し、窒化ケイ素の延性を劇的に向上させる手法を見出した (Frankbergによる展望記事参照)。筆者らは、二種類の相を有し、その二層が境界でコヒーレントに接続している窒化ケイ素試料を創った。この立体配置は、結合が壊れて材料が破断する従来の傾向を回避する、負荷中の2段階の滑り2相変形を可能にする。この機構が他のセラミックにも適応できるならば、セラミックをよりプラスチック風にする方法になるかもしれない。(NK,ok,kj,nk,kh)

Science, abq7490, this issue p. 371; see also ade7637, p. 359

新規な種類の細菌性遺伝毒性物質 (A new class of bacterial genotoxins)

炎症性腸疾患の人々は、一般集団と比較して結腸直腸ガンを発症する危険性が高い。腸内細菌叢は腫瘍形成に影響しうる多くの要因の1つで、それは腸の免疫系を調節し細菌代謝物を産生する作用にもある程度依っている。Caoたちは機能的選別を開発して、炎症性腸疾患の患者から得られた腸内細菌が遺伝毒性を持つかどうかを試験した(PuschhofとSearsによる展望記事参照)。著者たちは、インドールイミンと呼ばれるDNA損傷を誘発する微生物の代謝物質ファミリーを見つけた。これらの物質はグラム陰性菌であるモルガン菌により産成される。結腸ガンのマウス・モデルにおいて、モルガン菌は腫瘍量を悪化させたが、インドールイミンを産生できないこの細菌の変異型はそうではなかった。ヒト細菌叢由来のこの多様な一連の遺伝毒性小分子は、腸の腫瘍形成の一因となっているのかもしれない。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • 遺伝毒性:化学物質が直接的または間接的にDNAに変化を与える性質のこと。
  • インドールイミン:NHを有する複素五員環であるピロールにベンゼンが縮合した芳香族複素環式化合物であるインドールに、イミン(=NR)が含まれる置換基が付いた化合物。
  • グラム陰性菌:グラム染色法により陰性となる細菌。染色が起こる細胞壁のペプチドグリカン層が薄い細菌が陰性となる。
Science, abm3233, this issue p. 369; see also ade6952, p. 358

スペルミジンが老齢マウスのガンと闘う(Spermidine fights cancer in aging mice)

老齢マウスではポリアミンであるスペルミジンの存在量が減少し、その補充は回復効果をもたらし、寿命をのばすことができる。Al-Habsiたちは、スペルミジンの喪失が老齢マウスにおける抗腫瘍免疫の喪失に寄与するかどうかを探索した。スペルミジン濃度の回復は、プログラム細胞死リガンド1(PD-L1)モノクロナール抗体療法によって刺激される抗腫瘍応答を高めた。スペルミジンは、脂肪酸の酸化を増加させることでT細胞機能に直接影響を及ぼしているように見えた。タグ付けスペルミジンは、ミトコンドリアの三機能タンパク質(mitochondrial trifunctional protein)複合体の構成成分に結合し、これにより、脂肪酸の酸化とATPの産生を増加させた。著者たちは、これらの結果がペルミジンの長寿増進効果に寄与しているかもしれないと提唱している。(MY)

【訳注】
  • スペルミジン:化学構造式がC7H19N3の直鎖ポリアミン。
  • PD-L1:T細胞の細胞表面に発現し、活性化T細胞の機能を抑制する受容体であるPD-1と結合し、T細胞の活性を阻害するタンパク質。腫瘍細胞は、PD-L1を発現してT細胞による免疫機構を逃れる。
  • PD-L1モノクロナール抗体療法:免疫を担うT細胞表面のPD-1受容体に結合して免疫から逃れる腫瘍細胞に対し、この結合をモノクロナール抗体で阻害することでT細胞の攻撃性を保つ療法。
  • ミトコンドリアの三機能タンパク質:ミトコンドリア内膜にあり、長鎖脂肪酸から生成されたアシルCoAを炭素鎖を2個ずつ短くしながらアセチルCoAにする酵素タンパク質(アセチルCoAはトリカルボン酸回路を経てATP産生に至る)。3つの触媒機能を有し、三頭酵素とも呼ばれる。
Science, abj3510, this issue p. 370

炭素-水素立体配置へのわずかな光によるひねり (Light tweak to carbon?hydrogen configuration)

