AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 10 2021, Vol.374

なぜ油と水は混ざらないのか (Why oil and water do not mix)

油は、水に分散すると、負の電気泳動移動度(および負の電荷)を帯びた安定した液滴を形成することがよく知られている。しかしながら、その基礎となる機構は長い間議論されてきた話題である。Pullancheryたちは、振動和周波散乱分光法を用いて、ヘキサデカン-水界面の酸素-重水素および炭素-水素の伸縮領域の界面振動スペクトルを記録した。分子動力学シミュレーションを伴うそれらのスペクトル分析は、水分子がアルキルの水素と「変則的な」界面での水素結合を形成し、油滴を安定化させる水から油への電荷移動をもたらすことを示した。この研究は、和周波散乱分光法が、水が介在する化学的および生物学的な系における疎水性の理解を向上させ得る、強力な技術であることを実証している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 振動和周波散乱分光法:赤外プローブ光と紫外または可視プローブ光を、時間的空間的に重ね合わせて界面に照射し、表面界面の分子種の振動スペクトルを得る非線形分光法
Science, abj3007, this issue p. 1366

葉の発生におけるシステムの共有 (Shared systems in leaf development)

イネ科植物の細長い葉は、真正双子葉植物の短くて平らな葉とはかなり異なって見える。Richardsonらは、発生遺伝学とコンピュータ・モデリングを組み合わせて、進化によって大きく隔たったこの2種類の葉には、予想以上に多くの共通点があることを明らかにした。原基領域での類似したパターン形成遺伝子の発現は、真正双子葉植物の葉ではくさび部分に限られているが、イネ科植物の葉では同心円状の領域に拡大され、これらの葉に特徴的な円筒状の包み込むような鞘の発生を促している。境界領域での遺伝子発現の追加または除去が、真正双子葉植物に特徴的な広い葉の発生に貢献している。このように、イネ科植物の葉と真正双子葉植物の葉は、共通の道具一式が多様に変化したものなのである。(ST,kh)

【訳注】
  • 真正双子葉植物:被子植物の進化の過程で, モクレン類など (基部双子葉植物) の後で分岐した, 単子葉植物 (イネ科を含む) よりも, さらに後で分岐した分類群のこと。
Science, abf9407, this issue p. 1377

軌道磁性の検出 (Detecting orbital magnetism)

グラフェンの電子構造は、磁場に対して特異な軌道応答を示すことが予測されている。しかし、この軌道磁性は、通常、スピンから生じる信号に隠されてしまうため、それを検出することは難しい。Vallejo Bustamanteたちは、六方晶窒化ホウ素の層で挟まれたグラフェンの試料の下に2つの巨大な磁気抵抗検出器を設置することで、この応答を捉えることに成功した。この検出器は、ドープされていない試料から強い反磁性応答を検出したが、これは理論的予測と整合している。この技術は、他の2次元物質の研究にも役立つ可能性がある。(Wt,kh)

Science, abf9396, this issue p. 1399

特異なフェルミ面のイメージング (Imaging a peculiar Fermi surface)

超電導体に電流を流すと、フェルミ面の一部で超電導ギャップが閉じる可能性がある。しかし、この分割されたフェルミ面を直接観察するのは難しい。そこで、Zhuたちは、超伝導体である二セレン化ニオブの上に置かれた、トポロジカル絶縁体であるテルル化ビスマスの薄膜を用いて研究を行った。弱い磁場をかけると、スクリーニング電流が発生し、それが次にトポロジカル絶縁体層中に分割されたフェルミ面をもたらした。Zhuたちは走査型トンネル顕微鏡を使って、このフェルミ面をマッピングすることができた。(Wt,nk)

Science, abf1077, this issue p. 1381

光ファイバーを通した眺め (A view through a fiber)

ある場面の3次元(3D)画像を再構成するには、通常、光のパルスを送信し、それらの戻り時間を計測する必要がある。バイオイメージングまたは機械内の手の届きにくい場所での撮像に内視鏡を応用する場合、嵩のある光学系を用いる一般的な手法は実行できないかもしれない。Stellingaたちは、マルチモード光ファイバーを用いて3D撮像を実現できることを見いだした。光ファイバーの伝送行列を明らかにした後、光パルスを用いて多くの場面の3D画像を再構成することができる。この手法は人間の髪の毛の細さのファイバーを使用できるため、この結果は小型化された低侵襲の3D内視鏡撮像への応用に有望である。(Sk)

【訳注】
  • バイオイメージング:細胞・組織または個体規模でタンパク質などの分布・局在を捉え、その動態を画像として解析する技術
Science, abl3771, this issue p. 1395

回復力のある二次熱帯森林? (Resilient secondary tropical forests?)

