AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 6 2022, Vol.376

貿易と土地利用による排出量 (Trade and land-use emissions)

国際貿易は、ある国で生産された商品やサービスをどこか他の場所で消費することを可能にし、消費をその環境影響から分離してしまう。土地利用による温室効果ガス排出は、主要な影響の1つである。Hongたちは、2004年から2017年までの世界貿易で実際に発生した土地利用排出量の推定値を示している。彼らは、全土地利用排出量の27%が、生産地とは異なる国で消費された農産物に関係づけられることを見出した。彼らはまた、土地利用排出量の最大の移転を占める貿易関係の特定を行った。これは、土地利用および農業生産の持続可能性を向上させるための活動を目標にするのに役立つ可能性がある。著者たちは、貿易で実際に発生した土地利用排出量の定期的な勘定による透明性の向上が、土地利用排出量を軽減する戦略的な貿易調整を支援できるであろうと示唆している。(Uc,MY)

Science, abj1572 this issue p. 597

長い目で見た炭素 (Carbon in the long view)

木本植生の成長に対する大気中二酸化炭素(CO2)の長期変動の影響は、複雑である。その有力なパラダイム(発想)は、それが成長を促進するというものであった。しかしながら、Goslingetalたちは、熱帯アフリカのある場所での50万年の植生変化の記録を用いて、大気中のCO2濃度の変化は、熱帯における千年規模での樹木の被覆変化を引き起こさないと結論付けている。それよりも、水分の長期的な変化がより大きな影響を与えているように見える。現在の気候変動と増加するCO2濃度という状況において、これらの調査結果は、少なくとも熱帯地方に対しては、植生への転換によるCO2の低減の強化を含めた人為的気候変動の緩和に対するモデルと政策が、期待したほど効果的ではないかもしれないことを示唆している。(Sk,MY,ok,nk,kh)

Science, abg4618, this issue p. 653

遺伝子相互作用と全体的適応度 (Gene interactions and global fitness)

特定の環境におけるある特定の変異の影響は、それが生じる遺伝的背景の適応度とともに系統的に変化することがよくあるが、そのような系統的な傾向がどのように現れるかについてはさまざまな理論がある。Bakerleeたちは、CRISPR遺伝子ドライブ・システムを用いて、酵母の組み合わせライブラリーを作成した。それにより彼らは、必須遺伝子を含む、10個の遺伝子におけるミスセンス変異のさまざまな組み合わせの影響を試験することが出来た。このシステムを用いて、著者たちは、適応度-相関傾向が、全体的エピスタシス・モデル(変異の影響が一般的に背景適応度によって仲介される)よりも特異的エピスタシス・モデル(相関傾向が特定の遺伝子座間の少数の相互作用のみから出現する)によってよりよく説明されることを見出した。(KU,kh)

【訳注】
  • 遺伝子ドライブ(gene drive):特定の遺伝子が偏って遺伝する現象で、この現象が発生すると、その個体群において特定の遺伝子の保有率が増大する。
  • ミスセンス突然変異:遺伝子のDNA配列のうち、1文字(1塩基対)が変化することにより、その遺伝子からつくられるタンパク質を構成するアミノ酸のうち1つが別のアミノ酸に置換される変異。
  • エピスタシス:遺伝学において、異なる遺伝子座間の相互作用が1つの形質に影響すること。
Science, abm4774, this issue p. 630

メタノール合成における亜鉛の状態 (Zinc’s state in methanol synthesis)

メタノールは、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO2)、および水素分子(H2)から銅-亜鉛(Cu-Zn)触媒上で合成できるが、Znの化学的状態については研究が一致していなかった。X線光電子分光法(XPS)はその酸化状態を決定できるが、研究の多くは、合成速度が遅い数ミリバールの反応圧力に限定されていた。Amannたちは、Zn/ZnO/Cu(211)表面上におけるCO2およびCOの水素化に対して、反応圧力が180~500ミリバールという高い反応回転速度でのXPS測定を実施した。CO2とH2の化学量論的混合物はZnOを形成したが、COとH2の場合、Znはより金属的になり、Cuとの合金を形成した。工業的合成において、CO2とH2がCOと混合されると、COの存在がCO2のメタノールへの還元に対して活性なCu-Zn合金サイトを生成するらしい。(KU,nk)

Science, abj7747, this issue p. 603

生物からの着想による周波数依存減衰 (Bioinspired frequency dampening)

