AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 29 2022, Vol.376

サンゴ礁における局所的適応 (Local adaptation in coral reefs)

西オーストラリアのローリー・ショールズにあるクラーク・リーフ環礁は、空間的に異なる選択がどのように生態学的な相違を推進するかを研究するための、モデル生息地を提供している。Thomasたちは、放精放卵型サンゴであるウスエダミドリイシを研究し、熱ストレスに関する共通環境実験と組み合わせたゲノムおよびトランスクリプトームの配列決定を通して、礁湖および礁原で採取した個体を調査した。礁湖のサンゴはより熱耐性が高いことが示され、その遺伝子発現の基準も2つの地点間で異なっていた。生息地にまたがる既存の遺伝的変異を理解することは、今後数十年間、サンゴ礁を保護および管理するのに役立つかもしれない。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 共通環境実験 (common garden experiment):同一生息地での比較実験
  • トランスクリプトーム:特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNAの総体
  • 礁湖:サンゴ礁により外洋と切り離された内海
  • 礁原:サンゴ礁の海面付近に広がる水深の変化が1~3m 以下の平坦面
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abl9185 (2022).

気持ち良い接触のための脊髄回路 (The spinal circuit for pleasant touch)

気持ち良い接触(抱きしめる、愛撫する、肩を軽くたたいたり)は、社会的動物の感情的な絆、友好的な行動、それに幸福を促進する明確な快楽情報をコード化する。その奥深い重要さにもかかわらず、気持ち良い接触情報がどのようにコード化され、感覚ニューロンから脊髄に伝達されるかは不明のままである。Liuたちは、プロキネチシン受容体2を発現する脊髄後角のラミナII中の介在ニューロンと、そして気持ち良い接触のコード化と伝達に関与するリガンドであるプロキネチシン2を発現する感覚ニューロンを同定した。これらのニューロンの遺伝的除去は、マウスが気持ち良い接触の条件付き場所嗜好性テストで伸ばしたその場所嗜好性を選択的に無効にした。しかしながら、その変異マウスで痛みとかゆみの感覚は影響されずに残った。(KU,nk,kj,kj)

Science, abn2479, this issue p. 483

力をイオン信号に変換する (Converting forces into ionic signals)

圧電材料は、機械的な力を電気信号に変換することができ、多くの圧力センサーの能動材料として用いられている。しかしながら、生物系は、電子というよりもイオンの動きに基づく傾向がある。Dobashiたちは、いくつかの種類のヒドロゲルのピエゾイオン効果を調べた。ヒドロゲルは、陰イオンと陽イオンの移動度が異なるように設計されている。したがって、材料が圧迫されると、電圧を発生させるイオン勾配が発生する。著者らは、ピエゾイオン効果での皮膚および末梢神経刺激を含むいくつかの潜在的な活用を実証し、動力内蔵型のピエゾイオン効果での神経変調療法の可能性を実証している。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • ピエゾイオン効果:物質の変形に伴うイオンの移動に基づき電荷を発生する現象
Science, aaw1974, this issue p. 502

自傷による損傷は腫瘍を保護する (Self-inflicted damage protects tumors)

放射線や一部の化学療法剤などの遺伝毒性療法は、がん治療の主力だが、しばしば腫瘍細胞を完全に破壊することができない。正常細胞は、G1細胞周期チェックポイントを活性化することにより、遺伝毒性による傷害から身を守ることができるが、腫瘍ではしばしばこのチェックポイントが機能不全である。これと対照的にLarsenたちは、腫瘍細胞があるヌクレアーゼを活性化し特定部位でDNA切断を限定的に誘発することことを発見したが、これがDNA切断修復過程と連携している。これらの自傷行為によるDNA切断は、G2細胞周期チェックポイントのきっかけとなり、腫瘍細胞が細胞周期を進めることを阻止し、治療によるDNA損傷による死から腫瘍細胞を保護する。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝毒性:外来性の化学物質や物理化学的要因、内因性の生理的要因などによりDNAや染色体、それらと関連するタンパク質が作用を受け、その結果、細胞のDNAや染色体の構造や量を変化させる性質。
  • 細胞周期チェックポイント:細胞が正しく細胞周期を進行しているかを監視し、異常や不具合がある場合には細胞周期の進行を停止・減速させる制御機構。G1期(合成準備期)、S期(DNA合成期)、G2期(分裂準備期)、M期(分裂期)という細胞周期の中で、G1期の終わりにS期への移行可否を確認するのがG1チェックポイント、G2期の終わりに「細胞が分裂しても問題が生じないか」を判断するのがG2チェックポイントである。
Science, abi6378, this issue p. 476

