AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 5 2022, Vol.377

異種交配にとって不利な隠された淘汰 (Hidden selection against interbreeding)

今日、ヒトは、我々の属であるホモ属の、唯一の現存する構成員である。これは過去には当てはまらない。なぜなら、我々は今では、我々の祖先が他のホモ種とこの地球を共有していたことを知っているからである。雑種個体にとって不利な淘汰が、これらの種間の交配に対して作用したであろうことが示唆されてきたが、今日ではそのような仮説を試すことは困難である。この問題点を研究するために、Vilgalysたちは、ケニアのアンボセリ盆地の 2 種のヒヒに関する数十年にわたるデータ集合を利用した。彼らは、ヒト科の祖先に対して予測されてきたものと同様に、雑種、すなわち混合された祖先にとって不利な淘汰の証拠を発見した。雑種にとって不利な淘汰の証拠は明らかであったが、彼らはまた、雑種の個々体の中にはたくましく生き抜く者があることも発見した。(Sk,kj,kh,nk)

Science, abm4917, this issue p. 635

減数分裂から有糸分裂への移行 (Shift from meiosis to mitosis)

被子植物では、減数分裂が一倍体だが多細胞の生殖構造を先導する。Cairoたちは、小さなカラシ菜植物シロイヌナズナでこの生殖構造を生成する減数分裂から有糸分裂への移行の分子水準での分子調節を研究した。彼らは、減数分裂の出口を駆動する生殖細胞特異的タンパク質が、第二減数分裂中に P 体に組み込まれ、そこでそのタンパク質は翻訳開始因子を一時的に隔離し、結果として翻訳を阻害することを見いだした。著者たちは、この認識プロセスがトランスラトームを再構築し、有糸分裂への移行を促進することを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • P 体(P-body):細胞質中に存在するRNA−タンパク質の複合体からなる粒子状物質でRNA代謝の場となっている。
  • トランスラトーム(translatome):単一の細胞内である瞬間または条件で翻訳に使用されるRNAの全体を指す。
Science, abo0904, this issue p. 629

連続的時間結晶 (Continuous time crystals)

時間結晶は、量子系の新しい動的相であり、時間並進対称性が破れと、その後相互作用同士の働き合いが自己組織化相を形成するすることで生じる。これまで、周期的に駆動される系において離散的時間結晶が観測されていた。それと対照的に、Kongkhambutらは高度に精巧な光共振器内のボーズ・アインシュタイン凝縮原子において連続的な時間並進対称性の自発的な破れが観測されたことを報告している(LeBlancの展望記事参照)。筆者らは、時間非依存ポンプを用いて、共振器内フォトン数の周期的振動の発現によって特徴づけられ、その後原子密度が繰返しパターンで循環する(連続的な時間結晶)という極限閉軌道相(limit cycle phase)を観測した。(NK,kh,nk)

【訳注】
  • 極限閉軌道:力学系における相空間上での閉軌道であり、時間 t を無限大、またはマイナス無限大にしたとき、その閉軌道に収束する軌道が少なくとも1つ存在するもの
Science, abo3382, this issue p. 670; see also add2015, p. 576

結晶性の容器を成長させる (Growing crystalline containers)

自然界には階層的な結晶が多く存在し、また生物学的プロセスはその成長とパターン形成を微妙に制御している。合成系では、このプロセスは依然として困難なものである。例えば、凹面形状を有する骸晶は、通常、添加物や複雑な温度制御が必要である。Okiたちは、清浄な石英基板上に面性キラル分子(planar-chiral molecule)の溶液をキャストして蒸発させ、過飽和状態を引き起こして結晶成長させることにより、ティーカップ形状の微結晶を制御しながら一軸方向に成長させることに成功した。著者らは、その結晶の全体的な幾何学的複雑さにもかかわらず、結晶学的には6回らせん軸に沿って60°反時計回りに回転しながら互いに積み重なる、キラル平面分子の高度に対称な秩序から出現することを示している。(Wt,KU,ok)

【訳注】
  • 骸晶:結晶の隅および稜の部分のみが急速に成長して、中央部の成長が遅れた結果、その凹んだ不完全な面に囲まれた結晶。
  • 面性キラル分子:分子内におけるある面の表と裏の原子配列の違いによって生じる面不斉分子。
Science, abm9596, this issue p. 673

海洋深層水の濃度 (Deep concentration)

約125万年前から80万年前にかけて、気候系は中期更新世移行期と呼ばれる期間に大きな変化を遂げた。このとき、海洋中の溶存酸素蓄積量は影響を受けただろうか?Thomasたちは、約90万年前に氷期の北大西洋深海の酸素濃度が階段状に減少したが、氷期の大気中二酸化炭素濃度や地球上の氷の量が減少したのと同時期であることを示している。(Uc,kj,kh,nk)

Science, abj7761, this issue p. 654

カルボニルからカルベンへ (Carbonyls to carbenes)

