AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 24 2021, Vol.374

RNAポリメラーゼ間のトンネル (A tunnel between RNA polymerases)

真核生物は、複数サブユニットからなる5種類のDNA依存性RNAポリメラーゼをコードしており、そのうちのポリメラーゼI, II, IIIは単一ユニットとして機能し、細胞の一本鎖RNAを生成する。植物に特異的なポリメラーゼIVは、RDR2(RNA-dependent RNA polymerase:RNA依存性RNAポリメラーゼ)と複合体を形成し、ゲノムDNAメチル化に不可欠な低分子干渉RNAの二本鎖前駆体を生成する。Huangたちは、ポリメラーゼIV-RDR2複合体の低温電子顕微鏡構造を決定した。その構造は、ポリメラーゼIVとRDR2が内部のRNA転送チャネルを介してそれらの活性中心をつなぎ、ポリメラーゼIVが転写方向を逆転させ、その転写物をチャネルを介してRDR2に直接渡し、二本鎖RNAの第2の鎖を生成することを示している。 (KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 低分子干渉RNA(siRNA):mRNAの破壊により遺伝子の発現を抑制する。ウイルス感染などに対する生体防御機構の一環として進化してきたと考えられている
Science, abj9184, this issue p. 1579

特大で交差した細孔 (Extra-large and intersecting pores)

12員環を持つゼオライトYなど、大細孔を持つ熱的に安定なゼオライトは、石油由来の大きな分子を、より小さく、より有用な炭化水素へと転換するのに用いられる。Linたちは、特大の16員環を持つ熱的に安定なゼオライトであるZEO-1の合成について報告している。有機構造指向剤としてトリシクロヘキシルメチル-ホスホニウムを用いることで、十分に相互接続した多次元骨格と非常に大きな比表面積を持つゼオライトが作られた。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 有機構造指向剤:ゼオライトの合成に用いられる有機化合物。有機構造規定剤とも。アミンやアンモニウムなどの含窒素化合物が用いられることが多い。合成では、有機構造指向剤取り囲むようにゼオライトのSiO4四面体骨格が形成され、その後の焼成による有機成分の除去で、多孔性のゼオライトが得られる。
  • トリシクロヘキシルメチルホスホニウム:PH4カチオンの4つの水素基が3つのシクロヘキシル基と1つのメチル基に置換されている化学種。
Science, abk3258, this issue p. 1605

COVID-19に対する別の薬剤への道 (Path to another drug against COVID-19)

ワクチンの迅速な開発は、進行中のCOVID-19パンデミックと戦う上で極めて重要であった。しかしながら、ワクチン入手の課題は引き続き残って、ブレイクスルー感染が発生し、新たに浮上する変異株が危険性を高めている。抗ウイルス治療薬の開発は、それ故に、COVID-19の治療に対して優先度が高い。臨床試験中のいくつかの薬剤候補は、ウイルスRNAに依存したRNAポリメラーゼに対して作用するが、薬剤による抑制への良き標的と見なされていた他のウイルス酵素も存在する。Owenたちは、ウイルス複製に関係するポリタンパク質の切断に関与するメインプロテアーゼに対する薬剤の発見と特性評価について報告している。薬剤、PF-07321332は経口投与が可能で、優れた選択性と安全性に関するデータを揃えており、マウス・モデルにおいて感染を防いだ。フェーズ1の臨床試験における、in vitro研究によると、この薬剤は、ウイルスを抑制すると予想される血漿濃度に達した。この薬剤はまた、重度の急性呼吸器症候群コロナウイルス1や中東呼吸器症候群コロナウイルスを含む他のコロナウイルスを抑制し、将来のウイルスの脅威に対する武器となるかもしれない。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ブレイクスルー感染: ワクチンを接種した患者が、そのワクチンが予防する筈のものと同じ感染症に罹ること。
Science, abl4784, this issue p. 1586

少量の酸素でアンモニア生産量を増大させる (Boosting ammonia with a little oxygen)

肥料生産のための、窒素からのアンモニア合成は、非常にエネルギー集約的である。そのため、化学者たちは、廃棄物を減らすと同時に再生可能な出所からエネルギーを引き出せそうな、電気化学的手法を模索している。1つの有望な循環反応過程は、一方の電極でのリチウム・イオンの還元を含んでおり、結果として得られた金属が今度は窒素を還元してリチウム・イオンを再生する。Liたちは、少量の酸素がこの過程の効率を高めるかもしれないという直感に反する結果を報告している。彼らは、それが過度のリチウム還元を制限する拡散効果によるものと考えている。(Sk,kh)

