AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 4 2022, Vol.375

人工エナメル類似体 (Artificial enamel analog)

歯のエナメル質は我々の歯の薄い外層であり、人間の体の中で最も硬い生体物質である。Zhaoたちは、ポリビニル・アルコールの存在下で自由に寸法変更可能な双方向凍結法を用いて整列させた、アモルファス粒界相部分(被膜)を有するヒドロキシアパタイト・ナノワイヤー集合体からなるエナメル類似体を設計した。この人工の歯のエナメル質は、生物学的に見つかった構成要素の形状と寸法、およびそれらの境界面の組織を複製することにより、天然素材の構成を厳密に模倣するように設計された。(Sk)

Science, abj3343, this issue p. 551

海馬CA1における場所受容野のアンマスキング (Unmasking place fields in hippocampal CA1)

脳における基本的な変換プロセスは、神経細胞の興奮性入力と抑制性入力をスパイクに変換することである。その変換プロセスを実験的に調べるには、閾値下の膜動力学を利用する必要がある。今日まで、細胞内記録法のみがこの要件を満たしている。Valeroたちは、神経細胞の興奮性を調べるために光遺伝学的刺激に基づく新しい技術を用いて、鋭波リップルの間、シータ振動の間、および場所受容野におけるCA1錐体神経細胞の閾値下活動動態を調べた。 鋭波リップルの間、全体的興奮性はシナプス抑制へと移行した。しかしながら、シータ波の間と場所受容野の中心では、興奮性はシナプス興奮の方向に移動した。この刺激が、非場所細胞で遮蔽されていた場所受容野の認識能をアンマスキング化して場所細胞に変換させた。これは、CA1における場所細胞の割合が以前に考えられていたよりもはるかに高いことを示している。 (KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アンマスキング:普段はメインの神経回路の影に隠れて活動していない神経回路がある条件でスパイク信号を生成し機能するようになること。
  • スパイク:神経細胞が刺激を受けると生成するパルス状の活動電位で信号伝達に用いる。
  • 場所細胞と場所受容野:場所細胞は主に海馬に存在する神経細胞で,動物が特定の場所を訪れた場合に発火する.ある場所細胞が発火する場所をその場所細胞の場所受容野(place field)という。
  • シータ波と鋭波リップル:海馬では,覚醒活動時ではシータ波(4-10Hz)と呼ばれる脳波が観察され,一方,安静時や徐波睡眠時では,リップル波(ripple oscillation)と呼ばれる150-250Hzの脳波が観測される。リップル波は,鋭波(sharp wave)と呼ばれる1Hz程度の大きな振幅を持つ脳波に重畳されて発生するため,鋭波リップル(sharp wave-ripple;SWR)と呼ばれることもある
  • 光遺伝学法:光活性化イオンチャネルであるチャネルロドプシン2またはハロロドプシンを特定のニューロンに遺伝子工学的手法を用いて強制的に発現させた後、これらの細胞に特定の波長の光を照射することにより、標的とするニューロンをそれぞれ興奮または抑制させて神経活動を調べる方法
Science, abm1891, this issue p. 570

遺伝子が大脳皮質表面積を制御する (Genes control cortical surface area)

人間は、脳の構造と機能に遺伝性の多様性を示している。遺伝子多様体が大脳皮質にどのように影響しているかを明らかにするため、Makowskiたちは、ほぼ40,000人の成人と9,000人の子供を対象に全ゲノム関連解析を実施した。彼らは、磁気共鳴画像分析によって観察できる、脳の表面積と皮質の厚さに関連する400以上の遺伝子座を同定した。遺伝子多様体を表現型に結び付けている生物学的経路を調べることで、神経発達機能の領域特異的な強化が明らかになり、その一部は精神障害に関連していた。進化的保存と比較して遺伝性多様体で遺伝子を区分することは、脳の発達の階層を同定するのに役立った。この分析は、話す能力に関係する人間固有の遺伝子表現型の連関を明らかにし、さまざまなモデル生物でどんな遺伝子を研究できるかを教えてくれる。(Sk,ok,kh)

Science, abe8457, this issue p. 522

C-H結合の巧みな切断 (A clean break for C-H bonds)

