AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 1 2022, Vol.376

体が第一 (Body first)

哺乳類は脊椎動物の中で脳と体の大きさの比率(脳化率)が最も大きい。この関係は哺乳類の進化の初期に現れ、拡大していく脳が新しい多様な形態への道を開いたと信じられてきた。しかしながら、Bertrandたちは、暁新世に始まった哺乳類全体の脳化率を調べ、そうではなくて、最初に体の大きさが増加し、それが恐竜の絶滅後の生態的地位を占めることを可能にしたことを見出した(Smithによる展望記事参照)。脳の大きさが増大し始めたのは、後の始新世になってからであり、おそらくますます複雑化する環境でのより大きな認知力の必要性によって引き起こされたのであろう。これが、人間の脳を含む今日の高度に発達した脳につながった。(Sk,nk,kh)

Science, abl5584, this issue p. 80; see also abo1985, p. 27

再帰新星における陽子加速 (Proton acceleration in a recurrent nova)

もし白色矮星が伴星から物質を剥ぎ取るなら、十分な水素が表面に蓄積されて熱核爆発を引き起こすことがあり、結果としてその白色矮星を破壊することなく物質を放出する。これは新星として観察されならる。一部の新星は高エネルギーのガンマ線を放射することが知られていたが、この放射の起源は不明であった。 H.E.S.S.Collaborationは、再帰新星であるへびつかい座RSの2021年の爆発を観察し、ギガ電子ボルトおよびテラ電子ボルトのエネルギーでのそのスペクトル的・時間的な発展を決定した。放射物理現象のモデル化は、膨張する新星衝撃波が陽子を効率的に加速し、ガンマ線と宇宙線の源を提供することを示している。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • 再帰新星:新星爆発を1年から数十年程度の間隔で繰り返す天体
Science, abn0567, this issue p. 77

痛いの痛いの飛んでいけ・・・ (Pain, pain, go away…)

神経系への損傷は、体性感覚系を病理学的に変化させ、神経因性疼痛を引き起こすことがある。痛みの発生は十分に研究されてきたが、痛みの回復を統合する機構は不明なままである。神経損傷マウスにおける研究から、Kohnoたちは、痛みの発生後に出現し(Sideris-LampretsasとMalcangioによる展望記事参照)、神経因性疼痛からの回復に不可欠なCD11c+脊髄ミクログリア集団を同定した。痛みの回復を促進するこれらの細胞の能力は、インスリン様成長因子-1の高水準の発現に依存していた。CD11c+ミクログリアは痛みの回復後も残り、枯渇すると痛みの過敏症が再発した。これらの知見は、寛解型および再発型の神経因性疼痛の基礎となる機構を明らかにし、治療戦略の開発に役立つ可能性がある。(KU,kj)

【訳注】
  • CD11c+ミクログリア:ミクログリアは中枢神経系に常在する免疫担当細胞。CD11c+ミクログリアはそのサブタイプのひとつ
Science, abf6805, this issue p. 80; see also abo5592, p. 33

5000年にわたる新彊の遺伝学 (5000 years of Xinjiang genetics)

中国の新疆地域は山々に囲まれており、重要な歴史的地域を代表している。Kumarたちは、古代ゲノムの試料を採取し、現在から(BP)約5000年から3000年以前の青銅器時代から、BP 約3000年から2000年の鉄器時代を含み、BP 約2000年の歴史時代までの期間にわたる、この地域に住んでいた集団の変化を調査した。この分析により、より初期の個体はステップ文化の系統であり、その後の東アジアおよび中央アジア系の流入者は、青銅器時代の終わり頃から鉄器時代の初めにかけてこの地域に入ったことがわかった。歴史時代の間、混合は継続したが、中核のステップ地域部分を遺伝的連続体を形成するように維持した。中心的な集団におけるこの遺伝的連続性の保持は、それが孤立した集団でより典型的にみられる様式を代表するものであるため、驚くべきことである。さらに、これらの遺伝的つながりは、インド・ヨーロッパ語族の広がりを説明する可能性のある、これまで知られていなかった系統を特定している。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ステップ:ここでは、ユーラシア中央部を横切る乾燥地帯である、ユーラシア・ステップを意味している
Science, abk1534, this issue p. 62

微小針に基く眼球への薬剤送達 (Nanoneedle-based ocular drug delivery)

従来の眼球への薬剤送達は、一般に局所投与を必要とするが、その場合、目の環境が複雑なために送達効率が低い。薬剤投与量が多い場合や頻繁な局所使用の場合は、副作用の危険性が高くなりかねない。Parkたちは、シリコン微小針と一体化した、眼球への薬剤送達用の涙可溶性コンタクトレンズ手法を報告している。このコンタクトレンズは涙液に素早く溶解して抗炎症薬を放出し、さらに、シリコン微小針は無痛で角膜中に貫通し、徐々に分解して長期間続く治療用薬剤送達を実現することが可能となる。この手法はウサギ・モデルで、現状の標準的方法と比較して副作用を減らし、慢性眼疾患を治療することが実証された。(MY,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn1772 (2022).

