AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 21 2022, Vol.375

接続性を保護する (Protecting connectivity)

サンゴ礁は、気候変動と人間の圧力によって極度に脅威にさらされている。最近の研究は、これらの影響からサンゴ礁を保護する方法に広く焦点を当ててきたが、しばしば見落とされている事実は、サンゴ礁は孤立した系ではないということである。魚とサンゴの幼生は地域を越えて活発にやり取りされており、あるサンゴ礁はより多くを供給している一方で、他のサンゴ礁はより多くを受容している。Fontouraたちは、サンゴ礁のソース/シンク(供給/受容)の動態を地球規模で調べ、分散回廊を含むこれらの連携網を維持することが、生物多様性の保全と持続可能な漁業にとって不可欠であること見出した。さらに、彼らは重要なサンゴ礁と回廊の大部分が保護されないままであることを見出した。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 分散回廊:点在する個体群間のやり取りがなされる経路。
Science, abj8432, this issue p. 336

MAP7によるキネシン-1の二相調節 (Biphasic regulation of kinesin-1 by MAP7)

モーター・タンパク質は微小管に会合したタンパク質(MAP)によって特異的に調節され、積荷をその細胞内目的地に送達する。MPA7は分子モーターであるキネシン-1を微小管に動員して、その後の運動性を活性化するが、その根底にある機構ははっきりしていない。Ferroたちは低温顕微鏡を用いて、微小管上にあるMAP7の原子に近い分解能の構造を決定した。彼らは、MPA7の微小管結合部位がキネシンと重なっていることを見出した。しかし、キネシン-1を微小管に繋ぎとめることによって、MAP7の突出ドメインは、この分子モーターが、MAP7により部分的に装飾された微小管上の利用可能な部位に拡散できるようにしていた。これらの結果は、微小管への結合が競合しているにもかかわらず、MAP7仲介によるキネシンの運動性が活性化する基本機構を明らかにするものである。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在する直径約25nmの管状の構造体。細胞形態の維持や変形、細胞小器官などを輸送するレール、などの役割を果たしている。
Science, abf6154, this issue p. 326

酸化スズ層を仕立てる (Tailoring tin oxide layers)

ペロブスカイト太陽電池の電子輸送層として、一般的にメソポーラス酸化チタンが用いられているが、酸化スズ(IV)量子ドットに基づく電子輸送層は、より揃った伝導帯を有し、キャリア移動度も高く、いっそう高効率である可能性がある。Kimたちは、ポリアクリル酸で安定化すると、このような量子ドットが、フッ素をドープした酸化スズの粗面電極をぴったりと被覆できることを示している。光捕捉の改善と非発光再結合の低減により、25.4%の認証電力変換効率と高い動作安定性が確認された。また、大面積の小モジュールでは、64平方センチメートルもの大きな活性領域で20%以上の認証電力変換効率を維持した。(Wt,nk,kh)

Science, abh1885, this issue p. 302

理想的なモノクローナル抗体の同定 (Identifying ideal monoclonal antibodies)

新しい重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)株の出現は、抗原結合モノクローナル抗体を迅速かつ正確に同定することの重要性を浮き彫りにしている。既存の種々の方法は、時間と労力を要する。Antanasijevicたちは、B細胞受容体の次世代配列決定法と組み合わせて、HIV抗原に結合するポリクローナル抗体を含む血清の詳細な低温電子顕微法による構造解析を用いて、HIV特異的モノクローナル抗体を同定した。ポリクローナル血清から同定された新規な配列は、抗原結合分析と構造分析を用いて確証された。この方法は、血清が構造解析のために採集されると同時にB細胞受容体配列が利用できることが必要であり、HIVやSARS-CoV-2などの既知の病原体における抗体回避変異株が急速に発達している状況下においては重要となるであろう。 (KU,kh)

【訳注】
  • モノクローナル抗体とポリクローナル抗体:通常のものであるポリクローナル抗体は、抗原が持つ複数の決定基に対する抗体が混じっている。単一の決定基に対するよう分離したものをモノクローナル抗体と言う。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abk2039 (2022).

