AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 8 2022, Vol.376

中央サハラの気候史 (Climate history of the central Sahara)

地球で最も暑い砂漠であるサハラの気候史についての私たちの理解は、この地域の記録情報不足により限られたものになっている、というのはこれまでの利用可能な記録の全てが砂漠の周辺部からのものであるためだ。Van der Meerenたちは、過去数千年間にわたるこの砂漠の進展の歴史に対して重要な制約をもたらす、中央サハラからの新たに得られた記録について記述している。著者たちは、4200年昔より前にサハラが現在よりさらに乾燥してさえいたこと、そして中央サハラの気候が過去3000年にもわたって熱帯西アフリカ・モンスーンの強さに密接に結合しているという証拠を見いだした。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abk1261 (2022).

小麦の穀物収量を増加させる (Increasing wheat grain yield)

小麦においては、分げつ、穂、小穂の数が、生産される穀物の量を決める。Zhangたちは、2つの一般的な小麦品種間の交配から始めて、小麦植物の構造、その結果として、穀物収量に影響を与える遺伝子のクローンを作成した(van Esseによる展望記事参照)。エクソン捕捉分析は、野生のエンマー小麦で同じ遺伝子を同定した。それにもかかわらず、この遺伝子は、現代の米国の小麦品種の間ではめったに見られない。中国、江蘇省での野外試験において、遺伝子組換え小麦におけるこの顕性対立遺伝子の過剰発現は、穀物生産を約12%増加させた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 分げつ:イネ科作物の, 根本近くでの枝分かれ
  • エクソン:DNA、RNAの塩基配列中、たんぱく質合成の情報をもつ部分。
Science, abm0717, this issue p. 180; see also abo7429, p. 133

量子電磁力学の斬新な検証 (Fresh test of quantum electrodynamics)

自然界の理解を進める最良の方法は、数学的にその法則を記述するために開発された基本理論の誤りを追求することである。物質と光の相互作用に関する量子電磁気学(QED)理論は現在、最も正確な基本理論の一つであり、QEDからの逸脱を探求することが強い関心を呼んでいる。Hensonらは、ヘリウム23S1-23P/33Pのチューンアウト波長を高い精度で測定すると共に理論計算を行った。その精度はQEDの寄与と以前除外された成分とを区別することを可能にするほどに高かった。チューンアウト波長はより一般的な原子構造プローブを用いた手法に比べてQEDの異なる部分に敏感であり、本研究は、QED検証の領域を広げる重要な一歩である。(NK,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • チューンアウト波長:レーザー光照射により原子分極率がゼロになる波長。高い精度で決まる。
Science, abk2502, this issue p. 199

粒子と様式を画像化する (Imaging particles and patterns)

ナノスケール材料の重要な特徴は、粒度または化学組成の小さな変化を通じて、それらの特性を調整する能力である。3次元超構造への集結は、複雑で多機能な材料を構築するための基盤技術を提供するが、そのことはまた粒子水準での構造の理解も難しくなる。Michelsonたちは、7ナノメートルの分解能で、数千の粒子からなる超構造の非破壊3次元画像化を提供している。それにより、彼らは、位置と組成の両方を地図化することができた。著者らはまた、この超構造の結晶格子の欠陥を見ることができた。(Sk,kh)

【訳注】
  • ナノスケール材料:材料寸法や特徴的な構造がナノメートル水準にあるような材料であり、原子一つが占める割合が大きくなるため、材料を原子の集合体として評価する必要がある。
Science, abk0463, this issue p. 203

トポロジカル光の電気的制御 (Electrical control of topological light)

多くの閉じた物理系は、単一または一連の異なった共振モードを持ちうるという点で、エルミート行列として表現される。しかし、開放系は非エルミート系であり、このような系では利得と損失とを巧みに設計することで、共振モードが合体する例外点を作り出すことができる。Ergoktasたちは、電気的に調整可能な系を実証している。その系は、エネルギーに関する複雑な状況の再構成を可能にするとともに、相互作用するモードの損失不均衡と周波数離調を調整することによって光のトポロジカル制御を可能とするものである。電気的に整調可能であることは、デバイス応用のために例外的な特異点の感度を活用する道筋を与える。(Wt,ok,kj,kh)

Science, abn6528, this issue p. 184

3層のグラフェンを拡大して見る (Zooming into trilayer graphene)

グラフェン層を互いに積み重ねたりねじったりすると、エキゾチックな輸送効果を引き起こすことがある。最近、上層と下層が同じ「魔法」角で中間層に対してねじれた3層のグラフェンにおいて超伝導が観察された。Turkelたちは走査型トンネル顕微鏡法を用いて、積層構造を詳しく調べた。彼らは、その最上層と最下層の間の小さな不整合が、その格子を三角形領域の様式に再配置させることを見出した。その領域は魔法角でねじれた三層構造を持ち、線状と点状の欠陥の網状構造によって分離されていた。(Sk,kj)