Science, abl4300, this issue p. 1593

食物繊維のもう一つのご利益 (Another benefit of dietary fiber)

腸内細菌叢環境は免疫系を調節し、がん患者の治療効果に好影響を与えることがあるが、細菌叢の影響の根底にある機構は現在のところ不明である。Spencerたちは、食生活が細菌叢と免疫療法の臨床成績にどのように影響するかについての我々の理解を深めている。観察研究において、この研究者たちは、大量の繊維質(プレバイオティクス)摂取を報告している黒色腫患者が、少量の繊維質の食事を報告している患者と比較して、免疫チェックポイント阻害剤による免疫療法に対してより良い反応を示すことを見いだした。最も顕著なご利益は、大量の繊維質摂取と市販のプロバイオティクス健康食品不使用の組み合わせを報告している患者で観察された。これらの知見は、食事関連の要因が免疫応答にどのように影響するかについての初期の洞察を提供している。(Sk,ok,nk)

【訳注】
  • プレバイオティクス:大腸内の特定の細菌の増殖および活性を選択的に変化させることより、宿主に有利な影響を与え、宿主の健康を改善する難消化性食品成分
  • 免疫チェックポイント阻害剤:がん細胞がたくみに免疫から逃れて生き延びようとするのを阻止する薬
  • プロバイオティクス:腸内フローラのバランスを改善することによって宿主の健康に好影響を与える生きた微生物
Science, aaz7015, this issue p. 1632

歪を与えてトランジスタを作る (Straining to make a transistor)

カーボン・ナノチューブ(CNT)を短チャンネル長のトランジスタとして用いるためには、そのキラリティーを制御することが必要となる。このキラリティーは、CNTが半導体であるか金属であるか、また丈夫で低抵抗のコンタクトを形成するかどうかを決定する。Tangたちは、透過型電子顕微鏡内で一個一個のCNTを段階的に加熱して歪を与えることで、CNT分子内トランジスタを作製した。ナノチューブの断面に沿ってキラリティーを変化させると、金属から半導体への遷移が生じた。半導体ナノチューブのチャネルは、金属ナノチューブであるソースおよびドレイン領域に共有結合されていた。得られたCNT分子内トランジスタは、チャネル長が2.8ナノメートルという短いチャネル長を有していた。(Wt,KU,ok,kh)

Science, abi8884, this issue p. 1616

ブレークスルー(ワクチン突破)感染 (Vaccine breakthrough infections)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対して開発されたワクチンは、重症COVID-19に対して非常に高い防御力をもたらす。しかし、ワクチン投入が進展し、変異株が出現するにつれて、特に高齢者や免疫不全の人においては、2回目の接種から4?6か月後に免疫防御が弱まる可能性があるということが明らかになってきた。ブレークスルー(ワクチン突破)感染の増加、特にデルタ変異株の蔓延に対して、追加の予防接種で目覚ましい応答が得られてきた。展望記事において、GuptaとTopolは、ブレークスルー感染の出現と、免疫防御を改善するための追加接種の必要性について論じている。追加接種は重要であるが、マスク着用などの非薬理学的処置も重要である。これは、COVID-19の患者を減らし、免疫を巧みに逃げる変異株の出現の機会を制限するのに役立つ。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ブレイクスルー感染: ワクチンを接種した患者が、そのワクチンが予防する筈のものと同じ感染症に罹ること。
Science, abl8487, this issue p. 1561

フィブリンは万事を台無しにする (Fibrin gums up the works)