退役軍人のウイルス情勢 (Veterans’ virus affairs)

米国退役軍人省(VA)は軍人に生涯にわたる医療を提供するので、VAのデータは、米国における公衆衛生監視のための独自の情報源となっている。Cohnたちは、重度の急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のデルタ変異体が米国で出現した際に、2021年の2月から9月の間の78万人以上の人々のデータを調査してワクチン投入の効果を追跡した。メッセンジャーRNAワクチンおよびウイルス・ベクター・ワクチンは臨床的に重症疾患を効果的に予防してきたが、SARS-CoV-2デルタ株の伝播は急増してしまった。ワクチン突破感染は、ウイルス・ベクター・ワクチンを投与された人々において顕著であったが、mRNAワクチンを投与された人々にも発生している。 2021年9月時点で、この調査期間中のウイルス・ベクター・ワクチンによって提供された防御は、感染に対して約13%、死亡に対して約50%に低下した。ワクチン未接種の人々は、感染、重症疾患、および死亡のリスクが最も高いままであった。(Sk,nk,kh)

Science, abm0620, this issue p. 331

多精受精の阻止 (Block to polyspermy)

次世代は十分な、だが多過ぎない数の、核ゲノム必要とする。Zhongたちは、小さなアブラナ科植物のシロイヌナズナが、どのようにして、多精受精を阻止しまた最初の受精努力がうまくいかなかった時に第二の機会の保険をつけ加えるのかを示している。雌性配偶体中の助細胞からのシグナルが近傍の花粉管を誘引し、花粉管はペプチドを分泌して他の花粉管が跡を追うのを阻止する。この妨害は花粉管がその目標へと伸長する間持続する。この花粉管が、花粉管中の精細胞対をうまく放出するすると(植物は二重受精系を持つ)、花粉管のシグナル伝達系は弱くなって消える。雌性配偶体が精細胞の核をうまく受容すると、助細胞からの誘引シグナルもまた弱くなって消える。しかし、受精がうまくいかないと、助細胞からの持続シグナルが花粉管を誘引し続け、花粉管破裂で最初の花粉管による過剰花粉管阻止から解放されているので、第二の花粉管は受精に再挑戦できるのである。(MY,ok,nk,kj)

【訳注】
  • 雌性配偶体:被子植物では胚珠の中に作られる。多くの被子植物では、卵細胞と中央細胞がそれぞれ1個、2個の助細胞と3個の反足細胞という7細胞で構成される。
  • 助細胞:卵細胞に隣接して存在する2つの小さな細胞。花粉管の誘引物質が作られて分泌される。それにより、花粉管が助細胞へと確実に伸長できる。
  • 二重受精:2つの精細胞が異なる2つの受精相手である卵細胞および中央細胞とそれぞれ融合すること。それにより胚とその栄養組織となる胚乳が形成される。
Science, abl4683, this issue p. 290

スパイク・タンパク質による回避行動 (Evasive maneuvers by the spike protein)

COVID-19の世界大流行の過程を通して、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に、感染性を高めたり既存抗体への感受性を低下させたりする変異株が生まれてきている。Nabelたちは、このウイルスの表面に見られ、宿主細胞との結合と侵入を担っているスパイク・タンパク質の変異を注視し、この構造が中和抗体に抵抗する上で可塑性を見せることを示している。著者たちは偽ウイルスを用いて研究し、抵抗性に至るかもしれない組み合わせ変異を同定した。彼らは、高度に変異したスパイクを持つ偽型ウイルスを中和する抗体を突き止めたばかりでなく、SARS-CoV-2が糖鎖を獲得して中和を回避可能にすることも示している。懸念される新たな変異株にわれわれが迅速に対応したいのであれば、このスパイク・タンパク質の抗原状況の変化の結果を理解することが重要である。(MY,ok,kh)

Science, abl6251, this issue p. 282

動的なタンパク質複合体を設計する (Designing dynamic protein complexes)

タンパク質複合体は生物学的過程で重要な役割を果たしており、多くの複合体が動的で、サブユニットが交換してさまざまな機能を促進している。安定かつ可溶で、ヘテロ・オリゴマーへと可逆的に会合する単量体タンパク質を設計することは難題だった。Sahtoeたちは、implicit negative design(暗黙のネガティブ・デザイン)と呼ばれる手法を用いて、選択された相手との会合(自己会合ではなく)を生じさせる相互作用界面を持つタンパク質を構築した。得られた設計物は、溶液中で安定に折り畳まれ、広範な複合体へと組み立てられるモジュールを提供している。それらは機能化でき、狙いのタンパク質を定められた通りの幾何形状で表示されることを可能にし、また、利用可能な構成成分の濃度を変えることで、複合体サブユニットの交換が可能である。(MY,kh)