カルベンは、反応性の高い二価炭素中心のため、用途の広い化学中間体である。残念なことに、ジアゾ化合物などの代表的なカルベン前駆体は、往々にして不安定であり、爆発的に分解する。Zhangたちは、アルデヒド(豊富に存在し容易に多様化される有機化合物)からカルベンを生成するための比較的安全な合成手順を報告している (WestとRousseauxによる展望記事参照)。その手順は、アルデヒドとピバロイルクロリドおよび亜鉛との連続反応とそれに続く鉄、コバルト、または銅を用いる触媒による活性化を必要とする。実証された応用は、三員環形成とσ結合挿入の幅広い例を含んでいる。(KU)

【訳注】
  • カルボニル基:アルデヒド及びケトンの特性基 -C(=O)-を総称してカルボニル基という
  • ピバロイル:有機化合物中の基 (CH3)3C-CO-の名称
Science, abo6443, this issue p. 649; see also abq8253, p. 580

モザイク的な防御のためのアプローチ (A mosaic approach to protection)

COVID-19のパンデミックは2年以上続いており、オミクロンのような新たな変異型は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の初期系統に対して開発されたワクチンに対する感受性が低くなっている。また、他の動物性サルベロウイルスがヒトに広がるリスクも引き続き存在する。そのため、より広い範囲での防御を可能にするワクチンが必要とされている。Cohenたちは、SARS-CoV-2および他の7種類の動物サルベコウィルスからの受容体結合ドメイン(receptor-binding domains RBD)を示すモザイク・ナノ粒子を開発した。モザイク・ナノ粒子は、SARS-CoV RBDがモザイク8 RBDナノ粒子上に存在しないにもかかわらず、動物モデルにおいてSARS-CoV-2とSARS-CoV両方の攻撃に対して防御した。対照的に、ホモタイプSARS-CoV-2 RBDナノ粒子(SARS-CoV-2 RBDのみを提示)は、SARS-CoV-2の攻撃に対してのみ防御した。(Wt,kh)

Science, abq0839, this issue p. 618

心筋症を仔細に調べる (A close-up look at cardiomyopathies)

心筋症は心臓の筋肉の病気で、血液を効果的に送り出す機能を阻害し、心不全を引き起こす可能性がある。それは、臨床症状により様々なカテゴリーに分類される。Reichartらは、遺伝的な原因がわかっている心筋症患者とわかっていない心筋症患者の心臓サンプルと、構造的な心臓疾患がない対照者のサンプルを用いて、単一核RNA配列解析を実施した。著者らは、心臓の主要な細胞型とその位置、細胞間の相互作用、生体内シグナル伝達経路を明らかにし、健康な状態および病気の状態における心臓の生態に対する洞察を得た。(ST,kj)

Science, abo1984, this issue p. 619

細胞一個ごとに分析されたショウジョウバエの胚 (embryo analyzed cell by cell)

動物の発生は非常に急速に進行することがあり、その時には細胞系列が増殖して分化状態が刻々と変化する。Calderonたちは今回、ショウジョウバエの発生を今までなかったほど詳細に可視化した。ほんの数秒あるいは数分ごとに発育段階の異なるショウジョウバエの胚の集合を作り出す能力を利用して、著者らは、ショウジョウバエの胚形成中に染色質の接近可能性と遺伝子発現がどのように変化するかを単一細胞基準で分析した。ショウジョウバエの胚発生のこの単一細胞地図は、細胞系列とその発生関係を明らかにし、転写促進因子の使用と遺伝子発現を関連付けている。(Sk,kj,nk)

【訳注】
  • クロマチン接近可能性:遺伝子の活性に相関するとされる量。 目的のクロマチン部分を DNA 分解酵素などのいくつかの方法で単離し, DNA 配列決定によって定量する.
Science, abn5800, this issue p. 620

局所貧血からミトコンドリアを保護する (Mitochondrial protection from ischemia)

酸素欠乏により引き起こされる損傷、すなわち局所貧血は、心臓発作と脳梗塞の重大な結果である。アミノ酸のトリプトファンの代謝産物であるキヌレン酸は、動物モデルの局所貧血に対して保護効果を示してきた。Wyantたちは、これらの効果がヘテロ三量体のグアニン・ヌクレオチド結合タンパク質共役受容体(GPCR)であるGPR35により仲介されることを見出した(Cadenasによる展望記事参照)。GPR35を欠失したマウスの心臓は、キヌレン酸で治療した場合、それがもたらす有益効果を喪失した。キヌレン酸の刺激を受けた新生マウスの心筋細胞では、GPR35はミトコンドリアに組み込まれ、そしてATP合成酵素阻害因子サブユニット1と間接的に相互作用するらしく、結果として局所貧血の間のATPの損失を低減した。この知見は、局所貧血の有害効果を低減するためのGPR35作用薬に対するありえる治療上の使用をさらに後押しする。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • GPCR:2つの末端が細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内にヘテロ三量体Gタンパク質が結合し、細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルをGタンパク質の変化として細胞内に伝える受容体。
  • ATP合成酵素阻害因子サブユニット1:ミトコンドリアでATP合成を担っているATP合成酵素のサブユニットに結合して、ATP合成を阻害するタンパク質。核DNAにコードされている。
Science, abm1638, this issue p. 621; see also add4629, p. 579