身体活動は生理的信号の測定を妨げる可能性があり、人為結果を除去するために帯域通過フィルタを必要とすることがしばしば生じる。Parkたちは、クモの角皮(クチクラ)付着盤の粘弾性特性から着想を得たが、それは狙いとする振動信号を機械的雑音から分離できる。著者たちは、ゼラチン-キトサンのヒドロゲル減衰器を開発した。この減衰器は、30ヘルツ以下の周波数を吸収する一方で、より高い周波数はヒドロゲル中の弱い網目構造結合の一時的な破壊により通過する。このヒドロゲルは、患者の歩行や呼吸によって引き起こされる干渉なしに、脳波や心電図などの電気生理学的信号を検出するために用いることが出来る。(KU,nk,kh)

Science, abj9912, this issue p. 624

量子渦の動きを可視化する (Visualizing motion of quantized vortexes)

量子渦は、超流動ヘリウムの巨視的量子性の現れであり、その物理学を理解するために不可欠である。Minowaたちは、レーザー・アブレーションによって超流動ヘリウム中でシリコン・ナノ粒子をその場生成し、それらが量子渦の中心部に引き付けられることを発見した。シリコン・ナノ粒子に光シートを照射することにより、この糸状に連なった量子渦が可視化された。著者たちは、2つの量子化された糸状の渦の動きを監視して、これらの糸状の渦の再結合過程を観察した。シリコン・ナノ粒子を介した光と超流動ヘリウムの相互作用は、将来の実験において、光を用いて超流動ヘリウムの物理的特性を調査さらには操作することにも使えるかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • レーザー・アブレーション:固体や液体の表面にレーザー光を照射したときに、レーザー光の吸収と熱化過程あるいはその後のプラズマ発生とともに表面の構成物質が爆発的に放出される現象。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn1143 (2022).

オミクロン株と再感染の危険性 (Omicron and reinfection risk)

これまでのところ、世界的に流行しているコロナウイルスに関し私たちが経験したことは、かなりの市中感染状態になってしまうまで、新たな変異株の出現は検出されないということであった。2021年11月初旬、南アフリカの科学者は、オミクロン変異株(B.1.1.529)の出現の時期と一致する再感染を見つけた。Pulliamたちは、大部分がワクチンを接種していないが多くの人が感染した集団において、ベータまたはデルタの変異株が稀にしか再感染を引き起こしていないことを見出した。しかしながら、2021年10月31日以降、感染を3回経験した人々が見つかった(ZelnerとEisenbergによる展望記事参照)。その犯人は、スパイク・タンパク質に複数の変異がある、急速に出現したオミクロン変異株であった。この変異株の主な強みは、自然獲得免疫を回避できることにある。幸いなことに、オミクロン変異株はワクチン由来の免疫を完全に回避することができない。しかしながら恩恵を受けられるのは、ワクチン接種を受ける幸運に恵まれた人たちだけである。(Sk,kj,nk,kh)

Science, abn4947, this issue p. 596; see also abp9498, p. 579

熱誘発性壊死を理解する (Understanding heat-induced necrosis)

Z核酸に対する感知器である、Z-DNA結合タンパク質1(ZBP1)は、線虫において熱ストレスによって引き起こされる壊死に関係している。Yuanたちは、熱中症にかかっている線虫の壊死を調節するタンパク質の役割を調べた。タンパク質キナーゼである受容体相互作用タンパク質キナーゼ3(RIPK3)は、混合系統キナーゼ・ドメイン様(MLKL)とカスパーゼ-8の活性化をもたらし、すべてが熱誘発性死に必要とされた。ZBP1はRIPK3の一種であるとともに壊死活性化因子であり、線虫における熱誘発性壊死に寄与しているようであった。この応答は、ZBP1の核酸感知ドメインを必要としなかった。ZBP1の転写は、熱ショック転写因子1(HSF1)によって増強された。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • Z-DNA:DNAがとりうる二重らせん構造のうちの1つ。一般的な右巻きのB-DNAとは異なり、左方向へジグザグに巻いた二重らせん構造。
  • 受容体相互作用タンパク質キナーゼ3(RIPK3):炎症型細胞死であるネクロトーシスを開始させるタンパク質。
  • 混合系統キナーゼ・ドメイン様:ネクロトーシスにおけるRIPK3の下流で機能するタンパク質。構造中にキナーゼ様ドメインが含まれている。
  • カスパーゼ:プログラム細胞死であるアポトーシスを起こさせるシグナル伝達経路を構成するタンパク質分解酵素。
Science, abg5251, this issue p. 609

必要に応じた過酸化物 (Peroxide as needed)

商業用途の過酸化水素は、現状、キノンの還元と再酸化が関与する遠回りの方法により大量生産されている。構成元素から直接、過酸化水素を作るのに伴う問題は、水素と酸素の高濃度混合物が危険なほど爆発性だということである。Lewisたちは、安全な濃度での過酸化物の直接合成が、ナイロンの重要な前駆体であるシクロヘキサノン・オキシムを製造する現状の工業的方法に適用可能であることを報告している。この合成手順は、大量の化学物質製造に対して、かなりの効率的利点を提供できる可能性がある。(MY,ok,nk)

