AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 22 2022, Vol.376

細胞分裂が細胞侵入を容易にする (Cell division facilitates cell invasion)

多細胞生物内の緻密な組織を通過する細胞移動は、正常な胚発生、免疫応答、およびガン転移に不可欠である。移動中の細胞はしばしば、最も抵抗の少ない通路を見つけるが、既存の通路が存在しない細胞密度の高い組織への侵入についてはあまりよく分かっていない。Akhmanovaたちはショウジョウバエを研究し、胚のマクロファージが、周囲組織の細胞が侵入部位で少なくとも1つ分裂する時に、組織内へ入り込めることを発見した。生細胞イメージングと、遺伝子的および光遺伝的操作は、マクロファージの侵入が細胞間接着の剥離を必要とすることを明らかにしたが、剥離が細胞分裂の間ずっと生じる。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 生細胞イメージング:生体組織や細胞を生かしたまま、個々の細胞の働きや遺伝子の発現の様子を可視化し、外部から観察する手法。
  • マクロファージ:異物貪食能力の高い白血球の一種。
Science, abj0425, this issue p. 394

磁壁をたたき壊す (Breaking down the domain walls)

強誘電体材料は、電界によって屈折率が変化するため、かなり良い光学部品になるはずである。しかし、最も優れた強誘電体の多くは、光を散乱させる磁壁があり、光学的な応用に使うことができない。Liuたちは、高温ポーリング法を使用して、鉛セラミック強誘電体の光散乱磁壁を除去した。この材料は非常に高い電気光学係数を持ち、必要な駆動電圧は非常に低い。この戦略は他の材料にも有用かもしれず、より優れた光学デバイスの開発に役立つ可能性がある。(Wt,ok,nk,kj)

【訳注】
  • 高温ポーリング:固体材料を100°C程度で強い直流電場やレーザーによる光電場をかけて電気双極子の配向を誘起し巨視的に現れた異方性を温度を下げて永続的に凍結する方法
Science, abn7711, this issue p. 371

ナノマシンへの歩み (Steps toward a nanomachine)

ATP合成酵素などのタンパク質の回転式機械は、車軸に当たる部品と回転環に当たる部品を含み、生化学的エネルギーを、部品を相対的に回転させる機械的仕事に結び付ける。Courbetたちは、そのような車軸-回転子ナノマシンの設計に向けた一歩を踏み出した。構造上の要件は、この部品間の 相互作用は自己組織化を可能にするほどの強さである一方さまざまな回転状態を可能にする程度でなくてはなければならない、ということである。著者たちは、この設計上の課題に挑戦し、そして設計された車軸様結合パートナーに適応する一連の内径を持つ、環状のタンパク質形状(回転子)を計算によって設計した。このシステムは、自己組織化し、設計で予測されるさまざまな回転状態を保持する。これらの回転エネルギー地形は、指向性モーターに必要な2つの要素のうちの1つを提供する。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, abm1183, this issue p. 383

配位子交換によるより好ましいC-Cカップリング (Better C-C coupling through ligand swaps)

炭素-炭素結合形成のためのクロス・カップリング触媒の開発は、医薬品合成に革命をもたらした。それでもやはり、原初の反応の1つの欠点は、事前にカップリング相手の1つを活性化することが必要となることである。最近、化学者たちは2つのハロゲン化炭素化合物の直接カップリングに注目してきた。この反応は効率的であるが選択性に課題がある。Hambyたちは、アルキル-アリール・カップリング用のニッケル触媒について報告している。このカップリングは電気化学反応と協調した触媒の配位子交換に依って、この電気化学反応生成物が、それぞれの相手分子と次々に反応し、それによりアルキル-アルキル、アリール-アリールあるいは異性化副生成物を回避するのである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • クロス・カップリング:化学構造の異なる2つの有機化合物を結合して新たな有機化合物を作ること。
Science, abo0039, this issue p. 410

水素で空間計測を行う (Spatial sensing with hydrogen)

