AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 19 2022, Vol.377

生命の最適戦略 (Optimized strategies for life)

代謝理論は、エネルギーの取り込みと配分に対する物理的制約が生物学的プロセスを促すと仮定している。この理論は、動物の代謝率と体の大きさの間で観察される相対成長率関係のような広範な生態学的パターンを予測する。Whiteらは、代謝、成長、繁殖に同時に作用する進化によるとしても、同様にこのようなパターンが説明できることを示す新しい理論を開発した。12動物門の1万種以上からのデータを用いて、著者たちは、生涯繁殖が、(どちらもが代謝水準とともに増加する) 成長と繁殖への配分によって最適化される、という予測を支持することを見いだした。この研究は、生態学的パターンを理解するための2つの基本的な方法である代謝理論と生活史理論の間の橋渡しを提案している。(Uc,nk,kh)

Science, abm7649, this issue p. 834

多部位リン酸化機構の解読 (Decoding a multisite mechanism)

多部位リン酸化の機構は、一つの複雑なシグナル伝達系を定義し、その系において、単一部位リン酸化の単純なオン-オフ切り替えとは対照的に、複数部位リン酸化の拮抗する影響が非常に微妙な細胞応答を生み出す。Faustovaたちは、そのような系の一つ、核局在化と核外輸送を制御するサイクリン依存性キナーゼからのシグナルに対する「コード」を解明した。リン酸化部位、サイクリン特異的な短鎖線形モチーフ、リン酸化プライミング、および他の操作の制御が、応答の遅延、応答の大きさ、および局在化の動態を制御して、観察されたシグナル伝達の合成的な変化を可能にした。(KU,nk,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abp8992 (2022).

感覚の責務を割り当てる (Allocating sensory responsibilities)

後期胚形成の間、発生中のマウス脳は、視覚系と感覚系の両方からの入力を受け、これが重なり合う皮質領域を活性化する。Guillamon-Vivancosたちは今回、出生前後における網膜の自発的活動がどのようにして、網膜の活動を視覚と解釈するのに特化するよう視覚皮質を調整するのかについて示している。そのような自発的な網膜の活動が無いと、脳のこの部分は代わりに、体性感覚の責務を負うことになる。感覚系とその皮質での受け手との間のこの応答確認が、発生の出生段階の限られた時間に確立される。(MY,ok,nk,kh)

Science, abq2960, this issue p. 845

格子とピンセットの組み合わせ (Combining lattices and tweezers)

光格子は、量子シミュレーションの技術基盤として過去20年にわたり活用されてきた。近年、高速な再構成能の利点を有する光ピンセット・アレイが注目されている。Youngらはこれら技術を組み合わせて、光ピンセット内で調製されたストロンチウム88原子の大規模の量子ウォークを実行し、次に光格子の部位に埋め込んだ。この結合された技術基盤は量子科学への応用が期待されている。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • 量子ウォーク:ランダム・ウォーク (酔歩)の量子版と見なされるモデル
Science, abo0608, this issue, p. 885

現場でNをとらえた (Caught N the act)

窒素固定酵素ニトロゲナーゼは、X線結晶構造解析によって広範に研究されてきたが、結晶中の酵素は、溶液中のように移動したり、遷移する複合体を形成したりすることができない。これはニトロゲナーゼにとって特に問題であり、その理由は、窒素還元部位をかくまっているこのタンパク質が、ATPを加水分解するサブユニットとの動的な相互作用を必要とするためである。Rutledgeたちは低温電子顕微法を用いて、豊富なATPと化学還元剤である亜ジチオン酸塩を含む代謝回転条件下で調製されたニトロゲナーゼの試料を調べた。彼らは、2つのタンパク質の非対称性複合体を観察し、それに対応して、その界面と主要なニトロゲナーゼ補因子であるFeMoco近傍でのサブユニット間の差異を観察した。これらの構造は、タンパク質間の電子伝達と結合に関する多くの新しい疑問を生み出し、これらはこの重要な反応を理解するための鍵となる。(KU,kj,nk,kh)