空気から二酸化炭素を引き抜く (Pulling carbon dioxide out of the air)

気体分離用の高分子膜を設計する上での難題は、透過性、即ちいかに速く気体が分離膜を通過できるか、と選択性、即ちある気体を別の気体から分離できるか、の間の二律背反である。一般的に分離膜の選択性が高い程、膜を通過する気体の速度は遅くなる。Sandruたちは、積層設計によりこの二律背反を克服した。彼らは、弾性体様ポリジメチルシロキサンあるいはガラス様のポリテトラフルオロエチレンからなる中層を支持する物理的支持体として、底層に多孔性ポリアクリロニトリルを用いた。著者たちは次に中層の上に、ポリビニルアミンからなるまだら層をグラフト化により設けた。この層は二酸化炭素を選択的に引き付け、それにより分離膜へと二酸化炭素を引き入れて、窒素からの分離の大幅な向上をもたらした。(MY,kj,nk,kh)

Science, abj9351, this issue p. 90

逆型太陽電池を安定化する (Stabilizing inverted solar cells)

逆型(p-i-n)ペロブスカイト太陽電池(PSC)は、n-i-p型に比べて製造面と大規模化に利点があるが、そのエネルギー変換効率 (PCE)は劣るとされている。Azmiらは、3次元ペロブスカイト活性層に対しての2次元ペロブスカイト(2DP)不動態化層における8面体無機層の数を制御することで、24%を上回るPCEを達成できたことを示している(LutherとSchelhasの展望記事参照)。電子選択界面にヨウ化オレイルアンモニュウム分子をもちいて形成されたこの2DP層は、トラップ準位を不動態化しイオン移動を抑制した。このPSCは、1000時間の高温多湿試験(85度と85%相対湿度)後もその初期変換効率の95%以上を維持しており、主要な工業安定性標準を満たしている。(NK,KU,kh)

Science, abm5784, this issue p. 73; see also abo3368, p. 28

人は社会的学習を通して成功する (Humans succeed through social learning)

何世代にもわたって複雑なアルゴリズムを蓄積する我々の能力は、人間が多様な環境に適応し、我々個々人の限界を超える課題を解決することを可能とする。しかしながら、革新的なアルゴリズムの文化的蓄積を説明することは困難である。Thompsonたちは多数の参加者を集めて実験し、異なる学習 環境下でのアルゴリズムの進化を探求した (Henrichによる展望記事参照)。様々な戦略つまり様々なモデルの成功レベルの知識を含む選択的社会学習の方が、無原則な社会学習つまり一回限りの試みの非社会的な学習よりも、発明が困難な、効率的なアルゴリズムを保存した。二つの効率的なアルゴリズムが多くの人によって利用されたが、最も効率的なアルゴリズムは選択的社会学習下のみで普及した。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science, abn0915, this issue p. 95; see also abo0713, p. 31

計算論的手法により設計された殺虫剤 (Computationally designed pesticides)

小分子殺虫剤の特性に関する計算論的モデル化は、生態毒性を最小限に抑えつつ性能を最適化する見込みがある。Kostalたちは計算機内 (in silico) 戦略を開発して、水生生物毒性と光分解速度に対する変数を考慮した安全な殺虫剤を設計した。最も安全な殺虫剤は、生体により取り込まれにくく、光化学的により容易に分解される。フェノール類とアニリン類に焦点を当て、700の既知の化合物を分析することで、彼らは、フェノール誘導体が最も安全な殺虫剤であると結論付け、計算された特性に基づくさらなる構造の最適化を提案している。著者たちは、彼らの計算論的手法が強力かつより安全な殺虫剤の合理的設計に用いられるべきであるという説得力のある主張をしている。(Sh,KU,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn2058 (2022).

遺伝子が生態環境へ (Genes to ecology)

過去数十年間で、キーストーン種、つまり、生物群集または生態系の構築に不可欠な役割を持つ種の認定は、様々な系にわたって増加してきた。Barbourたちは、この概念を遺伝子に拡張し、特定の植物防御遺伝子のただ一個の対立遺伝子が、小さな実験的栄養系全体での種の共存を促進することを示した(NosilとGompertによる展望記事参照)。具体的には、この対立遺伝子を持つ植物はより速く成長し、結果として2種の草食動物とその捕食者のより大きな集団を支えている。この知見は、遺伝子型の変化が生物系の構造と機能に役割を果たす可能性があることを示唆している。 (KU,kj,kh)

Science, abf2232, this issue p. 70; see also abo3575, p. 30