AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 19 2021, Vol.374

銅含有抗生物質 (A copper-containing antibiotic)

細菌は、生合成過程に対して遷移金属イオンを必要としており、また、有毒である過剰金属から自身を守らなければならない。Pattesonたちは、環境由来細菌の緑膿菌が、どのようにして5つの酵素からなる経路を使って、システインをもとに作られ銅イオンを含有する小分子錯体のフルオプシンCを合成するのかを調べた。この生合成には、システインがチオヒドロキサム酸塩に転換し、その2個が最終天然産物中で銅イオンに配位するまれな酵素変換反応が関与している。フルオプシンCは、緑膿菌を過剰な銅から守り、また、他の細菌に対する広域性抗生物質としても機能する。(MY,kh)

【訳注】
  • フルオプシンC:病原性細菌に対して高い活性を示す抗生物質の1つ。銅原子にチオヒドロキサム酸塩からなる2つの配位子がSとOで配位している構造を持つ。
  • システイン:側鎖がCH2SHであるアミノ酸。2-アミノ-3-スルファニルプロピオン酸とも言う。
Science, abj6749, this issue p. 1005

公共ゲノム・データのプライバシー・リスク (Privacy risks of public genomic data)

生物医学的研究を推進するため、ゲノム・データはしばしばしばしば管理設定の下で、または公共保管庫で共有されるが、それらのデータがコンピュータ解析により、ある個人に再関連付けされることができるならば、プライバシー・リスクをもたらす。Venkatesaramaniたちは、現在の状況下での平均的なプライバシー・リスクは比較的低く、データ中の個人数が増加するとともに更に低下することを示している。著者たちは公開されたゲノム・データと顔画像を分析して、最新の深層学習ツールを用いて顔と表現型(例えば目、髪、そして肌の色)を関連づけ、一塩基多型を用いてゲノムと表現型を関連づけた。どんなにしようと、技術進歩は新しいリスクをもたらすかも知れず、標的とされるプライバシー・リスクは残存する。これらの知見は、技術が進歩し続けるにつれての将来のプライバシー・リスクの危険性に光を当てている。(Uc,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 一塩基多型:ゲノム配列の1塩基が変化していること。遺伝子の発現に重大な影響がある変化から全く影響しない変化まである。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg3296 (2021).

デリーでの死亡者の急増 (Deadly surge in Delhi)

2021年春、インドのデリーはコロナウイルス症例の波を経験した。これは、全住民が高水準の免疫陽性を示していたにも関わらず、保健医療サービスを大きく上回るものであった。Dharたちはこれを研究するため、血清調査、定量的なPCR検査、およびゲノム・データを組み合わせて照合し、2020年と2021年の間に、変異株の波がデリーの全住民を襲って去ったことを見出した。アルファ(B.1.1.7)株が2021年3月に優勢であり、2021年の4月と5月に、デルタ(B.1.617.2)株が急速にアルファ株で置き換えられた。デルタ株は、複製、免疫回避、および宿主受容体との親和性を強化する変異により、以前の株を凌駕し、こうして伝播力、再感染、それにワクチン接種を突破する力を向上させたのである。(MY,nk,kh)

Science, abj9932, this issue p. 995

巧妙な擬態 (A tricky mimicry)

RNAウイルスは、動的で多機能な折り畳まれた要素を用いて、宿主の細胞機構を乗っ取る。Bonillaたちは低温電子顕微鏡法(cryo-EM)を用いて、ブロム・モザイク・ウイルスのRNA要素を探索した。このウイルスは宿主細胞のチロシン転移RNA合成酵素(TyrRS)をだまして、ウイルス・ゲノムの3′末端にチロシンを付加させる。このRNAに対する単独状態と細胞のTyrRSに結合した状態の両方の可視化により、このウイルスの結合構造は、孤立状態での転移RNAと似たL字型構造と異なり、TyrRSに結合した時にはRNA内の立体構造を再配列していることが明らかになった。これは、酵素認識の多段階プロセスを示唆している。この研究は、小さな構造化されたRNAとRNA-タンパク質複合体が関与する動的プロセスを解明するためのcryo-EMの力を強調している。(KU,nk)

【訳注】
  • ブロム・モザイク・ウイルス:植物に感染してモザイク斑や壊死斑を生じるブロモウイルス科。 植物ウイルスの中でも最もよく増殖し、ウイルス研究の材料として用いられてきた。
Science, abe8526, this issue p. 955