Science, abj7662, this issue p. 283

合成細胞の運命選択を構築する (Building synthetic cell fate selection)

合成生物学に対する重要な目標は、生物のシグナル伝達系が生物の発達中に行うこととまるで同じに、細胞を複数の安定した状態に導くことを可能にする制御系を確立することである。Zhuたちはある1つの系を考案した。その系は設計に基づく亜鉛フィンガー転写因子によってそのような制御を可能にする。この転写因子はホモ二量体化とヘテロ二量体化により互いに相互作用し、かつ小分子によって調節出来る。この小分子は転写因子の二量体化と安定性を制御する(KunzeとKhalilによる展望記事参照)。 数学的モデル化により、その系の挙動をコンピュータで予測することができ、培養された哺乳類細胞に設計に基づく3つの転写因子を導入することで、細胞を7つの異なる、安定した状態に導くことができた。このような多安定性を理解することは、合成生物学において有用であり、発生と疾患の過程におけるその役割を決定するのに役立つ可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • ジンク・フィンガー:タンパク質ドメインの1つで、2つの逆平行βシートと1つのαヘリックスからなる。DNAと結合して特別な構造モチーフを形成するため、遺伝子調節に重要な役割を果たしている。
Science, abg9765, this issue p. 284; see also abn6548, p. 262

瞬時の干渉可能な電子挙動 (Coherent electron motion in real time)

電荷移動は、多くの化学過程および生物過程で重要な役割を担っているが、電子レベルでのその挙動ついては、多くの重要な疑問に答えが出ていないままである。アト秒X線自由電子レーザー源の近年における進歩により、分子系のサイト特定価電子を自然界の電荷ダイナミクスよりも短い時間軸で励起することが可能になってきている。Liたちはこの技術を用いて、生体関連原子で構成されているモデル分子である一酸化窒素中で、内殻励起状態の干渉可能な重ね合わせを作り出した。著者たちは、角度ストリーク計測法を用いてオージェ・マイトナー放出の時間変化する電子の動きを画像化した。本研究は、X線自由電子レーザーを用いることで、アト秒の時間尺度で電荷移動における電子の干渉可能性を探究できることを実証している。(NK,MY,nk,kh)

Science, abj2096, this issue p. 285

ウイルス・コネクションの、より強い証拠 (Stronger evidence for viral connection)

多発性硬化症は、中枢神経系の慢性脱髄疾患である。 この病気の根本的な原因は不明だが、エプスタイン・バール・ウイルスが原因である可能性があると考えられている。しかし、この一般的なウイルスに感染したほとんどの人は多発性硬化症を発症せず、この病気の因果関係をヒトで直接示すことは不可能である。Bjornevikたちは、20年間にわたって検査された何百万人もの米軍新兵からのデータを用いて、エプスタイン・バール・ウイルス感染が、その後に生じる多発性硬化症の危険性を大幅に増加させることと、それが疾患の発症に先行することを明らかにし、多発性硬化症の病因でその潜在的な役割を支持した(RobinsonとSteinmanによる展望記事参照)。(Sh,kh)

【訳注】
  • 多発性硬化症:免疫細胞が中枢神経や視神経に炎症を起こし、神経組織を障害する自己免疫疾患。
  • 脱髄疾患:ほとんどの神経線維は、リポタンパク質からなる複数層の組織である髄鞘(ミエリン鞘)に包まれており、髄鞘の働きによって、神経信号は神経線維に沿って速くかつ正確に伝えらことができる。髄鞘が損傷すると、信号が神経を正常に伝わらなくなりときには神経線維も損傷を受けることがある。このような髄鞘の損傷によって起こる疾患を脱髄疾患という。
Science, abj8222, this issue p. 296; see also abm7930, p. 264

ガラス内側のペロブスカイト・ナノ結晶 (Perovskite nanocrystals under glass)

