AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 20 2022, Vol.376

タンパク質は変異の海に漂う (Proteins adrift in a sea of mutations)

2つの同族のタンパク質では、同じ変異が同じ効果をもたらすと期待されるかもしれないが、これが真実であるかどうかは状況に大きく依存する。Parkたちは、あるDNA結合ドメインの9つの祖先の再構築を調べることで、予測される進化の段階で275のアミノ酸置換の影響を評価した。変異の影響は、エピスタシス相互作用の密なネットワークに大きく左右された。変異の記憶長には長短があったが、エピスタシス変化の平均速度は一般に一定であった。したがって、潜在的な相互作用と実際の相互作用の状況は、知ることができる速度で絶えず変化しているが、その変化の方向は進化の歴史に左右され、しばらくすると予測できなくなる。(KU,kh)

【訳注】
  • DNA結合ドメイン:一本鎖または二本鎖DNAへの結合能力を持つタンパク質(DNA結合タンパク質)内に存在するDNAを認識する構造を持つ領域のこと。
  • エピスタシス:遺伝において、ある遺伝子変異の効果が他遺伝子の変異有無に依存する現象。
Science, abn6895, this issue p. 823

光で秩序均衡を変える (Changing the balance of orders with light)

電子密度の空間的変調である電荷密度波(CDW)秩序は、銅酸化物超伝導体の超伝導性と競合することが知られている。この解釈は主に平衡状態での実験に由来しており、この秩序の相互作用挙動に関してはほとんど研究されていない。 Wandelたちは、超高速レーザー・パルスを用いて、YBa2Cu3O6+x超伝導体試料で超伝導性を急速に失活させたが、その結果、CDW秩序が一時的に強まった。この過程はCDW秩序の相関長を増大させた。これは、超伝導性がCDW欠陥を安定化させていて、超伝導性を抑えることによってそれが除かれることを示唆している。(NK,nk)

Science, abd7213, this issue p. 860

細胞外処理で警報を発する (Extracellular processing raises alarm)

感染した微生物病原体への防御応答を欠く植物は、19世紀半ばの飢餓の一因だったジャガイモ胴枯れ病の原因である卵菌類病原体のPhytophthora infestans にジャガイモが直面した時にそうだったように、ひどい不作になることがある。Katoたちは、小さなカラシナ植物のシロイヌナズナが、この同じ卵菌からどのようにして防御するのかを示している。この卵菌細胞膜由来のスフィンゴ脂質のあるものは、シロイヌナズナがそのアポプラストの中へ出すセラミド分解酵素によって切断される。切断生成物の1つは分岐スフィンゴイド塩基で、これは次にシロイヌナズナの細胞表面にあるレクチン受容体様キナーゼによって認識され、シロイヌナズナの免疫応答を引き起こす。アポプラストのセラミド分解酵素または細胞表面のレクチンなしでは、この卵菌病原体へのシロイヌナズナの防御能力が損なわれる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • スフィンゴ脂質:スフィンゴイド塩基と呼ばれる長鎖アミノアルコールを骨格として持つ脂質。
  • アポプラスト:植物体から、細胞膜とその内側の部分(シンプラスト)を除いた残りの部分で、細胞壁や導管が含まれる。
  • セラミド分解酵素:スフィンゴイド塩基と脂肪酸が結合した物質でスフィンゴ脂質の一種であるセラミドを、スフィンゴイド塩基と脂肪酸に切断する酵素。
  • レクチン:糖鎖に結合性を示すタンパク質の総称。 細胞表面の糖鎖を介して細胞同士を結合させる機能を持つ。
Science, abn0650, this issue p. 857

しっかりと掴む (A tight grip)

動原体は、染色体の有糸分裂紡錘体への付着に関与する大きな多タンパク質複合体であり、細胞が自らのDNAを2つの娘細胞に分離するのを助ける。しかしながら、動原体がどのようにして染色体と有糸分裂紡錘体の間を強く付着させているかは不明であった。Yatskevichたちは、セントロメア・クロマチンに結合したヒト動原体の内側領域(inner kinetochore)の低温電子顕微鏡構造を決定し、この大きな高分子機械が、特殊化されたセントロメアCENP-Aヌクレオソームから出現するリンカーDNAをしっかりと掴んで取り囲んでいることを明らかにした。この研究は、動原体が染色体の集合力と分離力に耐えることのできる堅牢で耐荷重性のある付着をどのように形成できるかについての分子詳細を提供している。(KU,kh)

【訳注】
  • セントロメア:染色体の長腕と短腕が交差する部位。
  • CENP-A(centromere protein A):セントロメア領域の形成に中心的な役割を担うタンパク質で、セントロメア領域に特徴的なヌクレオソームを形成する。
Science, abn3810, this issue p. 844