細胞がやる情報処理 (Cellular information processing)

これまでの研究は、増殖因子に対する個々の細胞の応答が可変であることを示してきており、これは、細胞が増殖因子の単なる有無以上の情報を検出するのかどうかの疑問を提示するものである。Kramerたちは、さまざまな濃度の表皮増殖因子に対する細胞の応答を監視した。彼らは、応答が確かに可変であることを見出したが、それは、シグナル伝達の接続点が、その細胞の状態に関する他の情報を蓄え、このため同じ濃度の増殖因子に対して異なって応答していることによるらしかった。このように、細胞は、それが置かれている環境と現状の細胞状態との状況において、情報を処理する方法を備えているのである。(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 増殖因子:微量で動物細胞の成長・増殖を促進する一群のタンパク質。細胞膜中の増殖因子受容体に結合し、細胞増殖や分化に向かうシグナル伝達を細胞内に引き起こし核まで伝える。成長因子とも言う。
Science, abf4062, this issue p. 642

IEL発生の背後にある「hex」因子 (The “hex” factor behind IEL development)

CD4+CD8α α+ 上皮内リンパ球(CD4IEL)は、経口免疫寛容を含むさまざまな免疫応答に寄与する腸の生得的様(innatelike) T細胞のクラスである。その発生は腸内微生物叢に依存しているが、この細胞が認識する正確な抗原はいまだ解明されていない。Bousbaineたちは、β-ヘキソサミニダーゼ (β-hex) が、バクテロイデス門由来の共生細菌によって産生される高度に保存された酵素であり、腸内でCD4IELの分化を駆動すると報告している (ShenoyとKochによる展望記事参照)。組織常在性CD4IELと腸-流入領域リンパ節における調節性T細胞の両方からの T 細胞受容体は、β-hex ペプチドを認識した。マウスに移植されたβ-hex-特異的CD4 T細胞は、小腸に局在するCD4IELに分化した。そこで、それらは調節性T細胞に依存しない方法で炎症を部分的に抑制した。この研究は、共生細菌に対する腸の免疫応答がどのように炎症を調節できるかを強調している。(KU,kh)

【訳注】
  • バクテロイデス門:グラム陰性の細菌グループで、免疫機能に関連する一方, 日和見感染症の原因になることがある。
Science, abg5645, this issue, p. 660; see also add7145, p. 575

JMJD3は炎症発生に向けて幹細胞を予備刺激する (JMJD3 primes stem cells for inflammation)

筋肉損傷後に筋幹細胞は、効率的な修復を確実なものにするために、炎症を起こした組織で免疫細胞と協調する必要がある。Nakkaたちは、筋肉修復の間に、筋幹細胞と浸潤免疫細胞との間の情報のやり取りを確立する上で、エピジェニックな酵素KDM6B/JMJD3の必須の役割を突き止めた(Gabelliniによる展望記事参照)。彼らは、損傷に応答しての、転写抑制性であるヒストンH3K27me3修飾のKDM6B/JMJD3による除去が、筋幹細胞によるヒアルロン酸の産生を可能にし、それがその後、細胞外基質に取り込まれることを見出した。この細胞外基質の再形成は、浸潤免疫細胞からの再生開始信号を筋幹細胞が受け取ることを可能にする。(MY,kh)

【訳注】
  • ヒストンH3K27me3修飾:ヒストンH3のN末端から27番目のアミノ酸残基であるリジンがトリメチル化されている修飾。
  • KDM6B/JMJD3:KDM6BはH3K27me3を脱メチル化する酵素で、JMJD3(Jumonji(十文字)ドメイン含有タンパク質D3)としても知られている。
Science, abm9735, this issue p. 666; see also add6804, p. 578

改変タンパク質ががん幹細胞を妨害する (Engineered protein blocks cancer stem cells)

多形性膠芽腫 (GBM) は、成人で最も致命的な脳腫瘍である。現在この破壊的威力の病気の治療法はなく、現在の治療法は全生存率をごく僅かしか伸ばしていない。Benedettiたちは、主要な発がん性遺伝子ネットワークを再配線することを目的として、GBM悪性腫瘍に関与する重要な転写因子であるSOX2を改変した。著者らは、この方法が試験管内とヒト腫瘍のマウス移植で、腫瘍の増殖とがん幹細胞の活性を妨害できることを示している。SOX2は、GBMだけでなく、肺がん、前立腺がん、乳がんでも腫瘍形成を促進する主要な役割を果たしているため、この手法は他の致命的ながんに対する革新的な方法となる可能性がある。(Sh,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn3986 (2022).