AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 7 2022, Vol.378

深層学習がタンパク質設計に挑戦する (Deep learning takes on protein design)

AlphaFoldやRosettafoldのような深層学習のアプローチにより、信頼性の高いタンパク質構造予測が広く利用できるようになった。その逆問題である、所望の構造に折り畳まれる配列を見出すことについては、ほとんどのアプローチは依然としてエネルギー最適化に基づいている。 2つの論文は、深層学習による方法によって、さまざまなタンパク質設計の問題に取り組んでいる。Dauparasたちは、最近の深層学習によるタンパク質設計のアプローチを基に、ProteinMPNNと呼ばれる手法を開発した。彼らは設計を実験的に検証し、 RosettaFoldやAlphaFold を用いて作られた以前には失敗だった設計を、ProteinMPNNが救うことができることを示した。Wickyたちは、ランダム配列から開始し、AlphaFoldによる構造予測と組み合わせたモンテカルロ法による配列検索を用いて、環状ホモ・オリゴマーを設計した。その設計はそれでも、安定して発現するように生成されたが、その配列はProteinMPNNを使用して再生成する必要があった。このアプローチは、実験的に検証された広範な環状オリゴマーの設計を可能とし、より複雑な集合体設計への道が開いた。(Wt,kh)

Science, add2187, add1964, this issue p. 49, p. 56

少ししか膨らまない (A little expansive)

インバー合金は極めて小さい熱膨張率(常温付近では)を有しており、いくつかの分野で応用が期待されている。しかしながら、複雑な組成空間の中からこの種の合金を見出すことは困難であった。Raoらは、機械学習、密度汎関数理論、実験と熱力学計算を結び付ける反復方式を用いて、数百万通りの候補の中から2つの新規インバー合金を見出した(HuとYangの展望記事参照)。見出された2つの合金はともに組成的に複雑な高エントロピー材料であり、材料探索にたいするこの方法の実力を実証している。(NK,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • インバー (invar) 合金:鉄に36 %のニッケルを加え、微量成分として0.7 %ほどのマンガンおよび0.2 %未満の炭素が含まれる(Invarという名称はInvariable Steel(変形しない鋼))
Science, abo4940, this issue p. 78; see also ade5503, p. 26

性的随伴性がある集団発生 (Sexually associated outbreaks)

サル痘の症例は、数十年前から世界各地で散発的に発生していた。しかし、2022年5月には、流行地域以外でも数百から数千の報告があった。サル痘が古典的な性感染症ではないにもかかわらず、アフリカ以外での流行は、男性と性交渉をする男性(MSM)のコミュニティに集中している。Endoらは、MSMコミュニティ内部でかなりの感染が起きていることを見出し、MSMの性的ネットワーク中の基本再生産数(R0)が1.0を超える高い値であると推定している。幸いなことに、天然痘ワクチンはサル痘に有効である。(ST,nk,kh)

Science, add4507, this issue p. 90

ただの多型ではない (Not just any polymorphism)

多型すなわち遺伝子配列, これはさまざまな病気のリスクと相関するが, の変化を見つけることは普通だが、そのような相関は、当該遺伝子変化が実際に病気を引き起こすということを示すものではない。Yanchusたちは、脳腫瘍の一つの亜型のリスク増大と相関する特定の一塩基多型に重点的に取り組んだ。著者たちは、この多型が位置する遺伝子座の詳細な分析を行い、次にその病原性を直接確かめることができるマウス・モデルを創った。彼らはまた、マウス・モデルとヒト腫瘍試料を用いて、この多型の遺伝子転写様式への影響を実証し、その腫瘍形成効果に対する機構を明らかにした。(MY,kh)

Science, abj2890, this issue p. 68

転写が+1ヌクレオソームに出会うとき (When transcription meets the +1 nucleosome)

