AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 24 2022, Vol.376

いかにして老化をまぬがれるか (How to cheat senescence?)

鳥や哺乳類に比べて、爬虫両生類、特にウミガメとリクガメは、加齢に伴う衰退の証拠をほとんど示さない、非常に長寿命の動物のよく知られた例である(AustadとFinchによる展望記事参照)。77種の爬虫類と両生類にわたる老化速度と寿命を比較することにより、Reinkeたちは、老化における相当なばらつきを見出し、自然におけるこれらの違いの推進力の一部を明らかにした。もう一つの論文で、Da Silvaたちは、動物園のウミガメとリクガメを研究し、制御された条件下ではごくわずかな老化しか起きないという明確な証拠を見出した。(Sk,kj)

Science, abm0151, abl7811, this issue p. 1459, this issue p. 1466; see also adc9442, p. 1384

壮大な巨大細菌 (A magnificent megabacterium)

私たちは、細菌のことを顕微的な単独細胞あるいは集落(コロニー)と思うのが普通である。Vollandたちは、マングローブ沼沢を試料採取し、複雑な細胞膜組織を持つ異常に大きな硫黄酸化細菌を見つけ、生活環を予測した(Levinによる展望記事参照)。著者たちはさまざまな顕微技法を用いて、細胞膜の内側にDNAとリボソームが区画に仕切られて存在する高倍数性細胞を観察した。Candidatus Thiomargarita magnificaと呼ばれるこの単細胞細菌は薄くて管状であるが、1センチメートルを超える長さに達した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 高倍数性:1細胞内に多数の複製ゲノムが存在すること。複製ゲノムがない大きな細胞では発現物質の長距離拡散の課題が大きくなるが、複製ゲノムが細胞内に分散していればこの課題は軽減する。この細菌では、DNAとリボソームが小胞中に存在し、それらの小胞が細胞膜に結合し、代謝に必要な機能物質も含め、細胞膜に沿って細胞質中に多数分布する状態をとっている。
Science, abb3634, this issue p. 1453; see also adc9387, p. 1379

星状グリア集団の起源 (Origins of astrocyte populations)

発生中の脳では、放射状グリアは星状グリアを生成する幹細胞である。放射状グリアは、ヒトの妊娠中期までに、脳の軟膜表面または脳室表面に由来する2つの集団を形成する。Allenたちは、放射状グリアのこれら2つの集団が星状グリアの多様性にどのように関連しているかを理解するために、発生中のヒト脳で系統追跡と単一細胞トランスクリプトミクスを用いた。神経細胞体が密集している脳の灰白質に存在する星状グリアは、脳室帯における幹細胞によって生成される。外側脳室下帯における幹細胞は、脳の白質に限定される異なる一連の星状グリアを生成する。(KU,kh)

【訳注】
  • 白質:中枢神経組織の中で、神経細胞の細胞体に乏しく主に神経線維が集積し走行している領域である。
Science, abm5224, this issue p. 1441

臨界性に対する費用便益からのアプローチ (A cost-benefit approach to criticality)

ネットワークを介した情報の流れは、システムに対する小さな変化がその機能を大きく変化させる臨界点付近で最大となる。しかし、どのような状態にも難点があり、臨界性については感度と安定性との間にトレードオフの関係にある。Poelたちは、臨界性の対価という視点から、ゴールデン・シャイナー・フィッシュの群れにおける驚動の連鎖を研究した。群れは、知覚できるリスクに見合うように、臨界性からの距離を、主には群れ密度によって微調整していた。比較的安全な環境や捕食の多い環境では、誤った驚動による損失は高速応答による便益を上回り、群れは未臨界の状態に保たれた。捕食リスクの区別が困難な場合にのみ、個々の魚にとって臨界性をとる価値があった。(Wt,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ゴールデン・シャイナー・フィッシュ:北米の湖沼に最も広く棲息するコイ科の小型魚で, 釣りのエサに使われる。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abm6385 (2022).

