AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 25 2022, Vol.375

ニパ・ウイルスを標的にする (Targeting Nipah virus)

人獣共通感染症を引き起こすニパ・ウイルス(NiV)は1999年に発見され、それ以来、ヒトでの突発が、ほとんど毎年、アジアの一部で記録されてきた。このウイルスは脳炎と呼吸器症状を引き起こすが、これらは重症でしばしば致死的なことがある。宿主細胞へのウイルスの侵入は、付着用糖タンパク質(G)と融合用糖タンパク質(F)を必要とし、これらのタンパク質は免疫系の標的となっている。Z. Wangたちは、広域中和抗体との複合体にあるNiV Gタンパク質の四量体外部ドメインの構造を決定した。この外部ドメイン四量体を用いたワクチンを接種されたマカクは、Gタンパク質の頭部ドメインに対する抗体を誘導し、NiVに対する強力な中和活性につながった。この構造は、次世代ワクチン候補を設計するための青写真を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • 糖タンパク質:タンパク質を構成するアミノ酸の一部の側鎖に糖鎖が結合したもの。
Science, abm5561, this issue p. 1373

伝導性コロイド状ナノ結晶 (Conducting colloidal nanocrystals)

ナノ結晶上の有機キャッピング配位子は、薄膜や結晶の秩序化を促進できるが、電子伝導を妨げる傾向がある。四セレン化二インジウム陰イオンなどのより小さな無機配位子は、セレン化カドミウムなどの半導体に対して伝導を促進するが、結晶ではなくゲルを形成する傾向がある。Coropceanuたちは、これらの無機陰イオンが、金やニッケルのような金属と硫化鉛のような高誘電率半導体の、電子的に結合したナノ結晶の超格子を形成できることを示している。これらの場合、多価陰イオンは、高密度であるが可逆的な挙動でナノ結晶表面に結合し、無定形ゲルではなく結晶の形成につながる再配置を可能にしている。(Sk,MY,kh)

Science, abm6753, this issue p. 1422

適切な高分子ブレンドを作る (Designing the right polymer blend)

柔軟な電子装置を作る取り組みによって、剛直な物体を柔軟な基体上に設置することや、もともと柔軟な物質の電導性と機械的強度を改善することができる。Jiangたちは、導電性高分子であるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)から作られた柔軟な導電性膜へのポリロタキサンの系統だった導入を検討した。このポリロタキサンは、ポリエチレングリコール(PEG)骨格と、光架橋可能な末端メタクリル酸エステルとそれに結合したPEGからなる側鎖が取り付けられたシクロデキストリンから構成されている。このシクロデキストリンはPEG骨格鎖に沿って前後に進むことができ、これによりPEG骨格の結晶化を阻止し、また、より良好な伸縮性をもたらす。このポリロタキサンとPEDOT:PSSとの高分子ブレンドは、2マイクロメーターの形状まで光パターン形成可能で、また導電性の向上を示した。これは、これらの材料を表面実装型とインプラント型のバイオ電子素子に適したものにしている。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ポリロタキサン:環状分子の空洞部に直鎖状の軸分子が貫通し、軸の両末端にかさ高い分子を結合することで軸に環状分子が束縛された構造を持つ分子であるロタキサンの発展形で、1つの軸分子(ここではPEG鎖)に多数の環状分子(ここでは側鎖つきのシクロデキストリン)が貫通して連なった構造を持つもの。
Science, abj7564, this issue p. 1411

隙間を持ち、ねじれて、曲がって (Gapped, twisted, and curved)

グラフェンや遷移金属ジカルコゲナイドのような二次元ディラック材料は、多くの新しいトポロジー的および量子幾何学的効果を実現するための魅力的な材料である。これらの材料の電子バンド構造の複数の極値、つまり谷は、追加の谷の自由度を提供し、それによって電荷担体がその材料内を通り抜ける際にエキゾチックな電子の一連のダンスを効果的に行うことを可能にする。Yinたちは、調整可能な禁制帯幅を備えた二層グラフェンにおいて、この一連のダンスは振付けが可能で、外乱に強いスイッチや検出器などのトポロジカル光電子素子を開発するための道筋が提供されることを示している。(Sk,kj,kh)

Science, abl4266, this issue p. 1398

有機爆発物の新たな最高エネルギー (A new energy peak for organic explosives)

爆発性有機物質は概して炭素に対して相対的に高い比率の窒素を含んでいる。トリニトロトルエン(TNT)はよく知られた例であり、また、ヘキサニトロベンゼンは長らく最高エネルギーの基準となってきた。Pangたちは、1,3,5-トリニトロ-2,4,6-トリニトロアミノベンゼン(TNTNB)の合成経路を公開していて、彼らはこれを1ミリモル(~0.4グラム)規模で実施した。その熱安定性は中程度であるが(65°Cで分解)、その塩の2つは150°Cを超える温度で安定であり、爆発熱はTNTより高い。これは、これに属するエネルギー物質群を産業利用目的に対して有望にするものである。(MY)

【訳注】
  • TNTNB:ベンゼンの1,3,5位がNO2で、2,4,6位がNHNO2である化合物。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn3176 (2022).

