AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 10 2022, Vol.376

宿主植物が真菌類を育てる (Host plant nurtures fungus)

真菌類の中には、その寄生(宿主)に繁殖を依存するものがある。ウモロコシ黒穂病菌(Ustilago maydis)は独力で成長することができるが、繁殖については宿主植物のトウモロコシに依存している。Kretschmerたちは、この絶対寄生真菌の生活様式を維持するのに宿主のどの栄養素が必要なのかを分析した。この真菌は、トウモロコシがC4光合成の基質として用いるリンゴ酸などの有機酸を含む栄養素の組み合わせに応答する。ジカルボン酸輸送体の同定により、宿主植物からこれらの有機酸を引き出すこの真菌の能力がこの黒穂病菌の病毒性の一因であることが示された。そのような栄養素が確保されれば、この真菌はその後、その生活環を進めることができるのである。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 絶対寄生:寄生生物にとって、宿主が生きた状態であることが必須なこと。
  • C4光合成:トウモロコシやサトウキビなど限られた植物が持ち、太陽光の強い環境下でも二酸化炭素を有効に利用できる光合成経路のこと。葉肉細胞でリンゴ酸やアスパラギン酸などのC4化合物が作られ、これが維管束鞘細胞に運ばれて二酸化炭素が遊離され、この二酸化炭素がカルビン回路(C3回路)で固定化されてグリセルアルデヒド-3-リン酸(G3P)となる。G3Pから単糖や多糖が作られる。
  • ジカルボン酸輸送体:葉緑体内で行われる生合成で必要な葉緑体包膜を横切る物質移動に関与する輸送体(トランスポーター)の1つ。リンゴ酸、2-オキソグルタル酸、グルタミン酸などのジカルボン酸(-COOHを2個もつ有機酸)を特異的に輸送する。
Science, abo2401, this issue p. 1187

温暖な海域ほど、より多くの捕食 (More predation in warmer seas)

多くの分類群の種の豊富さは、赤道付近でより高く、生態学者たちは長い間、このパターンが熱帯における種間の相互作用(例えば、競争関係や捕食関係)がより強いことと関連していると仮定してきた。しかし、種の相互作用の強さが緯度によって変化することを示す実証的な証拠は限られている。Ashtonたちは、海洋底生生物群集に対する捕食が低緯度ほど高いかどうかを検証した。南北アメリカの太平洋岸と大西洋岸に沿った36地点で標準化された実験を用いて、著者たちは赤道に近いほど捕食強度(消費率)が高く、底生生物群集に強い影響を与えることを見いだした。これらの傾向は、緯度よりも水温により強く関連しており、気候温暖化が生物群集のトップダウン・コントロールに影響を与えている可能性を示唆している。(Uc,ok,kh)

【訳注】
  • トップダウン・コントロール:高次捕食者の捕食圧が食物連鎖を通じて低い栄養段階の生物に与える影響
Science, abc4916, this issue p. 1215

早期に多様性を確立する (Establishing early diversity)

先進国で都会的な生活様式を送る人間は、田舎で暮らす人間よりも微生物叢の多様性が少ない傾向がある。糞便の16SリボゾームRNAの配列を用いて、Olmたちは、都会とは対照的な環境で暮らす乳児の微生物叢が、生後6カ月には都会の幼児のビフィズス菌の多い集合から分かれることを見出した。ディープ・シーケンシングを用いるメタゲノム解析によって、狩猟採集民の乳児由来の試料中で検出された細菌種の大部分は新しいものであり、都会の子供由来の試料には検出できないものであることが明らかになった。腸の微生物叢の多様性は、狩猟採集民では乳児の初期に現れて、局所的環境の影響をいくらか受けるものの、母系での伝達が追跡できる。腸の細菌叢の差異は、地理的なものよりも生活様式により主に引き起こされる。推測されることは, まだ謎であるが, 微生物叢におけるこのような違いが、発達中の子供の健康と機能的に密接な繋がりを持つことである。(hE,nk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ディープ・シーケンシング:DNA配列決定において, どの部分配列についても異なる読み取り (read) を多数得て, 再現結果の正確化を目標とする方法.
Science, abj2972, this issue p. 1220

結晶化と対になった触媒作用 (Catalysis paired with crystallization)

不斉触媒反応は、多くの場合、単一の炭素中心で鏡像の立体配置を区別する。しかしながら、多くの複雑な分子には3つ以上のキラル中心を持っており、そのような場合に増加する数のジアステレオマーの1つだけを選択することが困難になることがある。この文脈において、de Jesus Cruzたちは、反応中の生成物の結晶化が触媒固有の選択性を補うことができることを報告している。具体的には、著者たちはキラル塩基を使用して、ケトアミドへのニトロアルカンのマイケル付加反応において一つの立体中心を定めた。一方で隣接する炭素上の立体配置がダイナミックにまぜこぜにされるが、次に結晶化により、この互いに変換するジアステロマー群の混合物から単一のジアステレオマーが選択される。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ジアステレオマー:複数のキラル中心を持つ化合物においてエナンチオマー(鏡像異性体)の関係にない立体異性体(配置異性体)
  • マイケル付加反応:活性メチレン化合物と分極した二重結合の間で起こる反応
Science, abo5048, this issue p. 1224

長生きのための適時の摂食と絶食 (Timing eating and fasting for longevity)