土砂のトラップと流出 (Sediment traps and drains)

人間は、河川の堰き止めや土地利用の変化によって、海洋や海浜に流れ込む土砂の量を劇的に変化させる。Dethierたちは、10万以上の地上測定値との照合で裏付けした1980年代半ば以降の衛星画像データを用いて、世界の414の河川からの土砂流束を推定した (ZarflとDunnによる展望記事参照)。北半球ではダムが土砂流束を大幅に減少させたが、南半球では土地利用の変化が土砂流束を増加させた。これらの観測結果は、重要な水資源に関する政策決定の指針となるものである。(Wt,ok,kj,kh)

Science, abn7980, this issue p. 1447; see also abq6986, p. 1385

プランクトンの恒流動性適応 (Homeoviscous adaptation in plankton)

生物の脂質組成は、周囲の物理化学的条件の変化につれて変化し、細胞膜やその他の重要な生物学的機能が損なわれないようにしている。これは、恒流動性適応として知られる過程である。Holmは高分解能質量分析法を用いて、主に大西洋から標本抽出された表層プランクトンの脂質組成を分析した(SepulvedaとCantareroによる展望記事参照)。数種の脂質種がプランクトン・リピドームの大部分を構成しているが、寒冷な(-2°C)地域に住む生物は、温暖な(29°C)水域に住む生物よりも3倍多い不飽和脂肪酸を有している。気候変動のさまざまな筋書きの下でのプランクトン必須脂肪酸の不飽和度の低下は、食物網、そして最終的には水産業に悪影響をもたらすかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • リピドーム:生体内に存在する脂質(Lipid)の総体
Science, abn7455, this issue p. 1487; see also abo5235, p. 1378

工業化以前の森林の炭素吸収量 (A preindustrial forest carbon sink)

森林のバイオマスの過去の変化は、森林とその炭素隔離能力が将来どのように変化するかを予測するのに役立つ。Raihoたちは、工業化以前の森林調査からのデータと化石花粉の記録を組み合わせて、過去1万年間の米国中西部のバイオマスの変化をモデル化した。彼らは、多くの研究が想定していたのとは違って、工業化前の森林のバイオマスは安定ではなかったことを見いだした。以前の想定に代わって、氷河が後退した後の森林面積の増加と樹種構成の変化により、過去8000年の間にバイオマスは二倍になっていた。そうやって数千年にわたって蓄積されたそのバイオマスが、わずか150年の森林伐採で失われてしまったのだ。(Uc,kj,nk,kh)

Science, abk3126, this issue p. 1491

炭素-水素結合の酸化でいくつかの大きさの環を作る (Sizing rings with carbon-hydrogen oxidation)

炭素-水素結合を狙った触媒反応は近年急増してきているが、炭化水素鎖の特定部位に対する選択性は依然として大きな課題である。Chanたちは、パラジウム触媒に配位する窒素配位子を精密に最適化することで、ラクトン形成で達成される環の大きさが調整できることを報告している。より具体的には、両端が酸で修飾保護された炭化水素鎖を含む反応剤を用いて、配位子の選択で末端基から2炭素離れたところで酸化的閉環が起きるか、あるいは3炭素離れたところで起きるかが決定される。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • ラクトン:分子中のヒドロキシ基とカルボキシ基が脱水縮合することにより生成する環状エステルのこと。
Science, abq3048, this issue p. 1481

会話は一時的に二極化を減少させる (Conversations temporarily reduce polarization)

対立党支持者とは知らないである他人と話していた人に比べて、一つの党を支持する人が自分が対立党の支持者と話していると知っている時の方が、話し相手に対して気分が良くなったと報告した。SantoroとBroockmanは、彼らの素晴らしい一日についてビデオチャットで会話するための参加者を募集し、自分の相手の政党の好みに関する情報を受け取るいくつかの組を無作為に選んだ。対立感情の減少は大きかったものの、それは一時的であり、3ヶ月後には効果が消滅した。参加者が民主的な説明責任についての態度の変化をほとんど示さなかったため、民主主義の規範を維持するためにそのような個人的な相互作用が役立つ可能性は依然として不明である。(Sk,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn5515 (2022).

ニトリルから複雑なアミンを作る (Making complex amines from nitriles)

ニトリルの炭素-窒素三重結合の還元は一般的であり、広範な化学的用途に使われる第一級アミンを作る便利な方法である。Chandrashekharたちは今回、トリホスフィンニッケル触媒により、水素下でニトリルと既存アミンが結合して、より複雑な第二級(二置換)アミンと第三級(三置換)アミンを同様に生成できることを報告している(Monguchiによる展望記事参照)。水素付加段階と窒素交換段階の相対速度が、単一生成物を選択的に作り出すための鍵となる。(MY)

Science, abn7565, this issue p. 1433; see also abq7782, p. 1382

酵素に新しい技を教える (Teaching an enzyme a new trick)