中継器に依存する (Relying on repeaters)

海底光ケーブルは、地震の揺れや海流の監視に利用できるが、その監視信号はケーブルの全長にわたって積分されることとなり、その長さは数千キロメートルになりうる。Marraたちは、長さ5800kmのケーブルを構成している個々の区間を分離して、海底の監視に使用することができた。海底ケーブルは90kmごとに中継器が設置されているため、これらの区間をレーザー光源と組み合わせると、それぞれ振動センサーとして使用することができるかもしれない。著者たちは、この方法により、三角測量を用いて地震発生位置をより精度よく限定することができた。この結果、海底監視の空間分解能を大きく向上させる方法が提供できる。(Wt,ok,nk,kh)

Science, abo1939, this issue p. 874

細胞姉妹の分割 (Splitting cell sisters)

細胞分裂の間、姉妹細胞は通常バラバラになって、別々の実体として機能できるようになる。しかしながら、一部の特殊化した細胞は、生殖細胞系の嚢胞に見られるように、アブシション(脱離)段階を回避し、細胞質間橋を介して密接に接続されたまま残る。Mathieuたちは、Usp8遺伝子の変異が、不完全な分裂を完全な分裂に変換するのに十分であり、逆に、ショウジョウバエの生殖系列幹細胞におけるUSP8の過剰発現が、娘細胞との異所性細胞質間橋を形成するのに十分であることを見出した。USP8は、標的ESCRT-IIIタンパク質を脱ユビキチン化して、不完全な細胞分裂と完全な細胞分裂の間の切り替えに関与した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アブシション(脱離):つながった細胞や器官が脱離する生物過程。
  • ESCRT-IIIタンパク質:細胞膜のアブシション直前に膜の狭窄部に巻き付いてフィラメントを形成する。
Science, abg2653, this issue p. 818

細胞の骨格を刈り込む (Trimming the cell’s skeleton)

細胞骨格の不可欠部は、微小管が構成する動的な網目構造であり、これは、細胞の運動、細胞の形保持、細胞内の異なる区画間での積荷輸送、を助けている。さまざまな細胞機能を達成するため、微小管は翻訳後修飾により目印付けされる。α-チューブリンの脱チロシン化はそのような改変であり、その間にα-チューブリンの末端チロシンが切断される。異常水準の脱チロシン化は病的な状態と関係している。Landskronたちは、α-チューブリンを脱チロシン化できる微小管結合性タンパク質分解酵素として、酵素MATCAPを記述している。MATCAPは、以前に同定された脱チロシン化作用を有するバソヒビンとともに、正常な脳の発生と機能にとって重要である。(MY,kh)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在し、αとβの2種のチューブリンと呼ばれるタンパク質がつながった二量体を構成単位とする直径約25nmの中空の円筒状繊維。
Science, abn6020, this issue p. 815

至る所でトポロジカル (Ubiquitous topology)

トポロジー的に非自明な材料は、かつては、規則に従うものではなく、例外的なものと考えられていた。最近になって、高い処理能力を活かした計算により、当初考えられていたよりも多くの材料がトポロジカルであることが示された。Vergnioryたちは、この方法を拡張して、Inorganic Crystal Structure Database中の処理可能なすべての登録材料を対象に、その材料のフェルミ・エネルギーにおけるバンド構造、および、フェルミ・エネルギーから離れたところでのバンド構造を研究した。その結果、筆者たちは、これらの材料の約88%が、少なくとも1つのトポロジカルバンドを持っていることを見出した。(Wt,kj)

Science, abg9094, this issue p. 816

競合移動が介在ニューロンを誘導する (Competitive migration steers interneurons)

脳発生の間、介在ニューロンとオリゴデンドロサイト前駆細胞の双方が、それらの発生部からそれらの機能する場所へと、接線方向に移動する。Lepiemmeたちは、マウスの脳発生の移動段階期における相互作用を見つけようとした。介在ニューロンとオリゴデンドロサイト前駆細胞は、同じ領域で生じ、大脳皮質で結び付く運命にあるにも関わらず、そこに行き着くやり方が異なっていた。オリゴデンドロサイト前駆細胞は血管に沿って進む傾向だったが、これに対し、介在ニューロンは、集団で組織化された流れで移動した。生細胞イメージングにより、オリゴデンドロサイト前駆細胞は、移動する介在ニューロンを血管から遠ざけるようにすることが示された。介在ニューロンは自力でなんとかするよう、移動の流れの中で組織化した。(MY,kh)

【訳注】
  • オリゴデンドロサイト:中枢神経系でミエリン(軸索を取り囲む膜状構造体)を形成する細胞。
  • オリゴデンドロサイト前駆細胞:オリゴデンドロサイトの形態的・分子的特徴を持たず、オリゴデンドロサイトになるよう運命づけられた細胞。
  • 介在ニューロン:中枢神経系に存在し、興奮性ニューロンからの出力を調整し、出力の同期性を制御したり、過剰興奮を防ぐ働きを持つ。大脳皮質では全ニューロンの約20%を占めている。
Science, abn6204, this issue p. 817

インターネットは中毒性があるか? (Is the internet addictive?)