【訳注】
  • 魔法角:2層のグラフェン層を約1.1 度という特定の角度だけずらして重ねると、電子相関に由来した絶縁体状態とその近傍の超伝導状態が生じることからこのように呼ばれる。
Science, abk1895, this issue p. 193

機能的なラット配偶子を生成する (Generating functional rat gametes)

過去10年間で、発生中とin vitroでの配偶子形成の研究に対して、いくつかの方法が、多能性幹細胞から生殖細胞をつくるために開発されてきた。しかしながら、in vitro由来の生殖細胞からの子孫はマウスでのみ達成されていた。Oikawaたちは、この研究をマウスだけでなくラットという2番目のげっ歯動物種にまで拡張した。ラットは、ヒトと多くの生理学的類似性を持つ生物医学研究のための主要な動物モデルである。段階的プロトコルが、胎児期のラット生殖細胞の生成を可能にし、その細胞は精巣で成熟して未受精卵母細胞への精子の注入により生存可能な子孫を生むことができる。この実験系は比較研究を可能にし、かつin vitroでの配偶子形成のより広範な実行と分析を可能にする。(KU.kh)

Science, abl4412, this issue p. 176

免疫系における遺伝子発現の分析 (Analyzing immune system gene expression)

免疫系を含む病気は遺伝性であるが、遺伝的な多様性がさまざまな病気にどのように寄与しているのかは不明である。関与する遺伝子座が異なる集団からの個人の免疫細胞における遺伝子発現にどのように影響するかを明らかにするために、2つのグループが免疫細胞の単一細胞RNAシーケンシングを実行し、それぞれの研究で数百人の個人と100万を超える免疫細胞を調査した(SumidaとHaflerによる展望記事参照)。これらの研究は、14の異なる免疫細胞型における遺伝子発現に影響を与える近位(シス)と遠位(トランス)の両方の遺伝的な多様性を調べた。Perezたちは、ヨーロッパ系とアジア系の両方の健康な個人、および全身性エリテマトーデスと診断された個人を研究した。Yazarたちは、対立遺伝子の分離が免疫機能の変動にどのように寄与するかを研究する集団に基づく研究を実施した。これらのデータを自己免疫疾患コホートと統合することで、160を超える遺伝子座に関する因果関係が明らかになった。両方の研究から、遺伝子発現パターンがいかに 細胞型かつ状態特異的であるかが観察され、個人間で観察された免疫細胞機能の変動を説明することができる。両方の研究はまた、ゲノム全体の分析と発現定量的形質遺伝子座との間の因果関係を明らかにし、結果として自己免疫疾患の基礎となる潜在的な機構を明らかにした。(KU,ok,kj,kh)

Science, abf1970, abf3041, this issue p. 153, p. 154; see also abq0426, p. 134

効力を高めるが毒性はそのまま (Increasing potency but not toxicity)

ガン免疫療法は、自然免疫応答を利用している。ひとつの取組みでは、T細胞は、腫瘍特異的抗原に応答して活性化されるように遺伝子改変する。 課題は、ガン細胞の死滅を高めるために腫瘍特異的抗原に対するT細胞受容体(TCR)の親和性を高めることが、標的外への毒性を引き起こす可能性があることである。Zhaoたちは、いわゆるキャッチ・ボンドに特徴的な結合寿命の延長が作動薬の効力と関連しているという事実を利用した。著者たちは、低い抗原結合親和性と対になった高い活性化を示すものを選択することにより、キャッチ・ボンドを獲得したTCR変異体を選択した。彼らは、以前記述された高親和性TCRと少なくとも同等の殺傷力を有するが、関連する有害な交差反応性のない腫瘍抗原特異的TCRを遺伝子改変した。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • キャッチ・ボンド:引き離そうとする力が強くなるにつれて結合が不安定になり結合寿命が短くなる(スリップ・ボンド)に対して、加えられる力が大きくなればなるほど結合がより安定化(強く)し結合寿命が延長すること。この直観に反する動きはキャッチ・ボンドと呼ばれる。
Science, abl5282, this issue p. 155

多様化するナノ粒子 (Diversifying nanoparticles)

多元素ナノ粒子は、触媒、エネルギー、その他の分野のさまざまな用途に対して魅力的である。いくつかの最近開発された技術によって利用可能になった高エントロピー混合状態のおかげで、より多様でより多くの元素を混ぜ合わせることができる。Yaoたちは、これらの手法を、特性評価方法、高速処理選別、および標的応用向きのデータ駆動型発見とともに総説している。混ぜ合わせることができるさまざまな元素が広範囲であることは、多くの機会と課題を提起している。(Sk,kj,kh)

Science, abn3103, this issue p. 151

非コード変異が解読される (Noncoding mutations decoded)