【訳注】
  • シクロヘキサノン・オキシム:シクロヘキシル環の1つの炭素に結合している2つの水素が=NOHで置換された化合物。この化合物を効率的に製造する方法は、シクロヘキサノンを過酸化水素とアンモニアでアンモキシム化することであるが、反応相当量の過酸化水素を事前に準備しておく必要がある。
Science, abl4822, this issue p. 615

量子周波数変換器 (A quantum frequency converter)

実用的な量子技術には、大きく異なるスペクトル領域で機能する幾つかのサブシステムの連携接続が必要である。しかし、近年のほとんどの取り組みは、わずかな周波数変更及び限定された同調性を提供するのみである。Tyumenevたちは、水素気体で満たされた反共振フォトニック結晶ファイバー中での分子変調により、高効率(最大70%)で量子状態保存の光子周波数上方変換を実現している(Sokolovによる展望記事参照)。著者たちは、パラメトリック下方変換(信号光子と遊び光子(idler photon)の対を生成する)を基礎とする(低強度)量子源と高強度の可干渉性ポンプ・パルスを組み合わせることで、ラマン散乱過程により遊び光子が125テラヘルツに高周波化できることを示している。本過程は、一般化可能であり、他の量子源にも適応できるであろう。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • パラメトリック下方変換:非線形光学結晶と呼ばれる特殊な結晶にレーザー光が照射されるとレーザー光内の1光子が2つの光子の対へと分裂する現象。
Science, abn1434, this issue p. 621; see also abo2358, p. 575

もっと深いお話し (The deeper story)

浅く活動的な氷河下の水系は、その上にある氷を動きやすくする潤滑剤となる。しかし、このような薄い層が話のすべてなのだろうか? Gustafsonたちは、西南極のWhillans Ice Streamの下にある氷底堆積物が、化石海水と氷河からの淡水の混合物で満たされていることを示した(Chuによる展望記事参照)。この地下水は、下方1km以上にわたって広がっており、流体体積で上部の浅い水文系の10倍以上の量を含み、浅い水文系と活発に物質交換を行っている。したがって、これは氷の流動や氷河下の生物地球化学反応を調節する可能性を有している。(Wt)

Science, abm3301, this issue p. 640; see also abo1266, p. 577

集団規模と絶滅危険性 (Population size and risk of extinction)

コガシラネズミイルカ(Phocoena sinus)は、世界中で最も絶滅の危機に瀕した動物の1つで、わずか10個体が生き残っていると推定されている。Robinsonたちは、近交弱勢が原因の絶滅危険性を見極めるため、コガシラネズミイルカの20のゲノムを配列決定して調べ、それらのヘテロ接合度と祖先の集団規模を決定した(GrueberとSunnucksによる展望記事参照)。著者たちは、約1000年にわたりゲノム多様性が変動していないので、コガシラネズミイルカの長期にわたる集団規模が、海洋哺乳類としては小さいままだったことを突き止めた。他のクジラ目の種とのゲノム比較とモデル化は、コガシラネズミイルカが近交弱勢から悪影響を受けていないらしいことを示した。そのため、漁業者がもたらす混獲による死の危険を除くことができるなら、この種は絶滅しない可能性がある。(MY)

【訳注】
  • 近交弱勢:近親交配による適応度低下のこと。
  • ヘテロ接合度:集団遺伝学で集団の多様性を示す尺度として使われる数値で、相同染色体対上にある対立遺伝子が双方の染色体で異なっている割合。1に近い程、遺伝的多様性が高い。
Science, abm1742, this issue p. 635; see also abp9874, p. 574

日焼け防止剤が有毒になる (Sunscreen turned toxic)

サンゴ礁は、人間活動由来の多くの深刻な脅威にさらされている。日焼け防止剤はサンゴ礁に損傷をもたらすことがあり、そして、関与する正確な機構はいまだ研究中だが、幾つかの地域では、すでにオキシベンゾンなどの悪名高い化合物を段階的に廃止してきた。モデル系としてイソギンチャクを用い、Vuckovicたちは、グルコースが連結することで、細胞内でオキシベンゾンが修飾されて、日焼け防止剤から強力な光増感剤になることを見出した(Hanselによる展望記事参照)。生成した糖複合体はイソギンチャクとサンゴに対する藻類共生体に集中しており、また、水温上昇で白化したイソギンチャクは紫外光とオキソベンゾンにさらされると損傷をより受けやすくなる。これは共生藻類が宿主をある程度保護していることを示唆している。これらの実験は、日焼け防止剤によるサンゴ礁の損傷についての我々の理解を深め、政策および新規の日焼け防止剤開発に情報を与えるのに役立つ可能性がある。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • オキシベンゾン:ベンゾフェノンにヒドロキシ基(-OH)とメトキシ基(CH3O-)が結合した芳香族化合物。紫外線防御の目的で化粧品に配合される。
Science, abn2600, this issue p. 644; see also abo4627, p. 578