森林伐採は、熱帯域全体で激しく進行しているが、森林は放棄された土地で再成長する強靭な力を有している。このような「二次的な」森林は生物多様性の保全、気候変動緩和、そして景観回復において重要な役割をますます強く担っている可能性がある。Poorterたちは、南北アメリカとアフリカにおける77の二次森林地域での森林の特性(土壌、植生機能、構造そして多様性に関連する)に関する回復パターンを分析した。彼らは異なる特性が異なる速度、例えば土壌の回復は十年未満そして種の多様性とバイオマスの回復は1世紀よりも少し長い期間で回復することを見いだした。著者たちは、このような知見がどのように森林回復を促進するための努力に適用可能かを議論している。(Uc,KU,nk,kh)

Science, abh3629, this issue p. 1370

脳再生に関する洞察 (Insight into brain repair)

脳の細胞再生を増強するための1つの手法は、再生能力の高い時期にある、子供の脳で用いられている分子機構を利用することである。Bayinたちは、新生児の小脳における放射線照射損傷が、通常グリア細胞を作っている前駆細胞に、(グリア細胞の)代わりにその能力を転換させて神経細胞を作らせることを見いだした。単一細胞配列決定は、転写因子Ascl1がこの能力の転換を制御する因子であることを示しており、Ascl1がない場合は転換は発生しなかった。この研究は、子供の脳に関する可塑性能力および損傷後の再生を増強するための可能性のある標的への、新たな洞察を提供している。(Sk,KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abj1598 (2021).

腫瘍溶解性ウイルスに関する進展 (Progress with oncolytic viruses)

腫瘍溶解性ウイルス療法は、ウイルスが腫瘍細胞に選択的に感染して、その後、溶解させることによって作用すると当初は考えられていた。これらのウイルスは、その有効性を高めるために、腫瘍細胞を選択的に標的化するよう、また、さまざまな種類の搭載物を送達するよう改変できる。しかし、多くの臨床試験の後、腫瘍溶解性ウイルスは、ウイルス感染が抗ウイルス性および抗腫瘍性の免疫応答を駆動する免疫療法の一形態であることが明らかになった。Melcherたちは展望記事の中で、しばしば他の免疫療法と組み合わせて、抗腫瘍応答を引き起こせる、効果的な腫瘍溶解性ウイルス療法を開発することに対する現在の課題を論じている。最近、幾つかの有望な第1相試験が報告されたが、初期の期待を長期にわたる受け入れと承認へと変換する点では期待外れの結果に終わった。これは、腫瘍免疫学からの分析を臨床試験に組み込んで、組み合わせ試験がどのように改善されうるのかを考察する必要性を強調するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 第1相試験:治療効果を見ることを目的とはせず、主に安全性を確認するために、少数の健康な成人に対し初めて薬剤を投与する試験。
Science, abk3436, this issue p. 1325

非通常型T細胞は異なる経路をたどる (Atypical T cells take a different path)

通常のT細胞は、多型性主要組織適合遺伝子複合体(MHC)によって提示されるペプチドを認識する。対照的に、粘膜関連インバリアントT細胞、インバリアント・ナチュラル・キラーT細胞、およびγδT細胞など、多くの組織にいる多くのT細胞は、保存されたMHC様分子によって提示される修飾ペプチドと小分子に応答する。このような非通常型T細胞は、宿主の防御と組織の修復に重要であり、そして発達に決定的な初期生命の窓段階で組織に蒔かれる。 ConstantinidesとBelkaidは、非通常型T細胞サブセットが、微生物叢からの信号を含む初期生命の信号をめぐってどのように競合しているかを説明する最近の進歩を概観している。これらの信号は非通常型T細胞の発達を促し、宿主の健康に対する永続的な結果をもたらす。(KU,kj)

Science, abf0095, this issue p. 1338

ESCRTは老化を避けて水晶体をエスコートする (ESCRTing lenses away from senescence)

ESCRTタンパク質は、さまざまな主要細胞過程で膜融合を制御するが、関係する機構はまだ完全には理解されていない。Gulluniたちは、細胞質分裂時の細胞間橋へのESCRTの誘導は、シグナル伝達脂質ホスファチジルイノシトール3,4-ビスホスフェートへのESCRT-IIサブユニットの結合によって仲介されることを報告している(BrillとWildeによる展望記事を参照)。この経路は、ALIXと呼ばれるタンパク質によって駆動される既知の連鎖反応と並行して働くが、その停止は、ALIXが低濃度で発現する魚とマウスと人間の目の水晶体の早期老化を導くのに十分である。これらの結果は、老化と白内障の早期発症からの保護に役立つ細胞質分裂の細胞特異的制御のための進化的に保存された経路を示している。(Sh,kh)

