AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 23 2022, Vol.377

ちょっとだけのお手伝い (Just a little help)

地球温暖化を抑える方法として、世界の乾燥地の植林が提案されているが、実際にどの程度期待できるのだろうか? Rohatynたちは、気候的なメリットはわずかであることを明らかにした。乾燥地にはかなりの炭素隔離の可能性があり、それを利用して大気中の二酸化炭素の量を減らし、それによって温暖化を遅らせることができるが、植林によるアルベドの減少がその効果の大部分を打ち消してしまうのである。つまり、植林が重要であることは明確であるが、排出量削減の代わりにはならないのだ。(Uc,nk,kh)

【訳注】
  • アルベド:天体からの入射光に対する反射光の比。
Science, abm9684, this issue, p. 1436

ナノ粒子の成長を遅くする (Slowing nanoparticle growth)

セレン化カドミウムなどの共有結合性のより高い無機物質は、高速成長条件で均一なナノ粒子を作るが、三臭化鉛セシウム(CsPbBr3)などのペロブスカイトはよりイオン性であるため、急速に成長して、より大きなナノ粒子を形成する。Akkermanたちは、酸化三オクチルホスフィンを用いてこのナノ粒子成長の反応速度を制御した。この化合物は、目的ナノ粒子の前駆体であるPbBr2を可溶性にし、カチオン-[PbBr3]からなる単量体(溶質)に結合し、結晶核表面に弱く 配位した。直径が3から13ナノメートルのナノ粒子は安定化され、長鎖双性イオンであるレシチンにより高収率で単離された。大きさに依存する閉じ込めエネルギーでよく分離した4つの励起子遷移がセシウム・カチオンおよび有機カチオンに対して見られた。(MY,kh)

【訳注】
  • 双性イオン:1分子内に正電荷と負電荷の両方を持つ分子。
Science, abq3616, this issue p. 1406

幹細胞の品質管理 (Stem cell quality control)

胚発生で出現する血液幹細胞は、血液細胞形成のための専門化された支持ニッチへと遊走する。ゼブラフィッシュ胚を研究して、Wattrusたちは、幹細胞がそのニッチに到着したときにマクロファージが幹細胞に接触して、幹細胞表面を探ってストレスを測定することを発見した。ストレスで活性化されたタンパク質を高レベルで示す幹細胞はマクロファージによって飲み込まれて殺されてしまうが、一方低レベルのストレスを示す幹細胞は細胞質物質が除去されて選択的に増殖する。死と分裂を調節することによって、マクロファージはどの個別幹細胞が一生にわたる血液産生を確立するかを品質管理している。(hE,kh)

【訳注】
  • 造血幹細胞ニッチ:骨髄において造血幹細胞と、それを支持する細胞により作り出される微小環境のことをいう。
Science, abo4837, this issue p. 1413

空高く (Up in the air)

2022年1月の海底火山 Hunga Tonga-Hunga Ha'apaiの噴火は非常に激しくて噴煙が成層圏まで侵入するほどであった。Vömelたちは、ラジオゾンデ(気象観測気球)による、直接測定の結果を調査し、この出来事により、少なくとも50テラグラムの水蒸気が成層圏に注入されたことを示した。火山が水面下にあったため、発達した成層圏プルーム中の水蒸気量が多かったために、他の大規模噴火とは異なり、地球全体の成層圏水蒸気量を5%以上増加させた可能性がある。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 50テラグラム:5×10の10乗kg
Science, abq2299, this issue p. 1444

解剖学的特徴が回路網の構成資格を決定する (Anatomy determines network membership)

神経回路網の特質は、一時的に安定な活動パターンを形成する活性協調へと神経細胞を選択的に動員することである。個々の神経細胞がどのように選択されてこれらの共活動パターンに加わるのだろうか? Hodappたちは、記憶の固定化を支える固有の振動である鋭波リップルへの錐体神経細胞の動員について調べた。細胞体からではなく樹状突起から現れる軸索を有する神経細胞が、鋭波リップルへと動員される傾向がより強かった。集団的協調の構成資格は、このように興奮性入力の強度によってばかりでなく、参加神経細胞の軸索樹状突起の形態によっても制約あるいは促進される。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 活性協調:協調的に活動し特定の記憶情報を表現する神経細胞集団の活動。
  • 鋭波リップル:鋭波(70-200ミリ秒続く特徴的な波形)とリップル波(100-200Hz程度)が合成された脳波。ノンレム睡眠中に海馬で観測され、記憶形成過程で中心的な役割を持つと考えられている。
  • 神経細胞の構造:主要3区画(樹状突起、細胞体、軸索)からなり、細胞体に核がある。通常は樹状突起-細胞体-軸索がつながり、上流側神経細胞からの信号はこの順で伝達されるが、最近、細胞体を経ずに樹状突起から軸索が直接つながった形態も見つかっている。
Science, abj1861, this issue p. 1448

日本における初期の稲作をモデル化する (Modeling early rice farming in Japan)

先史時代における栽培植物の広がりは、多くの場合、その領域にわたる前進の1つの波—分散の速度と場所にほとんど変動がないことを特徴とする—としてモデル化されてきた。日本の遺跡に残る米の直接的な放射性炭素年代のベイズ統計モデル化を用いて、Cremaたちは、1つの一様な波というよりも、稲作の出現にはかなりの地理的および時間的変動があることを見出した。地域の生態学的適合性、人口密度の地域差、および存在した社会的ネットワークが、観察された様式の原因かもしれない。(Sk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.adc9171 (2022).

