AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 17 2022, Vol.376

スピンと電荷を分離する (Separating spin and charge)

一次元フェルミ粒子系では、スピンと電荷の励起が互いに互いに分離できる。このいわゆるスピン-電荷分離は、固体や光格子に保持された冷原子系で検出されていた。Senaratneたちは、気体内部に格子構造が存在しないリチウム原子の1次元フェルミ気体においてスピン-電荷分離を観測した。Senaratneたち研究者は、スピンと電荷の励起モードを互いに独立に励起し、それらの密度波速度を原子間相互作用の強さの関数として測定することができた。(Wt,ok,kj,kh)

Science, abn1719, this issue p. 1305

Pol IIがヌクレオソームに出会う時 (When Pol II meets nucleosome)

真核細胞はその巨大なゲノムをクロマチンと呼ばれる密に詰まった小さな構造へと組織化する。ヌクレオソームを基本単位とするクロマチンの凝縮構造は、ほどんどのタンパク質コード遺伝子の転写を担う酵素であるRNAポリメラーゼII(Pol II)などの核酸処理装置群に対して課題を突きつける。RNA Pol IIがクロマチン組織を壊すことなく、どのようにヌクレオソームを処理するのかは不明なままである。Filipovskiたちは低温電子顕微法を用いて、哺乳類のRNA Pol IIとヌクレオソームとの複合体の構造撮影を行い、以前に転写をうけたDNAがどのようにしてヌクレオソームを巻き直すのかを示している。この知見は、ヌクレオソームおよび生じている後成的標識が転写の間にどのようにして保持されるのかについての構造的基盤を提供するものである。(MY,nk,kh)

Science, abo3851, this issue p. 1313

まず COVIDの阻止だ (First off the COVID block)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的流行は、古い変異株に取って代わる新しい変異株により開始される伝播の波によって特徴づけられてきた。この出現様式を考えると、過剰な死亡を防ぐために、新規変異株の早期検出の必要性があることは明らかである。Obermeyerたちは、すべてのウイルス系統の相対的な伝播性を比較するためのベイズ・モデルを開発した。このモデルを用いると、スパイク・タンパク質だけでなく他のウイルス・タンパク質においても、伝播性に寄与する変異とともに新たな系統を見つけることができる。このモデルは、公衆衛生上の懸念に対して、系統が出現すると同時に優先順位を付けることができる。(Sk,nk,kh)

Science, abm1208, this issue p. 1327

いかにしてセレン含有タンパク質が作られるのか (How to make selenoproteins)

生命の全ての領域 (ドメイン)で、必須微量元素セレンはタンパク質翻訳の際にアミノ酸であるセレノシステインとしてセレン含有タンパク質に組み込まれる。専用のタンパク質とRNAの因子群がセレノシステイン用の転移RNAを助けて、特定のUGAコドンをタンパク質合成終結信号としてではなく、むしろセレノシステイン挿入用の符号として別解釈する。Hilalたちは低温電子顕微法を用いて、セレノシステイン用コドンを解読する最中にある哺乳類リボソームを捕捉して可視化した。予期せぬ広がりを持つ重要な分子プレーヤー間の相互作用ネットワークが、再コード化事象を促進していて、これによりこの基本的な生物学的過程のさらなる研究に対する基礎を提供している。(MY,kh)

Science, abg3875, this issue p. 1338

全身性エリテマトーデスのための扱いやすい道筋 (A tractable lead for lupus)

最適な免疫防御機能がないこと、それゆえに感染リスクが高いことが、全身性エリテマトーデス(SLE)患者にとって問題であり、それがただでさえしばしば重篤な全身性の自己免疫疾患に対し合併症の可能性を加えることとなる。Chenたちは、細胞表面酵素であるCD38が、全身性エリテマトーデス患者のCD8+ T細胞中のマイトファジーを抑制することによって、ミトコンドリアの適合性に影響を及ぼすことを見出した。マウスSLEモデルで、CD38の酵素阻害剤を投与が、免疫機能不全の原因であると考えられる細胞障害性T細胞の欠点を逆転する。CD38阻害剤は臨床の場で入手可能であるから、この知見は、SLE患者の免疫機能をうまくいけば復活できるという、興味深い新しい道を開くものである。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • マイトファジー:損傷ミトコンドリアを選択的に分解することによって、細胞内のミトコンドリアの品質管理をする機構。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo4271 (2022).