炭素-水素(C-H)結合は、医薬品及び合成樹脂に広く存在するが、変換が困難である。Fazekasたちは、C?H結合炭素を直接捕捉せずに水素を剥ぎ取る汎用試薬について報告している。この試薬は加熱あるいは光分解でラジカル対を生じ、その1つがC-H結合を素早く開裂し、一方、もう1つは比較的不活性なままでいる。その後、他の広範なラジカル源が働きかけて、炭素-ハロゲン結合、炭素-炭素結合、炭素-硫黄結合を作ることができる。使用済みのポリエチレン発泡体にイミダゾリウム基を付加する2段階連続のアップサイクル化により、潜在的に有用なアイオノマーが作り出された。(MY,kh)

【訳注】
  • アップサイクル:使用済みの物や再生品を使って、元の製品より付加価値の高い物に作り替えること。
  • アイオノマー:金属イオンによる凝集力を利用し、高分子を凝集体とした合成樹脂。
Science, abh4308, this issue p. 545

原始内胚葉幹細胞の派生 (Deriving primitive endoderm stem cells)

哺乳類の胚盤胞は発生の初期に形成され、胚盤葉上層、栄養外胚葉、原始内胚葉(PrE)の3つの異なる細胞型から構成されている。胚盤葉上層或いは栄養外胚葉膜の機能的特性を保持する幹細胞系統は確立されていたが、我々は、胚に栄養を与えてその発生を促進する胚外系列を生じる、PrEの発生能を保持する幹細胞系統を欠いている。Ohinataたちは、すべての胚外原始内胚葉組織を生じさせ、マウス・キメラにおけるPrE欠損胚盤胞の胎児発生を支えることができるPrE幹細胞の派生を報告している。(KU,ok,kj)

Science, aay3325, this issue p. 574

夜間の驚き (Nighttime surprise)

イソプレンは、主に陸生植物から放出され、地球大気中で最も多く存在する揮発性有機化合物で、地球大気中で最も多く存在し、対流圏の酸化力の制御と有機エアロゾルの形成に中心的な役割を果たしている。Palmerたちは、対流圏のイソプレンの夜間の濃度が、熱帯地方の多くの部分で予想外に高いことを報告している。著者たちは、これらの異常と大気中の窒素酸化物が低濃度であることとを関連付け、この知見が対流圏下部における高レベルの雲凝結に関するいくつかの観測結果を説明するのに有用だろうと示唆している。(Wt,nk,kh)

Science, abg4506, this issue p. 562

抗ウイルス薬戦略の未知なること (The unknowns of an antiviral strategy)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)、ジカ・ウイルス、チクングニア・ウイルスなど、数多くの流行病を引き起してきたRNAウイルスを標的にするには、広範な抗ウイルス薬が必要である。致死的変異誘発は抗ウイルス戦略の1つで、それにより薬剤が、ウイルスRNAゲノムの複製で使われれる宿主細胞中で、変異誘発リボヌクレオシドを形成し、その結果、複製ウイルスを不活性化してそれにより感染を制限するのに十分な変異をもたらす。抗ウイルス薬モルヌピラビルは、このやり方で効果を発揮するよう設計されており、最近COVID-19の治療用に認可された。SwanstromとSchinaziは展望記事で、変異株を作り出す可能性と宿主DNAの変異誘発の可能性などの、この抗ウイルス方法の潜在的危険性について論じている。長期的影響が生じる可能性は、さらに注意深く変異誘発薬の安全性評価が調べられなければならないことを示唆している。(MY,KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ジカ・ウイルス:ジカ熱と呼ばれる軽度の症状(発熱、発疹、頭痛など)を引き起こし、また胎児に小頭症などの先天性障害をもたらす可能性のある病原体。この疾患は近年中南米で見られ、蚊が媒介する。
  • チクングニア・ウイルス:チクングニア熱と呼ばれる急性熱性疾患を引き起こす病原体。この疾患はアフリカ、南アジア、東南アジアで見られ、ヤブカが媒介する
  • リボヌクレオシド:単糖の1つであるリボースと、塩基であるプリンもしくはピリミジンが結合した化合物。
  • モルヌピラビル:米国メルク社が開発したCOVID-19治療用の経口薬。
Science, abn0048, this issue p. 497

永久に残る化学物質と共に生きる (Living with forever chemicals)

パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質(PFAS)は、現代の化学産業の産物であり、必需品および最寄品の両者に盛んにとり入れられてきた。完全にフッ素置換されたメチル基またはメチレン基を含むこのような分子は、地質学的時間尺度で存続し、毒性水準にまで生体蓄積する可能性がある。Evichたちは、環境PFASの発生源、輸送、分解、および毒物学的影響について総説している。これらの化合物は一緒に分類されているにもかかわらず、化学構造、特性、変換経路、および生物学的影響はまちまちである。回収処理は可能であるが、費用がかかり、土壌、水、空気への分散によって複雑になる。可能性のある代替品(その多くは単に異なる種類のPFASであるが)の特性を徹底的に調査し、すでに放出された最も毒性の高い形態での害を軽減するように取り組むことが重要である。(Sk,nk)