干渉可能量子系と周辺環境との相互作用は、高感度センサーの創出に活用できるが、ダイヤモンド中の窒素空孔のような多くの表面実装は空間分解能に限界がある。Wangらは、銅表面上に成長した窒化銅アイランド上に水素分子を閉じ込めるのに走査型トンネル顕微鏡探針からの電場を用いて、高い空間分解能を持つ量子センサーを開発した。フェムト秒-パルス・テラヘルツ分光法を用い、異なる吸着配置によって作りだされる二準位系の干渉可能性が追跡された。重ね合わせ状態における一時的振動と脱干渉可能により、サブオングストローム級の空間的変化が捉えられた。(NK,nk,kj,kh)

Science, abn9220, this issue p. 401

層間励起子に探りを入れる (Probing interlayer excitons)

ファン・デル・ワールス材料の原子的に薄い層の積み重ねは、豊かなエキゾチック輸送特性を生み出す。そのねじれ角と積み重ね順序の制御により、磁性、超伝導、および層間励起子(2つの層にまたがる電子-正孔対)の生成を示すヘテロ構造を生成できる。Barreたちは、詳細なバンド構造を測定できる電気変調分光技術を開発し、これらのヘテロ構造材料でのエキゾチックな光電子輸送特性の発達の仕方を理解するための鍵を提供した。(Sk,ok,nk)

Science, abm8511, this issue p. 406

虚血性脳卒中に適した可搬型MRI (Portable MRI for ischemic stroke)

磁気共鳴画像法(MRI)は、軟組織の画像診断用に、ほかに類のない明暗比を提供するが、機器がかさばり、運搬することができない。可搬型MRI装置はより低コストになり、特に時間が最も重要な状況下では、外傷がある状況あるいは病床脇で役立つかもしれない。しかしながら、可搬性には、磁場強度の低下、体の動きによる画像のブレ、および随伴する性能低下という犠牲が伴う。このような状況下で臨床現場用MRIをうまく展開することは、手ごわい技術課題であることを意味している。Yuenたちは、脳の画像化に十分な画質と明暗比を備えたこの技術の実現可能性を実証し(Basserによるフォーカス記事参照)、虚血性脳卒中の評価という観点から、この技術の有用性の証拠を提供している。(Sk,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abm3952, 10.1126/sciadv.abp9307 (2022).

反復DNAは病気を引き起こすことが出来るのか? (Can repetitive DNA cause disease?)

反復DNA配列は、ヒト・ゲノムに散在している。それらはほとんど沈黙しているが、なかには「飛び」回って、ゲノムDNA全体に自らを複製し、挿入するものもある。これにより、近くの遺伝子を破壊したり、転写を変調したり、免疫応答を誘発したりする可能性がある。この挿入型遺伝子変異は、ガンで特に顕著であり、発達障害、変性疾患、および自己免疫疾患でも報告されてきた。しかしながら、このプロセスが病気の発生に寄与するのか、それとも他の遺伝的および後成的な変化の結果として生じるのかどうかは不明である。展望記事において、Burnsはその証拠を考慮し、病気の発生における挿入型遺伝子変異に対する幾つかの機構と、反復DNAが広範な疾患の原因であるかどうかについて考察している。(KU,nk,kh)

Science, abl7399, this issue p. 353

行動ナッジが失敗する時 (When behavioral nudges fail)

交通安全への介入は有効だろうか? HallとMadsenは、テキサス州での研究結果から、運転者がその地域の交通事故死者数を示す表示に対面すると、事故件数が実際に数%増加することを示す証拠を報告している(UllmanとChryslerによる展望記事参照)。著者らは、この直感に反する発見は、複雑に伸びる道路で複数の注意と指示に直面したときに、運転者が経験する認知的過負荷が注意の混乱につながるためであると指摘している。彼らは、交通安全のための「ナッジ」は、裏目に出ないように注意深く設計され、設置される必要があると結論付けている。(Uc,KU,ok,nk)

【訳注】
  • 行動ナッジ:行動科学的観点から望ましい行動をとれるように人を後押しするアプローチのこと。
Science, abm3427, this issue p. 370; see also abq1757, p. 347

標的細胞防御での膜修復 (Membrane repair in target cell defenses)