信号統合なしに発火する軸索 (Axon firing without signal integration)

神経系における情報の流れの標準モデルは、神経細胞が樹状突起を介して入力を受けとり、軸索を介して出力を送るというものである。Liuたちは、機能イメージング法、超分解能顕微法、軸索全細胞電気生理学法、電流測定法、およびin vivo測光法を用いて、線条体におけるドーパミン作動性軸索のこれまで知られていなかった活動電位開始の形態を明らかにした。神経細胞の細胞体(ソウマ)近傍での活動電位開始と、軸索に沿ってシナプス終末に向かう伝播が続くという従来の形態と異なり、この場合、活動はシナプス終末近傍で始まる。軸索活動電位は、ドーパミン作動性軸索上のニコチン性アセチルコリン受容体の活性化によって促進される。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • 線条体:大脳基底核の主要な構成要素の1つで、運動機能に関与し意思決定などその他の神経過程にも関係する。
Science, abn0532, this issue p. 1378

横向きの二リン (Sideways diphosphorus)

元素リンは一重結合のクラスターを形成する傾向にあり、周期律表におけるその同族である窒素における三重結合の分子とは対照的である。それでも、ある状況では二リンを合成して捕捉することは可能である。S. Wangたちは今回、この化学種が鉄中心に横向きに配位する錯体について報告している。結晶学的、分光学的、および計算で解析された金属-配位子結合モチーフは、アルキン中の三重結合炭素による配位と類似している。この類似性は周期律表におけるリンと炭素の間の対角関係を浮き彫りにしている。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • アルキン:分子内に炭素間三重結合を1つ有する鎖式炭化水素。
Science, abn7100, this issue p. 1393

肥満標的の複雑な応答 (Complex responses of an obesity target)

ペプチド・ホルモンであるアミリンとカルシトニンに応答するアミリン受容体(AMYR)は、肥満と代謝障害を治療するための標的である。これは、Gタンパク質共役型受容体であるカルシトニン受容体と3つの受容体修飾タンパク質の1つから構成されるヘテロ二量体である。機能的研究への障害は、AMYR表現型をカルシトニン受容体表現型から分離するのが難しいことである。Caoたちは、アミリンまたはカルシトニンに結合した活性AMYRの6つの低温電子顕微鏡構造を提示している。その構造は、この2つのペプチド・ホルモンが異なる機構によってAMYRを活性化することを明らかにしている。構造的および機構的洞察は、特異的作動薬と二重作用を持つ作動薬の両方を設計する上で価値あるものとなるだろう。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • アミリン:高血糖時に膵臓のβ細胞からインスリンとともに分泌されるペプチド・ホルモン。
  • カルシトニン:甲状腺から分泌されるペプチド・ホルモン。
Science, abm9609, this issue p. 1371

光に圧力をかける (Putting light under pressure)

物質系の状態方程式は、圧力、体積、温度等の一連の物理条件下で、物質が取り得る様々な相を記述する。エキゾチック相を発現する量子物質についても同様である。Busleyたちは、光からなる量子気体の力学的特性について調べている(FletcherとZwierleinによる展望記事参照)。著者たちは、箱型ポテンシャルを持つ二次元空洞に閉じ込められた光を用いて、量子縮退への相転移周辺の状態における光子気体の圧縮率を測定し、その状態方程式を導いている。その結果は、強圧縮可能なボーズ-アインシュタイン凝縮の形成を示唆しており、この研究は、室温でのエキゾチックな量子相の研究を進める技術基盤を提供する。(NK,kj,nk,kh)

Science, abm2543, this issue p. 1403; see also abo2856, p. 1355

すばらしい穀物 (Amazing grains)

