AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 15 2022, Vol.376

古代マヤの暦を年代推定する (Dating an ancient Maya calendar)

ツォルキンとして知られる260日の占い用暦は、古代のメソアメリカの各地で使用されていたが、その起源を年代推定することは困難であることが証明されている。Stuartたちは、グアテマラのサンバルトロの先古典期後期のマヤ遺跡における、この暦の周期中の日の1つである「7シカ」の日付の象形文字が描かれた、壁画の破片の発見について報告している。この象形文字の描かれた破片は、他の10個の別の破片上の文字の例とともに、紀元前300年から200年の間の年代とみられる確実な考古学的状況の下で得られた。これは、マヤ地域で知られている260日カレンダーの最も初期の証拠であり、その年代の以前の推定よりも少なくとも150年古いものである。(Sk,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abl9290 (2022).

包み上げろ (Wrap it up)

従来の刺激応答性ヒドロゲル作動器は、浸透圧駆動という作動機構のために一般的に、弱い作動力と遅い応答速度に悩まされている。それらはまた、耐えられる圧力の大きさにも限界があり、あまり強く押しすぎるとつぶれたり砕けたりしてしまう。Naたちは、横方向の変形を制限する、比較的強靭であるが柔軟な半透膜でこのゲルを包むことにより、ヒドロゲルの作動応力を大幅に増加させた(JiangとSongによる展望記事参照)。この効果は、生体細胞で見られる膨圧に似ている。この水溶液中に電解質を加えて電圧をかけることにより、作動速度を上げることも可能であり、これにより作動時間が数時間から数分に短縮される。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 膨圧:主に植物において、細胞外部から細胞の液胞内に水が浸透することによって発生する、細胞膜を細胞壁に押し付ける圧力
Science, abm7862, this issue p. 301 see also abo4603, p. 245

すばらしい成型加工 (Fabulous fabrication)

ガラスは、微小光学系、微小流体技術、およびその他の応用にとって重要な材料である。多くの場合、微細寸法での機能と優れた透明性が必要になる。Toombsたちは、微小尺度の computed axial lithography と光硬化樹脂-シリカのナノ複合材料を組み合わせて、微細なガラス部品を合成した。彼らは、光学部品、トラス(三角構造の梁)と格子の構造、および3次元微小流路構造を作成することができた。この方法は、いろいろな用途にさまざまな高品質のガラス部品を提供するのに十分な適応性があるはずだ。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 計算軸方向描画 (computed axial lithography):近年、断層影像法 (トモグラフィー) に基づいて開発された3D印刷方式である。まず完成品の周囲を取り囲む円筒を想定し、その全方向から撮影した360度断層撮影データを計算機上で得る。次に得られた2Dの断層撮影データに基づいた光像を、想定円筒の中心軸上で回転する液状の光硬化樹脂に軸方向に照射しながら硬化させ、3D部品を作成する。
Science, abm6459, this issue p. 308

アミン反応物質の制御放出 (Controlled release of amine reactants)

炭素-窒素結合の形成は、数多くの医薬品および関連化合物の合成における重要な段階である。しかし、最も直接的な窒素含有前駆体を使うことが出来ない場合が多い。なぜなら、それらの前駆体が高濃度において、金属触媒に強く配位することで触媒作用を阻害するためである。Aliたちは、アリル基のアミノ化反応に対するこの問題を回避する独創的な方法を報告している。これらの窒素反応物質のほとんどはプロトン化塩の形で保護されるが、反応が進むにつれて、その生成物は少しずつ着実にプロトン化塩を脱プロトン化できるのである。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • アリル基:-CH2CH=CH2で表される化学基。
Science, abn8382, this issue p. 276

上皮の完全性を監視する (Monitoring epithelial integrity)

