AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 3 2021, Vol.374

未解決のまま (Up in the air)

南極海における海洋-大気間の二酸化炭素(CO2)の流れを理解することは、世界のCO2収支を定量化するために必須である。しかし、悪条件下の計測は高品質のデータ収集を困難にしており、それゆえに定量的な描写にはまだ手が届かない状態である。Longたちは、航空機によって得られた大気中CO2濃度の計測結果を報告しており、最近の他の観測結果が示してきたよりも、夏季期間のより大量の取り込み量と冬季期間のより少量のガス放出によって、南緯45°以南の海洋への炭素の年間正味の流れが大量にあることを示している。(Uc,ok,nk,kh,kj)

Science, abi4355, this issue p. 1275

心筋細胞増殖を制御する (Controlling cardiomyocyte proliferation)

哺乳類の心筋細胞は成長の間に増殖するが、成人期にその能力を失い、これが心臓が再生できない根底にある。この制限は、心筋細胞が効率的な収縮性細胞として超特殊化していることに関係している。Tampakakisたちは、交感神経細胞がマウスにおいて、概日周期を調節する転写因子の活性化を通して、心筋細胞の増殖を直接抑制していることを見出した。心臓の交感神経による支配は、心筋細胞が大きさと収縮能力を増す胎児期に発生する。この成熟化の過程は出生後にさらに亢進し、増殖不能な心筋細胞に至る。この研究は、心筋細胞増殖を制限する障壁に対する我々の理解を拡大し、哺乳類における心臓再生の再活性化を探索する新たな機会を提供する。(MY,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abh4181 (2021).

大環状化合物を表面に送り込む (Pumping macrocycles onto surfaces)

水の浄化から触媒作用に至る多くの化学プロセスには、表面への小分子の収着が関与している。通常、自発的な引力相互作用がその結合事象に有利に働らく。Fengたちは機械吸着プロセスについて報告しているが、そのプロセスは、大環状化合物をバルク溶液から有機金属骨格に固定化された軸に送り込むために酸化還元操作を必要とする。その結果としてのロタキサンは、それらの機械的結合における非平衡な電荷濃縮によりエネルギーを蓄える。最終的に、この技術はまた、表面環境とバルク環境との間で特定の機能を持つ化合物を積極的に分配するために役立つ可能性がある。(KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • ロタキサン:大環状の分子の穴を棒状の分子が貫通し、軸の両末端に嵩高い部位を結合させることで、立体障害でリングから軸が抜けなくなった構造の分子集合体
Science, abk1391, this issue p. 1215

近傍の鉄の豊富な地球より小さな惑星 (A nearby iron-rich sub-Earth planet)

太陽系外惑星の質量と半径がその平均密度を決め、結果として内部構造についてもっともらしい情報が得られる。Lamたちは、私たちの近傍にある赤色矮星の周りを7.7時間で周回する惑星を見出した。彼らは、惑星が星の前面を通過する際の光度変化から惑星の半径を決定し、次に視線速度を観測してその質量を計測した。彼らは地球より小さな惑星が純鉄に近い密度をもつことを見出した。その高い表面温度は鉄の気化点に近いことから、外側のマントルを失った惑星の鉄のコアであることが示唆される。(Wt,nk,kh)

Science, aay3253, this issue p. 1271

稀な多様体と血中LDLコレステロール (Rare variants and blood LDL cholesterol)

ゲノム研究の現在の目標は、臨床的に懸念され、問題となる形質に関連付けられる遺伝的多様性を同定することである。Montasserたちは、オールド・オーダー・アーミッシュ(Old Order Amish)集団のエクソーム解析を通して、ベータ-1,4-ガラクトース転移酵素1タンパク質中のあるアミノ酸の変化につながり、心血管疾患がより低水準であること関連する、遺伝子多様性を同定した。この変異タンパク質の研究は、この変異が低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-C)に関連付けられた遺伝子に影響を与えていることを示し、また、この変異タンパク質を発現するよう遺伝子改変されたマウスは、38%の血中LDL-C濃度の低下を示した。この研究は、このようなゲノムの配列決定と解析が遺伝子型と表現型を結び付け、また、病気を治療するための潜在的に臨床での実用可能性のある経路を同定できることを示唆している。(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • オールド・オーダー・アーミッシュ:17世紀に米国ペンシルベニア州に移住したキリスト教の一派。独自の戒律を厳格に守った生活を行っている。
  • エクソーム解析:全ゲノム解析に対し、タンパク質合成の情報を持つエクソン配列のみを網羅的に解析する手法。
  • > ガラクトース転移酵素:別の基質へのガラクトースの転移を触媒する酵素。
Science, abe0348, this issue p. 1215

染色された根が内部の複雑さを明らかにする (Dyed roots reveal inner complexity)