インターネット上の特定のアプリケーションが一部の人々に中毒性のある行動を誘発する可能性があるという認識が高まっている。問題のあるゲームやギャンブルは、現在心身への障害要因として認識されているが、同じことがショッピング、ソーシャル・ネットワークの使用、ポルノにも当てはまる可能性がある。展望記事においてBrandは、中毒性のあるインターネットの使用と薬物依存への経路との間に類似点があるかどうかについて議論している。インターネット・アプリケーションへの依存症につながる神経生物学的および心理学的な機構を調べることにより、何が一部の人々を依存症に対して脆弱にするのか、その原因は何か、およびインターネット依存症に関与する他の依存症とは異なる特定の機構があるかどうか、を理解することができるかもしれない。ソーシャル・ディスタンスに関する現在の情勢とそれに伴うインターネットの使用増加を考えると、問題のあるインターネット中毒をどのように防ぐことができるかを理解することが重要である。(Uc,kh)

Science, abn4189, this issue p. 798

単細胞真核生物からの大きな複合体 (Big complexes from single-celled eukaryote)

ミトコンドリアは、一連の膜に埋め込まれた酵素を用いて、化学エネルギーを最初に電気化学的勾配に変換し、次にATPに変換する。行われている一連の化学的段階は好気性生物に保存されているが、異なる系統ではかなりの構造的多様性がある。Zhouたちは、抽出されたミトコンドリア膜を用いた研究から、モデル生物繊毛虫からのミトコンドリアの電子伝達系複合体の構造を決定した(HuynenとElurbeによる展望記事参照)。複合体Iと、複合体IIIの二量体は、他の多くの真核生物と同様に超複合体を形成するが、両者は構造と機能的装置に重要な基本的な違いを有している。複合体IVは、以前に知られている構造に比べて大きく、その質量の半分以上が、ミトコンドリア担体タンパク質や、構築に関与したり或いはそのような成分の遺物である可能性のあるトランスロカーゼなど、相同構造には見られない成分で構成されている。(KU)

Science, abn7747, this issue p. 831; see also abq0368, p. 794

森林回復の恩恵 (Benefits of forest restoration)

森林再生は、木の成長による炭素の貯蔵および土壌侵食の制御や水供給の管理などの生態系の公益的機能を通じた、気候変動緩和の1つの方法として世界的に促進されている。Huaたちは、これらの目標を達成する上での、人工林と原生林の相対的な性能を評価した(Gurevitchによる展望記事参照)。著者たちは、世界の主要な森林生物群系からのデータを統合し、原生林が、この3つの主要な生態系の公益的機能の提供において人工林よりも優れた性能を一貫して提供し、生物多様性に対する追加の恩恵を提供することを見出した。その相違は、より温暖でより乾燥した地域において特に顕著であった。これらの調査結果は、森林再生の有益性を達成する最良の方法が、大規模な植林計画よりもむしろ原生林の回復であろうことを示している。(Sk,nk,kh)

Science, abl4649, this issue p. 839; see also abp8463, p. 792

アジド化に対して鉄酵素を適応させる (Adapting iron enzymes for azidation)

非ヘム鉄酵素は通常、酸素分子を活性化して、ラジカル機構により反応基質の酸化や原子移動を開始させる。Ruiたちは、非ヘム鉄からなる酸化酵素を指向性進化法を用いて改良し、アリールN-フッ化アミドを反応基質とラジカル開始剤の両方として用いて、エナンチオ選択的なアジド移動を実施した。得られたアジドは、オルト位のアルキル基上に組み込まれ、合成に対する有用な出発点あるいは生体直交型カップリングに対する有用な手段となるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 非ヘム鉄酵素:2価の鉄原子にポルフィリンが配位した錯体(ヘム)の構造ではない鉄原子を含んだ酵素。
  • 指向性進化法:酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組み込み酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、これをもとに遺伝子の多様化・発現・選別を繰り返すことで、より機能の高い酵素を作り出す技術。
  • エナンチオ選択的:互いにキラルなL体あるいはD体のうち、どちらかを優先的に生成する反応の性質。
  • アジド:窒素原子が3つ直列に連続して並んだ化学基。
  • 生体直交型反応:生体分子への影響や生化学的過程への干渉を最小限に抑えながら、生物学的環境で発生させる反応で、生体分子が持つ官能基とは反応しない官能基同士を生理的条件下で選択的にカップリングさせるもの。
Science, abj2830, this issue p. 869

