AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 30 2022, Vol.377

平均海面の上下動 (Leveling up and down)

氷床と氷河の急速な融解は地球全体の平均海面を上昇させているが、それは、海面高度の指紋と呼ばれる、地域的海面高度の複雑な増減様式として生じている。Coulsonたちは、グリーンランド氷床付近の融解の指紋が、レーダー高度測量とすぐ近くの氷河のモデル再構築から作成された氷の質量損失推定値を用いて検出できることを見出した。彼らのデータは、グリーンランド氷床の質量損失の加速の独立した確証を提供し、グリーンランド周辺の海面の高さに対するこの質量輸送の影響を明らかにしている。(Sk,kh,nk)

Science, abo0926, this issue p. 1550

卓越したグラフェン多層膜 (Superb graphene multilayers)

ちょうど正しい角度でねじれた単層グラフェン膜からなるグラフェン二層膜及び三層膜は超伝導体であることが示されてきた。これらモアレ超格子の超伝導性を統一的に把握するには、 既知のグラフェンモアレ超伝導の数を増やすことが望まれる。Zhangたちは、各層のねじれが交互に変化した状態で積み重ねられた三層、四層、五層のグラフェンからなる試料を作った。これらグラフェン多層膜は、基材である二セレン化タングステン単層膜に接合された。研究者たちは、3種類全ての試料において堅牢な超伝導性を観測したが、層の段数が増えるにつれて相図における超伝導領域が顕著になった。(NK,ok,kj,kh,nk)

Science, abn8585, this issue p. 1538

炭化水素をろ過する (Filtering hydrocarbons)

多孔性支持体上に界面重合によって合成された薄膜複合膜は、工業規模での水のろ過に用いられている。Liたちは、疎水性ベシクルを合成過程に組み込み、純粋な炭化水素またはフッ素化炭化水素分子をこの高分子膜の薄い最上層に取り込む担体として機能させた。この手法は、疎水性溶媒に対する浸透性を高め、有機分子の混合物を扱う際に、膜が高い浸透性と高い排除率を兼ね備えることを可能にする。著者たちは、現実にありそうな原油混合物の分離を実証することができた。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • ベシクル:水中で親水性と疎水性をもち合わせる両親媒性分子が隙間なく並び、脂質二重層を形成した袋状の自己集合体。
Science, abq0598, this issue p. 1555

成熟細胞の骨格を作る (Making a mature cell skeleton)

アクチン分子は細胞骨格の不可欠成分であり、細胞構成、小器官の輸送、力発生などの過程を制御している。アクチン・タンパク質は、N末端にアセチル化メチオニンを含んでいて、これは成熟期にこれまで知られていない特定の酵素によって取り除かれる。Haahrたちは、この酵素をタンパク質分解酵素ACTMAP(actin maturation protease)として同定した。この酵素は、すべての細胞型においてすべてのアクチン分子を改変する。この因子を消失させると、アクチン細胞骨格が永続的未成熟状態に転換する。この状態は生命を維持するが筋力低下という代償を伴う。(MY,kh)

Science, abq5082, this issue, p. 1533

ポリエチレンからプロピレンを作る (Making propylene from polyethylene)

ポリオレフィンは最も多量に作られているプラスチックであるが、残念ながら分解してそれらの構成要素へと戻すのが最も難しものの1つでもある。Conkたちは、廃棄ポリエチレンと未使用エチレンとの間の一連の反応からプロピレンを作る先行的な方法を開発した。具体的には、この過程には、脱水素触媒による1つ1つのポリエチレン鎖の低度の不飽和化と、それに続く触媒による異性化とエチレンとのメタセシス反応による不飽和化ポリエチレン鎖のむらのない分解が含まれる。費用と工程の最適化を前提として、この方法は、廃棄プラスチックから価値のある原料化学物質を生み出すのに有望である。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 異性化:ある異性体からほかの異性体へ変化する反応。ここでは不飽和部位転位のことを言っている。
  • メタセシス:2種のオレフィン間で結合の組み替えが起こる触媒反応。
Science, add1088, this issue p. 1561

地球の初期の地殻を侵食する (Eroding Earth’s early crust)

