AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 13 2022, Vol.376

恐るべき飛行者に倣う (Following formidable flyers)

飛行は複雑な操作を含むが、特に重要なのは、空中でひっくり返された後、正しい飛行位置に戻る過程である。Wangたちは、実験と生物物理学的モデルの組み合わせを用いて、熟練した飛行者であるトンボのこの過程を理解した。著者たちは、立ち直りには、視覚系に始まり羽のピッチ角(ねじれ角)調整筋肉まで続く一連の信号が含まれることを見出した。この取り組みは、種を超えた飛行力学を研究するために使用可能であるのかもしれない神経信号と身体活動の間の関係を明らかにした。(Sk,nk,kh)

Science, abg0946, this issue p. 754

レム睡眠中の感情的記憶の符号化 (Emotional memory encoding in REM sleep)

急速眼球運動(REM:レム)睡眠中、感情的記憶は前頭前野で固定化される。しかしながら我々は、関連するその過程の機構的理解にはまだほど遠い。Aimeたちは、神経細胞およびその構成部の活動、微小回路の接続性、可塑性、および行動に対するレム睡眠の影響を調査した。著者たちは、覚醒、レム睡眠、ノンレム睡眠中にマウスの細胞体および樹状突起の活動がどのように異なるかを定量化し、介在神経細胞がこれらの違いをどのように引き起こすかを探った。彼らはさらに、樹状突起を細胞体出力から遮断する介在神経細胞の亜集団を活性化する視床の特定領域を特定した。最終的に、レム睡眠中の光遺伝学的介入により、危険と安全を区別する学習の強化または減弱が可能であった。これらの知見は、睡眠中の感情の処理についてのより良い理解を提供する。(Sk,kh)

【訳注】
  • 介在神経細胞:所属する部位に軸索が限局し、近傍の神経細胞にのみ情報を伝達する神経細胞。
Science, abk2734, this issue p. 724

大面積タンデム型ペロブスカイト太陽電池 (Large-area tandem perovskite solar cells)

タンデム型太陽電池は、太陽スペクトルのより広い波長帯を利用することができる。大面積の受光領域を持つ全ペロブスカイト太陽電池を実現するには、さまざまなバンドギャップ組成物を十分拡張性のある方法で成長させる必要がある。Xiaoたちは、混合溶媒系でセシウム濃度を調整することにより、高品質で広バンドギャップの2つのペロブスカイト層をブレードコート法により作製した。原子層蒸着法によって成長させた電子抽出器としても機能する酸化スズ層がペロブスカイト層間の拡散を防いだ。小面積電池(1平方センチメートル)の電力変換効率(power conversion efficiency:PCE)は約25%、20平方センチメートルの組電池のPCEは21.7%と認定された。封止タンデム型組電池は、大気中で500時間以上の最大電力点動作後も、初期のPCEの75%以上を維持した。(Wt,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ブレードコート法:薄い板状の刃(ブレード)を基体との間隔を一定にして配置し、基体またはブレードを定速で動かすことで、基体上の塗工液を一定の厚みにして、溶媒を乾燥することで薄膜を得る塗工方法
Science, abn7696, this issue p. 762

イオンが分極を増大させる (Ion enhanced polarization)

酸化ハフニウムは、さまざまな素子への応用に魅力的となる強誘電性を有しているため、非常に面白い材料である。Kangたちは、この強誘電特性が、酸化ハフニウムの膜にヘリウム・イオンのビームを衝突させることによって強化されることを見出した。このイオンの衝撃はヘリウム注入による酸素空孔とひずみ変化を生み出し、多結晶試料のより多くを強誘電性の斜方晶相に変化させる。この方法は、次世代の電子デバイスの強誘電相を安定させるための重要な手段になるかもしれない。(Sk,kj,nk)

Science, abk3195, this issue p. 731

ホウ素はシクロヘキサン上で脚本をひっくり返す (Boron flips the script on cyclohexane)