真核生物の転写開始は、転写開始部位(TSS)を含むコア・プロモーター上の転写開始前駆複合体(PIC)の組み立てから始まる。TSSからの最初の下流ヌクレオソームである+1ヌクレオソームは、特徴的なエピジェネティック標識で構成され、一般に初期転写の障壁であると考えられている。Chenたちは、そのヌクレオソーム結合PIC-Mediatorの構造を決定した。構造的および生化学的分析は、ヌクレオソームがPIC-Mediatorと複数の接触をし、ヌクレオソームがTSSの40または50塩基対下流にに位置する場合、転写活性を増強する可能性があることを示した(ただし70塩基下流では増強がない)。この研究は、転写開始における+1ヌクレオソームの調節機能を理解するための構造的基礎を与える。(KU,nk,kj)

【訳注】
  • ヌクレオソーム:真核生物におけるDNAのパッケージングの基本的単位で球状の塩基性タンパク質ヒストンにDNAが巻き付いたもの
  • コア・プロモーター:転写基本因子群とRNAポリメラーゼが結合するDNA領域。
Science, abn8131, this issue, p. 62

微生物群落の動態を予測する (Predicting microbial community dynamics)

生態学的共同体は複雑であり、その動態を予測することは困難である。Huたちは、実験的な細菌群落を用いて、理論の予見通りに、種の豊富さと種の相互作用の強さが群落の動態を推進することを示した(HuelsmannとAckermannによる展望記事参照)。実験に導入される種の数と摂取可能な栄養素の量(種の相互作用に影響を与える)を操作することにより、著者らは、複雑な群落ほど時間の経過とともに不安定になることを見出した。さらに、群落は、実験に導入された種の数または相互作用の強さが増大するにつれて、完全な種の共存から、部分的な共存、さらに動的なゆらぎに移行するという、明確な相の変化を示した。変動する群落は、より高い種の豊富さを維持し、多様性と安定性が互いに促進し合うことを示唆している。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, abm7841, this issue p. 85; see also ade2516, p. 29

リソソームへの詰め込みをLYSETが助ける (LYSET helps load lysosomes)

リソソームは細胞内の主要な分解用の区画で、その機能障害は、まれな障害およびよく見られる障害の両方につながる。重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のようなある種のウイルスは、リソソームを乗っ取って細胞に入り、その破壊的な感染繰り返しを始める。Richardsたちは、適切なリソソーム機能に不可欠な、LYSETという名の小タンパク質を突き止めた。LYSETを欠く細胞では、リソソームへの酵素輸送が著しく乱され、リソソームにおける未分解材料の蓄積に至った。これとは独立にPechinchaたちは、細胞が細胞外タンパク質によって生きていく際には、LYSETが場合によって不可欠であることを突き止めた。ガン細胞は通常、アミノ酸の供給を細胞外タンパク質に頼っている。LYSETは、リソソームへの輸送信号であるマンノース6-リン酸で酵素をタグ付けするN-アセチルグルコサミン-1-リン酸転移酵素をゴルジ体膜に固定するのを助けた。LYSETがないと、リソソームは分解酵素が枯渇し、細胞外タンパク質を消化する能力を失った。(MY,kj,kh)

Science, abn5637, abn5648, this issue p.39, p. 40

ヒト胚のゲノムを目覚めさせる (Waking up the genome in human embryos)

生命における最初の遺伝子発現事象である接合体のゲノム活性化(ZGA)がどのようにヒトで開始されるかは、まだよく分かっていない。ZGA は、前の段階での翻訳活性に依存している。Zouたちは、ヒト卵母細胞と初期胚の同じ試料からのトランスラトームとトランスクリプトームの特性を解析した。マウスからの対応するデータとの比較は、卵母細胞から胚への移行中の保存された翻訳活性とヒト固有の翻訳活性の両方を明らかにした。著者たちは、TPRX転写因子ファミリー(母性遺伝因子であるTPRXLと受精後2つの初期に転写された転写因子であるTPRX1/2を含む)をヒトにおけるZGAおよび胚発生のための重要な調節因子として同定した。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • トランスラトーム(Translatome):単一の細胞内で、ある瞬間または条件で翻訳に使用されるmRNAの全体を示す。
Science, abo7923, this issue p. 41