分子における化学結合の相対的立体配置は、多くの場合、その薬学的性質に大きな影響を与える。したがって、多くの一般的な反応と容易に入手できる多くの前駆体とは、複数の炭素中心の可能な相対的立体配置を一つしか提供できないことが、薬物合成を面倒にする。Zhangたちは、ジスルフィド水素移動剤と一対になったタングステンを基本とする光触媒が、本来は不活性である第三級炭素と水素の結合の立体配置を効率的に変更できることを報告している。このプロセスは、例外はあるが、一般に熱力学的生成物に有利であり、複雑な分子のジアステレオマー間を正確に切り替える便利な手段を提供する。(KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 熱力学的生成物:反応物から生成物を作るときにその生成物の安定性で最終生成物が決まる(熱力学的経路)場合と、一方反応の活性化エネルギーの大小で最終生成物が決まる場合を速度論的生成物(速度論的経路)という。
Science, add6852, this issue p. 383

洞察に富んだ衝突 (An insightful impact)

2021年12月24日、火星のミッション「InSight」の地震計が、明確な特徴を有する大規模な地震事象を検出した。Posiolovaたちは、この事象が火星表面への隕石の衝突によって引き起こされたことを発見した。これは、新たに形成された150kmのクレーターが衛星観測されたことで確認された。この衝突の地表面特性とその規模のため、Kimたちはこの事象からの表面波を検出することができたが、これは、火星ではそれ以前は観測されていないものである。この表面波は、火星の地殻構造を解明するのに役に立つ。火星の地殻には地表下の氷とともに、種々さまざまの量の火山岩や堆積岩があり、この惑星のいろいろな地域に存在している (YangとChenによる展望記事を参照のこと)。その衝突自体の特性は重要であり、これらの特性がこれまでに観測された火星震とは異なる衝突事象の特徴ある地震の痕跡を与えるためである。(Wt,KU,nk)

Science, abq7704, abq7157, this issue p. 412, p. 417; see also add8574, p. 360

抗ウイルス・タンパク質のレトロウイルス起源 (Retroviral origins of antiviral proteins)

レトロウイルス起源の配列はヒト・ゲノムに豊富に存在するが、その機能的重要性はよく分かっていない。Frankたちは、ヒト胎児発生、ウイルス感染、および免疫刺激の間で発現するレトロウイルス・エンベロープ (これは通常、ウイルスの細胞への侵入を促進する) に由来する配列のプールを同定した (Padilla Del ValleとMcLaughlinによる展望記事参照)。著者たちは、これらの配列の一部が、感染性ウイルスによって標的とされる細胞表面受容体に結合して競合することで、抗ウイルス活性を持つタンパク質をコードしているのではないかと考えた。細胞培養における遺伝子操作は、そのようなタンパク質の1つSUPYNが、いくつかの哺乳動物で循環しているD型レトロウイルスによる感染を制限できることを示した。(KU,nk,kh)

Science, abq7871, this issue p. 422; see also ade4942, p. 350

白血病治療はウイルス復活の危険を冒す (Leukemia treatment risks viral resurgence)

サイトメガロウイルス (CMV)は、永続的な生涯にわたる潜伏感染を確立する。しかし、さまざまな形態の免疫の調節不全がCMV複製の再活性化を引き起こし、罹患率と死亡率の深刻な危険性をもたらす可能性がある。Wassたちは、エフリン受容体A2 (EphA2)と連携したCMVタンパク質US28が、宿主のSrc-MAPK-c-Fosシグナル伝達を制御し、それがCMVの潜伏を制御することを見出した。著者らは、EphA2阻害剤ダサチニブがCMVの再活性化をもたらすことを示している。この薬は白血病の治療に臨床的に使用されており、気づかずにCMVを再活性化させてしまう可能性がある。確かに、臨床データはダサチニブ治療がCMV関連疾患の増加と関連していることを示している。(Sh,ok,kh)

【訳注】
  • サイトメガロウイルス:突発性発疹や水ぼうそうの原因となるヘルペスウイルスの仲間で、宿主細胞核内に光学顕微鏡で観察可能な「フクロウの目(owl eye)」様の封入体を形成することを特徴とする。
  • エフリン受容体:タンパク質エフリンを特異的に結合する受容体型チロシンキナーゼ(=アミノ酸の一つであるチロシンにリン酸を付加する機能を持つ酵素)。
  • Src-MAPK-c-Fosシグナル伝達:隣接するタンパク質にリン酸基を付加することで分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)を含む多くの細胞内タンパク質からなる経路を通って、細胞表面の受容体から細胞核内のDNAに信号を伝達する過程。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.add1168 (2022).