AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 21 2022, Vol.378

黒色オオカミの加算点 (Black wolves’ leg up)

北アメリカでは、オオカミは通常、灰色または黒色の毛をしており、これらの色の比率は個体群にわたって異なっている。これらの毛色の遺伝的性質が明らかにされてきており、今では、黒色オオカミは、犬ジステンパー・ウイルスへの耐性にも関連する遺伝子に対してホモ接合型またはヘテロ接合型のいずれかであることがわかっている。Cubaynesたちは、北米全体からのデータ、特にイエローストーン国立公園の個体群(絶滅後再導入された個体群)からのデータを分析し、ウイルスが存在しない場合には灰毛のオオカミがより高い繁殖成功を収めるにもかかわらず、犬ジステンパーが蔓延する地域で、ヘテロ接合体の優位性と配偶者選択の好みが黒毛のオオカミにとって有利に働き、黒毛が維持されていることを見出した。(Sk,nk,kh)

Science, abi8745, this issue p. 300

3つの医薬は如何にして機能を回復するのか(How three drugs restore function)

嚢胞性線維症は、正常な体液バランスと分泌にとって重大な塩素イオンチャネルの欠陥によって引き起こされる。この疾患では、508番目のアミノ酸であるフェニルアラニン1つの欠失(Δ508変異)が最も一般的な変異であり、このためタンパク質が細胞表面に到達する前に折り畳みミスが起こり分解されてしまう。FiedorczukとChenは、折り畳みを改善し、チャネルを強化するための組合せ治療で用いられる3つの医薬(Tezacaftor、IvacaftorおよびElexacaftor)に結合したΔ508チャネルの構造を決定した。彼らは、折り畳み改善とチャネル強化の両方の機能をもつ、これらの医薬のうちの1つ(Elexacaftor)に対してこれまで知られていなかった結合部位を明らかにした。これらの構造によって、1つの改善薬(Elexacaftor)のみを用いたときには部分的な折り畳み改善しか示さなかったが、タイプIの改善薬(Tezacaftor)とタイプIIIの改善薬(Elexacaftor)を組み合わせたときには完璧な改善が得られることを示した。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • 嚢胞性線維症(cystic fibrosis:CF):?胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator:CFTR)の遺伝子変異に伴う機能喪失を原因とする致死性の劣性遺伝病。
Science, ade2216, this issue p. 284

エッジで学ぶ (Learning on the edge)

携帯電話やセンサーなどのスマート・デバイスは、インターネットのエッジで動作する低電力の電子機器である。これらのデバイスはますます高性能になっているが、複雑な機械学習のタスクを局所的に実行することはできない。代わりに、このようなデバイスは、機械学習タスクをクラウドにに任せる。そこではこれらのタスクがデータ・センターにある工場規模のサーバーにより実行され、結果として、大きな電力消費、遅延時間、データの秘匿性に関する問題が発生する。Sluddsたちは、フォトニクスとエレクトロニクスの長所を生かした NetCast と呼ばれるエッジ-コンピューティングのアーキテクチャを紹介している。この方式では、情報処理ができる送受信機が、共通して使用される深層ニューラル・ネットワークの重みを定期的に送信する。このアーキテクチャは、最小限のメモリと処理能力を有する低消費電力のエッジ・デバイスが、テラフロップの速度で計算を行うことを可能にする。これは、従来は高処理能力のクラウド・コンピュータにとっておかれたものである。(Wt,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エッジ・コンピューティング:コンピュータ・ネットワーク上のデータ処理方法の現在の主流であるクラウド・コンピューティングでは,データを中枢のクラウド・サーバで集中的に処理する。これに対して、通信遅延の少ないネットワークの縁(エッジ)の近くに分散配置する、エッジ・サーバないしエッジ・デバイスでデータを処理する方法のこと。展開が始まっているデータ通信方式の5Gはこれの活用を目的としている。
Science, abq8271, this issue p. 270

C型肝炎ウイルスの標的に焦点を合わせる (Focusing on the HCV target)