上皮は、さまざまな組織とその周囲環境との間に保護境界を提供する。障壁として機能するために、上皮は自身を監視して、物理的損傷あるいは異常細胞の形成のいずれかによって引き起こされることがある破損を防ぐ必要がある。上皮が自身の完全性を監視・維持する機構は、ほとんど不明である。De Vreedeたちは、ショウジョウバエの器官におけるシグナル伝達系について記述している。その器官では、細胞の頂端に偏極した受容体が、細胞基底部の環境で循環するその受容体用のリガンドから離れて、空間的に区画されている。腫瘍細胞や外傷に共通して見られる極性異常は、この受容体を誤配置して、リガンドの結合とそれによるシグナル伝達を可能にする。この研究は、どのように(上皮障壁への侵害を検知・修復する)見事な機構がまたガン・クローンを除去するのにも採用されてきたのかを示すとともに、どのように上皮欠損がまた発がん性の クローンとして認識されうるのかを説明するものである。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 頂端、基底:上皮細胞などの極性細胞(形態や構造、細胞の構成成分が空間的に特徴的な偏りを持つ細胞)の内腔に面した側の表面が頂端、それとは反対側が基底。
Science, abl4213, this issue p. 297

樹状突起内の独立した計算 (Independent computations within dendrites)

皮質錐体ニューロンは通常、そのニューロンを標的とする多くのシナプス入力を受け取り、統合する精巧な樹状突起樹を持っている。未解決の問題は、情報がin vivoで樹状突起にどのように表現されるかである。Otorたちは、二光子カルシウム・イメージング、行動分析、およびケーブル・モデル化を用いて、マウスの運動皮質における第5層錐体ニューロンの尖端房状分岐でのシナプス計算法を調べた。初期分岐第5層錐体ニューロンは樹状突起カルシウム・シグナル伝達の顕著な区画化を示したが、後期分岐錐体ニューロンは尖端房状分岐の同調的活性化を示した。N-メチル-D-アスパラギン酸スパイクとケーブル特性は、さまざまな区画化パターンを説明することができた。半樹状突起樹間の区画化された活動は、行動の結果と相関していた。これらの結果は、運動表現のための細胞型に依存する動的な組み合わせ符合を示している。(KU,kh)

Science, abn1421, this issue p. 267

より高い強度 (Higher intensity)

大気エアロゾル粒子部での光増幅は、それらの光化学的特性に影響を与える可能性がある。Corral Arroyoたちは、光学的閉じ込めが粒子内の光強度の空間的構造化を生み出すことがあり、それによって対応する光化学反応速度の変動が引き起こされることを報告している。クエン酸第二鉄の単一粒子のX線顕微分光法による画像化とモデル化を組み合わせて、著者らは、大気エアロゾル粒子においては、光化学反応がこのようにして2?3倍高速化されるかもしれないと予測している。(Sk,kj,kh)

Science, abm7915, this issue p. 293

自然生態系における窒素の減少 (Declining nitrogen in natural ecosystems)

窒素(N)の利用可能量は、生態系の機能、および生物圏全体の栄養とエネルギーの循環にとって重要である。しかし、多くの陸上生態系で窒素の利用可能量が減少していることを示す証拠が増えつつある。窒素の利用可能量の減少がもたらす結果は広範囲に及ぶだろう。例えば、葉の中の窒素濃度の低下は、昆虫に対する窒素の利用可能量を低下させ、個体数減少の要因となり、次により高次の栄養レベル を通じて連鎖反応する。Masonらは、この現象の範囲と、それを促進するかもしれない人為的要因(気候変動や大気中の二酸化炭素の増加など)を評価し、その悪影響をどのように軽減できるかを論じている。(Uc,KU,kj,kh)

Science, abh3767, this issue p. 261

皮膚に脂を塗る (Greasing the skin)

多細胞生物では、細胞は個々の細胞が共同体の集団表現型に寄与する共同体の一部である。このような細胞共同体の「社会的」な組織化を理解することは、共同体の生理的現象およびそれらの異常がもたらす病的結果を詳細に分析するのに役立つ。Capolupoたちは個々のヒト皮膚細胞の脂質代謝と遺伝子発現を調べ、特定の脂質組成が細胞特殊化を駆動することを見出した。具体的には、著者たちはスフィンゴ脂質がヒト皮膚を構成するさまざまな層に存在する線維芽細胞の転写プログラムを決定していることを見出した。これらの結果は、細胞の個性と組織構造の樹立における膜脂質が果たす予期せぬ役割を明らかにしている。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • スフィンゴ脂質:長鎖アミノアルコールを骨格として持つ脂質。
  • 線維芽細胞:真皮中の結合組織を構成する細胞の1つで、主にコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸といった真皮の主要成分を作り出す。
Science, abh1623, this issue p. 262