トウモロコシとコメは人間のカロリーの重要な供給源であり、多くの場合穀物収量のような似た形質のために、何千年もの間、たいていは別々に、人間の選別を受けてきた。W. Chen たちは、淘汰の進化上の兆候を求めて、栽培用トウモロコシとその野生の近縁種であるテオシントのゲノムの継承を調べた。これらの配列から、著者たちは、実の列数を増加させるトウモロコシの量的形質遺伝子座を特定した。微細な遺伝子マッピングは、この遺伝子座が候補遺伝子KRN2を含むことを究明した。KRN2とイネにおけるその相同体の遺伝子編集実験により、植物あたりの穀粒数を増加させる同様の表現型を再現できることが究明された。このように、1つの穀物で選択されている遺伝子を特定することは、多数の作物の改良に役立つ材料を提供する。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, abg7985, this issue p. 1372

高分子圧電体 (Polymer piezo)

最も性能が良い圧電材料は酸化物セラミックスで、センサーやアクチュエーターに広く使われている。X. Chenたちは、フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体にさらに2つの追加成分を加えて、電気力学結合を改善した(WangとLiaoによる展望記事参照)。こうして得られた四元系高分子は、圧電特性が劇的に改善されており、従来の酸化物と競合可能に見える。この四元系高分子圧電体は、柔軟で比較的容易に成形加工できるため、さまざまな興味深い応用にとって魅力的なものである。(Wt,MY,kj,kh)

Science, abn0936, this issue p. 1418; see also abn7440, p. 1353

動物は情動を持っているか? (Do animals have emotions?)

動物が情動や知覚を備えた意識を持つ存在であるかどうかは、しばらく前から議論されてきている。哺乳類、特に恐怖、喜び、共感等の情動反応を有する人間に最も近い哺乳類についての証拠を見つけることは比較的容易であるが、他の動物、例えばある種の無脊椎動物(甲殻類、軟体動物、ハナバチ)も同様に情動を示すことを示唆する証拠が増えている。de WaalとAndrewsは展望記事で、多種多様な動物が肯定的および否定的な情動を示す証拠について論じている。彼らの情動を認識することは、良好な畜産作業と農業作業を保証することで動物に害をもたらすことを避ける、という我々の道義的責任に関する倫理的問題を提起する。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, abo2378, this issue p. 1351

地域感染研究REACT-1は、SARS-CoV-2オミクロンに対し反応する (REACTing to SARS-CoV-2 Omicron)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のオミクロン変異株は、2021年の最後の何か月かで世界中に広がった。いくつかの国での非常に高い水準のワクチン接種率に加えて、また伝染性の高いデルタ変異株の蔓延にもかかわらず、この新しい波は発生した。Elliottたちは、REACT-1と呼ばれる地域社会での感染研究から収集されたデータを用いて、2021年11月27日の最初の症例報告から英国イングランドでのオミクロン感染の進行を追跡した(KucharskiとCohenによる展望記事参照)。データは、ロンドンの若年成人の有病率が急増し、12月中旬に6%以上に達したことを示している。多くの参加者は、味覚と嗅覚の喪失、発熱、咳といった旧知の症状を報告した。黒人とアジア人の集団、ワクチン2回接種の集団(3回接種した集団では発生しなかった)、そして低所得の地域社会に住む集団で、過多のオミクロン感染が発生した。12月17日までに、感染の75%がオミクロンによって引き起こされたと推定された。(Sh,nk,kh)

Science, abn8347, this issue p. 1406; see also abo4257, p. 1349

エージングが有用なものである場合 (When aging is an asset)

膜処理を用いて得られる分離は、工業的規模の化学分離に対してエネルギー・コスト削減の期待を与えるが、流量と選択性の双方を同時に実現するには革新的な膜材料が必要とされる。Laiたちは、フルオレン・ユニットとジヒドロフェナントレン・ユニットを組み込む、触媒によるアレーン-ノルボルネン環化重合反応を用いて合成された一連のはしご形重合体を開発した(Buddによる展望記事参照)。物理的エージング(単純に室内の状態で長時間放置すること)により、これらの重合体は、メタンと二酸化炭素の混合物の分離および水素とメタンの分離で実証されたように、粒径ふるいのふるい能力を高める方向にひずむ。(KU,ok,nk,kh)

Science, abl7163, this issue p. 1390; see also abm5103, p. 1354

高いポテンシャルの可能性を有する材料 (A material with high potential)

熱電材料は、熱を電気に変換する材料で、エネルギー生成や固体冷却に魅力的なものである。Suたちは、セレン化スズに塩素と鉛をドープすることで、広い温度範囲にわたって熱電性能指数が大幅に向上することを見いだした。この効果の大部分は、n型材料に導入された質量と歪みの変動に関連する、材料の変形ポテンシャルの改善によるものであった。種々の特性はしばしば絡み合っており、1つの特性を改善しようとすると、往々にして他の特性が劣化するため、この方法での性能指数の改善は、難しいがやりがいがある。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, abn8997, this issue p. 1385