KITに基づくメテオリン様信号 (Meteorin-like signals through KIT)

成体哺乳類の心臓は再生能力が限られていて、心筋梗塞を起こした後は瘢痕の形成により回復する。傷ついた心臓の効果的な修復は、瘢痕を減らしポンプ機能の保持を助ける活発な血管新生反応を必要とする。Rebollたちは、骨髄系細胞由来サイトカインであるメテオリン様(METRNL)タンパク質を、梗塞後の血管新生に対する重要な駆動因子で、かつ幹細胞因子受容体KITに対する親和性の高いリガンドとして同定した(Srivastavaによる展望記事参照)。METRNLは、KIT発現血管内皮細胞集団を梗塞境界域で選択的に広げることで、マウスの梗塞修復を促進する。このKIT依存性血管新生反応が開始できないと、重度の梗塞後心不全が引き起こされる。METRNLは、組織傷害後の血管内皮でのKITシグナル伝達を活性化する機構を提供する。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • 骨髄系細胞:ここでは免疫細胞である単球とマクロファージを指している。
  • KIT:幹細胞因子の受容体タンパク質で、造血幹細胞や前駆細胞(幹細胞から発生し、最終分化細胞へと分化することのできる細胞)などで発現している。幹細胞因子と結合すると活性化し、細胞を分化・増殖させる。
Science, abn3027, this issue p. 1343; see also adc8698, p. 1271

アラビアの乾燥化 (Arabian aridity)

イスラム教は、大きな社会的変化の時代の後、紀元7世紀初頭にアラビア半島に現れた。その出現の環境的背景はどのようなものであったのだろうか。Fleitmannらは、南部アラビアの水文学的気象記録を提示し、紀元6世紀を通じて干ばつがこの地域を苦しめていたことを示した。彼らは、乾燥化の進行と農業収量の減少が、当時のアラビアの支配的勢力であったヒムヤール(Himyar)の衰退に寄与した可能性を示唆している。(Uc,KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ヒムヤール(Himyar):イスラム教の勃興前に南部アラビアに定住していた大きな部族(Himyar王国)の名前
Science, abg4044, this issue p. 1317

染色体ブーケを作る (Making a chromosomal bouquet)

減数分裂の間、染色体の対合は、核膜上で微小管依存性のテロメアの繋留と回転を必要とする。これは、また相同染色体の検索を操縦するプロセスである。「接合期の染色体ブーケ」と呼ばれるその構造形成は、中心体に向けてのテロメアの引き寄せを含んでいる。 Mytlisたちは、ゼブラフィッシュとマウスの卵母細胞において染色体のブーケ形成と生殖細胞の形態形成を確実にするのに役立つ、いわゆる「接合期繊毛」について説明している。繊毛は中心体を固定し、テロメアの引き寄せに抵抗できるようにし、ブーケとシナプトネマの複合体形成および卵形成の成功に不可欠である。(KU,kh)

【訳注】
  • 染色体ブーケ(花束):減数分裂の過程で、染色体末端(テロメア)が核膜上の一カ所に集合する特殊な染色体配置を作り、染色体が一端で束ねられ花束(ブーケ)のような形を作る
  • 接合期(ザイゴテン期):両親から来た一本ずつの相同の染色体が接近し、相同の部分で対合を行う時期。
  • シナプトネマ複合体:細胞の減数分裂前期に見られる、相同染色体が対になって結合した(対合した)状態。
Science, abh3104, this issue p. 1284

ヒトOTULINハプロ不全 (Human OTULIN haploinsufficiency)