酵素を活性化する小分子化合物は普通、アロステリック制御を用いて作用する。Michelたちは、8-オキソグアニンDNAグリコシラーゼ1(OGG1)の活性部位に結合して、天然タンパク質には見られない生化学反応を触媒する小分子活性化因子の作用様式について記載している。この分子は、そのタンパク質が損傷DNA鎖を完全に切断することを可能にし、その結果、酸化的DNA損傷の修復を全体として増進する。新しい修復経路の根底となる創案は、酸化的DNA損傷に関連する病気への医療適用の可能性を示している。(hE,KU,kh)

【訳注】
  • アロステリック制御:酵素の活性中心以外の部分(アロステリック部位)に対してエフェクター分子が会合して酵素のコンフォメーションが変化し、酵素の触媒活性や複合体形成反応の平衡定数が増減することをいう。
Science, abf8980, this issue p. 1471

より小さく、より単純に、より内密に (Smaller, simpler, and stealthier)

CRISPR-Cas9の進化的起源は、トランスポゾンにコードされたヌクレアーゼ IscBにまで遡る。Cas9の大きさのほんの断片にしかすぎないIscBは、試験管内でRNAガイドDNA切断においてCas9と正に同じくらいの活性を示す。IscBが、どのようにして徐々にCas9へと形を変えたのだろうか?その微小サイズをより広範なゲノム編集用途に利用できないのだろうか?IscB-ωRNAの低温電子顕微構造を解明することで、Schulerたちは、Cas9とのIscBの構造的および機構的類似点と相違点について高分解能の説明を与えている。その構造に着想を得て、IscBのより内密バージョンの設計と、ヒト細胞におけるIscBのゲノム編集活動のさらなる改善が可能となった。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン:動く遺伝子。細胞内においてゲノム上の位置を転移 (transposition) することのできる塩基配列
  • ωRNA: DNA 配列を切断するよう指示する小さな RNA
Science, abq7220, this issue p. 1476

逆電子輸送で対結核兵器庫の改組 (RETooling the anti-TB arsenal)

腫瘍壊死因子(TNF)は重要な結核(TB)耐性因子として作用するが、このサイトカインが多すぎると、感染したマクロファージが死滅し、マイコバクテリアが細胞外空間に漏れ出て制御不能に増殖する可能性がある。Rocaたちは結核感染のゼブラフィッシュ・モデルを用いて、TNFがミトコンドリア複合体Iで逆電子輸送(RET)を誘導することを見出した。これによりミトコンドリアの活性酸素種(mROS)生成が促進され、マクロファージの壊死が引き起こされる。複合体I阻害剤であるメトホルミンは、感染したゼブラフィッシュとヒト・マクロファージでTNFが誘導するmROSと壊死を阻止するよう転用でき、この一般的な抗糖尿病薬も結核の有用な補助療法である可能性があることを示唆している。(Sh,kj)

【訳注】
  • マクロファージ:全身の組織に分布し、侵入してきた異物や病原体、古くなった細胞を貪食する白血球の1種。結核菌などのマイコバクテリアが感染すると、マクロファージ内で増殖する。
  • サイトカイン:細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称。細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与える。
  • 逆電子輸送:通常ミトコンドリア内では、電子は複合体Iから補酵素Qへ流れ、さらにそこから複合体IIIへと流れる。逆電子輸送は、さまざまな代謝経路からの還元型補酵素Qが増したとき、電子が複合体IIIへ流れず、複合体Iを通って逆流する現象。
Science, abh2841, this issue p. 1431

置き換えのピーク (Peaks of replacement)

過去二年間、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)大流行が、英国の医療従事者を対象にきめ細かく解明されてきた。Elliottらは、10万人を超える関係者のREACT調査から得られたデータを用いて、2022年3月におけるBA.2オミクロン変異株がその先駆体であるBA.1を如何に急速に置き換えたかを報告している。3月の間の有病率は6%を超えていたが、高齢者グループと子持ち世帯が最も高かった。この状況が、大流行で知られたる最も高い発生率を引き起こすと共に入院率を増加させた。同時に、今後追跡が必要とされている組換え型 BA.1/BA.2感染症もいくつか見出されている。英国政府は、本REACT調査の資金を最近停止しており、SARS-CoV-2大流行とその健康への影響の軌跡という偏りのない長期データの情報源を失うこととなってしまう。(NK,KU,ok,kj,kh)

Science, abq4411, this issue p. 1432