過去の幽霊 (Ghosts of the past)

いくつかの過去の地球温暖化事象の海洋地質学的記録は、ナノプランクトンの化石を比較的稀にしか含んでおらず、その欠如を、海洋酸性化および/またはそれに関連する環境因子の生物石灰化に対する強い影響の証拠であると解釈する研究者もいる。Slaterたちは試料に含まれる有機物の分析やSEMによる細胞壁などの痕跡を調べることで、ジュラ紀および白亜紀中のそれらの区間のいくつかを通した、印象化石すなわち「幽霊」ナノ化石の全世界的記録を提示している(Henderiksによる展望記事参照)。この調査結果は、その化石記録の杓子定規の解釈が誤解を招く可能性があることを意味しており、ナノプランクトンが、従来の化石の証拠が示唆するであろうよりも、過去の温暖化事象に対して抵抗力があったことを示している。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, abm7330, this issue p. 853; see also abp9754, p. 795

T細胞はどのように抗原に反応するのか (How T cells respond to antigens)

T細胞は免疫療法の重要な手段であるが、T細胞がいろいろな時間的および分子的状況において抗原にどのように反応するかについて、我々の理解はまだ不完全である。Acharたちは、マウスとヒトのT細胞の経時的反応に関する自動的試料採取と機械学習およびモデル作成を組み合わせて、T細胞が、曝露された特定の抗原に由来する情報をどのように処理するかについての洞察を得ている(Nourmohammadによる展望記事参照)。その分析は、サイトカイン放出の様式が、遭遇した抗原の型に関する情報を持ち、通常認識される3つの型ではなく、6つの異なる細胞応答を区別することを示した。このような理解は、改変および設計されたT細胞応答に依存する免疫療法の戦略を強化する可能性がある。(Sk,kh)

Science, abl5311, this issue p. 880; see also abq1679, p. 796

多様性が植林地の生物資源量を増大させる (Diversity boosts plantation biomass)

実験系であるか自然系であるかを超えて、多くの場合、より多様な植物群落はより高い基礎生産力を有している。この効果は、組み合わさってより効果的に資源を使用できる異なる種間の相補性、またはより生産的な種が存在する可能性が高まることによってもたらされる可能性がある。Fengたちは、255カ所のデータを用いて、複数種の森林植栽が単一種植栽よりも生産性が高いかどうかを調べた(Gurevitchによる展望記事参照)。彼らは、複数種の植栽は単一種の植栽にくらべ平均的に、より高くて太い木と大きな地上の生物資源蓄積を有することを見出した。種間の補完がこの効果の主な推進力であったし、異なる形質を持つ種を組み合わせることで最大の利益を与えた。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abm6363, this issue p. 865 see also abp8463, p. 792

標的とするRNAを編集するためのナノ繭 (Nano-cocoons for targeted RNA editing)

CRISPR-Cas酵素群の中で、Cas13aは、転写段階で遺伝子発現を調節するために標的RNAを認識し切断することができるRNA誘導、RNA標的CRISPRエフェクターである。しかしながらCas13aは非標的RNAの付随的な切断を誘発する可能性があり、治療用途で使用するためにCas13a活性を狙いとする系の必要性が示唆されている。Fanたちは、pH応答性ナノカプセル内にあるCas13aとそのガイド配列を届ける、標的型多機能“nano-cocoons”(ナノ繭)を設計した。Cas13aは放出され活性化すると、同じくナノ繭内にあるRNAナノ多孔体を切断し、ナノ多孔体の中に封じ込められた化学療法剤を放出した。これらの階層的なナノ繭は、RNA編集装置と化学療法剤を順次放出し、これらが一緒になって、試験管内と生体内で膠芽腫細胞の増殖を抑制した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクター:特定のタンパク質に選択的に結合してその生理活性を制御する物質。
  • ガイド配列:ここでは特徴的な塩基配列であるCRISPRから転写されたcrRNAに含まれている、標的の配列と相同な配列を指す。
  • 膠芽腫:脳に発生する脳腫瘍の1つで、神経膠腫の中でも最も悪性の腫瘍。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn7382 (2022).