つかの間のクロマチン・ループ (Fleeting chromatin loops)

ゲノムは、3次元(3D)領域中に組織化され、安定した完全にループにされた構造であると広く考えられているが、この組織化は生細胞で直接観察されたことがない。Gabrieleたちは、生細胞におけるクロマチンのループ形成の直接的可視化を報告し、そしてベイズ推定を用いて、ループ形成の挙動を定量化した。ループはまれで、かつ短命であることが見出され、このことは、ループ形成の静的モデルを覆すものである。完全にはループ形成されずに、3Dゲノム領域は圧倒的に部分的な折りたたみ構造で存在していた。3Dゲノム領域のこのより動的な見解は、究極的に、いくつかの領域とループの破壊が、何故に疾病における遺伝子発現の調節不全を引き起こすかのより深い理解を可能にするかもしれない。(KU,kj,kh)

Science, abn6583, this issue p. 496

ガンマ線パルサー・タイミング・アレイ (A gamma-ray pulsar timing array)

銀河が合体した後、それぞれの中心にあった超巨大ブラックホール(supermassive black holes SMBH)は、ナノヘルツ周波数で重力波を放出する連星系を形成すると予想されている。宇宙空間に存在する数多くの SMBH の連星は一緒になって重力波背景放射を生み出すであろう。この信号の既存の探査方法は、パルサーの電波観測を高感度な時計として用い、パルスのタイミングのわずかなシフトを探索するものである。Fermi-LAT Collaboration計画は、ガンマ線を用いたパルサー・タイミング・アレイを実施し、電波による方法に近い感度を達成した。この計画の結果は重力波背景放射について独立した上限を設定するものであるが,その放射は様々なノイズ源の影響を受けやすいのだ。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • パルサー・タイミング・アレイ:重力波の検出のための物理実験とその施設で、広く分布したパルサー群の高精度のタイミング観測を行う。
Science, abm3231, this issue p. 521

炭素切除 (Carbon excision)

キノリンとインドールはどちらも、薬剤分子における非常に一般的な核となる構造である。両者はその環状骨格において炭素数が一つだけ異なるため、両者を相互変換することは構造活性相関の研究において役立つであろう。しかしながら、これらの化合物の芳香族安定化が、そのプロセスを困難にしている。Wooたちは、近紫外線領域においてキノリンN-オキシドの狭波長照射とそれに続く酸処理により、キノリン環における1個の炭素がきれいに切除されてインドールが生成され、結果として以前は広帯域の光を用いて観察された二次的光生成物を回避できることを報告している。(KU,kh)

【訳注】
  • 構造活性相関:化学物質の構造と生物学的(薬学的あるいは毒性学的)な活性との間になりたつ量的関係のこと。
  • 芳香族安定化:芳香族化合物がもつ環上のパイ電子によるエネルギー的な安定化効果
Science, abo4282, this issue p. 527

あなたの犬はどんな犬ですか? (What is your dog like?)

