AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 26 2021, Vol.374

戦略的飛行家 (Strategic fliers)

森林は木が密集して入り組んでいることが多く、森林の中を飛翔する種にとっては多種多様な課題がある。Le Royたちは、アマゾンのモルフォ蝶の集団を観察し、下層植生に住む種と樹冠に住む種の間の形態学的および行動的視点の両方での差異を見出した。樹冠に住むように進化した種は、翼の形状と飛行行動の組み合わせのおかげで、滑空能力を向上させてきた。これらの特性の組み合わせは、この単一の属の中でさえ、種によって異なっていた。これは、森林のこの(樹冠)部分への居住につながった(進化)経路が1つではなかったことを示唆している。(Sk,kj,kh)

Science, abh2620, this issue p. 1158

祖先が遺伝的免疫応答を形作る (Ancestry shapes genetic immune responses)

免疫系に影響する遺伝子の淘汰は、その地域の環境に適応するよう淘汰がなされるため、集団間で異なることがある。ヒトにおいては、祖先にあたる人々は、感染に対してさまざまな応答を身につけてきた。Randolphたちは、これらの観察についての分子的な決定因子を、欧州系とアフリカ系子孫の人々から得られ、生体外でインフルエンザ・ウイルスに曝露した免疫細胞に対して、単一細胞RNA塩基配列決定法を用いて調べた。この実験は、感染で引き起こされた遺伝子サインが、祖先と相関する細胞型特異的な様式で分かれることを、また、観察されたこれらの祖先と関係する違いが、転写と翻訳に関わる遺伝子調節と過程の変化によって引き起こされることを示した。(MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 遺伝子サイン:ここではA型インフルエンザ・ウイルスに感染した細胞で、遺伝子発現が活性となる遺伝子群の違いのことを言っている。
Science, abg0928, this issue p. 1127

ローミング動態の量子的性質 (Quantum nature of roaming dynamics)

熱心な研究にもかかわらず、ローミング機構は多くの場合、古典的に扱われ、その動態はエルゴード的であると想定されてきた。Foleyたちは、遊離基生成の閾値近くでのホルムアルデヒドの光分解の、実験的および理論的研究の組み合わせを提供している。彼らの観察は、ローミングの程度が、励起された分子の回転状態に強く依存していることを明らかにした。このことは、量子軌道共鳴の重要な役割を示している。この研究は、従来の古典的な記述に適合しない、ローミング機構の典型例における予想外の非エルゴード的ローミング動態を示しており、他の系におけるさらなる研究を必要としている。(Sk,nk)

【訳注】
  • ローミング機構:ホルムアルデヒド分子(H2CO)で見出された、最低のエネルギー障壁経路を通らない新しい化学反応経路であり、ホルムアルデヒド分子中を水素原子(H)が自由に歩き回って(roaming)別分子の水素原子と結合することで、水素分子(H2)と一酸化炭素分子(CO)に解離することから、この名が付けられた。
  • エルゴード的:運動の長時間平均と位相空間における平均が一致する性質。
Science, abk0634, this issue p. 1122

パラジウム二量体の安定化を学習する (Learning to stabilize palladium dimers)

触媒の最適化は、合理的に行なうのが往々にして難しい。あるものがうまくいっても、どの特定機能がその性能の基盤となっているのかがはっきりしないかもしれない。その典型的な例が1価パラジウム二量体の安定化であり、この安定化は極めて数少ない種類のホスフィン配位子に依存してきた。Hueffelたちは機械学習を用いて、このすでに知られている種類の配位子の型を探索し、それによって、この二量体を同様に安定化する変種配位子の発見を導いた。著者たちは、これまで未報告の8つの二量体を合成することができた。(MY,kh)

【訳注】
  • パラジウム二量体:2つの1価パラジウム原子が互いに結合した化学構造。この構造を持つ化合物は触媒活性がある。
Science, abj0999, this issue p. 1134

ハミルトニアンを形造る (Shaping the Hamiltonian)

極低温原子は、より複雑な量子系の動的実験モデルとして汎用的な技術基盤であることが証明されている。しかし、一旦系を設計してしまうとパラメータを調整することはできるもののモデル化されるハミルトニアンの種類を変えることは通常できない。Geierたちは、2つの励起リュードベリ状態にあるルビジウム-87原子を用いて、周期的駆動によりハミルトニアンの種類を変更することができる系を構築した。研究者たちは、最初にいわゆるハイゼンベルグのXXハミルトニアンで記述される系からスタートした。周期的なパルス列により、最初のハミルトニアンは狙いとする異なるハミルトニアンに変換され、これは系の挙動を観測することで確認された。(NK,nk)

Science, abd9547, this issue p. 1149

さいの目に切る準備が出来ている (Ready to dice)

