AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 28 2022, Vol.375

どこでとまるべきか (Where to stop)

多くの渡りをする種は、1年にわたって信じられないほど長距離の渡りをする。多くの研究は、これらの動物たちがどのようにしてどこに行くべきかとどうやって戻るかを知るのかを理解することに焦点を当ててきており、ほとんどの研究は、動物たちがどのようにして道筋と方向を知るか(あるいは学ぶか)に焦点を当ててきた。しかしながら、同様に重要なことは、いつどこで渡りをとめるのかを、彼らがどのようにして知るのかということである。Wynnたちは、ヨーロッパヨシキリの1世紀にわたる脚輪および脚帯のデータを調べ、この鳥たちが繁殖地から数キロメートル以内に戻るための「停止標識」として地球磁場が地平面となす角度である伏角に依存していることを見出した。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abj4210, this issue p. 446

幻覚非発現性の幻覚薬類似体 (Nonhallucinogenic psychedelic analogs)

リセルグ酸ジエチルアミド(LSD)および幻覚性キノコ由来サイロシビンなどの幻覚剤は、セロトニン2A受容体(5-HT2AR)に結合することでGタンパク質伝達系への作用を発揮する。これらの薬剤はまた抗うつ作用を有するが、それらが引き起こす幻覚が、薬物治療としてのそれらの使用を厄介にしている。Caoたちは、幻覚剤、内因性リガンドのセロトニン、それに非幻覚剤であるリスリドに結合した、5-HT2ARの構造を提供している。その構造は、アレスチン動員を引き起こしやすいリガンド-受容体間相互作用となっていることを示している。著者たちはこれらの洞察に基づき、アレスチン・バイアス・リガンドを設計した。このリガンドはマウス中で幻覚作用を起こさずに抗うつ様活性を示した。抗うつ作用に対しては、アレスチン動員だけでは不十分で、このアレスチン・バイアス・リガンドのGタンパク質シグナル伝達性の低さが、幻覚を引き起こすことなく抗うつ作用を可能にしているように見える。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • セロトニン:精神の安定や睡眠に関わる神経伝達物質。別名は5-ヒドロキシトリプタミン(5-hydroxy tryptamine)で、ここから5-HTと略される。
  • セロトニン受容体:セロトニンにより活性化される受容体で中枢神経系などに発現する。7つのサブタイプが知られていて、神経伝達物質やホルモン放出の調節や、神経伝達の活性と抑制を制御し、血小板の活性化にも関与している。1つのサブタイプ以外は、5-HT2ARも含め、Gタンパク質共役受容体である。
  • アレスチン:Gタンパク質共役型受容体のシグナル経路であるGタンパク質伝達系を阻害し、アレスチンによる伝達系を引き起こす細胞内タンパク質。
  • アレスチン・バイアス・リガンド:アレスチン経路を偏向的活性化(Gタンパク質伝達系とのバランスをシフトさせる)させるGタンパク質共役型受容体のリガンド。
Science, abl8615, this issue p. 403

我々のプロテオフォームと知り合いになる (Getting to know our proteoform)

過去数年間にわたり、大規模なプロテオミクスの取り組みにより、タンパク質の段階で表現型の理解を始めることが可能になってきた。これらの研究努力は、組織特異的なおよび細胞特異的なタンパク質組成を地図化する研究を含んでいる。しかし、タンパク質は、選択的スプライシング、転写後及び翻訳後の処理などの修飾のもとで機能する。Melaniたちは、ヒトの血液中と骨髄中の21の細胞型で見出されたプロテオフォームの図譜を編集し、プロテオフォームがタンパク質よりも高い細胞型特異性を持ち、そのためより優れた細胞型の指標を提供することを示している。これらのデータは、Blood Proteoform Atlasで見ることができ、著者たちは可能性がある応用の例として、プロテオーム指標が肝臓移植における正常な移植片機能と移植片拒絶を区別できることを示している。(MY,kh)