現代の飼い犬の品種は、わずか160年程度前に生まれたものであり、特定の外見的形質の選択の結果である。Morrillたちは、遺伝的特徴がどのように品種の特徴と合致するかを研究するために、2000頭以上の純血種および雑種犬のDNAの配列を決定した。これらのデータは、所有者の調査と組み合わせて、行動的および身体的形質に関連する遺伝子を地図化するために用いられた。多くの身体的形質は品種に関連していたが、行動は個々の犬の間ではるかに異なっていた。一般に、身体的形質の遺伝率は品種のより大きな予測因子であったが、雑種では必ずしも祖先品種の予測因子ではなかった。行動形質の中では、従順さ(犬が人間の指図にどれだけうまく応答するか)が最も品種による遺伝性を示したが、個々の犬の間で大幅に異なっていた。このように、犬の品種は個々の犬の行動に関しては概して不十分な予測因子であり、愛犬の選択に関する決定を下すのに使うべきではない。(Sk,kh)

Science, abk0639, this issue p. 475

もう一つのパンデミックの脅威? (Another pandemic threat?)

この1年で、高病原性トリインフルエンザ・ウイルス(HPAIv)の系統は、家禽および野生のトリに広範囲の発生と死を、また、ヒトにおいても幾らかの感染を引き起こしてきた。ヒト・ヒト伝播の証拠はないが、これらのウイルスの蔓延がヒト間の伝播を可能にする適応をもたらしうる懸念がある。さらに、欧州、アジア、および北米での前例のない広がりと頻発は、家禽産業に大きな影響を与え、野生のトリ、特に、すでに絶滅の危機に瀕しているトリにとって脅威となる。WilleとBarrは展望記事で、このHPAIv系統の発生に至った要因、その結果、および何ができるのかについて論じている。(MY,kh)

Science, abo1232, this issue p. 459

黒色腫を作り上げる (Building up to melanoma)

長年にわたって多数のがんの原因となる変異が確認されてきたが、それらは単独では発生せず、何百もの変異を含む腫瘍中の個々の遺伝的変化の影響を解きほぐすことは困難である。Hodisたちは、黒色腫生態の洞察を得て、このがんのさらなる研究を促進するために、健康なヒト・メラニン細胞から始めて、遺伝子編集を用いた黒色腫関連の変異を順次導入した。その後、編集された細胞はモデル・マウスで増殖され、さまざまな変異様式を持つヒト黒色腫が模擬的に再現された。著者らは、結果として得られた腫瘍の遺伝子学、組織学、および生物学的挙動を調べ、それらを自然発生のヒト腫瘍と比較して、彼らの手法の妥当性を実証した。(Sk,kh)

Science, abi8175, this issue p. 474

カソードの変化を観測する (Observations of cathode evolution)

二次電池の容量劣化は、充放電サイクルで生じる電極の構造変化に起因する可能性がある。Liらは硬x線ホロトモグラフィーを用いて、ニッケルが豊富なLiNi0.8Mn0.1Co0.1O2化合物カソードの構造を可視化した(Xiaoによる展望記事参照)。筆者らは、何千にもおよぶ個々の粒子の挙動を時系列で追跡し、構造と性能の関係に加えてカソードの劣化を通常の手法では把握できない粒度で究明することができた。彼らは、充放電サイクルで生じる損傷が個々の粒子のみならず粒子の周辺領域によっても引き起こされるが、その寄与は時間によって変化することを突き止めた。本研究は、電池性能を最大化するために電極をより良く設計する方法を示唆している。(NK,KU,kh)

Science, abm8962, this issue p. 517; see also abo7670, p. 455

ベンゼンはゼオライトの流路を引き伸ばす (Benzene stretches zeolite channels)

ゼオライトの細孔は、分子の大きさや形に基づいて、分子の選択的吸着を可能とする。その構造に基づいて計算される細孔サイズは、吸収特性や化学反応特性から予想されるであろうサイズよりも小さい。このことは、その骨格には生来の柔軟性があるに違いないことを意味している。Xiongたちは、環境透過型電子顕微法を用いて、ベンゼンを吸着した ZSM-5 ゼオライトの直線流路を画像化した (WillhammarとZouによる展望記事参照)。細孔は、閉じ込められたベンゼン分子群の最長方向に沿って、最大15%まで引き伸ばされていた。この大きな変化は、隣接する流路によって補われ、元の単位格子の全体的な変形は0.5%未満であった。(Wt,KU,nk,kj)