低分子RNAの生合成において、Dicerファミリーのエンドヌクレアーゼが分子定規として機能し、基質RNAを定められた長さに切断する。Wangたちは、低分子干渉RNA前駆体(pre-siRNA)との複合体における植物の DICER LIKE PROTEIN 3(DCL3)の切断能力のある状態での構造を報告している。pre-siRNAの一方の末端部に対して、DCL3は正に帯電したポケットと芳香族キャップを用いて、ガイド鎖の5'-リン酸化アデノシンと相補鎖の3'オーバーハングをそれぞれ特異的に認識する。もう一方の末端部において、DCL3の対になったリボヌクレアーゼIIIドメインがRNAの両方の鎖を切断し、生成物の低分子RNAの正確な長さを決定する。(KU)

【訳注】
  • Dicer:2本鎖RNAとpre-miRNAをsiRNAと呼ばれる短かい2本鎖RNAに切断する酵素。
  • エンドヌクレアーゼ:核酸配列の内部で核酸を切断する酵素。
  • siRNA:21-23塩基対から成る低分子二本鎖RNA。RNA干渉に関与し、mRNAの破壊によって配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
Science, abl4546, this issue p. 1152

絶滅と大草原の火事 (Extinctions and grassland fire)

草食動物は、可燃性の可能性がある物質を消費することにより、山火事を制限する役割を果たすことが知られている。Karpたちは、草食動物と火事の相互作用が、過去に地球規模で火事に影響を与えたという証拠を提示している。彼らは、第四紀後期の大陸規模水準での巨大草食動物の絶滅のひどさを、草植物に由来する堆積木炭データから計算される古代の火事活動の変化と比較した。絶滅の程度は大陸によって異なっており、この変化の様式が火事活動の変化に反映されていた。火事の頻度は、巨大草食動物の絶滅が最も大きかった場所(南アメリカ)で最も増加し、絶滅がほとんど発生しなかった場所(アフリカ)で最低であった。第四紀における巨体の草食獣のこの喪失は、世界の火事の状況を劇的に変化させた。(Sk,ok,kj,kh)

Science, abj1580, this issue p. 1145

人間の脳研究の計算需用 (Computing needs of human brain research)

神経科学の研究では、細胞内信号伝達から細胞間相互作用さらに脳領域間の接続性まで、さまざまな規模の脳を研究する。これらのミクロ規模からマクロ規模までを橋渡しして脳の神経回路網地図(コネクトーム)を理解するには、画像と機能データを処理し、可視化し、モデル化するための膨大な計算能力が必要となる。このような試みは、健康や病気における脳機能の理解を向上させるはずではあるが、計算能力としては相当大きな挑戦的課題が存在する。AmuntsとLippertは展望記事の中で、脳の接続性に関する理解の向上を目的としたビッグ・データ・プロジェクトの種類、これらの取り組みに求められる膨大な計算能力、それに、これらの課題に対処して公開かつ共同の研究を確実に進める革新的な方法、について議論している。(Wt,ok,kh)

Science, abl8519, this issue p. 1054

言うは易く行なうは難し (Easier said than done)

過去数年における注目を浴びた警察の残忍行為の事例は、現代の警察活動の開始以来存在してきた権力乱用の傾向に目を向けさせている。警察改革に対しては沢山の要求が存在してきた。すなわち、そしてそれは、多数の国では警察の地域社会との関与の増加という形態をとっている。Blairたちは、南半球の6つの国にわたって、この取り組みの有効性をテストした大規模実験調査の結果を報告している(Tobonによる展望記事参照)。彼らは、このような地域社会への関与は警察の信頼を増加させておらず、また、犯罪を減少させていないことを見出した。警察と地域社会との間の関係改善には、地域社会への警察活動などの取り組みの前にあるいはそれに加えて、より深い組織改革が必要なのかもしれない。(Uc,ok,kj,nk,kh)

Science, abd3446, this issue p. 1098; see also abm4112, p. 1046

SARS-CoV-2を研究するための手段 (A tool to study SARS-CoV-2)

感染性重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を扱う研究は、高レベルの生物学的密封施設を必要とするので、密封性のあまり厳しくない条件下でも使用することが可能な、より安全な分子的手段を開発することが重要である。レプリコンとして知られる自己複製RNAは、病原性RNAウイルスを研究するために以前から使用されてきたが、SARS-SoV-2を研究するためのレプリコンの開発は、そのゲノムが大きいために困難であった。Ricardo-Laxたちは酵母に基づいたシステムを用いて、SARS-CoV-2レプリコンを構築したが、そのレプリコンは、宿主細胞侵入に必要なスパイク・タンパク質が欠如しているため感染性ウイルスを組み立てることができないものである。スパイク・タンパク質を発現するプラスミドとレプリコンを別々に細胞に導入することによって、1サイクルの感染しかできないレプリコン送達粒子(RDP)が生成される。このレプリコンとRDPは、薬剤スクリーニングおよびウイルス分析のためのさまざまな状況で用いることができる。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • レプリコン:単一の複製起点から複製されるDNA分子またはRNA分子。
Science, abj8430, this issue p. 1099