細胞傷害性T細胞は、強力なワンツー・パンチとして作用する2つのタンパク毒素を分泌することにより、ウイルス感染細胞およびガン細胞を破壊する。孔形成毒素であるパーフォリンは標的細胞の原形質膜に穴を作る。次にT細胞が放出した細胞毒性タンパク質がこの入口を通って、標的細胞の死を誘発する。Ritterたちは高解像画像データと機能分析を組み合わせて、腫瘍由来細胞が応戦することを実証した(Andrewsによる展望記事参照)。ESCRTファミリーに属するタンパク質複合体は、標的細胞におけるパーフォリンの穴を修復することができ、それによりT細胞誘発殺傷を遅くしたり防いだりした。このように、ESCRT仲介性膜修復は、免疫攻撃への抵抗機構を与えることができる。(MY)

【訳注】
  • ESCRT(endosomal sorting complexes required for transport):細胞膜の再構築や膜を屈曲させたり切り離したりするタンパク質複合体。
Science, abl3855, this issue p. 377; see also abp8641, p. 346

セラミック反応器による水素の供給 (Sourcing hydrogen with ceramic reactors)

車両用燃料などの用途向けに水蒸気改質によって大規模に生成される水素のそのままの輸送に代わる手段の一つは、メタンまたはアンモニアなどの水素含有化合物からの小規模な、現場生産である。生成される水素は、同時に生成される二酸化炭素または窒素から分離する必要がある。水素イオン・セラミック電気化学反応器は、800°Cで膜を横切る水素イオンを電解でくみ上げることにより、ガス混合物から純粋な水素を抽出できるが、抽出が進むにつれて、温度勾配とエントロピー効果により効率が低下する。Clarkたちは、より複雑な反応器経路の設計を可能にするニッケルを基本とするガラス-セラミック複合材料の相互接続を開発した(ShihとHaileによる展望記事参照)。熱勾配と逆向きのガス流が熱流との均衡を取り、安定な動作条件を維持し、99%の水素回収効率を可能にした。(KU,nk)

Science, abj3951, this issue p. 390; see also abo5369, p. 348

ダブル・ホーンが指し示すエキゾチックな状態 (Double horn points to an exotic state)

いわゆる Fulde-Ferrell-Larkin-Ovchinnikov(FFLO) 状態は、秩序変数が空間的に振動する特別な超伝導秩序であり、安定化が難しいことから、物理学者たちを魅了してきた。Kinjoたちは、核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)による計測を用いて、ルテニウム酸ストロンチウム材料の FFLO状態の兆候を観察した (Pavariniによる展望記事参照)。超伝導秩序変数の変調は、それに対応するスピン密度の変調を引き起こし、その結果、ある温度と印加磁場の範囲において、特異なダブル・ホーン型構造の NMR信号強度が生じた。(Wt)

Science, abb0332, this issue p. 397; see also abn3794, p. 350

積極的に光を構造化する (Actively structuring light)

メタ表面の開発は、バルクな光学部品を人工材料の薄層に置き換える方法を提供した。レビュー記事において、DorrahとCapassoは、多機能メタ光学を用いる波面整形における最近の進歩のいくつかに注目している。彼らは、入射光の1つまたは複数の自由度を単に調整する(例えば、入射角、偏光、波長、または位相を変えること)ことによって、メタ表面の応答を調整するその能力に焦点を当てている。このメタ表面の重要な特徴は、固定的であるにもかかわらず、複雑な切り替えを必要とせずに調整可能な応答を生成できることである。この開発は、拡張現実ディスプレイおよび仮想現実ディスプレイ、ドローンによるセンシング、内視鏡検査などの技術に対する多機能かつ軽量な部品を可能にする。(KU,kh)

【訳注】
  • メタ表面:光や電波を任意の方向に屈折・反射させたり、位相を制御したりすることが出来る人工的表面。
Science, abi6860, this issue p. 367

シグネチャーの成果 (A signature accomplishment)