Science, abq7641, this issue p. 865

固体素子不要な電子肌(e-skin) (Chip-less electronic skin)

柔軟な電子材料、すなわち e-skinは、堅い部品を含む必要が障害となる。この問題を回避するために、シリコン、カーボン・ナノチューブ、あるいは、導電性ポリマーに基づく無線通信と無線充電のための取り組みを含む、さまざまな技術が登場した。Kimたちは、柔軟な基板上にエピタキシャル成長した単結晶窒化ガリウム膜が、固体素子不要で柔軟なe-skinに利用できることを示している。主な利点は、この材料が柔軟で通気性があるため、快適性を向上できることにある。この素子は、圧電共振器を用いて電気エネルギーを表面弾性波に変換する。この共振器は、ひずみの変化、イオンの吸収や消失による質量変化、および紫外線に敏感で、これらのすべてはさまざまなセンシング測定に利用できる。(Wt,KU,nk,kh)

Science, abn7325, this issue p. 859

弱まった免疫応答に追加免疫する (Boosting a weakened response)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2 (SARS-CoV-2) のオミクロン株は、2021年に初めて検出され、現在は世界中で支配的になっている。Bowenたちは、オミクロン株の亜系統である BA.1、BA.2、BA.2.12、および BA.4/5 が、ヒト細胞上のACE2受容体に対する親和性が増加しているが、細胞間融合は減少することを示している。著者らは偽ウイルスを用いて、以前に感染したかまたはその全てが Wuhan-Hu-1 変異株に基づく7種類のワクチンのうちの1つを接種した人々からの血漿中においてオミクロン亜系統に対する中和活性を測定した。ワクチン接種者と感染からの回復者の両方に対して、中和活性の大幅な低下があった。最初に用いたものと同じワクチンまたは他の Wuhan-Hu-1 に基づくワクチンのいずれかで追加免疫すると、評価したすべてのワクチン全体で中和活性が増加した。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abq0203, this issue p. 890

ワクチン免疫におけるT細胞 (T cells in vaccine immunity)

ワクチンから誘導される防御免疫が得られたのかは、通常、中和抗体応答の観点から評価される。重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の変異株は、抗体による中和を弱める変異を有し、その結果、ワクチン接種した人々にブレイクスルー感染を増加させてきた。しかしブレイクスルー感染は、感染に比例しての入院や死亡を増加させてはおらず、これは、中和抗体だけですべてを語ることができないことを示している。WherryとBarouchは展望記事で、抗体逃避変異株からCOVID-19が引き起こされた時においても、重症のCOVID-19を防ぐ上でのT細胞免疫の新たな役割について論じている。ワクチンに対するT細胞の応答を評価することは、特に抗体減弱後の長期において、免疫防御におけるT細胞の役割に対する我々の理解を向上させるであろう。この取り組みはまた、最新のCOVID-19用ワクチンや汎ベータ・コロナウイルス用ワクチンの開発を含む、免疫防御戦略の最適化につながるはずである。(MY,kh)

【訳注】
  • 汎ベータ・コロナウイルス用ワクチン:β-コロナウイルス属に分類されるウイルス全般に効力を持つワクチンのこと。β-コロナウイルス属ウイルスには、SARS-CoV-2、SARS-CoV-1 (2002-4年に主としてアジアで流行)、MERS-CoV (2012年から中東で流行)、ヒト・コロナウイルスのOC43(風邪)、HKU1(風邪、肺炎)などがある。
Science, add2897, this issue p. 821

認知症遺伝子を詳細に調べる (Zooming in on dementia genes)

神経変性疾患は世界的に大きな問題であり、その発生は増加し続けている。これらは通常、複雑な多遺伝子形質であり、この障害に関連する多くの遺伝子座が同定されてきたが、これらの遺伝子座の機能的役割は不明であり、それらの殆どはゲノムの非コード領域内にある。Cooperたちは超並列レポーター・アッセイを用いて、2つの神経変性疾患のゲノムワイド関連研究(genome-wide association studies:GWAS)で報告された非コード・バリアントを選別し、それに続いてニューロンとミクログリアにおいて機能検証を行った。この方法の組み合わせにより、著者たちは、病因において機能的な役割を果たしているいくつかの異なる遺伝子での調節バリアントと、これらの遺伝子間の相互作用を同定した。(KU,nk)