健康な人々にとっては、黄色ブドウ球菌感染時の個体間臨床変動についてよく分かっていない。ヒトの遺伝学的方法を用いて、Spaanたちは、重度のブドウ球菌病の患者群において、まれなヘテロ接合性OTULIN変異体に関するゲノムワイドな濃縮を見いだした。常染色体顕性のOTULIN欠乏はハプロ不全によって発症し、より一般的な5p-(或いは Cri du Chat)染色体欠失症候群を有する患者で表現型模写される。OTULINハプロ不全は、主要なブドウ球菌病原性因子α毒素に対する組織常在性の、非造血細胞の感受性を高めることで、皮膚と肺のブドウ球菌性壊死の根底をなす。自然に誘発されるα毒素中和抗体は、この障害を救っているらしく、100%の発症率でないことにに寄与している。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • OTULIN:染色体5p上の遺伝子によってコードされる脱ユビキチン化酵素
  • ハプロ不全:2つ持つ遺伝子の片方に変異があり、もう一方の正常遺伝子から作られる正常タンパク質だけでは量が足りず、うまく機能を補えないこと
  • Cri-du-Chat(猫鳴き症候群):染色体5pの一部が欠失したことで生じる病(出生時に猫のような甲高い声で鳴くのが特徴の重度の知的障害)
Science, abm6380, this issue p. 1285

イネの耐暑性 (Heat tolerance in rice)

気温が作物の通常の許容範囲を上回ると、高い熱が植物の葉緑体を損傷し、収量が低下することがある。Zhangらは、2つの遺伝子が一緒になってイネの耐熱性を高めている遺伝子座を同定した。熱耐性3.1(TT3.1)のユビキチン・リガーゼ活性は、熱ストレスの状況下で葉緑体損傷を誘発する葉緑体前駆体タンパク質であるTT3.2の分解を促進していた。共に働くことで、これらのタンパク質は熱に応答し損傷を制御している。(ST,ok,nk,kh)

Science, abo5721, this issue p. 1293

中心体にあるRNA修飾ハブ (RNA modification hub at the centrosome)

中心体は、細胞の微小管形成の中心として作用し、細胞分裂と繊毛および神経突起の伸長を支えている。新しく生まれた神経細胞は、脳室での出生地から離れて移動するために中心体の微小管形成の活性化を必要とする。O’Neillたちは、ヒト人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞および神経細胞の中心体プロテオームを分析した。神経細胞の中心体プロテオームは、脳室周囲異所性灰白質に関連するRNAスプライシング因子の変異等、さまざまなRNA結合/修飾タンパク質を含んでいる。(KU,kh)

【訳注】
  • 脳室周囲異所性灰白質:発生の過程で脳室周囲の神経細胞が皮質に遊走せずにそこにとどまること。
  • RNAスプライシング:mRNA前駆体(pre-mRNA)からintronを除去して成熟mRNAを産生するプロセス。
  • プロテオーム:ある生物学的な系において存在しているタンパク質の総体を言う。
Science, abf9088, this issue p. 1286

一体で形になって働け(Form and function all in one)

圧電駆動子は、ロボット機構において動きを行わせるための1つの手段である。しかしながら、通常、複数の自由度で動かせるようにするには、複数の結晶または設計された構造のいずれかが必要である。Cuiたちは、電界と機械的変形を結合する、導電性と圧電性の材料で構成されたアーキテクテッド・マテリアルを設計した(Rafsanjaniによる展望記事参照)。著者らは、積層造形を用いて複雑な形状を構築することにより、これらの3次元材料をさまざまな動きと変換機能が可能なように設計した。彼らは、移動、感知、およびフィードバック制御を実行できる一体型の小型移動可能ロボットにおいて、駆動および感知の機能を実証している。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • アーキテクテッド・マテリアル:ラティスのセル構造パラメーターを場所毎の要件(荷重など)に合わせることで目的に対して最適な特性を保持させた材料
Science, abn0090, this issue p. 1287; see also abq4102, p. 1272

油膜の調査結果 (Slick findings)

海洋油膜は、自然または人為的発生源どちらの可能性もあるが、発生数、それらの広がりの程度、それらがどんな割合で発生しているかは不明である。Dongたちは、2014年から2019年までの期間の世界的な油膜地図と、場所が一定で、かつ持続的な発生源の詳細な一覧を提示している(Leiferによる展望記事参照)。彼らは、油膜の非常に不均一な分布を観察し、それらのほとんどが海岸線から160キロメートル以内で航路に沿って位置していた。人為的発生源が事例の圧倒的多数を占めており、それらの数は、それらの寄与が過去に著しく過小評価されてきたかもしれないことを示している。(Sk,nk)

Science, abm5940, this issue p. 1300; see also abp8666, p. 1266

オンチップ光増幅器 (On-chip optical amplification)