植物の根は、単に植物を支持するよりずっと多くのことをしている。冠水中の空気貯蔵、菌根共生、あるいは炭水化物貯蔵のための場所として、このより複雑な根はより複雑な機能を利用できる。より深く組織に浸透するほど着色量が少なくなる染料をうまく利用して、Ortiz-Ramirezたちは、トウモロコシの根の複雑な細胞層に蛍光活性化セルソーターを適用した。単一細胞の集合に適用されたRNA配列決定法は、発達地図を明らかにし、可動転写因子SHORT-ROOTが複数の細胞層を通り抜け、このトウモロコシの根の解剖学的複雑さを導いていることを示した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 蛍光活性化セルソーター:生物細胞の不均一な混合物を各細胞の特定の光散乱および蛍光特性に基づいて、1個ずつの細胞を、種類別の2個以上の容器に分類する装置
Science, abj2327, this issue p. 1247

生存のための成熟 (Maturation for survival)

DNA複製に欠陥のある細胞は通常、ストレス条件下で死ぬけれど、一部の細胞は新しい突然変異を獲得して生き残る。Sunたちは、間違いを起こしやすい、ストレス誘発性のOkazakiフラグメント成熟経路を明らかにした。その経路は、タンデム型複製を誘発してDNA複製中に5'RNA-DNAフラップの除去に欠陥を有する細胞の生存を可能にする。これらの細胞では、ストレス条件でDUN1シグナル伝達が活性化し、5'フラップの3'フラップへの変換が誘発される。そして3'フラップが二次構造を形成することが可能になり伸長して下流のDNAフラグメントと連結し、結果としてヒトがんにおけるものに類似した別の複製変異を生成する。この明らかにされた情報は、がん細胞の進化と薬剤耐性における機構に類似している。(KU,kj)

【訳注】
  • 岡崎フラグメント:DNA複製におけるラギング鎖の合成時にDNAプライマーゼとDNAポリメラーゼIIIによって形成される比較的短いDNA断片(分子生物学者の岡崎令治、岡崎恒子により1967年に発見された)。
  • 5'RNA-DNAフラップ:ラギング鎖複製にあたって岡崎フラグメントが次々に生成されていく際に、直前の岡崎フラグメントの生成開始をもたらしたRNAプライマーの5’末端に、新生岡崎フラグメントの3’末端が接近していくところで、RNAプライマーの5’末端で突き出た部分が生じる。これをフラップと言い、フラップ・エンドヌクレアーゼによりはこのフラップを除去して岡崎フラグメントのライゲーションを可能にする。
Science, abj1013, this issue p. 1252

武漢における最も初期の症例を理解する (Understanding the earliest cases in Wuhan)

中国の武漢におけるCOVID-19の最も初期の症例は、この世界的流行の起源について情報を与え、未知の疾患をより早く検出する方法を示唆しているかもしれない。展望記事において、Worobeyは、さまざまな情報源から情報を引き出し、COVID-19の最も初期の症例、野生動物を販売した華南市場とのこれらの患者のつながり、および新しいウイルス性肺炎としてのCOVID-19の同定につながった出来事の、時系列的履歴を構成した。この分析は、最初の症例のほとんどがこの市場に関連していたことを証明しており、コロナウイルスに感染しやすい動物からの流出が集団感染の原因であった可能性が高いことを示している。(Sk,ok,nk)

Science, abm4454, this issue p. 1202

保存されていない原始線条 (The nonconserved primitive streak)

ヒト発生において、原始線条と呼ばれる線形構造が受精の14日後に現れる。この構造は、放射状から左右対称への胚の移行を示している。原始線条はまた、細胞に前後および背腹の空間情報を提供し、原腸陥入を受けさまざまな体細胞を形成する。レビュー記事において、Shengたちは、原始線条の系統発生的かつ個体発生的概要を提示している。彼らは、原始線条の生物的、細胞的、および分子的特徴と、それが有羊膜類の原腸形成にどのように機能しているかについて検討している。この構造は保存されず、in vitroでの発生に対して必要ではないという観察結果は、胚性幹細胞に基づくモデルとヒト発生研究に関する考察に影響を及ぼす。(KU,,kh,kj)

【訳注】
  • 原始線条:鳥類や爬虫類、哺乳類の胚発生初期の胞胚に現れる線条をいう。哺乳類の胚発生過程において多能性細胞は、原始線条と呼ばれる構造が出現し、そこから内胚葉や中胚葉へと分化していく。.
  • 有羊膜類:四肢動物のうち、胚が羊膜を持つものの総称。有羊膜類が分岐して、爬虫類や哺乳類が生まれた
Science, abg1727, this issue p. 1213

ワクチン接種後の免疫記憶 (Immune memory after vaccination)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対するワクチン接種は、重症のCOVID-19の予防に非常に効果的であることが証明されてきた。しかし、ウイルス多様体の進化と時間の経過に伴う抗体水準の低下は、ワクチンで誘発された免疫防御の期間に関する疑問を提起している。Goel たちは、SARS-CoV-2メッセンジャーRNAワクチンを接種した人々の B および Tリンパ球反応を調べた。彼らは、SARS-CoV-2から回復した人々と比較して、SARS-CoV-2に感染しなかった人々の6か月の縦断的研究を実施した。アルファ(B.1.1.7)、ベータ(B.1.351)、およびデルタ(B.1.617.2)ウイルス多様体に対する機能的免疫応答と同様に、ワクチン接種を受けた人々においては、体液性および細胞性の免疫記憶が観察された。T細胞活性の分析は、強力な細胞性免疫記憶が、重篤な疾患の進行を制限することによって入院を防ぐかもしれないことを示唆した。(Sk,nk,kh)