【訳注】
  • プロテオミクス:生体内の細胞や組織における、タンパク質の構造・機能を総合的に解析する研究手法。
  • プロテオフォーム:1つの遺伝子から生成され、選択的スプライシング、転写後及び翻訳後加工などを経て作られた多様なタンパク質のこと。
  • 選択的スプライシング:mRNA前駆体から特定のエクソン(タンパク質をコードしている領域)を飛ばしてスプライシングが行われること。同一遺伝子から異なる組み合わせのエクソンが結合した、異なるmRNAが生成され、遺伝子産物に多様性が増す。
  • Blood Proteoform Atlas:米国ノースウェスタン大学のKelleher研究グループが公開している血液細胞の図譜。
Science, aaz5284, this issue p. 411

符号問題の意外な利点 (Unexpected benefits of the sign problem)

量子多体系物理学における難問を解決するのに、しばしば数値モンテカルロ法が必要である。しかし、強い相互作用でかつ低温という最も興味深い領域では、いわゆる符号問題が計算を難しくしている。Mondainiたちは、いくつかの代表的なモデルにおいて、符号問題の深刻さを定量的に研究した。彼らは、これらのモデルにおける量子臨界の振舞いが、相図中の符号問題が最も顕著に現れる領域と相関していることを見いだした。量子臨界の診断法として見た時、この符号問題は(厄介者であることに加えて)1つの道具となる。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 符合問題:積分を扱う数値計算において、対象関数が大きな数値でありながら高度に振動する場合に、正負の値が打ち消しあうために生じる正確度の問題。
Science, abg9299, this issue p. 418

スピン軌道結合による制御 (Control through spin-orbit coupling)

2つのグラフェン層を相互に小さな「魔法」角だけねじると、この2次元(2D)材料中の電子相関が強まり、超伝導および相関する絶縁相にいたる。これらの相は、圧力などの外的要因によって調整可能である。Linたちは、グラフェン2層膜の近傍に二セレン化タングステン層を配置し、この系にもう1つの制御用の取っ手を追加した。この配置により、界面でのスピン軌道結合が生じ、特定のキャリア濃度で強磁性が発現する。(Wt,kh)

Science, abh2889, this issue p. 437

支配的な会合 (Dominant association)

直観的には、2つの生体高分子間の強い結合は、どんな時でも互いに分離しそうもないことを意味する。しかしMarklundたちは、lacリプレッサーがDNAと相互作用する場合、結合力を決定づけるのは、主としてリプレッサーがその標的配列を認識する確率であることを示している。つまり結合した立体配置に費やされる時間は副次的である。リプレッサー分子の解離は、結合配座を離れた後、空間的に分離する前に多くの再結合事象を受けることがあるため、遅いように見える。これらの結果は、DNA探索の速度論における速度-安定性の矛盾に対して新たな光を当てるものである。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • lacリプレッサー:ラクトースの分解に関与する一連の遺伝子群に対して、それら遺伝子群の転写を始めるRNAポリメラーゼがそのプロモーターに結合するのを妨害し、転写に対して負の制御をおこなうタンパク質。
Science, abg7427, this issue p. 442

COVIDの再発なしの社会的、経済的活動の再開 (Reopening without COVID resurgence)

2020年5月の社会的、経済的活動の再開後、すべての米国の州が夏のCOVIDの再発を経験したわけではない。Wilkeたちは、年齢別公衆衛生に関する11の臨床データの流れと移動データを結び付け、これらの活動再開中に移動は増加したが、集団接触は低いままであり、それが伝播を抑制したことを示した。この分析はまた、集団接触の制限が年齢層間で不均一であり、高齢で最も脆弱な人々が、接触を制限する行動への変化が最も低いことを明らかにした。これらの知見は、より正確な流行伝播モデルを支えるために多重臨床時系列データが如何に役立ち得るかを示し、その夏の後半にCOVID伝播の再発を回避するために幾つかの州が2020年5月の再開をどのように管理したかを説明している。(KU,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf9868 (2022)