アフリカの全域にわたる監視 (Surveillance across Africa)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)の変異株が世界を席巻した過去2年間は、国家間の健康格差を顕著に浮き彫りにしてきた。Tegallyたちは、アフリカの優秀な科学者たちの協調的な取り組みが、どのように世界的大流行の監視とデータ収集に短期間で大きく貢献してきたかを紹介している。彼らの努力と取り組みが、おそらくは自国よりもより裕福な国々に利益をもたらした早期警戒を実現した。ゲノムの監視が、感染力の強いベータとオミクロンの変異株の出現を確認し、現在ではアフリカにオミクロン亜種の登場を確認している。しかしながら、診断法とワクチンの技術移転と、それらを製造・配備するための物流が、データ収集の努力に見合うことが絶対必要だ。(Uc,nk,kj,kh)

Science, abq5358, this issue p. 42

細菌の胞子に知らせる (Informing bacterial spores)

細菌の胞子は、生化学的に不活性な状態である休眠状態で何年も過ごすことができるが、それにもかかわらず、休眠状態から解放して発芽を起こすことを可能にする合図からの情報を処理する能力を温存している。Kikuchiたちは、細菌の胞子が、胞子膜を横切るカリウムの勾配によって引き起こされる電気化学ポテンシャルを用いて環境を感知するという、数学的モデルと実験的証拠を提示している(LombardinoとBurtonによる展望記事参照)。胞子を休眠 状態からの解放に結びつける栄養素の波がパルス状にやってくると、経時的に積算可能な電気化学ポテンシャルの変化を引き起こし、休眠状態の胞子中でのエネルギー生産を必要としない機構で、胞子がそのような合図を監視することを可能にする。(Sk,kj,kh)

Science, abl7484, this issue p.43; see also ade3921, p. 25

疾患に結び付いたエンドソームの変化 (Endosomal changes tied to disease)

前頭側頭型認知症と筋萎縮性側索硬化症は、重要な遺伝現象と病理を共有しているが、それらの疾患現象の既知のさまざまな側面間の関連性は必ずしも明確ではない。Shaoたちは、疾患関連遺伝子C9orf72TBK1間の相互作用を発見した。C9orf72の配列伸長によって生成されるグリシン-アラニンの大きな反復配列が、TBK1を封入体に隔離し、その機能を阻害し、下流のエンドソーム経路を損なう(GalloとEdbauerによる展望記事参照)。TBK1の突然変異はこれらの欠陥を悪化させ、マウスにおいて疾患症状を増大させた。驚くべきことに、エンドソーム経路の破壊が、これら疾患の悪化に重要な推進力となるTAR-DNA結合タンパク質43(TDP-43)の凝集を誘発するのに十分であることが判明した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • エンドソーム:細胞のエンドサイトーシス(飲食作用)によって細胞内に取り込まれた物質の輸送や代謝に関わる袋状の構造体。
Science, abq7860, this issue p. 94; see also ade4210, p. 28

スタートから広く中和 (Broadly neutralizing from the start)

最近の深刻な急性呼吸器症候群コロナウイルス2 (SARS-CoV-2)変異株は、免疫回避の程度を増してきており、スパイク・タンパク質の受容体結合ドメイン内で起こる多くの変異を伴うことを示していた。Kumarたちは、原型となるWA.1ウイルスによる感染から回復したインド人のB細胞からいくつかのヒト・モノクローナル抗体を単離した。生きたウイルス単離物を用いて、著者たちは、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタおよびオミクロン亜種との強力な中和作用を見出した。さらなる研究は、これらの抗体のうちの1つがスパイク・タンパク質三量体の外側にある保存されたエピトープを標的にしていることを示した。このような抗体は、SARS-CoV-2変異株に対する広範囲な中和抗体治療の開発に有用であるかもしれない。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • 受容体結合ドメイン:SARS-CoV-2のエンベロープ・タンパク質であるスパイク・タンパク質の一部で、細胞に侵入する際の受容体であるアンジオテンシン変換酵素と直接結合する領域をいう。
  • エピトープ:抗原決定基
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.add2032 (2022).