幹細胞は記憶している (Stem cells remember)

組織幹細胞は自身の周囲を感知し、そして、この知覚はその後の幹細胞の運命と機能に影響を及ぼす。Gonzalesたちは、幹細胞が多様な環境事象に関する後成的な記憶を蓄積することを観察した(Hosteによる展望記事参照)。皮膚を傷つけ、毛包幹細胞が動員されて傷ついた表皮の修復に関わる時間的段階を監視することにより、著者たちは、幹細胞が、その元の微小環境、遊走、炎症との遭遇、および新規の運命と課題への適応についての記憶を持っていることを見出した。恒常性維持中は、遊走性幹細胞は機能的および転写的に在来細胞に類似しているが、将来、攻撃を受けた際には、これらの幹細胞は個別の後成的記憶を解き放って、生理的応答を高め、組織の適合性に影響を与える。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 毛包:皮膚内の毛を取り囲む組織層。毛を産生する皮膚付属器官で幾つかの構造から成る。
Science, abh2444, this issue p. 1097; see also abm6806, p. 1052

病気と海馬の機能障害 (Disease and hippocampal disfunction)

脳の海馬の機能障害は、精神症状と認知障害の根底となることがある。いくつかの神経変性疾患のいずれかによって影響を受けた患者からの死後の脳試料を調べることで、Terreros-Roncalたちは、成人神経新生が破壊されているかどうかを研究した(Gageによる展望記事参照)。実際に、神経新生微小環境の機能が変化し、生成された神経細胞は形状と分化に異常であった。海馬に特徴的な神経可塑性は、海馬を神経変性疾患による破壊に特に影響を受けやすくする可能性がある。(KU,nk,kh)

Science, abl5163, this issue p. 1106; see also abm7468, p. 1049

非構造モチーフによって組織化される (Organized by unstructured motifs)

非構造と考えられるタンパク質配列の高度な保存は、これらの領域が重要な生物学的機能を持っている可能性があることを示唆してきた。非構造領域は、タンパク質のシグナル伝達や局在化、安定性にとって重要であると広く見なされているが、他の多くの状況での役割は謎のままである。Cermakovaたちは、転写伸長機構でよく知られている構成要素が、転写伸長因子TFIIS N末端ドメイン(TND)と”TND相互作用モチーフ”(TIM)と呼ばれる保存された非構造配列を含む相互作用のネットワークを介して連結されていることを発見した。研究者たちは、このネットワークの中心にある組織化タンパク質での単一のTIMの変異が、重要なタンパク質相互作用を壊し、転写伸長動態に広範な欠陥を誘発することを見出した。(Sh)

【訳注】
  • モチーフ:タンパク質は高次構造をとることが知られており、単なるアミノ酸配列が一次構造、アミノ酸どうしの水素結合による螺旋状(αヘリックス構造)やジグザグ型に折り畳まれた構造(βシート構造)が二次構造である。二次構造が一本の鎖状につながった立体構造が三次構造で、三次構造をとったポリペプチド(一本のアミノ酸鎖)が複数結合したものが四次構造である。モチーフは、多くのたんぱく質に共通してみられる特徴的な数個の二次構造の組み合わせを指し、後述のドメインは、構造的にまとまって独立し安定した三次構造の一部領域を指す。
  • 非構造:“明確な立体構造をとっていない”を意味する。モチーフは明確な高次構造をとらず、またその多くはタンパク質の非構造領域に存在することが知られている。
  • タンパク質配列の高度な保存:ゲノム中の配列はランダムな変異や欠失によって時間経過と共に徐々に変化する。染色体の再編成によっても組み替えられたり欠失したりすることもある。かなり遠くまで系統樹を遡っても比較的変わっていない配列を“高度に保存された配列”と言う 。
  • TFIIS:Transcription factor IIS (転写因子IIS)。転写を停止させた転写伸長複合体を再活性化することにより、RNAポリメラーゼIIの全体的な転写速度を増加させる転写伸長因子で、N末端ドメインと中央ドメイン、C末端ドメインからなる。ここで、アミノ基で終端している側がN末端、カルボキシル基で終端している側がC末端である。
Science, abe2913, this issue p. 1113

ねじれ磁石を可視化する (Imaging twisty magnets)

グラフェンの単分子層をねじり合わせると、多くの異常な相関状態が発生した。この方法に触発されて、研究者たちは二次元(2D)磁石のねじれに挑戦したが、このような実験は難しいことがわかった。Songたちは、小さなねじれ角を有する、2D磁石である三ヨウ化クロムの層からなる構造体を作製した(Ladoによる展望記事参照)。著者たちは、ダイヤモンド窒素-空孔中心を磁力計として利用して、ねじれた単層構造中とねじれた3層構造中の磁区を画像化した。ねじれた3層構造では、磁性磁区と反強磁性磁区の周期的なパターンが存在することが明らかになった。(Wt,nk,kh)

Science, abj7478, this issue p. 1140; see also abm0091, p. 1048