C型肝炎ウイルス(HCV)は、肝硬変や肝ガンに至ることがある慢性の肝臓感染症を引き起こす。予防ワクチンは、何百万もの人々に対してこれらの長期にわたる影響を緩和できるかもしれないが、ワクチン開発は、ワクチン標的(このウイルスの表面にある糖タンパク質複合体)に関する構造情報の欠如により妨げられている。Torrents de la Penaたちは、3つの広域中和抗体と複合体を形成したエンベロープ糖タンパク質E1E2のヘテロ二量体の低温電子顕微鏡構造を決定した。この構造は、2つのサブユニットがどのように相互作用するのかを明らかにし、また3つの重要な中和エピトープを記載しており、HCVを標的とするワクチンと薬剤の設計に対する青写真を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • エンベロープ:一部のウイルス粒子に存在し、ウイルスの殻(カプシドタンパク質)のさらに外側を覆う主として脂質でできた膜のこと。ウイルス粒子が宿主細胞から出芽する際に宿主細胞の細胞膜から獲得される。
  • エピトープ:抗体が認識する抗原の一部分のこと。
Science, abn9884, this issue p. 263

ハニカム構造の流路が分離を増強する (Honeycomb channels enhance separations)

浸透気化膜は、溶液から揮発性化合物をエネルギー効率よく分離するために、浸透と蒸発の組み合わせを用いる。Xuたちは、欠陥のない超疎水性の金属有機構造体(MOF)ナノシート膜を製造するための方法を設計した。著者らは、MOFをポリジメチルシロキサン (PDMS) 基質に分散させる代わりに、ポリマー基板上に埋め込まれたMOFの種の連続的で均一な層を成長させ、その後PDMSで密封した。この手順は、高い柔軟性と高速の分子輸送流路を備えたハニカム構造をもたらし、それによって水からアルコールの分離を増強する。(Sk,ok,kj,kh)

Science, abo5680, this issue, p. 308

成果達成 (Does the trick)

海洋保護区(MPA)は、地域魚類個体群を保護することを示してきた。しかし、長距離を移動または回遊する魚類の保護にも有効なのかどうか、疑問が残されていた。Medoffたちは、ハワイ近傍に設置され最近確立された今までで最大規模の完全に保護されたMPAの有効性を調べ、そしてメバチとキハダという2種の回遊魚に与えられた保護が、これまで定住魚類個体群にしか見られなかった波及効果があるという証拠を明確に見つけた。(Uc,KU,ok,kj,kh)

Science, abn0098, this issue p. 313

ミトコンドリアはらせん構造タンパク質をどのように扱うのか (How mitochondria handle helical proteins)

代謝とシグナル伝達におけるミトコンドリアの重要な役割は、ミトコンドリア外膜に埋め込まれる、機能的におよび構造的に多様なクラスのα-らせん構造タンパク質群に依存している。Gunaたちは、ミトコンドリア外膜のタンパク質MTCH2(mitochondrial carrier homolog 2)を同定し、それがミトコンドリアのα-らせんタンパク質群の挿入に必要十分であることを見出した。 MTCH2は、祖先の溶質輸送体の分岐した折り畳みを活用して膜タンパク質の挿入を仲介する、組込み酵素(insertase)のある進化的に広く保存された部類の典型的構成要素である。ミトコンドリア外膜の生合成に対する門衛としてのMTCH2の役割は、その多面的な表現型およびヒト疾患との関連性を合理的に説明する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ミトコンドリアのα-らせんタンパク質:ミトコンドリア外膜に存在する膜貫通タンパク質で、外膜外側の細胞質と内側のミトコンドリアとの間のシグナル伝達等を担っている。
  • 組込み酵素(insertase):特定の膜タンパク質の膜への組み込みに関与するタンパク質。
  • MTCH2:ミトコンドリアの代謝に必要な物質をミトコンドリア基質に輸送する輸送体(トランスポーター)タンパク質として知られている。
Science, add1856, this issue p. 317

いつマウスが食べるかが何故重要なのか (Why it matters when mice eat)

毎日の活動周期および睡眠周期に対する給餌の時期は、同一の高脂肪食(HFD)を与えられたマウスが肥満になるかどうかを決定することができる。Heplerたちは、そのようなエネルギー処理差の背後にある機構を明らかにした(LagardeとKazakによる展望記事参照)。彼らの実験では、マウスの日周期の活動相(マウスの場合は夜間)の間に消費されるHFDを給餌されたマウスは、食物が熱を産する代謝作用により生じるエネルギー支出高がより多かった。そのような熱産生は脂肪細胞の概日時計とクレアチン合成の増加に依存しており、結果として脂肪細胞のミトコンドリアでのATP回転の無益回路を亢進させる。これらの結果は、時間制限摂食の有益性、および概日性の乱れがどのようにして代謝性疾患の一因になり得るのか、を説明するのに役立つ。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • クレアチン:脊椎動物の筋肉に多量に含まれるアミノ酸類似化合物。リン酸が結合したクレアチンはエネルギー貯蔵体として機能する。
  • 無益回路:2つの代謝経路が同時に逆方向に働き、全体としてはエネルギー消費以外は変化がない回路のこと。ここでは、CKBと呼ばれるリン酸化酵素でのATP消費でクレアチンがリン酸結合型となり、それが分解熱産生してクレアチンに戻るATP消費回路のことを言っている。
Science, abl8007, this issue p. 276; see also ade6720, p. 251