地球の組成は、惑星に降着しなかった隕石に注目するだけでも部分的には説明可能である。ある種の隕石の組成と地球の組成は広範な一致を見せているにもかかわらず、ネオジム142などの同位体は相違しており、これは惑星形成の過程がより複雑であることを示唆している。Frossardたちは、これら古代の隕石のいくつかを調べて、この同位体差の起源を解明した(Leinhardtによる展望記事参照)。原始の地殻の衝突浸食が桁違いの大きな役割を果たした。これにより地球のより揮発性の高い元素の総量を説明できる。(Wt,MY,ok,kj,kh,nk)

Science, abq7351, this issue p. 1529; see also add3199, p. 1490

ガン代謝物はT細胞を標的とする (Oncometabolite targets T cells)

イソクエン酸脱水素酵素における発ガン性変異は、代謝産物D-2-ヒドロキシグルタレート(D-2HG)の蓄積をもたらす。Notarangeloたちは、このようなD-2HGの集中が、マウスT細胞中の乳酸脱水素酵素の直接的阻害剤として作用する可能性があることを示した(Nathanによる展望記事参照)。この代謝酵素の阻害は、T細胞中のグルコース代謝を変化させ、T細胞の増殖、サイトカイン産生、および標的細胞を殺す能力を抑制した。著者たちは、その既知の細胞自主的なガン促進効果に加えて、D-2HGが免疫抑制活性も持つ可能性があると提唱している。(KU,kh)

Science, abj5104, this issue p. 1519; see also ade3697, p. 1488

損傷した神経細胞がグリアに免疫シグナルを送る (Damaged neurons send glia immune signal)

神経変性疾患においては、神経細胞はDNA二重鎖切断(DSB)を蓄積する。Welchたちは、神経変性疾患のマウス・モデルとアルツハイマー病のヒトの脳において、DSBを持った神経細胞が老化性および抗ウイルス性の免疫応答を亢進させ、それが次にミクログリアの活性化を引き起こすことを示した。ミクログリアは常在性免疫細胞として知られているが、これらの知見は、損傷した神経細胞から生じる免疫応答が、疾患に伴う神経炎症の別の機構であることを強調するものである。(MY,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo4662 (2022).

厄介な媒介動物を打ち負かす (Vanquishing vexing vectors)

多くの主要なヒトや動物の病気は、吸血昆虫やマダニによって伝染する。これらの媒介動物が吸血すると病原体が取り込まれるため、媒介動物の腸内微生物叢、中腸分泌物、および上皮細胞との相互作用が病気の伝染の重要な要因となる。Barillas-Murたちは、病原体が、媒介動物とその微生物叢の両方とどのように相互作用するのかについて、そしてまた、媒介動物由来の因子や媒介動物に咬まれた後の脊椎動物宿主とどのように相互作用するかについて、われわれの理解を深める最近の研究を概説している。著者たちはまたこれらの進歩が、次世代の戦略にどのように変換され、自然界の媒介動物の個体数を制御し、媒介動物に対する曝露の生物指標化合物の開発に情報を提供するか、についても考察している。(Sh,MY,ok,kh)

Science, abc2757, this issue p. 1507

長生き万歳(Long live the mice (and humans))

何が寿命を決めているのかについての疑問は、時代を超えて人々を夢中にさせてきており、さまざまな研究者たちがさまざまな方法で、これへの取り組みを試みてきた。Bou Sleimanたちは大々的にこの疑問に取り組み、その中で加齢に対する多施設共同研究から得られた何千ものマウスの成長様式と遺伝的事項を調べた(Magalhãesによる展望記事参照)。著者たちはこの解析から、さまざまな遺伝子がマウスの寿命に寄与していることを突き止めたが、それらはオスとメスで違っていた。関与する遺伝子は、ヒトと線虫で同様の効果が見出されることによって明らかなように、種間で進化的によく保存されていた。遺伝的事項に加えて、生後早期の栄養摂取状態が大きな役割を果たしているように見えた。(MY,kh)

Science, abo3191, this issue p. 1508; see also ade3119, p. 1409

小さなシグナル伝達異性体の生成 (Production of small signaling isomers)

小さなシグナル伝達分子である環状ADPリボース(cADPR)の異性体は、細菌それに植物が病原体に応答するときに生成される。Manikたちは、環状化が、Toll/インターロイキン1受容体(TIR)ドメイン・タンパク質(立体構造の変化によってそれ自体が活性化される)によって管理されることを見出した。環状異性体の1つである3'cADPRは、細菌における細菌性抗ファージ防御系を活性化し、植物の免疫を抑制する。(KU,kh)