三ヨウ化セシウム鉛(CsPbI3)などのペロブスカイト・ナノ結晶(PNC)は、狭い線幅での明るい光放出による表示が表示装置用途に可能であるが、その長期安定性には、溶液中での合成後に不動態化とカプセル化の処置を必要とする。Sunたちは、局所的な溶融とそれに続く結晶化を引き起こす超高速レーザー・パルスを用いて、不純物添加された金属酸化物ガラス中にPNCの3次元アレイを作製した。彼らは、組成をCsPb(Cl1-xBrx)3からCsPbI3に変換することにより、PNCのバンドギャップと光ルミネッセンスを480〜700ナノメートルの波長に調整した。これらの封入されたPNCは、長時間の加熱または有機溶媒と紫外線への曝露後に長期安定性を示した。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abj2691, this issue p. 307

キスは途方もない話をする (A kiss tells the tale)

人間の子供は本当に無力であり、生存を周囲の大人たちに全面的に依存している。しかしながら、全ての大人が特定の子供の世話に注力するわけではないので、非常に幼少の時期からどの関係が親密なのかを判断できることには利点がある。Thomasたちは幼児と乳児を調べ、食事、キス、あるいは調理器具の共有など、唾液の共有を伴う活動に個々人が参加しているのかどうかに基づき親密すなわち「濃厚な」関係をこの子たちが識別できるのかを判断した(Fawcettによる展望記事参照)。この子たちは、これらのような関係が他の関係よりも親密であると判断した。このことは、この子たちが人生の非常に早い時期に、親密さを区別できることを示している。(Uc,MY,nk,kh)

Science, abh1054, this issue p. 311; see also abn5157, p. 260

細胞内の特徴による細胞の選別 (Sorting cells by intracellular features)

52年前にScienceで報告された蛍光活性化細胞選別法は、生物医学研究に革命をもたらし、標識タンパク質の発現に従って細胞を単離することを可能にした。しかしながら、今まで、流動細胞分析法による細胞選別は、細胞内タンパク質の局在化(これは従来から顕微法を用いて測定されている)などの空間的過程に対応できなかった。Schraivogelたちは、超高速顕微法と画像解析を流動細胞分析法細胞選別装置と組み合わせて、細胞の空間的表現型に高処理選別の適用を明らかにした。著者たちは、この技術を使用して複雑な細胞表現型を持つ細胞を迅速に単離できる方法と、ゲノム全体の顕微法に基づくCRISPR選別を加速できる方法を示している。(KU,kh)

【訳注】
  • 流動細胞分析法:散乱光や蛍光に基づき流路内の細胞1つずつの情報を測定する方法。
Science, abj3013, this issue p. 315

(Following a crossover)

本論文に対する編集者抄録は、先週号に掲載された関連論文と、抄録タイトルを含め同一で、本来の論文に対するものではありませんでした。このため、訳文未掲載としています。

Science, abm3770, this issue p. 321; see also abn2049, p. 263

COVID-19の神経学的影響 (Neurologic effects of COVID-19)

圧倒的に呼吸器系ウイルスではあるが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、脳を含む多数の臓器系に影響を与える可能性があることが明らかになってきた。急性COVID-19の患者は、持続する可能性のあるさまざまな神経精神症候群を報告しており、新しい症状が、いわゆるLong Covidの患者で発生する可能性がある。SpudichとNathは展望記事で、SARS-CoV-2感染に由来すると思われる神経学的症状と、脳卒中のリスク増加にも関連する、神経炎症、自己免疫、血管機能障害などのあり得る機構について検討している。起こり得る長期的な後遺症を防ぐために、SARS-CoV-2感染によって引き起こされる神経機能障害の根底にある病理を理解することが重要である。(KU,nk,kh)

Science, abm2052, this issue p. 267

選択の力 (The power of choice)

ダーウィンは、著書 「人間の進化と性淘汰」の中で、性淘汰の概念を提案した。具体的には、生殖中の選択の気まぐれが適応の様式、つまり進化を形作っているかもしれないということである。この画期的な考え方にもかかわらず、女性に関する彼のビクトリア朝的考え方が、 配偶者選択、特に女性側からの、がよくもまあ影響力を及ぼすことを理解する彼の能力に影響を与えた。RosenthalとRyanは、ダーウィンが最初に性淘汰を提案してからの150年間にこの分野で行われた進歩を総説し、より公平な思考が私たちの理解にいかにして重要な科学的進歩をもたらしてきたかに特別な注意を払っている。(Sk,kh)

Science, abi6308, this issue p. 281