Science, abm0829, this issue p. 1214

伝達系の流れを逆にする (Reversing the chain)

ミトコンドリアの電子伝達系は、細胞代謝の主要な部分であり、細胞呼吸と不可欠の代謝物合成の両方で中心的な役割を果たしている。通常、電子は特定方向に電子伝達系を通って流れ、最終的には末端の電子受容体としての酸素分子で終わる。Spinelliたちは、電子受容体としてフマル酸で終わる伝達系を通る電子の流れの別の経路の特徴を明らかにした(BakshとFinleyによる展望記事を参照)。この経路は利用可能な酸素の不足した条件の下で動作し、著者たちはマウス・モデルにおいて生体内でその活性を確認し、この経路を用いる傾向が臓器間で異なることを観察した。(Sh,KU,nk,kh)

Science, abi7495, this issue p. 1227; see also abm8098, p. 1196

トポロジカル秩序を合成する (Synthesizing topological order)

トポロジカル秩序を有する物質は、長距離量子もつれを示す。しかし、このもつれを実在する材料において測定することは極めて困難である。二つのグループはそれぞれ異なるアプローチで量子合成系を考え、いわゆるトーラス型(toric code)のトポロジカル秩序を実現する合成系を作りだした。Satzingerらは、量子プロセッサを用いて、トーラス型の基底状態と励起状態を調べた。Semeghiniらは、光ピンセットに捕捉されたリュードベリ原子の二次元アレイ中にトーラス型量子スピン液体の特徴を検出した。(NK,nk,kh,kj) 

Science, abi8378, abi8794, this issue p. 1237, this issue p. 1242; see also abl8910, p. 1200

ラジカル置換 (Radical substitution)

求核置換は、有機化学での由緒ある反応である。通常、入ってくるイオンは1つの炭素中心に2個の電子を引き渡し、他方、出ていくイオンは2個の電子を取り去る。これに類似した1電子ホモリティック置換はあまり用いられていない。それは1つには、入ってくる中性ラジカルが目的の相手と結合するのではなく自己結合し得るからである。Liuたちは、鉄ポルフィリン触媒が、一級炭素ラジカルと三級炭素ラジカルの間で、選択的に第一ラジカルの相手を活性化することにより、ホモリティック置換を生じさせることができることを報告している。(MY,kh)

【訳注】
  • 求核置換:電子豊富な求核剤が求電子性の基質部を攻撃して結合し、同時に基質部から化学基が脱離して、基質部の化学基が入れ替わること。
  • ホモリティック置換:例えば、A−Bのような化合物がAラジカルとBラジカルに開裂して活性化し、Aラジカルが他のラジカルRと結合してA-Rとなること。
  • 一級炭素ラジカル、三級炭素ラジカル:ラジカル炭素に、2つの水素基と1つの非水素基(アルキル基など)が結合しているのが一級炭素ラジカル、全てに非水素基が結合しているのが三級炭素ラジカル。
Science, abl4322, this issue p. 1258

光学機械的アップコンバージョン (Optomechanical upconversion)

分子は、赤外波長のスペクトルに豊富な特徴を有しており、通常は専用の分光機器を用いて測定される。ChenたちとXomalisたちは、常温常圧の条件下でプラズモン・ナノ空洞に結合した分子振動を用いて、中赤外領域から可視領域への光学機械的周波数アップコンバージョンを報告している(Gordonによる展望記事を参照のこと)。ひとつは共振器上ナノ粒子を用い、もうひとつはグルーブ内ナノ粒子を用いるという、異なるデザインのナノアンテナを用いるが、どちらのやり方においても、ナノ空洞内の分子の中赤外振動を可視光波長にアップコンバートする能力があることを示している。この効果を利用すれば、おそらく単一分子の感度で、赤外分光法を簡単なものにできる可能性がある。(Wt,KU,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • アップコンバージョン:高い周波数に変換すること
Science, abk3106, abk2593, this issue p. 1264, this issue p. 1268; see also abm4252, p. 1201

酸を不飽和にする (Desaturating acids)

隣接するC=CとC=Oの二重結合を持つ分子形態は、ファイン・ケミカル、医薬品、およびポリマーの合成に非常に重要である。Wangたちは、実行可能な最終酸化剤として分子状酸素を用いて、隣接する炭素の酸化によってカルボン酸からこの分子形態を生成するための汎用性のあるパラジウム触媒反応を報告している(Iwabuchiによる展望記事参照)。この方法は、微調整された配位子の配置に依存し、エノラート化学で制約されるアプローチを補完している。代替配位子の交換は、末端アルキンとの結合への不飽和化の拡張を促進する。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • エノラート:炭素-炭素の二重結合上に直接ヒドロキシル基(-OH)が結合した化合物(エノール)の-OHのHがプロトンとして解離して生じる陰イオンをエノラートという。
Science, abl3939, this issue p. 1281; see also abm4457, p. 1199