プラスミンは、豊富な血漿由来のタンパク質分解酵素であり、血餅関連タンパク質であるフィブリンを切断し不活性化する。プラスミンとその不活性な酵素前駆体型であるプラスミノーゲン(PLG)のヒトでの欠乏は、口や目などの粘膜組織に重篤な炎症を引き起こす。Silvaたちは、ヒトと同様に、プラスミノーゲンを欠くマウスは血管外フィブリンを蓄積し、ヒトの木質歯周炎に外見上よく似た口腔症状が現れると報告している(VicanoloとHidalgoによる展望記事を参照)。過剰なフィブリンは、αMβ2(Mac-1)インテグリン受容体を介して好中球を活性化し、活性酸素種の生成と好中球の細胞外捕捉を引き起こす。さらに、PLG遺伝子における特定のヒト多型は、歯周炎を発症する可能性の増加と関連していることが見出され、フィブリンと好中球の相互作用が流行しているこの一般的な疾患の将来の治療の魅力的な標的になる可能性があることを示唆している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 木質歯周炎:フィブリンの局所沈着による重度の歯肉炎症と歯周組織の破壊を特徴とするまれな形態の歯周炎。
  • 好中球細胞外トラップ:白血球の一種である好中球が、特定の刺激に反応して細胞外へ放出する網目状の構造物。外来微生物を補捉する生体防御機構の一つ。
  • インテグリン:細胞表面の原形質膜に存在し、細胞接着に寄与するタンパク質。
Science, abl5450, this issue p. 1575; see also abn0399, p. 1559

効率性は余暇に繋がる (Efficiency leads to leisure)

人間は、単にもう一つの大型類人猿の系統である動物にすぎない。しかしながら、我々は、我々の縁者である類人猿から著しく異なるので、長年にわたりどのようにしてこれが起こってきたのかについて興味を持っている。Kraftたちは、現代の狩猟採集社会と大型類人猿におけるエネルギー摂取量と消費量について研究した。著者らは、我々が食糧探しや農作業している間は、より少ないエネルギーを消費するわけではなく、我々の類人猿の縁者よりもより多くのエネルギーをより速い速度で獲得していることを見いだした。この差異は、我々の祖先が社会学習と文化的発展を促進する状況にもっと多くの時間を費やすことを可能にさせてきたのかもしれない。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science, abf0130, this issue p. 1576

根の分裂組織の制御 (Root meristem controls)

幹細胞のクラスターである植物分裂組織は、植物の不確定な成長様式に必要な全ての細胞型を生み出す。Roszakたちは単一細胞分析を使って、幹細胞から除核細胞に至る維管束師管の発達を追跡している。小さなカラシナ植物のシロイヌナズナの根では、この過程は3日余りを要し、発達軌跡は多数の異なった細胞状態に及ぶ。初期に抑制的制御下で抑えられていた転写プログラムは、これらの初期のリプレッサーが消散するにつれて解除される。発達軌跡における初期と後期の調節因子による相互抑制が、分化プロブラムの素早い切り替えを制御している。(MY,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • リプレッサー:特定の遺伝子の形質発現を抑制する作用をもつ制御タンパク質。
Science, aba5531, this issue p. 1577

初期の海の巨人 (Early marine giant)

これまで生息した中で最大の動物が、海洋環境を占拠していた。現代のクジラ類は、冷たい海水による海洋食物の増加に応じて、数千万年にわたってその大きさを進化させた。しかしながら、クジラは進化した最初の海の巨人ではなかった。Sanderたちは、大きさで現代のクジラ類に匹敵したであろう、2億4400万年前の化石化した魚竜について述べている(DelsettとPyensonによる展望記事参照)。この動物は、最初の魚竜の出現からたかだか800万年後には存在し、ペルム紀の大量絶滅後の過程によって促進されたのかもしれない、はるかに急速な巨大化を示唆している。(Sk,ok,nk)

Science, abf5787, this issue p. 1578; see also abm3751, p. 1554

スピンと格子の結合 (Coupling up of spins and lattice)

スピントロニクスと磁気を活用したデータ・ストレージの開発は、材料内の磁気励起動力学の理解と制御に依存している。実用化のためには、いかに素早く磁化を切り替えることができるかが極めて重要である。Mashkovichらは、超高速テラヘルツ放射を用いて、反強磁性フッ化コバルトにマグノンの励起を生成し、次にフォノン励起と結合できることを報告している(JuraschekとNarangの展望記事参照)。スピンと格子の間の結合を光で制御する技術は、反強磁性材料の磁化を超高速時間規模で操作する方法を提供する。(NK,KU)

【訳注】
  • マグノン:結晶格子中の電子のスピンの構造を量子化した準粒子である。 一方、結晶格子中での原子やイオンの振動を量子化した準粒子は、フォノンという。
Science, abk1121, this issue p. 1608; see also abm0085, p. 1555

ラジカル環化が簡単になる (Radical cyclization made easy)