腫瘍の発生は、ゲノム内での変異の蓄積と関係している。環境曝露やDNA修復異常などの特定のガンの原因に依存して、これらの変異は、変異シグネチャーと呼ばれる特定のパターンを形成することがある。ガンにおいては既に多くの変異シグネチャーが報告されてきたが、Degasperiたちは、特に多く収集されたガン試料に対する全ゲノム配列解析を実施することで、これまで報告された変異シグネチャーを確認したばかりでなく、より稀なシグネチャーも多く発見した(Szutsによる展望記事参照)。著者たちは、これらのシグネチャーの特性を明らかにし、可能な場合はその根底にある生物学的作用を解明しようとし、次に、これらの知見を個々の患者に適用するためのアルゴリズムを提供して、ガン治療の個人向け化を支援するようにした。(MY,nk)

Science, abl9283, this issue p. 368; see also abo7425, p. 351

オミクロンに立ち向かう (Acting against Omicron)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)ウイルスのオミクロン変異株の急速な広がりは、部分的には、初期の変異株のウイルス・スパイク・タンパク質に対して誘発された抗体を回避する能力に起因していた。Zhouたちは、オミクロン変異株を中和する能力を維持している抗体を特定し、機能的および構造的研究を用いて、これらの抗体がオミクロン・スパイク・タンパク質をどのように認識しているのかを特定した。彼らの研究は、治療可能性を有する抗体の組み合わせを特定しており、ワクチンの開発を活性化するかもしれない。(Sk,kh)

Science, abm8897, this issue p. 369

双方からの圧力 (Pressure from both sides)

今では、人間の活動が野生種の進化的変化をもたらす選択を強いることが、十分に証明されている。この過程の最もよい例のいくつかは、収穫される種、特に魚たちからのものであり、大規模な漁業が早熟や成魚の大きさの変化などの影響をもたらしてきたことが知られている。Czorlichたちは、タイセイヨウ・サケの天然の個体群を調べ、土着民による漁獲圧力でさえ、これらの個体群に進化的変化をもたらしてきたことを見出した(TherkildsenとPinskyによる展望記事参照)。彼らはまた、さらなる選択の間接的原因(海での鮭の獲物となる種の漁獲)を特定した。(Sk,kh)

Science, abg5980, this issue p. 420; see also abo6512, p. 344

真菌病原体はセルロースを回避する (Fungal pathogen circumvents cellulose)

植物細胞壁は真菌病原体による集落形成を妨げ、結晶性セルロースはこの壁の最強成分と長い間見なされてきた。植物病原菌フザリウム・オキシスポラムの研究から、Gamez-Arjonaたちは、セルロース分解酵素から進化的に保存された主要制御因子を除いても、初期感染中の毒性低下をもたらさないことを見出した。それどころか、病原性は、他の病原性因子の代償性誘発と植物の免疫応答の破壊によって増強される。しかしながら、この病原体は炭素源としてセルロースを代謝できないため、成長と生殖の後期段階で弱体化される。これらの知見は、植物の真菌集落形成のためのセルロース分解酵素の重要性について、異なる見方を思いつかせる。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • フザリウム・オキシスポラム:通導組織が侵害されて水分上昇が妨げられることで起きるとされる、トマト萎凋病、キュウリ・スイカ・メロン・サツマイモのつる割れ病、ダイコン・キャベツ・イチゴの萎黄病などの導管病や、ダイズやエンドウの立枯病を起こす原因菌。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abl9734 (2022).

ペロブスカイトを安定化させる有機金属 (Organometallics stabilizing perovskites)

逆構造(p-i-n)のペロブスカイト太陽電池は、通常のn-i-p構造よりも安定性と寿命が長くなるが、一般に電力変換効率(PCE)はやや低くなる。Liたちは、有機金属化合物であるフェロセニル-ビス-(チオフェン-2-カルボン酸)が、逆構造ペロブスカイト太陽電池のマルチカチオン・ペロブスカイト層を安定化させる可能性があることを報告している。最大電力点動作の1500時間後、25.0%PCEの98%が維持された。 この太陽電池は、高温高湿試験でも高い安定性を示した。(Sh)

【訳注】
  • ペロブスカイト:チタン酸カルシウム(CaTiO3)の鉱物名。ここでは、これと同一構造のABO3(Aは2価、Bは4価の金属イオン)で表される化合物を指す。金属イオンが三種以上の化合物をマルチカチオン・ペロブスカイトと言う。
Science, abm8566, this issue p. 416