二置換シクロヘキサンの立体構造解析は、有機化学の発展に大きな役割を果たした。そのような状況で、注目すべきは、比較的安定性の低い異性体が作るのが難しいままであるということである。Liたちは、シス-1,2-、トランス-1,3-、およびシス-1,4-二置換シクロヘキサンを合成するための汎用性のある方法を報告している。これらの合成はいずれもエネルギー的に好ましくないアキシャル配置を採る置換基を必要とする。この方法はシクロヘキサン環から1炭素離れた部位に結合する嵩高いホウ素置換基に依拠するもので、この置換基はニッケル触媒の接近に偏向をつける。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • アキシャル配置:シクロヘキサンの水素原子の位置が環の上下に向かう位置をアキシャル位、環の横向きに向かう位置をエクアトリアル位という。
Science, abn9124, this issue p. 749

火星における水の長い歴史 (An extended history of water on mars)

初期の火星は湿潤で比較的暖かかったが、現在の火星はずっと寒く、そこでの水はほとんど氷の形で存在する。この変遷がいつ起こったかは、多くの火星研究の焦点である。最近の遠隔探査による証拠から、火星の歴史の過去29億年前まで、液体の水が存在し続けたことが示唆されてきた。Liuたちは、中国の探査機Zhurongローバーが取得した分光データを用いて、この議論をより強固なものにしている。このデータには、火星のユートピア平原地帯からの堆積岩中の含水鉱物に対しての初めてとなる表面検出が含まれている。また、彼らは、この地帯で堆積物が堆積する期間、液体の表層水が存在したことを示している。この堆積は、過去10億年間のある時期に起きたようである。(Wt,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn8555 (2022).

干潟の世界的な変化 (Global shifts in tidal wetlands)

生態学的および経済的に重要な沿岸の湿地は、海面上昇と土地利用の変化により脅威にさらされている。Murrayたちは、高解像度の衛星画像を用いて、地球全体での干潟の面積と、過去20年間の湿地の広さと分布の変化を評価した。彼らは、13,000平方キロメートル以上の干潟が最近失われたものの、この広さの低下の多くは、新しい湿地の誕生により相殺されたことを見出した。喪失と増加が最も大きかったのは潮汐平野であったが、地球全体での正味面積の低下が最も大きかったのはマングローブの生態系である。土地の改変や修復など、湿地に対する人間の直接的な影響は衛星画像から検出可能であり、湿地の喪失と増加の27%を占めている。(Uc,nk)

Science, abm9583, this issue p. 744

人体の細胞型を地図化する (Mapping cell types in the human body)

Tabula Sapiensは、人体の400以上の細胞型に対する分子参照図譜である。Tabula Sapiensコンソーシアムは、単一細胞トランスクリプトミクスを用いて、24の組織と臓器からのおよそ50万個の細胞それぞれにおけるメッセンジャーRNA分子を測定した(LiuとZhangによる展望記事参照)。これらのデータは、ヒト・ゲノムを構成する部品表が、人体内の異なる細胞型を作り出すのにどのように用いられるのかについての新たな洞察を可能にしている。この図譜は、これらの細胞型についての詳細な分子的定義を生み出すのに加えて、ヒトの生物学的現象に対する多くの他の側面を明らかにしている。これには、同じ遺伝子がどのようにしてさまざまな細胞型で異なってスプライシングされうるのか、さまざまな組織で共通の細胞型がどのようにしてその微妙な独自性の違いを持ちうるのか、免疫系クローンが組織間でどのように共有されうるのか、などが含まれる。(MY)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:細胞中に存在するRNAを網羅的に解析すること。
Science, abl4896, this issue p. 711; see also abq2116, p. 695

ヒト細胞の地図作成 (Cartography of human cells)

さまざまな細胞型における活性な疾患遺伝子の機能は、それらの細胞が存在するさまざまな組織と臓器の要求に合うよう調節される。これらの違いを解明することは、恒常性と疾患を理解するのに重要である。しかし、今日までに作られた単一細胞の図譜は、主として個々の組織に焦点を当てたものであった。Eraslanたちは、単一細胞の核内RNA配列解析を、16人から提供された8種類の健康なヒト臓器からの凍結保存試料に適用し、組織常在性の骨髄性細胞と繊維芽細胞の集団を含む組織にまたがる細胞集団の特性を明らかにし、組織維持と免疫におけるそれらの役割を明らかにした(LiuとZhangによる展望記事参照)。著者たちはこの組織にまたがる図譜を用いて、特定の細胞集団を一遺伝子疾患と多遺伝性疾患に結びつけた。これは細胞および組織特異的な遺伝子プログラムを示唆している。(MY,nk)