【訳注】
  • 最寄品:食料品、日用雑貨品のように購買頻度が高く習慣的に購入するものであり、単価は小額で,購買のために時間時間をかけず最寄りの店で購入する商品
Science, abg9065, this issue p. 512

CRISPRを用いてヒトT細胞機能の研究 (Probing human T cell function using CRISPR)

CRISPR活性化(CRISPRa)と CRISPR干渉(CRISPRi)スクリーニングは、遺伝子機能の獲得と喪失を調べるための強力な手段であるが、その使用は主に不死化細胞株に限定されていた。Schmidtたちは、初代ヒトT細胞においてゲノム全体のCRISPRa と CRISPRiのスクリーニングを実行可能にした最適化方法を報告している。次に、この方法を用いて、治療に関連する重要なサイトカイン産生を調節する遺伝子を精査した。プ—ルされたCRISPRa摂動と単一細胞RNAシーケンシング(CRISPRa Perturb−seq)の組み合わせは、サイトカイン産生の調節因子がT細胞の活性化及び異なる活性化後の状態へのプログラミングを制御している方法を調べることを可能にした。(KU)

Science, abj4008, this issue p. 513

ヨコバイに対する揮発性の防御 (A volatile defense against leafhoppers)

土着した生態系では、植物は、しばしば草食動物による傷によって誘発される化学的防御を用いて昆虫の攻撃者をかわしている。これらの同じ昆虫のいくつかは、農業の場においても害虫であり、長年にわたって進化した化学的防御からの恩恵を受けていない植物を攻撃する。Baiたちは、アリゾナのこの植物の本来の生息地で育った、ニコチアナ・アテヌアタの個体群の遺伝的多様性を活用して、それらの化学的防御がどのように草食性のヨコバイに対する抵抗性を提供しているのかを研究した。マルチ・オミクス解析手法が、それらのヨコバイに対する抵抗性を与えている、葉からの揮発性化合物の同定につながった。(Sk)

【訳注】
  • マルチ・オミクス解析:生体を構成している分子を網羅的に調べていく方法を「オミクス解析」といい、複数のオミクスにまたがって行われる解析を「マルチオミクス解析」という。
Science, abm2948, this issue p. 514

真核生物でのDNA 6mAの再評価 (Reassessment of DNA 6mA in eukaryotes)

DNAへのある種の化学修飾は生物界全体で重要な役割を果たしている。そのいくつかは既に広く研究されており、他のいくつかは比較的新しい。DNA N6-メチルデオキシアデノシン(6mA)(真核生物全体に広がっていることが最近報告されている)は、生物学や疾病の研究対象として興奮をもたらしている。しかしながら、いくつかの研究は交絡因子を強調しており、真核生物の6mAをめぐる活発な議論が行われている。Kongたちは、定量的な6mA逆畳み込み法のための手段について記述し、昆虫や植物からのDNA試料の6mAの大部分が細菌汚染によって説明されることを報告している。この手法によれば、人間に6mA量が多い証拠も見つからなかった(BouliasとGreerによる展望記事を参照)。この研究は真核生物における6mAの再評価を提唱し、実行可能な方法を与えている。(Sh,ok,nk,kh)

【訳注】
  • DNA m6A:m6Aは、核酸構成塩基の一つアデニンと単糖リボースからなるヌクレオシドであるアデノシンの、リボースの水酸基の一つが水素基に、アデニンのアミノ基がメチル化してメチルアミノになったもの。DNA のアデニンがメチル化したDNA m6Aは、近年、高等真核生物においても同定され、転写、ストレス応答、腫瘍形成などの多様なプロセスを調節すると言われている
  • 交絡因子:原因に関連し、結果に影響を与える因子。
  • 逆畳み込み法:元は観測データ (時系列、画像) を鮮明化する計算手法を言う語であった。今は深層学習による画像認識手法の呼称としても用いられる。
Science, abe7489, this issue p. 515; see also abn6514, p. 494

第二音波を特徴づける (Characterizing second sound)