栄養失調を避けるのにかろうじて足りる、限られたカロリー数の食物を与えられた動物は、健康寿命と寿命を延ばしている。しかしながら、彼らは非常に空腹であるため、ある限られた時間内でそれらのより少ないカロリーをとり(餌を食べてしまい)、その結果、食物の入手が制限されていない動物よりも多くの時間を絶食状態で費やす。そのため、Acosta-Rodriguezたちは、カロリー摂取量と食事のタイミングの両方を制御するためのマウスでの実験を計画し、どの要因が最も重要であるかを確かめた(DeotaとPandaによる展望記事参照)。カロリーの制限は予想通り寿命を延ばしたが、マウスが少なくとも12時間絶食するように給餌が制限され、マウスが食べた周期が彼らの概日周期の活動期に対応する場合に最も効果的であった。(Sk,nk,ok)

Science, abk0297, this issue p. 1192; see also adc8824, p. 1159

RNAウイルスにおけるパターンとプロセス (Patterns and process in RNA viruses)

ウイルスは、生態系機能の要だと思われているが、これまでのところ、ウイルスの重要性を推測することしかできていない。DNAウイルスは、海洋における生物地球化学的循環の重要な要素としてますます認識されつつある。Dominguez-Huertaたちは、Tara Ocean サンプルからウイルス配列を抽出することにより、海洋RNAウイルス発生の世界的なパターンを調査した。宿主予測解析は、主に原生生物および真菌の宿主に加えて、いくつかの無脊椎動物を同定した。二本鎖DNAウイルスとその宿主のように、RNAウイルスは顕著な深さ制限を示したが、緯度方向の変化はほとんどなかった。RNAバイローム(virome)における補助代謝遺伝子は、いくつかの真核生物プランクトン・プロセスがウイルスによって影響されていることを示した。海洋の炭素フラックスに大きな影響を与える11のRNAウイルスのグループが同定された。(KU)

【訳注】
  • Tara Ocean:海洋科学探査船タラ号で海洋環境問題を調査するフランスの財団(Tara Ocean財団)。世界60カ国、45万km以上を航海し、75の協力研究所や協力研究機関と共に21の科学研究分野にわたり、8万以上のサンプル採取や貴重なデータを収集している。
  • RNAバイローム(virome):ヒトを含めた様々な生物のゲノムの中にウイルスに由来する配列が存在しその一部は遺伝子となっている。多種多様な生物におけるウイルス由来の遺伝子の解析をバイローム解析という。
Science, abn6358, this issue p. 1202

量子実験から学ぶ (Learning from quantum experiments)

従来型の古典的なコンピュータをしのぐという量子コンピュータの最近の成功(量子の強み)を、いくつかの模型的な数学の問題からより意味のある課題に拡張することに大きな関心が寄せられている。Huangたちは、特定の学習課題について、多重の量子状態の操作が、単一の量子状態測定という古典的処理に対してどのように指数関数的な優位性を提供できるのかを示している。これらは、物理系の特性の予測、雑音の多い状態の量子主成分分析の実行、および物理的動態の近似モデルの学習を含んでいる(Dunjkoによる展望記事参照)。Google Sycamore 量子処理装置での最大40量子ビットを用いた原理実証実験で、著者らは、最もよく知られている古典的な下限を超えて、必要な実験数におけるほぼ4桁の削減を達成した。(Sk,kh)

Science, abn7293, this issue p. 1182; see also abp9885, p. 1154

困難なグラフ問題を解決する (Solving hard graph problems)

実用的で、かつ、計算的に困難な問題を解くために量子高速化を実現することは、量子情報科学における中心的な課題である。Ebadiたちは、空間2次元で最大289個の結合した量子ビットで構成されるリュードベリ原子アレイを用いて、最大独立集合を解くための量子最適化アルゴリズムを研究した。これは、非決定論的な多項式で、時間のかかる、組み合わせ最適化問題の典型である(Schleier-Smithによる展望記事参照)。リュードベリ遮断に関連するハードウェア効率の良い符号化プロトコルを用いて、閉ループ最適化法を実現し、いくつかの変分アルゴリズムをテストした。その後、プログラム可能な接続性を持つあるクラスの非平面グラフを系統的に探索するために、それらを適用した。その結果は、新たな有望なアルゴリズムのクラスを発見するためのツールとしての量子マシンの可能性を示している。(Wt,kj,kh)

Science, abo6587, this issue p. 1209; see also abq3754, p. 1155

水素結合触媒を用いたリン中心キラル生成物 (Chiral-at-P products via H-bond catalysis)

水素結合触媒は、炭素-塩素結合を活性化して、2つの可能な鏡像体生成物の1つだけを作るのに有用であることが近年明らかになった。ForbesとJacobsenは今回、2つの塩素が結合した5価リン化合物の脱対称化にこの手法を拡張している(Verdaguerによる展望記事参照)。著者たちはキラルな尿素触媒を用いて、2つの塩素の1つだけをアミンに置換し、それにより、用途の広いP(V)中間体を生成することができた。残りの塩素および/またはアミンのその後の選択的置換により、関心が高まっている医薬品群である、広範なリン中心キラル化合物への利用機会が提供されている。(MY,kj,kh)

Science, abp8488, this issue p. 1230; see also abq5073, p. 1157