Science, adc8969, this issue p. 1501

鎮痛への道 (A path to pain relief)

オピオイド依存に随伴する深刻な問題が、非オピオイド鎮痛薬を目指す探索を動機付けてきた。α2A-アドレナリン受容体 (α2AAR) は、医薬デクスメデトミジン(dexmedetomidine)の標的とされる検証済みの痛み受容器である。この医薬は病院で使われているが、鎮静作用を引き起こすことと経口投与できないために、より広い使用には不適切である。 Finkたちは、3億以上の仮想分子をスクリーニングして、α2AARと妥当な親和性で結合し、かつ既知の作用物質とは構造的に関連のない作用物質を同定した。α2AARと結合した化合物のうちの2つの結晶構造は、効果を強化するような最適化を可能とした。最適化された化合物は神経因性疼痛モデルで鎮静作用を起こすことなく有効であり、これらの化合物がさらなる開発のためのリード化合物となることを約束している。(hE,kh,nk)

Science, abn7065, this issue p. 1509

霊長類の脳の多様性 (Primate brain diversity)

霊長類の脳は、認知を支える皮質の進化的特殊分化から恩恵を受けている。Maたちは、ヒト、チンパンジー、マカク、およびマーモセットの脳皮質から標本採取された細胞核からのトランスクリプトームを追跡した。トランスクリプトームは、細胞型のグループを明らかにし、そのうちのいくつかは保存されており、いくつかはこれらの種間で異なる。いくつかのヒト固有の特殊分化が同定された。脳障害に関連する900を超える遺伝子の発現様式は、さまざまな、遺伝的に保存され分岐したグループ特有の様式を明らかにした。(KU,ok,kh,nk)

Science, abo7257, this issue p. 1511

ジェゼロ・クレーターの火成岩 (Igneous rocks in Jezero crater)

Perseverance探査機は、2021年2月に火星のジェゼロ・クレーターに着陸した。Farleyたちは、探査機がクレーターの底を横断し始めたときに探査機によって調査された地質単位を、画像と分光に基づいて記述している。著者たちは、岩石は火成岩起源で、後に液体の水との反応によって変化したものであることを見出した。また、別の探査機により地球への帰還が見込まれる、掘削による収集試料についても説明している。Liuたちは、蛍光X線測定に基づくこれらの火成岩の組成データを発表した。彼らは、いくつかの火星隕石との類似性を見出し、この火成岩が厚いマグマ・シートの中に沈んだ結晶から形成されたと結論している。まとめると、これらの研究は、ジェゼロ・クレーターの歴史に制約を与え、掘削試料の分析結果に地質学的な文脈を与えている。(Wt,kh,nk)

Science, abo2196, abo2756 this issue, p. 1512 p. 1513

北極における加速 (Acceleration in the Arctic)

北極は、地球上のどの地域よりも速い速度で温暖化しつつあり、その結果、海氷が急速に失われつつある。Qiたちは、この海氷の喪失が、表層水による大気中の二酸化炭素の取り込みの増加を引き起こし、他の海域のそれの3倍から4倍の速度での北極海西部の急速な酸性化を促進しつつあることを見出した。彼らは、この研究結果を、融解による淡水の追加と、その結果としての海水の化学的性質の変化によるものと考えている。(Sk,nk)

Science, abo0383, this issue p. 1544

地球温暖化に油を注ぐ (Fueling global warming)

油田やガス田から漏れる天然ガスを焼却処理するフレアリングは、強力な温室効果ガスであるメタンを燃焼させ、その排出を抑えることを主な目的としている。しかし、焼却処理は言われているほど効果があるのだろうか。Plantたちは、米国の3つの主要なガス生産地域で、空気試料捕集を用いて焼却処理の効率を測定し、メタン排出量が現在考えられているよりも5倍多いことを見出した(Duren and Gordonによる展望記事参照)。したがって、焼却処理は推定されているほど効率的でないことが多いか、あるいはメタンの排煙柱がまったく燃焼されていないだけなのである。(Uc,ok,kh)

Science, abq0385, this issue p. 1566; see also ade2315, p. 1486