【訳注】
  • レポーター・アッセイ:調べたい遺伝子を蛍光発する遺伝子に置き換えてその発現・活性状態を調べる方法
  • 非コード・バリアント:遺伝子座におけるタンパク質をコードしていない(非コード)領域での変異(GWASで同定された遺伝子変異の90%が非コード領域にある)
Science, abi8654, this issue p. 832

寄与するものを明らかにする (Uncovering a contributor)

ゲノムワイド関連解析(GWAS)は、全世界で推定600万人に影響するパーキンソン病(PD)のリスクに寄与するほぼ100の遺伝子座を見出してきた。しかしながら、これらの座位と関連する標的遺伝子と生物学的メカニズムはほとんど解明されないままである。Diaz-Ortizたちは、7番染色体上のPDのGWASリスク遺伝子座を調べて、これを膜貫通タンパク質である Glycoprotein Nonmetastatic Melanoma Protein B(GPNMB)と関連付けた。GPNMBは、PDを特徴づける病原体を形成する主要タンパク質であるαシヌクレイン(αSyn)と相互作用することが見いだされた(Mollenhauerおよびvon Arnimによる展望記事を参照)。細胞内では、GPNMBが、αSynの繊維状形態を取りこみ、次いでαSynの病理を進展させるために必要かつ十分であった。(hE,kj)

【訳注】
  • ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study;GWAS):ヒトゲノム全体をほぼカバーする1000万カ所以上の一塩基多型(SNP)のうち、50万~100万か所の遺伝子型を決定し、主にSNPの頻度と、病気や量的形質との関連を統計的に調べる方法をいう。
Science, abk0637, this issue p. 833; see also add7162, p. 818

永遠に残る化学物質のアキレス腱 (Forever chemicals’ Achilles’ heel)

ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質 (PFAS) は、ほとんどの生物学的および化学的分解機構に対するこれらの物質の抵抗性ゆえに、「永遠に残る化学物質」と呼ばれてきた。今日のほとんどの方法は、これらの化合物を分解するために非常に過酷な条件を用いている。Trangたちは、カルボン酸を含むPFASに潜在的な弱点があることを見いだした: 極性の非プロトン性溶媒中での脱炭酸が、急速に分解するカルボアニオンを生成する (JoudanとLundgrenによる展望記事参照)。著者たちはコンピュータによる研究と実験を用いて、このプロセスにはフッ化物の除去、水酸化物の付加、および炭素-炭素結合の切断を含むことを示した。最初の脱炭酸工程が律速段階であり、その後の脱フッ素化と鎖短縮の工程は、一連の低障壁工程を通して生じる。この手順はペルフルオロエーテル・カルボン酸に適応できるが、スルホン酸には現在のところ適応できない。(KU,kh)

【訳注】
  • カルボアニオン:炭素上に負の電荷をもつ有機化合物
Science, abm8868, this issue p. 839; see also add1813, p. 816

光の管理でより多くの大豆を得る (More soybeans by light management)

植物は、過剰な光エネルギーを 消散することで、過度の日光から身を守っている。残念ながら、光エネルギーの 消散から光合成のための光エネルギー使用への切り替えは、空を横切る雲ほど素早くはない。De Souzaたちは、広く栽培されており欠くことのできない作物である大豆において、非光化学的消光により順応を加速する、生物工学的解決策を用いた。圃場試験において、種子収量が場合によっては最大33%増加した。(Sk,KU,kh)

【訳注】
  • 非光化学的消光(nonphotochemical quenching):集光した光エネルギーを光合成に使わずに熱として捨てる仕組み。植物の光防御機構。
Science, adc9831, this issue p. 851

配位子主導の準安定性 (Ligand-driven metastability)