長距離光通信と私たちの情報化社会の成功は、エルビウム添加光ファイバ増幅器の発明に負うところが大きい。より高速なチップの需用がエレクトロニクス系技術からフォトニクス系技術へ移行することが見込まれる。このため、エルビウム・イオンが光集積回路での増幅の基礎となる可能性がある。Liuたちは、最大 0.5m長の導波路とエルビウム・イオン注入による超低損失窒化ケイ素光集積回路を用いて、小型フォトニック・チップ上にエルビウム添加導波路増幅器を作製した (Kimによる展望記事を参照)。連続波で動作し、通信帯域で大きな光利得が得られるため、この結果はデバイスの応用に有望なものである。(Wt,kj,kh)

Science, abo2631, this issue p. 1309; see also abq8422, p. 1269

新たな希望 (A new hope)

ホッキョクグマは、気候変動に関する、最も言及された(そして象徴的な)潜在的犠牲者の1人である。ほとんどのホッキョクグマは海氷に頼って狩りをしているため、現在のそして予測される海氷の発生と持続性の減少は、彼らの生存に大きな影響を与える可能性がある。Laidreたちは、海氷への依存度がはるかに低く、代わりに氷河の末端に生きている、氷河が崩壊して出来た淡水氷の寄せ集めからの狩りに依存している、グリーンランド南東部のホッキョクグマの孤立した個体群の発見について詳述している(Peacockによる展望記事参照)。この個体群の発見は、そのような環境がホッキョクグマのレフュジアとして役立つ可能性があること、そしてこの新しい個体群の保護が不可欠であることの両方を示唆している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • レフュジア:広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所
Science, abk2793, this issue p. 1333; see also abq5267, p. 1267

おあつらえインスリン誘導体のための酵素 (Enzymes for tailored insulin derivatives)

インスリンなどのタンパク質ホルモンに基づく薬剤の開発は難題である。それは、有機合成における通常手段の多くが、あるいは折り畳まれたタンパク質と相性が良くなく、あるいは重複する官能基が存在するときは反応選択性に欠けるためである。Fryszkowskaたちは、インスリンの3つのアミン基の1つ以上を選択的に修飾して、保護基を追加したり削除する酵素セットを作った(LinとChouによる展望記事を参照)。酵素で機能付与された分子は、次に求電子試薬により修飾され、均一なインスリン複合体を作ることができる。著者らはまた一連の生理活性ペプチドに対する酵素活性を実証し、生体触媒手法がペプチドを基礎にした潜在的な治療法やプローブの開発に役立つ可能性があることを示唆している。(Sh,KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • プローブ:生化学の分野で、ある物質の同定や定量のために用いられる物質。
Science, abn2009, this issue p. 1321; see also abq7217, p. 1270

どのようにトリパノソーマが静かになるのか (How trypanosomes go quiet)

寄生原虫ブルース・トリパノソーマ(Trypanosoma brucei)は睡眠病を引き起こすが、それは命にかかわることがある。臨界密度でこの寄生原虫は、休眠状態のずんぐり(stumpy)型へ分化する。この移行は宿主の生存を助けるが、トリパノソーマの伝播も容易にする。Gueganたちは、T. bruceiのRNA配列決定を行い、これまで知られていなかった1428個の非コード長鎖RNA(lncRNA)遺伝子を突き止めた。彼らは、これらの遺伝子の1つでgrumpy(不機嫌)と名付けられた遺伝子が、休眠型への分化を促進することと、この過程が前記lncRNA内にコードされている核小体低分子RNA(snoRNA)によって仲介されることを見出した。このsnoRNAは、ずんぐり型への分化を調節する少なくとも2つの遺伝子由来のmRNAに結合し、それらの発現を高める。grumpyの過剰発現は、感染マウスでの寄生原虫血症を低減し、トリパノソーマのlncRNAが寄生原虫-宿主の相互作用を調節することを示している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 核小体低分子RNA(snoRNA):真核細胞の核内に存在する直径1?3μmの構造体である核小体に局在する60~300ヌクレオチドの非コード短鎖RNA。リボソームRNAなどのターゲット遺伝子のメチル化をはじめとした化学修飾を誘導する。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn2706 (2022).