歓迎されない光子 (Photons not welcome)

2つの同等のフェルミ粒子は、同じ量子状態を占めることはできない。そのようにパウリの原理は述べている。フェルミオン原子の低温気体においては、フェルミ準位までのすべての準位が占有されており、結果として最も高いエネルギーを有する原子だけがその状態を変化させることができる。そのような状況は、光子との衝突で摂動を受けた原子が移動できる量子状態が存在しないであろうため、原子気体からの光の散乱を抑制すると予測されてきた。Debたち、Margalitたち、およびSannerたちは今回、このいわゆる光散乱のパウリ遮断について記述している。(NK,MY,kh)

Science, abh3470, abi6153, abh3483, this issue p. 972, this issue p. 976, this issue p. 979

周期的なねじれによる強度 (Strength by cyclic torsion)

従来型または高エントロピーのほとんどの合金では、強度の増大は延性の低下という代償を伴う。この逆相関を壊すには多くの方法があるが、Panたちは、高エントロピー合金での周期的ねじれが、延性を低下させることなく強度を高めることを示している(Yehによる展望記事参照)。周期的なねじれは、表面から内部にかけて転位の勾配と小角度粒界を作り出し、ひずみ始めると小さな積層欠陥と双晶に組織化される。これらの構造は、優れた延性を可能にすると同時に、合金の加工硬化を助ける。(Sk)

【訳注】
  • 高エントロピー合金:複数種の金属(多くの場合5種類以上)がほぼ等モル比含まれた合金で、配置のエントロピーが高くなる(合金元素が結晶格子にランダムに配置される)という意味で、高エントロピー合金と呼ばれる。
Science, abj8114, this issue p. 984; see also abm0120, p. 940

SARS-CoV-2:罹ると罹らぬと (SARS-CoV-2: To have or to have not)

2021年6月に、ケニアの重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の公式記録は、確認された死者が4000人未満、また、確認された症例が180,000未満であることを示した。これらのデータは、スマートフォンを持つことができ、治療と検査を受けることができる経済的に恵まれた社会層を反映する傾向にある。Brandたちは、疫学モデルを開発して、全住民が2つの社会経済層へと分割されているケニアでの世界的流行の影響を評価した。著者たちは、ケニアの全住民の75%(約3,900万人)が、2021年6月までに、このウイルスにさらされたと予測した。将来、第4波の感染が観測される場合、それは、伝播力や自然免疫回避の高まりをもった変異株によって駆動されそうだ。(MY,kj,kh)

Science, abk0414, this issue p. 989

霊長類におけるX染色体の活性化 (X chromosome activity in primates)

哺乳類のX型とY型の性染色体は、構造と遺伝子含有量で大きく異なる。したがって、X染色体と常染色体の間、および性染色体間で均衡のとれた遺伝子量であることを保証する機構が整っている。マウスにおける遺伝子量補正についてはかなり知られているが、ヒトを含む霊長類におけるその機構はあまり明確ではない。Okamotoたちは、カニクイザルにおいて、X染色体が、活性な或いは不活性なX染色体として選択される前に、抑制的な修飾と圧縮された構造をとることを示している(HeardとRougeulleによる展望記事参照)。この研究は、カニクイザル発生中のX染色体遺伝子量補正の経路、時期、および進行を解明し、ヒトを含む他の霊長類におけるこの機構を解明するための基礎となる。(KU,kj,kh)

【訳注】
Science, abd8887, this issue p. 954; see also abm1857, p. 942

分子状態を用いた二重スリット (Double slits with molecular states)

数十年にわたる研究にもかかわらず、分子散乱における量子力学的効果の役割はまだ完全には調べられてはおらず、単純な3原子系であっても、今なお興味深い結果を示す可能性がある。Zhouたちは、重水素分子の2軸状態における絡み合った結合軸の向きが、ヘリウム原子との回転非弾性衝突に対して、二重スリット干渉計の2つのスリットとして機能することがあり、結果として、区別不能な2つの経路間の量子干渉を生じさせることを示している(WangとYangによる展望記事参照)。この研究では、有名なYoungの光学二重スリット実験と概念的に類似した、分子散乱における量子干渉の洗練された例を示している。提案された分子干渉計は、将来の実験において、さまざまな分子過程において位相を可干渉的に制御するのに使用できるだろう。(Wt,MY,nk,kh)