脳-腸のかけ合い応答でNod2にうなずく (Give a nod to Nod2 in gut-brain cross-talk)

Nod2は、免疫系がムロペプチドと呼ばれる細菌の細胞壁の断片を認識するのを助けるパターン認識受容体(PRR)である。マウスでの以前の研究は、Nod2がさまざまな代謝性および神経性病理においても役割を果たしている可能性を示していた。Gabanyiたちは、Nod2が視床下部を含む、レポーター・マウスの脳全体で発現していることを報告している(Adamantidisによる展望記事を参照)。Nod2が抑制性のGABA作動性ニューロンで特異的にノック・アウトされたとき、マウス、特に年老いた雌マウスは、温度調節と摂食行動に変化を示した。さらに、ムロペプチドは脳に到達すると、ニューロンを調節することが出来た。この研究は、脳が食物摂取の尺度として腸内細菌の変化を感知する可能性があり、将来の神経学的および代謝的治療に対する基礎として役立つ可能性があることを示唆している。(KU,kh)

Science, abj3986, this issue p. 263; see also abo7933, p. 248

脂肪肝の疾患標的としてのmTORC1 (mTORC1 as fatty liver disease target)

肝臓に余計な脂肪の蓄積は、人間に深刻な生命を脅かす病気を引き起こす。マウスにおいて、Gosisたちは、mTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1)プロテイン・キナーゼ複合体によるシグナル伝達を妨げることによって脂質代謝を制御することの潜在的で有益な効果を探索した(GinsbergとManiによる展望記事参照)。著者たちは、肝臓におけるフォリキュリン・タンパク質を枯渇させることで、mTORC1によるシグナル伝達の全てではないが一部を抑制した。このようなマウスは脂質消費が増加し、脂質生合成が減少し、通常は非アルコール性脂肪性肝疾患を誘発する食餌を与えられたときに疾患から保護された。これらの効果は、TFE3転写因子の活性化に一部起因しているらしい。したがって、同様の戦略が肝疾患の治療に役立つ可能性がある。(KU,ok,kh)

Science, abf8271, this issue p. 264; see also abp8276, p. 297

非対称な結晶成長 (Asymmetrical crystal growth)

結晶材料の形は、成長速度の最も速い方向への伸長といった、それぞれの結晶面が持つ成長速度の違いを反映する。不純物、境界壁、あるいは誘導巨大分子が無い場合、人は対称面が同じ速度で成長すると期待するだろう。Avrahamiらは、成長中の円石藻(単細胞藻石灰Calcidiscus leptoporusによって作り出される微細な方解石結晶配列)における結晶成長と配列について調べた (Prywerによる展望記事参照)。筆者らは、対称性の関係で結ばれた{104}面は同じ成長速度を示さず、結果として成長中に対称性崩壊と共に複雑な成長相の形成を引き起こすことを見出した。この非対称性成長は、誘導巨大分子によるものではなく、むしろイオン拡散によってのみ制御される。(NK,KU,kj,kh)

Science, abm1748, this issue p. 312; see also abo2781, p. 240

C60で銅触媒を促進する (Promoting copper catalysts with C60)

原料や不凍剤として用いられる汎用化学品であるエチレングリコールは、シュウ酸ジメチル(dimethyl oxalate:DMO)から高圧下(通常20バール)で、貴金属パラジウム触媒上で水素化することにより工業的に合成される。代替のシリカ担持銅クロム触媒は、さらに高い圧力を必要としてきた。Zhengたちは、フラーレン(C60)を銅-シリカに添加すると、大気圧下でも高い収率(98%)で、かつ1000時間後も失活せずにDMOの水素化が可能となることを示している (GravelとDorisによる展望記事参照)。水素吸着を高める電子不足の銅化合物を安定化させるためのC60の使用は、銅を触媒とする他の水素化反応にも応用できる可能性がある。(Wt,KU,kj,kh)

Science, abm9257, this issue p. 288; see also abo3155, p. 242

在宅地震学 (Homebound seismology)