金属酵素は金属補因子を含有しており、この補因子は、時にはその天然作用とは異なる反応を触媒するのに利用されることがある。Zhouたちは、ヘムに基づくラジカル重合からの着想を利用して、1原子移動ラジカル環化を触媒することができ、臭化アルキル官能基とアルケン官能基を持つアミド基質からラクタムを生成する触媒の候補を求めて、金属タンパク質群を選別した(ZhangとDydioによる展望記事参照)。シトクロムP-450の誘導体が触媒として効果が高く、そして、指向進化法により一連の酵素多様体が作り出され、モデル基質に対して、全ての種類の鏡像異性とジアステレオ異性を持つ生成物を作ることができた。そのような生体触媒は合成化学のこれまでの方法への貴重な追加となり、有用な非天然反応を触媒する上での金属触媒の可能性を改めて示すものである。(MY,kh)

【訳注】
  • シトクロムP-450:酸化還元機能を持つポルフィリン鉄錯体を含有するヘムタンパク質の一種。P450は、活性部位である鉄原子に一酸化炭素が結合すると、450nmの波長に極大吸収が現れることから命名された。
  • 指向性進化法:酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組み込み、酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、これをもとに遺伝子の多様化・発現・選別を繰り返すことで、より機能の高い酵素を作り出す技術。
  • ジアステレオ異性:鏡像異性以外の立体異性。
Science, abk1603, this issue p. 1612; see also abm8321, p. 1558

デルタ株はどのようにして防御を回避するのか (How the Delta variant evades defenses)

COVID-19流行の過程において、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の変異株が継続して出現し、その幾つかは免疫を回避したり伝播性を高めたりしている。2020年後半に、デルタ株とカッパ株が検出され、デルタ株は2021年6月までに世界的に優勢となった。McCallumたちは、ワクチン接種で誘発された血清中和活性がこれらの変異株に対して低下することを示している。著者たちは、生化学と構造研究に基づき、ACE2受容体に結合するウイルス・タンパク質ドメインの変異が、幾つかのモノクロナール抗体への結合を無効にするが、ACE2受容体への結合を向上させないことを示していて、これはそれらの変異株が免疫認識から逃れるよう出現したことを示唆している。これらの変異株は、N末端ドメインの改変により、それを標的にするほとんどの中和抗体による認識から逃れることができる。この研究は、次世代のワクチンおよび抗体療法の開発を導くことができるかもしれない。(MY,kj)

Science, abl8506, this issue p. 1621

安定だが全くの立方体とは言い難い (Stable but not quite cubic)

ホルマミジニウム(formamidinium:FA)ペロブスカイトの黒い光活性相は、通常、不活性な六方晶相の形成を避けるためにカチオン合金化によって安定化されており、当然ながら立方晶であると思われている。Dohertyたちによるナノスケールのプローブを用いた高分解能顕微法を用いた研究は、これらのFAリッチ相が立方晶ではなく、八面体がわずかに(2度)傾いていることを明らかにした。黒色相は、分解の核となる六方晶相の領域を局所的に持つ可能性がある。表面に結合したエチレンジアミン四酢酸は、環境劣化に抗して、純粋なFA三ヨウ化鉛の傾いた相を安定化させた。(Wt)

Science, abl4890, this issue p. 1598

SARS-CoV-2の生物学を調査するための手段 (A tool to probe SARS-CoV-2 biology)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)および新たな変異株に対する治療法を開発するためには、ウイルスの生物学と変異の影響を理解することが重要である。しかしながら、生きたウイルスは厳しい安全基準を満たす 少数の研究所でしか研究できないため、これは困難である。Syedたちは、4つのSARS-CoV-2構造タンパク質を含むウイルス様粒子(VLP)について記述しているが、この粒子はウイルスRNAを包む代わりに、レポーター・タンパク質を発現するメッセンジャーRNA(mRNA)を包み込んでいる(Johnson and Menacheryによる展望記事を参照)。レシーバー細胞で発現するレポーターの量は、プロデューサ細胞における包み込みと組み立ての効率、およびレシーバー細胞への侵入の効率に依存する。より伝播性の高い変異株に見られるヌクレオカプシド・タンパク質の変異は、mRNAの包み込みと発現を増加させる。VLPは、構造タンパク質における変異の影響を研究し、治療法を選別するための技術基盤を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • レポーター・タンパク質:一般に蛍光タンパク質を用いてウイルス様粒子の動きを観察する
  • ヌクレオカプシド・タンパク質:ウイルスのゲノムを包むタンパク質。
Science, abl6184, this issue p. 1626; see also abn3781, p. 1557