【訳注】
  • ESCRT:Endosomal Sorting Complexes Required for Transport(エンドソーム[細胞の飲食作用によって細胞内に形成される小胞]輸送選別複合体)の略。細胞質にあるタンパク質複合体で、ESCRT-0、ESCRT-I、ESCRT-II、ESCRT-IIIがあり、他の補助タンパク質とともに細胞膜の再構築を行い、膜を屈曲させたり切り離したりする。
  • 細胞質分裂:真核細胞が分裂する際、細胞核分裂に引き続き起きる細胞質の分離現象。2つの新生娘細胞が収縮環を形成し、膜を収縮させ細胞間橋を生成、この橋を最終的に切断して細胞分裂が終結する。
Science, abk0410, this issue p. 1339; see also abm7949, p. 1318

タンパク質相互作用に対する深層学習 (Deep learning for protein interactions)

深層学習の利用は、タンパク質モデリングの分野に革命をもたらした。Humphreysたちは、この方法をプロテオーム・ワイド共進化誘導タンパク質相互作用同定法と組み合わせて、酵母におけるタンパク質間相互作用の大規模選別を実施した(PereiraとSchwedeによる展望記事参照)。著者たちは、出芽酵母における主要な生物学的プロセスにまたがる複合体に対する予測される相互作用と正確な構造を作成した。その複合体は、三量体、四量体、および五量体などのより大きなタンパク質集合体を含み、生物学的機能に関する洞察を提供する。(KU)

Science, abm4805, this issue p. 1340; see also abm8295, p. 1319

機械感受性核膜孔 (Mechanosensitive nuclear pores)

真核細胞の核は、核膜孔複合体(NPC)で融合された二重膜である、核膜で囲まれている。核膜におけるこの巨大な流路は、核と細胞質間の交換を仲介する。Zimmerliたちは、核膜の機械的状態が核膜孔の直径を制御していることを示している。核膜を介して加えられた引っ張り力は、NPCの伸長とその直径の拡張につながり、そのような力の緩和はNPCの収縮を引き起こす。したがって、核の大きさと形状の制御は、NPCの形状と核と細胞質間の輸送活性と機能的に結びついている。(KU,kj,nk,kh)

Science, abd9776, this issue p. 1341

脳介在ニューロンの発達を調べる (Surveying brain interneuron development)

初期の脳の発達における一過性の構造として、 基底核隆起は、発達中の脳全体に移動し続け、一緒になって発達中の頭脳を織り成す数十の異なる型の介在ニューロンを生成する。Shiたちは、ヒト胎児の 基底核隆起を分析した。単一細胞トランスクリプトミクスは、関与する前駆細胞の型に予期しない多様性を明らかにした。ヒトの 基底核隆起は、放射状グリア細胞へのそのより強い依存性と共に、発達中の新皮質よりも有用なものとして中間前駆細胞により大きく依存している。(KU,nk,kh)

Science, abj6641, this issue p. 1342

デルタ株のスパイク (Delta’s spike)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)変異株の伝播性と免疫回避の増強に対する分子機構を理解することは、現在および将来の介入戦略を導くのに重要である。Zhangたちは、SARS-CoV-2のデルタ株、カッパ株、ガンマ株に対する完全長スパイク・タンパク質三量体の低温顕微鏡構造を決定し、それらの機能と抗原特性を調べた。デルタ株のスパイク・タンパク質は、少量の細胞受容体ACE2でより効率的に膜に融合し、その偽型ウイルスは、試験した他の全ての株よりも実質的により素早く標的細胞に感染した。これはデルタ株の伝播性の高さを少なくとも一部説明している可能性がある。各々の株での変異は、スパイク・タンパク質のN末端領域からなる抗原表面を再編成したが、受容体結合領域の局所的変化だけしか引き起こさなかった。これは中和抗体への耐性向上と一致している。これらの知見は、これらのウイルスの人間社会での適応と宿主免疫からの回避をもたらした分子的な出来事を説明している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ACE2(アンジオテンシン変換酵素Ⅱ):肺、消化管、腎臓、心臓、血管などに発現し、血圧を上げたり、肺炎を悪化させるアンジオテンシンⅡを分解して、血圧を下げたり炎症を抑える機能を持つ膜タンパク質。
  • 偽型ウイルス (pseudotyped virus):自身の外套タンパク質以外に他ウイルスの外套タンパク質などを粒子表面に外套したウイルス。
Science, abl9463, this issue p. 1353