Science, abn7667, this issue p. 491; see also abo5434, p. 457

気温が上がると危険度が上がる (Rising temperatures, rising risks)

気候変動は、多数の種と多数のシステムを通じて絶滅の危険度増大をもたらしている。海洋生物種は特に、水温上昇と酸素枯渇に関連する危険度に直面している。PennとDeutschは、気候の温暖化を通して生態生理学的限界に関わる海洋種の絶滅の危険度を調べた(PinskとFredstonによる展望記事参照)。彼らは、今までと変わらぬ地球温度上昇のもとでは、海洋システムは生態生理学的限界だけに基づいても、過去の大絶滅に匹敵する大量絶滅が発生する可能性があることを見いだした。しかしながら、地球規模の排出量を劇的に削減すれば、かなりの保護効果が期待できるので, このことは破滅的な海洋絶滅を防ぐために迅速な行動が必要であることを強調している。(Uc,kj,kh)

Science, abe9039, this issue p. 524; see also abo4259, p. 452

ミツバチも欲しいのだ (Bees want, too)

哺乳類では、食べ物など何かを「欲しい」という潜在意識は、ドパミン作動性シグナル伝達を含む複雑な神経生物学的過程によって促進される。ミツバチなどの真社会性を持つ生物においては、構成員は自分自身だけではなく自身の群れのためにも食べ物を供給する。Huangたちは、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)の欲しいということに対する神経生物学的基盤に注目し、それが同様にドパミン系のシグナル伝達過程によって制御されていることを見出した。このことは、何百万年もの進化分岐にまたがって共有された機構であることを示唆している(GarciaとDyerによる展望記事参照)。さらに彼らは、ミツバチにおいては欲しいということが、ミツバチの尻ふりダンスを目にすることだけでなく、ミツバチ自身の個々の採餌欲求に基づいても刺激されることを見出した。これは、群れ水準での動機づけ機構の存在を示唆している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 真社会性:ハチやアリの社会に見られる、階級で群れが構成され、働き手階級が自身の生殖権を犠牲にして共生集団を支える社会のこと。
Science, abn9920, this issue p. 508; see also abp8609, p. 456

犬の狂気 (The madness of dogs)

狂犬病は致死性の人獣共通感染症で、毎年、主にアフリカとアジアの子供に数万の死をもたらす。通常それは犬から人にうつるが、ひとたび症状が現れると不可避的に死に至る。抑え込む取り組みをしているにもかかわらず、狂犬病はタンザニアのセレンゲティ地域で、非常に低い有病率ではあるが伝播を続けていて、Mancyたちはその地域で、このウイルスの動態を理解するために十年以上、幾つかの種における症例を追跡し続けてきた。非常に高解像の遺伝子データにより、著者たちは伝播網をたどることができ、そこから個々の犬の行動が重要因子として登場している(Antolinによる展望記事参照)。感染犬の中には長距離を移動して近隣の地域社会に新しい系統をもたらしうるものがいる一方で、単に他の動物にかみつくだけのものもいる。犬は移動性なので捕殺はうまくいかず、唯一の頼みは、犬への十分広範囲なワクチン接種である。(MY,ok,nk,kh)

Science, abn0713, this issue p. 512; see also abo7428, p. 453

ニッケル触媒作用への付加的改善 (Additive improvements to nickel catalysis)

発見段階で研究された狭い範囲の基盤以上に(これを)化学反応を適用するには、多くの場合、数十年の段階的な最適化を必要とする。Prieto Kullmerたちは、ニッケル-光酸化還元協同触媒系への添加物の大規模で多様なグループを選別することにより、その最適化プロセスを加速しようとした。その選別は、フタルイミドがニッケル触媒の機能的適合性を、したがって基質の範囲を大幅に拡大することを明らかにした。フタルイミドは、酸化的付加錯体を安定化するだけでなく、不活性化された触媒凝集体を分解するらしい。(KU,ok,kj,kh)

Science, abn1885, this issue p. 532