転写で活性化する硝酸塩感知器 (Transcription-activating nitrate sensor)

植物は窒素に依存しており、窒素供給が変化するときには、成長と代謝の変化で対応する。実際、窒素肥料は多くの農作物生産性の基盤をなしている。Liuたちは、7つの類似遺伝子からなるファミリーを研究し、小さなカラシナ植物シロイヌナズナにある硝酸塩感知器を同定した。このタンパク質の硝酸塩結合ポケットは、細菌の硝酸塩感知器で見つかったものと類似している。硝酸塩との結合形成による高次構造の変化は、このタンパク質が次に転写活性因子として働くことができるようにし、この植物の窒素利用への応答を誘発する。(MY,nk,kj)

Science, add1104, this issue p. 1419

温度依存の木材腐敗 (Heat-dependent wood decay)

(木材の)分解速度は、温度と降水量によって異なる。これは、1つには、分解生物に対する気候の影響が原因である。微生物は分解者として広く認識されているが、昆虫などの動物も熱帯系では重要な役割を果たしている。Zanneたちは、133の世界中の場所で実験を繰り返し、微生物とシロアリの両方による木材分解の気候に関連した変動を定量化した。気候は微生物およびシロアリによる分解の両方に影響を与えたが、シロアリの存在と活動は温度に対してより敏感であった。したがって、気候が温暖化するとともに、シロアリは世界中の木材分解においてより大きな役割を果たすかもしれない。(Sk,kj)

Science, abo3856, this issue p. 1440

植物で汚染土壌を浄化する (Cleaning polluted soil with plants)

人間活動は、金属、半金属、およびさまざまな有機汚染物質による土壌の汚染を引き起こしてきた。これらの汚染物質の低濃度に広く薄められているという特質は、それらの物質が、通常の鉱業技術を用いて汚染土壌から除去するのが困難で経済的に実行不可能であることを意味しているが、植物が解決策を提供してくれるかもしれない。展望記事において、RylottとBruceは、土壌を修復して有用な金属を抽出するための植物の使用について論じている。解毒経路、特に金属含有土壌で自然に成長する植物の解毒経路を理解することは、成長が速い植物を遺伝子操作して汚染された土壌を修復し、技術的に重要な金属を採掘することを可能にするかもしれない。しかし、複雑な汚染物質を含む土壌で植物を栽培し、無機汚染物質を分解する方法の開発を含む、多くの課題が残っている。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 半金属:周期表の右上に位置する非金属と左側に位置する金属の境界線上にあり中間的な性質を示す物質の総称。
Science, abn6337, this issue p. 1380

腸でねじれを強いる (Forcing a twist in the gut)

転写因子Pitx2は、脊椎動物の腸を生じさせる組織の左右の非対称性を確立するのに役立つ。Sanketiたちはニワトリとマウスの胚の研究を使って、Pitx2が発生後期に、腸の特徴的な形状を作り出すもう1つの重要な調節的役割を提供することを示した。右側の細胞が拡張すると、機械的圧迫が左側に広がり、モルフォゲン形質転換増殖因子-βが放出される。この過程により、Pitx2の発現が高まり、その結果として左側が硬直し、発生中の腸の全体的な傾斜の程度を制御するのに役立つ。(Sh,kh)

【訳注】
  • モルフォゲン:発生や変態・再生時に、組織の一部で産生され、細胞間を輸送されることで組織全体に濃度勾配を作り、それに応じて形態の形成を制御する分子。
Science, abl3921, this issue p. 1396

多体系の振る舞いを学ぶ (Learning many-body behavior)

強い相互作用を持つ量子多体系の性質を予測することは、非常に困難である。1つのやり方として、量子コンピュータを用いる方法があるが、現在の技術水準では、最も興味深い問題にはまだ手が届いていない。Huangたちは、異なる手法を開発した。すなわち、古典的な機械学習を用いて実験データから学習し、その知識を特定の種類の多体問題に対する物性予測や物質相の分類に適用する。著者たちは、特定の条件下では、このアルゴリズムが計算効率が高いことを示している。(Wt)

Science, abk3333, this issue p. 1397

早期介入による保護 (Preserving with early intervention)

ハンチントン病の症状は、根底となる遺伝子変異が発達の全過程を通して存在していたとしても、成人期にのみ明らかになる。Brazたちは、生後1週目に、疾患を引き起こす変異を持つマウスの脳が、神経回路の生理学的機能の分裂を示すことを明らかにしている(BlumenstockとDudanovaによる展望記事参照)。第2週目までに、マウスの脳はこれらの生理学的分裂を正常化するが、そのマウスは成人期に病状を発生した。逆に、グルタミン酸作動性伝達の早期の薬理的増強が、これらのマウスにおける分裂を救い、病状を未然に防いだ。(KU,nk,kj,kh)