固体の高圧相は、その緩和に速度論的障壁があると、大気圧で持続することができる。Xiaoたちは、セレン化カドミウム、硫化カドミウム、またはその両方のナノ球体またはナノロッドのよく制御されたモデル系において、圧力で駆動される、配位数4から6への固相転移の可逆性に関する詳細な機構研究を行った(MaoとLinによる展望記事参照)。表面配位子の選択により、変換の可逆性を制御することができた。粒子間の焼結は、結晶欠陥を排除するのに役立ち、高圧岩塩構造から格子歪みを緩和して、大気圧の準安定性を維持した。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abq7684, this issue p. 870; see also add5433, p. 814

柔軟な電源 (A flexible power source)

熱電材料は、熱を回収し、電力に変えることができる。熱源として人間が生成する熱をウェアラブル・デバイスを通じて使用する可能性も含まれる。これにより、自己発電システムを実現できるかもしれないが、ほとんどの熱電材料には延性がないことが大きな問題である。Yangたちは、延性もある銀/銅ベースの熱電半導体を見出した (HouとZhuによる展望記事参照)。この材料を用いれば、手首に貼り付けたときでも発電できる薄くて柔軟なデバイスが可能となる。(Wt,ok,nk,kh)

Science, abq0682, this issue p. 854; see also add7029, p. 815

完全なBCRの姿がはっきり見えるようになる (The complete BCR comes into focus)

B細胞の活性化は、B細胞受容体(BCR)に抗原が結合することにより開始され、形質細胞あるいは免疫記憶細胞への増殖と分化に至る。B細胞のシグナル伝達のより良い理解は、BCRの構造についてのより徹底した全体像にかかっている。2つのグループが、抗原と結合したことのないBCR複合体の低温電子顕微法(cryo-EM)構造を解明した。この複合体は、膜結合免疫グロブリン(Ig)が膜貫通Ig-α/Ig-β(CD79)シグナル伝達複合体に連結したもので構成されている(TolarとPierceによる展望記事参照)。Suたちは、IgM BCRのcryo-EM構造を決定し、Maたちは、IgG BCRとIgM BCRの両方のcryo-EM構造を記述している。どちらの研究も、抗原が結合する前の自然のままの状態にあるBCRの構造の重要な特徴を明らかにしていて、この研究は、B細胞の活性化と機能に関する将来の研究領域を切り開くものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 形質細胞:B細胞が分化した細胞で、免疫グロブリンを大量に産生する。
  • 免疫記憶細胞:特定の抗原に対する免疫応答を保持している細胞。次回の抗原感染時に免疫応答を迅速に発動する。
  • CD79:B細胞の膜内に存在し、B細胞受容体に抗原が結合すると細胞内にその刺激を伝えるタンパク質複合体。
Science, abo3923, abo3828, this issue p. 875, p. 880; see also add8065, p. 819

リン酸化されたXPDは有糸分裂を調節する (Phosphorylated XPD regulates mitosis)

色素性乾皮症D群タンパク質(XPD)は、DNAの修復と転写に関与するDNAヘリカーゼである。XPD遺伝子の変異は、神経異常と皮膚異常、がん発生率上昇、知的障害や成長障害など、さまざまな人間の潜性遺伝疾患を引き起こす。Compeたちは、CDK1有糸分裂キナーゼによってリン酸化されたXPDが、有糸分裂紡錘体を確立するために必要なモーター・タンパク質であるEg5と相互作用することを示している。XPD-Eg5相互作用を遮断する変異を持つXP-D患者からの細胞は、有糸分裂と染色体分離の欠陥を示す。著者らは、DNA修復と転写における変化に加えて、有糸分裂の欠陥がXP-D患者の表現型に寄与していると結論付けている。(Sh)

【訳注】
  • 色素性乾皮症D群(XP-D):日光を浴びた時に皮膚の過剰な赤みや痛みなどの炎症反応が現れる日光過敏症を起こしたり、さまざまな神経障害が現れる希少疾患の一つである色素性乾皮症のうち、特に強い炎症を皮膚に起こすと知られている群。
  • モーター・タンパク質:アデノシン三リン酸の加水分解によって生じる化学エネルギーを運動に変換するタンパク質。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abp9457 (2022).