2021年にハイチで起きた Nippes地震では、最大14万戸の家屋が倒壊し、数千人が死亡した。ハイチでは大きな地震災害があるにもかかわらず、高品質の地震観測所が数カ所しかない。Calaisたちは、ボランティアの自宅に置かれた低性能地震計のネットワークが、地震とその余震を特徴付けるための重要なデータを提供できることを示している (von Hillebrandt-AndradeとVanacoreによる展望記事参照)。民間人の地震ネットワークは、損害を与えるような余震の可能性を見極め、それを正確に定めるために特に重要であった。余震の可能性は、破壊的な本震に対応する人々にとっては命にかかわる情報である。(Wt,ok,nk,kh)

Science, abn1045, this issue p. 283; see also abo5378, p. 246

自己免疫にKIRで満ちたお別れを言おう (Say a KIR-full goodbye to autoimmunity)

Ly49+CD8+T細胞は、マウスにおける免疫調節活性を示すCD8+T細胞のサブセットである。Liたちはヒトにおける同様のCD8+T細胞サブセットの存在を報告しており、これは、マウスLy49ファミリーの機能的類似体であるキラー細胞免疫グロブリン様受容体(killer cell immunoglobulin-like receptor:KIR)を発現する(LevescotとCerf-Bensussanによる展望記事参照)。自己反応性CD4+T細胞を抑制できるこれらの細胞は、セリアック病、多発性硬化症、狼瘡などの自己免疫疾患の患者、およびインフルエンザ・ウイルスや重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2に感染した患者でより豊富に存在していた。Ly49+CD8+T細胞を選択的に欠損させたマウスをウイルスに感染させた時、マウスは正常な抗ウイルス免疫応答を示したが、最終的には自己免疫疾患の症状を発症した。したがって、KIR+CD8+T細胞は、ウイルス感染後に出現する「ロングCOVID」などの自己免疫疾患の制御に対する重要な治療標的となる可能性がある。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • セリアック病:小麦に含まれる「グルテン」と呼ばれる物質に対する免疫反応を起こしてしまう病気
  • ロングCOVID:新型コロナウイルス感染症の回復期以降に現れる典型的な疾患、あるいは持続する長期的な後遺症を特徴とする疾患
Science, abi9591, this issue p. 265; see also abp8243, p. 243

細胞体と樹状突起の可塑性が切り離される (Soma and dendrite plasticity uncoupled)

私たちは、in vitroでのシナプスと樹状突起の可塑性について詳細な知識を持っているが、in vivoでの学習によって誘発される変化は主に構成単位の記録や細胞体のカルシウム活性の画像化を手段にして研究されている。しかしながら、in vivoでの樹状突起の機能特性と可塑性特性についてはほとんど分かっていない。D’Aquinたちは、高解像度深部脳画像化法と細胞内二光子顕微鏡を組み合わせて、典型的な恐怖条件付けを受けている覚醒マウスで、同定された扁桃体ニューロンの樹状突起と細胞体の活動を数日にわたって 研究した。感覚刺激は、樹状突起を標的とする、ソマトスタチン陽性介在ニューロンによって制御される区画化された樹状突起応答を誘発した。恐怖条件付けによって誘発される可塑性は、細胞体と樹状突起の間で切り離され、おそらく扁桃体回路の計算能力を高める可能性のある区画固有のシナプス・レベルと微小回路レベルの機構を反映している。

【訳注】
  • 細胞体:細胞核などの細胞小器官が集中し樹状突起と軸索が会合するニューロンの部位。
  • 可塑性:刺激に対して神経系が構造的・機能的に変化する性質。記憶・学習の形成過程では、シナプスでの情報の伝わりやすさ(シナプス伝達効率)が変化し、短・中期に持続する記憶・学習はシナプスに存在する分子の機能的な変化によっておきると考えられている。
  • ソマトスタチン陽性:ソマトスタチンは特定の抑制性ニューロンの標識として用いられる成長ホルモン。ソマトスタチン陽性細胞はヒト大脳皮質の約20%を構成する。
  • 介在ニューロン:脊髄と脳にあり、主に抑制性で、樹状突起の分枝は少なく、軸索出力も近隣の領域に限定される。
Science, abf7052, this issue p. 266