ヒト脳における病態生理学 (Physiopathology in the human brain)

ヒト脳の発達は、ほとんどの動物では見られない過程を含んでいる。Eichmullerたちは、結節性硬化症(ラパマイシンの機構的標的(mTOR)による過剰なシグナル伝達によって誘発されるまれなてんかんの形態)の原因となるヒト前駆細胞型であるCLIP細胞を同定し、ヒト脳オルガノイドにおいてこの疾患を再現した(IhrieとHenskeによる展望記事参照)。過剰なCLIP細胞の増殖は、腫瘍形成と脳の異常を引き起こす。研究者たちは、健康な対立遺伝子の喪失ではなく、mTORシグナル伝達に対するこれらの細胞の感受性がこの病気の原因であることを見いだした。この研究は、神経発達障害に関する我々の理解を変え、ヒト脳の発達の重要な側面を明らかにしている。(KU,kh)

【訳注】
  • 結節性硬化症:母斑症(神経皮膚症候群)の1つである。遺伝性疾患であり、顔面血管線維腫、てんかん、精神発達遅滞の3つの症状が特徴(3主徴)である。日本では、難治性疾患克服研究事業の対象となっている。
Science, abf5546, this issue p. 401; see also abn6158, p. 382

介在ニューロン増殖の胞巣 (Nests of interneuron proliferation)

脳発生時の一過性構造である内側基底核原基は、脳介在ニューロンの源である。これらの細胞は、脳を接線方向に移動して、神経回路への抑制調節に寄与する。Paredesたちは、胎児のヒト内側基底核原基がどのように構築されるかを注意深く観察して、増殖細胞の集団を見つけた(Kessarisによる展望記事参照)。この集団からの細胞を新生仔マウスの脳に移植したとき、ヒト由来の細胞は移動し、いたるところで分化した。発生中のヒト脳を特徴付ける増殖細胞の胞巣は、小さなマウス脳と比較してより大きなヒト脳における介在ニューロンのより大きな必要性を証拠立てる可能性がある。(Sh,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 介在ニューロン:細胞突起が比較的短く、神経経路においてニューロンとニューロンの間に存在し、近傍のニューロンのみと情報交換を行うニューロン。
  • 内側基底核原基:胎生期に観察され脳室内にある丘状の隆起構造である基底核原基の内側(ないそく:正中面に近い側)領域で、抑制性ニューロンが生まれ目的地に向かって移動していくに従い縮小していき、最終的に消失する。
Science, abk2346, this issue p. 402; see also abn6333, p. 383

フタバガキの起源 (The origin of the dipterocarps)

フタバガキは主として熱帯に産する樹木の卓越した植物分類上の科であり、とりわけ現在の東南アジアの熱帯雨林においては高い多様性と優占性に達していて、そこではいくつかのフタバガキの種が通常50m以上の高さに達している。Bansalたちは、化石花粉、分子データおよび古生物地理学的分析を用いて、この科の起源と分散について研究した(HoornとLimによる展望記事参照)。著者たちは、フタバガキの起源を熱帯アフリカの白亜紀中期にまでたどり、そしてその後の分散が東に向かい、インド洋の弧状列島を越えて当時孤立していたインド亜大陸まで至ったという仮説を立てた。この亜大陸のアジア陸塊との衝突は、その後の東南アジアに向かう更なる分散を促進した。(Uc,MY,kh)

Science, abk2177, this issue p. 455; see also abn6191, p. 380

寝ている間に (While they sleep)

冬眠は、生存に特に困難な季節の時期から動物を逃れさせるために進化してきた。この保護機能にもかかわらず、断食期間が長いため、冬眠には独自の課題がある。特に難しい側面の1つは、タンパク質の平衡異常を引き起こすかもしれない窒素栄養分不足である。Reganたちは、ジュウサンセンジリスの冬眠中の腸内細菌叢の活動を調べ、共生生物が窒素を尿素から彼ら自身の代謝物へと再生し、それがリスによってその後取り込まれ、リスのタンパク質の平衡維持を可能にしていることを見出した(SommerとBäckhedによる展望記事参照)。これらの結果は、冬眠に対する腸内細菌叢の重要性を明らかにし、腸内細菌が他の種でそのような役割を果たすかもしれないことを示唆している。(Sk,MY,kh)