Science, abl4290, this issue p. 712; see also abq2116, p. 695

ヒトの体内における免疫細胞の多様性 (Immune cell diversity in the human body)

ヒトの免疫系は、体全体に広がる多くの異なる型の細胞から構成されているが、これらの細胞の臓器間での細かな差異については、現在のところほとんどわかっていない。Domínguez Condeたちは、単一細胞ゲノム解析を用いて、12人の死亡した成人臓器提供者の16種類の組織から抽出した30万個以上の個々の免疫細胞の遺伝子発現プロファイルを調べた(LiuとZhangによる展望記事参照)。細胞の識別は、著者たちが開発した自動細胞分類ツール「CellTypist」を用いて行った。詳細なデータ解析により、免疫系が、様々な臓器で効果的に機能するようどのように適応しているのかについての知見が明らかになった。(ST)

Science, abl5197, this issue p. 713; see also abq2116, p. 695

腸内細菌が公表する (Gut bacteria go on the record)

腸内細菌は、宿主の食事や免疫系に対してだけでなく、互いに動的に応答している。しかしながら、この状況下で遺伝子発現の変化を測定するための現在の方法は限定されたものであり、一般に侵襲的である。SchmidtたちはCRISPRに基づく記録方法(Record-seq)を用いて、大腸菌が腸を通過するときに大腸菌に生じる転写変化を捉えている(ZahaviとSegalによる展望記事参照)。これらのDNA記録のディープ・シーケンシングは、腸のさまざまな段階での食事、宿主、および微生物叢の内容に基づくそれぞれに特有な特徴を明らかにした。この研究は、体内における食事、炎症、および微生物の相互作用が哺乳類宿主の健康をどのように形作るかについての付加的視点を提供する。(KU,nk)

【訳注】
  • ディープ・シーケンシング:標的配列を多くの例数で調べ変異を見いだす手法。
Science, abm6038, this issue p. 714; see also abq1455, p. 697

より速く水を輸送するためのフッ素 (Fluorine for faster water transport)

通常、管や流路の直径が縮小するにつれて、表面積対体積の比が大きくなるため、断面積当たりの流量は減少する。Itohたちは、幾つかのアミドで連結された一連のフッ素化ナノリングを作製した。これらは、超分子重合を経て、有機フッ素基が密に充填されたナノ流路を形成する(Shenによる展望記事参照)。フッ素がもたらすこの流路の強い電気陰性度は、水クラスターの形成を破壊するので、個々の水分子は最小径流路を通る方が大きな流路よりも速く流れる。塩素イオンは強くはじかれ、この水路を進むことができない。(MY,nk)

【訳注】
  • 超分子重合:複数の分子が共有結合以外の結合や比較的弱い相互作用により秩序だって集合し、個々の構成分子では得られない機能を発揮する大きな分子となること。
  • 水クラスター:水分子が水素結合で結びついてできる集合体。液体水中では、水分子は水クラスターを形成している。
  • *参考:本論文のプレスリリース:http://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-05-13-001

Science, abd0966, this issue p. 738; see also abo2953, p. 698

炭素の取り込みと貯蔵は結びつかない (Uncoupled carbon uptake and storage)