極薄の強誘電体膜 (Ultrathin ferroelectric films)

強誘電体の電気的特性は電界によって変化させることができるため、コンピュータ・ハードウェアへの応用に魅力的な材料である。Cheemaたちは、二酸化ケイ素基板上の二酸化ジルコニウムの極めて薄い膜が、単位格子規模まで強誘電体の秩序を有することを示している。他の多くの材料では、強誘電体としての挙動は数ナノメートル規模では抑制されるのに対し、二酸化ジルコニウムは、2ナノメートルより薄いと強誘電体相への転移が起こる。この性質は、蛍石構造をもつあらゆる二元系酸化物に当てはまる可能性があり、この種の薄膜を次世代エレクトロニクスにとって魅力的なものにする。(Wt,kh)

Science, abm8642, this issue p. 648

良い統治が自然保護区域を守る (Good governance protects protected areas)

生息地が劣化するとき、それらの生息地に生計を頼る人々は、取り返しのつかないほど苦しむ可能性がある。そのような生息地を自然保護区域に指定することは、少なくとも理論上は、生計を守りながら、劣化を減らすことができる。しかし実際には、これは必ずしも機能するわけではない。Fidlerたちは、インドネシアにおける海洋の自然保護区および非保護区の長期にわたるこれまでにないデータ群を利用して、成功への鍵を明らかにした。統治が包括的で、社会経済的かつ文化的な条件に配慮し、脆弱な集団が除外されないことを保証する場合、自然保護区域は機能する。つまりよく知られた自然保護におけるウィンウィンである。(MY,kh)

Sci. Adv 7, 10.1126/sciadv.abl8929 (2022).

細菌群集を理解する (Understanding bacterial communities)

細菌の群集はさまざまな相互作用を示し、その中には種間の競争や、2つの種が相互に作用することで利益を得る協力などがある。これら相互作用は、細菌群集の生態を決定するために重要であるので、病原体に打ち勝つことができる非常に競争力のある細菌株を設計するなどの操作に役立つ可能性がある。展望記事でPalmerとFosterは、さまざまな細菌群集での競争に対する協力の出現率と、この分野の研究が将来の抗菌戦略にどのように役立つかについて論じている。(Sh,nk,kh)

Science, abn5093, this issue p. 581

二酸化炭素のために湿地を修復する (Restoring wetlands for carbon)

湿地は、地球上での面積比から見ると不釣り合いなほど大きく二酸化炭素隔離に貢献している。しかしながら、湿地が二酸化炭素を貯蔵する能力は、湿地が長期間にわたって発達し続けられる植生と地形の間の循環作用に依存している。これらの循環作用が崩壊すると、湿地は二酸化炭素源になるかもしれない。Temminkたちは、湿地の二酸化炭素貯蔵における植物-地形の相互作用の役割と、これらの重要な作用を復活させるための修復の可能性に関する最近の研究を総説した。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abn1479, this issue p. 594

認知制御の神経基盤 (The neural basis of cognitive control)

人間がさまざまな非日常的で斬新な課題に取り組むときに、自身の行動の柔軟な制御と監視を可能にする神経機構は何か? てんかん患者が複雑な認知課題を実行している間、Fuたちは患者の内側前頭皮質にある1000以上のニューロンの活動を記録した。彼らは、ドメイン普遍的な行動監視ニューロンとドメイン固有の行動監視ニューロンが、この脳領域内で混在していることを見出した。ニューロンの集団活動は、異なる葛藤状態を分離する能力を維持しながら、同時にドメイン普遍的な信号を1回の試験で90%以上の精度で読み出すことを可能にする幾何学的配置を生じさせた。これらの結果は、人間の内側前頭皮質が、認知の柔軟性にとって重要な、課題の一般化と専門化の間の基本的な二律背反をどのように解決するかを示している。(Sh,MY,kj)

【訳注】
  • ドメイン:ここでは認知機能の分類を指す。記憶機能(短期)、記憶機能(遅延)、視空間認知、言語機能、注意機能、遂行機能の6つの認知機能ドメインに分類した例や、言語・視覚認知・記憶・遂行機能・注意の5つのドメインに分類した例がある。
Science, abm9922, this issue p. 595