Science, abh2950, this issue p. 460; see also abn6187, p. 376

SARS-COV-2の脆弱部位 (A site of vulnerability in SARS-COV-2)

中和抗体は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する重要な防御手段である。多くの中和抗体は、ヒトACE2受容体への結合に関与し、受容体結合モチーフ(RBM)として知られているこのウイルスのスパイク・タンパク質領域を標的にしている。スパイク・タンパク質のこの領域は、SARS-CoV-2の変異株間で分散しており、既存モノクロナール抗体による治療の失敗と、これまでの感染やワクチン接種により誘発された抗体からの回避につながる。Parkたちは、2003 SARS-CoVとSARS-CoV-2の両方を含む、広範なSARS関連コロナウイルスを中和するモノクロナール抗体について記述している。この抗体はまた、RBM内に結合するが、遺伝的に保存されるアミノ酸残基群を標的にしている。それは、それらの残基群がACE2との結合に関与しているからである。この抗体はSARS-CoV-2のベータ株を防ぎ、また、オミクロン株の個々の変異はどれも抗体の結合に影響しなかった。(MY,kh)

Science, abm8143, this issue p. 449

次世代へのゲノムの引継ぎ (Genomic handoff to the next generation)

一倍体植物の花粉粒は、単にゲノムの受動的担体であるだけでなく、二倍体の親植物と二倍体の子孫植物との間の発生的および生理的に活性な橋として機能している。NelmsとWalbotは、減数分裂の開始から花粉の飛散までの26日間、トウモロコシ花粉の前駆細胞と花粉粒のRNA内容の配列を単一細胞決定した。これらのデータは、花粉発生の半ばを過ぎたころ、花粉粒の一倍体ゲノムが、親の二倍体ゲノムの残した遺伝子産物からの制御を奪い取ることを明らかにしている。胞子体から配偶体へのこの移行により、次世代のための基盤が整う。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 胞子体から配偶体:ここでは花粉が配偶体で、 前駆細胞までの花粉を作り出す親植物が胞子体。
Science, abl7392, this issue p. 424

逆型太陽電池の表面硫化 (Inverted solar cells’ surface sulfidation)

高い電力変換効率(PCE)と安定性を備えたペロブスカイト太陽電池(PSC)は、通常のn-i-p素子の形で報告されているが、積層型太陽電池で使いやすそうな逆のp-i-nのPSCは、通常、PCEが低い(22〜23%)。 Liたちは、鉛に富む層をヘキサメチルジシラチアンで硫化し、鉛-硫黄結合がペロブスカイト-トランスポーター層界面のフェルミ準位を変化させて、電子抽出を強化する電界を生成した。この逆型PSCは24%以上のPCEを有し、その強力な鉛-硫黄結合は、55°Cでの1000時間の照射運転中および85°Cでの2200時間の暗中経時変化後、この効率の90%以上を維持するのに役立った。(Sk,kh)

【訳注】
  • ヘキサメチルジシラチアン:化学式が(CH3)3SiSSi(CH3)3で表される化合物。
Science, abl5676, this issue p. 434

フェルミ面を動かす (Displacing the Fermi surface)

金属中で電気伝導に寄与する電子は、通常フェルミ・レベル近傍の高エネルギー準位を占有している。低いエネルギー準位にいる電子を電流に乗せる場合、極めて強力な電場が必要である。Berdyuginたちは、グラフェンとその超格子において、微弱で実験的に実現可能な電場がこの状況を達成するのに充分であることを示している。研究者たちは、電荷輸送のデータにおいて極めて非平衡的なこの状態の特徴を識別した。(NK,kj,kh)

Science, abi8627, this issue p. 430