Science, abq5011, this issue p. 1396; see also ade3116, p. 1383

おしゃべりが肝心 (A liver-to-heart chat)

肝臓と心臓は生理学的情報を共有していると考えられており、たとえば、非アルコール性脂肪肝疾患が心不全の危険性を高める理由を説明するのに役立つ。マウス系統の大規模な収集を調べることで、Caoたちは、凝固第XI因子がそのような肝臓と心臓のクロストークの仲介因子であることを明らかにした(TongとHillによる展望記事参照)。食事で誘発された、収縮能が保たれた心不全のマウス・モデルでは、第XI因子はその拡張機能障害の程度と負に相関し、第XI因子の発現増加は心臓の線維化と炎症を減少させる。第XI因子自体は肝臓でのみ発現していたが、心臓にも再現性のある影響を持ち、著者たちはこれをSMAD経路の活性に関連付けた。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 収縮能が保たれた心不全:心臓左心室の収縮力が保たれているにもかかわらず、左心室が硬くて広がりにくいために生じる心不全。
Science, abn0910, this issue p. 1399; see also ade3528, p. 1382

純粋なペロブスカイト保護膜 (Pure perovskite topcoats)

3次元 (3D) ペロブスカイト上に成長した2次元 (2D) ハロゲン化物ペロブスカイト不動態層は、太陽電池の電力変換効率 (PCE) を高めることができるが、これらの層を作るスピンコート法は通常、不均質な2D相か極薄層のみを形成する。Sidhikたちは、適切な誘電率と電子供与性強度(Gutmannドナー数)を持った溶媒は、3D基板を溶解することなく、厚さと組成が制御された純粋な2D相を3D基板上に成長させ得ることを見出した。太陽電池は、55°C、相対湿度65%の連続光下で、2000時間の間、24.5%の最高PCEを維持し、劣化は1%未満であった。(Sk,nk,kh)

Science, abq7652, this issue p. 1425

遺伝的多様性の減少 (Declining genetic diversity)

生息地の喪失は、地域規模での種の絶滅や種の豊富さの低下の主要な要因の1つである。また、残された生息地では、個体数が少なく遺伝的多様性が低いため、環境変化への適応が制限される可能性がある。Exposito-Alonsoたちは、生息地の消失に伴う自然発生変異とその結果としての遺伝的多様性の減少を予測する枠組みを開発した(RueggとTurbekによる展望記事参照)。小さなカラシナ植物であるシロイヌナズナや他の20種の自生各地から得られた地理参照ゲノム・データは、変異と面積の関係がべき乗則に従うことを示唆している。この関係は、多くの種がすでに遺伝的多様性の大幅な喪失を経験していることを予測する。(ST,kj)

Science, abn5642, this issue p. 1431; see also add0007, p. 1384

水圧からの保護 (Protected from pressure)

海洋哺乳類は、水中での生活に高度に適応している。この環境の最も困難な局面の1つは、深くなるにつれて動物が経験する極度の圧力である。この条件は、すべての哺乳類が何等か経験する拍動性血流から脳を保護する必要性を高める。さらに、潜水中の海洋哺乳類の尾びれの動きは、さらに大きな拍動性を与える。Lillieたちは、11種のクジラ目の脳に見られる広範な血管の配列、つまり奇網をモデル化し、この配列が血管の圧力差を最小限に抑え、圧力パルスを減少させることなく脳を保護し、尾びれの屈曲運動を容易にすると結論付けた(Williamsによる展望記事参照)。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 奇網(retia mirabilia):脊椎動物に見られる、動脈と静脈からなる非常に細い血管構造で、ごく近接して配置されており、内部の血流は互いに逆方向になっており、熱・イオン・気体などを血管壁を通して効率よく交換することができる。
Science, abn3315, this issue p. 1452; see also ade3117, p. 1378

2Dにとって分子は理想的なドーパント (Molecules are ideal dopants for 2D)

二次元(2D)材料は、半導体材料としてとても有望と目されているが、今までのところ、ある元素を他の元素で置換することにより材料のドーピング水準を制御するための従来の戦略は、電荷輸送能を低下させる欠陥を本質的にもたらしてしまう。Jangたちは、絶縁窒化ホウ素薄膜で上層被覆してその上に半導体層へと電子を移送する分子を堆積することにより、原子層の薄さの二硫化モリブデン(MoS2)材料のドーピング水準を効果的に変化できることを示している。この「遠隔」ドーピング法では、分子ドーパントがMoS2半導体から空間的に隔たっているため、ドーパントと移動荷電間の有害な全ての相互作用を最小化することによって、優れたトランジスター特性がもたらされ、それを高性能2D電子素子に使うことを可能にするかもしれない。(NK,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn3181 (2022).