熱は通常拡散的に伝搬するが、ある特定の条件下では音が伝搬するように波として伝搬することがある。第二音波と呼ばれるこの現象は、ヘリウムや極低温原子ガスを含む超流体で観測されてきた。しかし、第二音波の減衰を測定することは困難なままである。Liらは、極めて高いフェルミ・エネルギーを有し、強く相互作用するフェルミオンであるリチウム原子からなる均一な極低温ガスを作り出すことでこの測定に成功した。研究者らは、当該ガスを外部周期ポテンシャルに配置しその挙動を測定することで、第二音波の減衰を特徴づける係数を抽出した。(NK,kh)

Science, abi4480, this issue p. 528

再構成可能な神経形態学的機能 (Reconfigurable neuromorphic functions)

神経形態学的(neuromorphic)コンピューティングに必要なすべてのコア機能を1つのタイプのデバイスに搭載することができれば、新たな計算構造と脳に触発された人工知能用のためのハードウェアの劇的な改善をもたらすだろう。Zhangらは、水素イオンをドープしたペロブスカイト型ニッケル酸ネオジム(NdNiO3)が、簡単な電気パルスにより室温で再構成でき、ニューロン、シナプス、抵抗器、コンデンサーといったさまざまな機能を生成できることを示した (Johnによる展望記事を参照)。著者たちは、実験用ネットワークのプロトタイプを設計し、デバイスを電気的に再構成できることを実証しただけでなく、このような動的ネットワークが、静的ネットワークと比較して逐次学習シナリオ向けのデータ群をよりよい接近を可能にすることを示した。(Wt,ok,kh)

Science, abj7943, this issue p. 533; see also abn6196, p. 495

HIVにおける進化する病原性 (Evolving virulence in HIV)

ウイルス量の変化とCD4+T細胞の減少は、予期されるHIV進化の信号である。よく特徴付けられたヨーロッパのコホートからのデータを調べることで、Wymantたちは、ここ数年オランダで流行している非常に毒性と感染力の強いHIVのサブタイプを報告している(Wertheimによる展望記事参照)。HIV-1の特徴的なサブタイプB系列に感染した100人を超える人が、予想よりも2倍のCD4+細胞数の減少速度を経験した。彼らが診断された時以前で、これらの人々は2~3年以内のエイズ発症危険が大きかった。このウイルス系列は、2000年頃明きらかに新たに発生しており、ゲノム全体でほぼ300個のアミノ酸に影響を与える広範な変化を示しており、このことが病原性増加の機構を明らかにすることを困難にしている。(KU,kj,nk,kh)

Science, abk1688, this issue p. 540; see also abn4887, p. 493

超スマートな方法 (Ultra smart)

石油とガスの生産や輸送からのメタン排出は、気候変動に大きな影響を及ぼしている。Lauvauxたちは衛星プラットフォームTROPOMIからの観測結果を用いて、トルクメニスタン、ロシア、USなどに特定される石油とガス工業での保守作業や故障による時折の超大放出源からの大気中メタンの大規模排出を定量化した(Vogelによる展望記事参照)。彼らはこれらの排出源が石油やガス生産と輸送からの世界全体のメタン排出の12%相当を示していると計算しており、またそのような排出の緩和は低コストで可能であると言及している。これは、気候変動へのこの工業の影響を経済的に減少させるための効果的な戦略であろう。(Uc,ok,kj,nk,kh)

Science, abj4351, this issue p. 557; see also abm1676, p. 490

組織化が発現を形作る (Organization shapes expression)

発生期の遺伝子活性調節に果たすゲノム組織化の役割は、大きな論争の対象のままである。Batutたちは、専用の「連結(tethering)要素」がショウジョウバエのゲノム中で、エンハンサーとプロモーターとの相互作用の長期にわたる樹立を助けている証拠を提示している(GaskillとHarrisonによる展望記事参照)。生きている胚中での転写を単一細胞で画像化することで、発生期におけるホックス遺伝子活性化の時期を決定する上でのこれらの要素の重要性が示された。連結要素は境界要素とは独立に動作し、これが隣接する遺伝子座間の偽調節性相互作用を阻止するという逆の機能を仲介する。この研究は、ゲノムの組織化が複雑な発生過程の根底をなす遺伝子発現の動態をどのように制御しているのかに光を当てるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • ホックス遺伝子:動物の体の体軸に沿った体節構造を決定する一群の遺伝子。ホメオボックスと呼ばれる共通の塩基配列を持ち、特定の染色体に複数のホックス遺伝子が一列に並んだクラスターを形成している。ヒトでは4個のクラスターと39個のホックス遺伝子が存在する。
Science, abi7178, this issue p. 566; see also abn6380, p. 491