すべてを手に入れることはできない(One cannot have everything)

さまざまな病気の発生率に、性差があることはよく知られている。同様に、代謝疾患と他の身体疾患に関連するいくつかの遺伝子が、別の環境下で適応したため、進化の間で選択された可能性が高いことが理解されている。これらの病気発生率についての概念の両方を結びつける一つの例として、Nikkanenたちはマウスを用いて、肝臓の転写因子BCL6が、雌マウスと雄マウスにおいて活性な遺伝子プログラムの決定と、それ故に異なる条件下における双方のマウスの生存に重要な役割を果たしていることを示した (WaxmanとKinemanによる展望記事参照)。雄マウスはBCL6の発現が高く、結果として感染から保護されるが代謝性疾患に脆弱であり、一方雌マウスではその逆が観察された。(KU,nk,kj,kh)

Science, abn9886, this issue p. 290; see also ade7614, p. 252

卵母細胞はミトコンドリア周辺にmRNAを貯蔵する (Oocytes store mRNAs around mitochondria)

哺乳類の卵母細胞は、その発生の最終段階の間でDNAをメッセンジャーRNA (mRNA) に転写するのを止める。卵母細胞の減数分裂と初期胚の発生は、転写の存在しない場合に生じ、その代わりに卵母細胞に貯蔵されている母体のmRNAに依存する。しかしながら、哺乳類の卵母細胞がmRNAをどこにどのように貯蔵しているかは、まだ解明されていない。Chengたちは、ヒトの卵母細胞を含む哺乳類の卵母細胞が、ヒドロゲル様特性を持つ膜のない区画内のミトコンドリア周辺に母体のmRNAを貯蔵することを発見した。RNA結合タンパク質ZAR1はこの区画の組み立てを駆動し、結果としてミトコンドリアをクラスター化し、分解からmRNAを保護する。(KU)

Science, abq4835, this issue p. 262

分光器を小型化する (Miniaturizing spectrometers)

高分解能分光法は、卓上器サイズへと小型化が進んでいる。近年のコンピュテーショナル分光器に関する努力は、この物理的な大きさがナノワイヤーと2次元材料をもちいることでさらに小型化可能ということを示しているが、これらの装置には性能限界が伴うことが多い。Yoonらは、2Dファン・デル・ワールス材料からなる単一接合部の電気的に調整可能な分光応答を用いて単素子のコンピュテーショナル分光器を開発した(QueredaとCastellanos-Gomezによる展望記事参照)。この小型検出器が有する電気的に調整可能な分光応答性及び高性能は、コンピュテーショナル分光器の更なる発展に大いに役立つ。(NK,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • コンピュテーショナル分光器:一般的な光学系に加えて計算機の演算も用いて分光情報を得る分光器
  • 2Dファン・デル・ワールス材料:グラフェンのように、非常に薄い原子層同士が弱いファン・デル・ワールス結合によって積層している材料。
Science, add8544, this issue p. 296; see also ade6037, p. 250

蝶の壮大な基本計画 (The butterfly’s grand ground plan)

1920年代に、生物学者は、蝶の翅のパターンの多様性が、異なる種の間で色、形、位置が異なるパターン要素の基本計画の変化として進化すると提唱した。Mazo-Vargasたちは、この基本計画の主要点が、深く保存された非翻訳DNA配列の太古の一つの配列によって決定されることを見出した (EspelandとPodsiadlowskiによる展望記事参照)。これらの調節配列は正と負の両方の効果を持つことが可能で、非翻訳領域間の微妙な相互作用が翅のパターンを形成する。複雑で急速に進化する形質の深い相同性が、非翻訳ゲノム配列に反映されている可能性がある。(KU,nk,kj,kh)

Science, abi9407, this issue p. 304; see also ade5689, p. 249