安定なナノ結晶の合理的設計 (Rational design of stable nanocatalysts)

ナノ粒子の焼結は、それらの粒子の触媒作用が失活する主要原因の1つである。焼結に対して安定なナノ結晶の合理的設計は、不均一触媒における大きな課題である。Huたちは、2つの競合する焼結機構であるオストワルド成長と粒子移動に対する動力学理論を与えている。この理論は、両方の過程の速度を、金属ナノ粒子と支持体の組み合わせにおける基本的な相互作用エネルギーに関連付けている。著者たちは、何百ものそのような組み合わせ対に対する動力学シミュレーションを用いて、ナノ粒子の成長速度を予測する唯一の記述子として働くことができる金属-支持体結合エネルギーに対して、焼結動力学が普遍的な火山型依存となることを示している。明らかにされたスケーリング関係は、焼結耐性ナノ触媒の発見を推し進める高速大量スクリーニング計算手法を開発する上でよい滑り出しとなっている。(MY,kh)

【訳注】
  • 合理的設計:物理モデルを用いて分子の構造がどのように作用するかを予測し、特定の機能を備えた新しい分子を作り出す戦略の総称。
  • オストワルド成長:粒径が異なる粒子が、母相中に分散している合金において、小さな粒子が溶解し、より大きい結晶やゾル粒子に再沈着して成長する現象。液相への固相の溶解度が粒子半径に依存していることに起因する。オストワルド熟成とも。
  • 火山型依存:触媒表面との相互作用が強いと触媒活性が高くなるが、強くなりすぎると生成物などが移動せず触媒活性サイトが覆われるようになるため、かえって触媒活性が低下し、触媒活性が山型となること。
Science, abl9828, this issue p. 1360

単一元素の切り替え素子 (Single element switch)

相変化材料がコンピュータの記憶素子および切り替え素子として魅力的であるのは、ある程度小さな寸法と素早い切り替え速度による。しかしながら、競争力のある材料はしばしば多くの元素からなり、それが切り替えの信頼性を低下させている。Shenたちは、相転移による高速切り替えが可能な、純粋なテルル素子を作った(CalarcoとArcipreteによる展望記事参照)。多くの他の相変化材料と異なり、この抵抗の変化は、切り替え過程中にテルルが溶けるために生じる。結果として得られる素子は、故障前に1億回切り替え可能であり、多元素相変化材料の問題を回避するための魅力的な道筋である。(Sk,kh)

Science, abi6332, this issue p. 1390; see also abm7316, p. 1321

変異株特異的追加免疫ワクチンを調べる (A look at variant-specific boosters)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の懸念される変異株(VOC)の進化は、現在のCOVID-19ワクチンがVOCを予防するのか、また、変異株特異的ワクチンが必要なのかどうか、の疑問を提起する。現在同定されているVOCの中で、デルタ株が最も伝播性が強いと信じられていて、一方で、ベータ株が最もワクチン耐性があるように見える。Corbettたちは、初代WA-1株ワクチンかベータ株特異的追加免疫ワクチンのどちらかを用いて、ワクチン追加免疫の効果を調べた。最初の2回続けたワクチン接種の約6か月後に、3回目の追加免疫接種は、VOCに対して、非ヒト霊長類で中和抗体濃度の上昇をもたらした。この追加免疫接種が、初代ワクチンに対するものかベータ株特異的な版に対するものなのかどうかに関わらず、中和抗体濃度の同様な上昇が観察され、ウイルス防御の向上がもたらされた。(MY,kh)

Science, abl8912, this issue p. 1343

深層学習を用いてDFTを改善する (Improving DFT with deep learning)

密度汎関数理論(DFT)は、化学、生物、材料科学における様々な系の物性を予測するために過去30年間にわたり最も利用された電子状態計算法である。長年の成功の歴史にもかかわらず、最新鋭のDFT関数は重大な限界を有している。特に、不安定な電荷とスピンがかかわる電荷密度に関しては、大きな系統誤差が見られる。Kirkpatrickらは、正確な化学データと分数電子拘束を深層ニューラル・ネットワークに学習させる枠組みを開発した。得られた関数は、主要な原子・分子群に関する徹底的なベンチ—マークにおいて従来の関数を超える性能を示した。本報告は、DFTにおける長年にわたる決定的な問題への解決をもたらすと共に、現代の機械学習法とDFTとの融合の成功を実証している。(NK,KU,kh)

Science, abj6511, this issue p. 1385; see also abm2455, p. 1322