タンパク質を直接コードする領域に存在するガン関連変異の生物学的作用を目録化し理解するために、数多くの大規模な取り組みが行われてきた。しかし、ゲノムの多くは非コード領域から構成されていて、そこは、特定タンパク質を直接コードしていないが、その代りタンパク質発現の調節などの他の機能を果たしている。これらのゲノム領域は、ガンにおいても重要な役割を果たすことがある。Dietleinたちは、さまざまな型のガンに対する非コード領域のガン関連変異を体系的に検出する計算機手法を開発し、乳ガンに関与するそのような領域の1つについて生物学的機能を調べた。研究者たちはこの全ゲノム手法を用いて、ガン発生への非コード領域の寄与を包括的に調べることができるはずである。(MY)

Science, abg5601, this issue p. 152

JAKsはどのようにして活性化されるのか (How JAKs are activated)

ヤヌス・キナーゼ(JAKs)は、サイトカインによるシグナル伝達から生じる多くの生物学的結果に不可欠である。JAKsはサイトカイン受容体に結合し、サイトカイン結合が受容体の二量体形成に至る時に活性化される。二量体形成は、シグナル伝達兼転写活性化転写因子(STATs)の活性化をもたらし、STATsは核に移動して、サイトカイン応答性遺伝子群の転写を開始させる。JAKsおよびSTATsの変異は、免疫不全と骨髄増殖性疾患をもたらす。Glassmanたちは、サイトカイン受容体の細胞内ドメイン二量体を表示している人工的な組立物に結合した完全JAKsの構造を報告している(LevineとHubbardによる展望記事参照)。この構造は、サイトカイン受容体の二量体形成がどのようにしてJAKsの活性化を駆動し、さまざまな疾病変異がどのようにして機能に影響するのかについての洞察を与える。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ヤヌス・キナーゼ:サイトカイン受容体と細胞内で結合するチロシンキナーゼの1つで、サイトカインが受容体に結合した際に細胞内へのシグナル伝達を担う。
  • STAT:シグナル伝達と転写活性化の双方に働くタンパク質。
  • 骨髄増殖性疾患:血液ガンの一種で、骨髄の働きが病的に盛んになって、赤血球または白血球あるいは血小板が増加する疾患。
Science, abn8933, this issue p. 163; see also abo7788, p. 139

Wボゾンの質量を量る (Weighing the boson)

Wボゾンは、物理学の基本力の1つである弱い相互作用を仲介する素粒子である。素粒子物理学の標準模型(Standard Model SM)は、Wボゾンの質量に厳しい制約を課しているため、その質量の測定は SM を検証することになる。フェルミ加速器研究所の衝突型検出器(Collider Detector at Fermilab:CDF)の共同研究チームは、Tevatron粒子加速器で得られたデータから引き出されたWボゾンの質量の精密測定結果を報告している (CampagnariとMuldersによる展望記事参照)。驚くべきことに、彼らは、このボゾンの質量が SM 理論の予測よりも有意に大きく、標準偏差の7倍の不一致があることを見出した。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • Tevatron:CDFの加速器で陽子と反陽子の最大エネルギーが1TeVまで加速できることからこの名前が付けられた。
Science, abk1781, this issue p. 170; see also abm0101, p. 136

骨石化の重要な面 (Key aspects of bone mineralization)

骨は、主にコラーゲン構造で、有機繊維からなる階層構造物質であって、それは無機結晶(本来ヒドロキシアパタイト)で石化されている 。骨にそれが持つ強度と靭性の優れた組み合わせを与えるのはこの構造である。Pingたちは、この繊維の外側と内側の両方への経時的な鉱物の沈着を調べた(NudelmanとKrogerによる展望記事参照)。彼らは、鉱物の型に関わらず、繊維内部の石化の間にコラーゲン内部に大きな収縮力が生じ、このようにして骨にその際立った機械的特性群の組み合わせを与えることを見出した。この特徴は、高強度鋼棒を用いたコンクリートの強化に類似している。(MY,ok,kh)

Science, abm2664, this issue p. 188; see also abo1264, p. 137

RNAのカタログを拡張する (Expanding the RNA catalog)

ヒトの感染症でのRNAウィルスが果たしている役割は別にして、我々はより広い世界におけるRNAウイルスについてほとんど理解をしていない。最近では、発見曲線は目を見張るものがあり、意外な多様性が明らかになってきている。Zayedらは、タラ・オセアンのRNA配列データを用いて発見と分類の方法を最適化し、既知のRNAウイルス門の登録表を倍増させた(LabonteとCampbellによる展望を参照)。これは単なる数字遊びをしたのではない。著者らはRNAウイルス進化のミッシングリンクも見つけ、海洋において優勢でミトコンドリアを感染させる可能性がある新しい門群をを発見した。これらのウイルスは複製を作るのに太古の酵素である RNAに指揮されるRNA合成酵素(RdRp)を必要としており、深い進化関係を示すマーカーとして利用される。一次配列データに加えて、RdRpの立体構造、ネットワークに基づいたクラスター、RdRp以外のゲノム・ドメイン、全ゲノムの特徴などの情報は、RNAウイルスの進化史の概略を描き出すのに役立っている。(ST,ok,kj,kh)

Science, abm5847, this issue p. 156; see also abo5590, p. 138