二酸化炭素の増加は光合成と炭素の取り込みを促進するので、森林は炭素を隔離することで気候変動を緩和するのに役立つと期待されている。しかしながら、木材に貯蔵できる炭素の量は、温度、水、および栄養素の利用可能性にも依存する。Cabonたちは、年輪に関するデータと、二酸化炭素フラックス・タワーを備えた78の森林からの総一次生産力測定値を組み合わせることにより、樹木の二酸化炭素吸収と樹木成長の間の時間的相関を調べた(GreenとKeenanによる展望記事参照)。彼らは、生産力と木の成長との間に弱い相関関係があることを見出したが、それらは季節による気温と水の利用可能性に対して違う応答をしていた。彼らの研究は、特に乾燥した寒冷地での樹木の成長に対する制限が、可能な森林炭素貯蔵量を制約するかもしれないことを示している。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 二酸化炭素フラックス・タワー:二酸化炭素の吸収・放出速度(フラックス)を測定するために、植生高さ(ここでは森林の樹冠)よりも高い位置に超音波風速計と赤外線二酸化炭素分析計などを設置した塔。
  • 総一次生産力:植物によって1年間に新しく生産されたバイオマスの総量。
Science, abm4875, this issue p. 758; see also abo6547, p. 692

理論に導かれる材料研究 (Theory-guided materials research)

高エネルギー密度と長寿命の貯蔵を備えた信頼性の高いエネルギー貯蔵エコシステムは、再生可能エネルギーの将来のために不可欠である。しかしながら、二次電池のさらなる開発には、電気化学的機構と構造-特性の関係についてのより良い理論的および実験的理解を欠いている。Engたちは総説記事で、電池材料の研究における理論と実験の間の相互作用について論じている。これらの組み合わせが、新材料の予測と機構の探求に貢献するだろう。著者たちは、最先端のリチウム-イオン、リチウム-金属、ナトリウム-金属、および全固体電池における特定の例に焦点を当てている。この理論-実験の骨格は、多価電池にも拡張可能である。学際的共同研究は、次世代の二次電池を開発するための普遍的な原理を提供することが期待される。(KU)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abm2422 (2022).

高齢者のT細胞は神経に障る (T cells in the elderly touch a nerve)

年齢とともに、神経系の損傷から立ち直る能力はますます制限される。ただし、老化に依存する再生低下の根底にある分子機構と細胞機構はよくわかっていないままである。Zhouたちは、RNA配列決定法と画像化法を用いて、坐骨神経損傷のマウス・モデルで後根神経節(DRG)を研究した(GaudenzioとLiblauによる展望記事参照)。若いマウスと比較して、老いたマウスの損傷したDRG感覚ニューロンは、CXCR5陽性CD8陽性T細胞を引きつけるケモカインCXCL13を高濃度に発現した。T細胞とニューロンの間の相互情報伝達はカスパーゼ3を活性化し、これは、pAKTおよび再生障害を引き起こすpS6のシグナル伝達を損なう。カスパーゼ3やCXCR5、CXCL13を治療の標的にしたとき、著者たちは、老いたマウスのニューロンの再生と回復を、若いマウスに匹敵する水準に回復することができた。(Sh,kh)

【訳注】
  • 後根神経節:脊髄の後面左右から出る脊髄神経の束である脊髄後根にある神経節で、末梢からの感覚情報の中継点として機能する神経細胞の集まり。
  • CXCR5陽性CD8陽性T細胞:ケモカイン受容体CXCR5を持つ細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)。ケモカインは、炎症部で大量に産生され血管内から炎症組織内への白血球の遊走をもたらす低分子量タンパク質。
  • カスパーゼ:アポトーシスと炎症の制御に関わるタンパク質分解酵素の一種。
Science, abd5926, this issue p. 715; see also abp9878, p. 694

スピン鎖の流体力学 (Hydrodynamics of spin chains)

量子多体系の挙動を計算することは極めて困難である。しかし、外部変数が急変するクエンチの後、長時間たつとこの複雑な系であっても流体力学的輸送特性を示すと予測されている。2つの研究グループは、広範囲に同調可能で精巧に制御可能な原子系を用いて、量子磁気鎖におけるスピン伝搬挙動を調べた(MorningstarとBakrによる展望記事参照)。Joshiたちはカルシウムイオン鎖において相互作用範囲を変化させて、異なるいくつかの普遍性クラスの流体力学性が発現することを観測した。Weiたちは量子気体顕微鏡を用いて、冷却原子のハイゼンベルク鎖におけるスピン輸送を観測して、この系がいわゆるカーダー・パリージ・ザン超拡散を示すことを見出した。(NK,nk)

Science, abk2397, abk2400, this issue p. 716, p. 720; see also abn6376, p. 699