Science, abl4143, this issue p. 960; see also abm5536, p. 938

木星の嵐の深さを測る (Measuring the depth of Jupiter’s storms)

木星の大気は、さまざまな速度で回転する風の帯で構成されており、それらは巨大な嵐で区切られている。最大の嵐は大赤斑(Great Red Spot:GRS)で、100年以上も続いている。この嵐が、大気の最上部にある薄い層に限られたものなのか、それとも惑星の奥深くまで広がっているものなのかは、これまで不明だった。Boltonたちは、探査機Junoのマイクロ波観測結果を用いて、いくつかの嵐と渦を観測した。その結果、水やアンモニアが凝縮すると予想される深さよりも下に嵐が広がっていることを見出した。これは、深層大気とつながっていることを示唆している。Parisiたちは、JunoがGRSの上空を飛行中に取得した重力測定値を解析した。その結果、嵐による惑星の重力場の摂動を検出し、その深さが500km以下であることを見出した。これらの結果を組み合わせると、木星の気象と深い内部とがどのように関連するかが制約される。(Wt,kj,kh)

Science, abf1396, abf1015, this issue p. 964, this issue p. 968

病気拡大時の変異 (Variations in disease enhancement)

デング熱ウイルス(DENV)の二度目の感染は、過去の感染から獲得した抗体レベルがウイルス除去に不十分なら、危険となり得る。このRNAフラビウイルスは、低レベルの異型抗体があることを利用して、免疫グロブリンFcγ受容体を持つ細胞に感染する。多くのRNAウイルスも、古典的に免疫応答の回避を可能とする抗原変異を示す。Katzelnickたちは、DENVの抗原変異が、複製を強める免疫応答を招く生物学的機能をウイルス内に持っているかどうかを調べた(RohaniとDrakeによる展望記事参照)。著者たちは、タイのバンコクで分離された400を超えるDENV1-4亜型試料群で作成した抗原地図を用いて、ウイルス集団の抗原変異が亜型間にわたり類似性と非類似性の間で経時的に変動し、大流行が血清型内の抗原非類似期間と相関していることを見出した。この様式は、少なくとも部分的には、免疫回避と免疫増強の相反する淘汰圧の結果であるかもしれない。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • フラビウイルス:プラス一本鎖RNAを遺伝子とし、エンベロープと呼ばれる膜構造を有する直径40~50 nmの球形のウイルスで、多くは野鳥や哺乳類が自然宿主で蚊やダニにより媒介される。例外的にデングウイルスと黄熱ウイルスはヒトが自然宿主で感染源となる。一本鎖RNAは方向によって、プラス方向鎖とマイナス方向鎖があり、プラス鎖RNAウイルスのゲノムは伝令RNAとしても働き、宿主細胞中でタンパク質に翻訳される。
  • 免疫グロブリン:異物が体内に入った時に排除するように働く抗体の機能を持つタンパク質。細胞表面に存在し、血液中に最も多く含まれる免疫グロブリンIgGに結合する受容体タンパク質がFcγ受容体である。
Science, abk0058, this issue p. 999; see also abm6812, p. 941

身体が恐怖を調整する方法 (How the body regulates fear)

恐怖は生き残るために重要であるが、不安障害の場合のように強すぎても、 無理な冒険の場合のように弱すぎても、どちらでも不適応となる。Kleinたちは、マウスで研究を行い、島皮質が動物の内部の恐怖状態に応じて、恐怖の消滅を促進または弱めるという比類のない二重の役割を持っていることを認めた(Christiansonによる展望記事参照)。この島の機能は、恐怖を恒常性の範囲内に維持するのに役立ち、身体の帰還信号に依存している。恐怖によって引き起こされるすくみ行動は心拍数の低下と関連しており、今度はそれが恐怖によって引き起こされる島皮質の活動を弱める。このように、恐怖に関連した合図による脅威の予知と、身体からの負の帰還信号という2つの反対の信号が、島皮質内で統合される。(Sk,kh)

【訳注】
  • 島皮質:大脳皮質の一領域であり、脳全体をバランスよく協調的に働かせるために必要な「中継基地」の役割を果たしている。
Science, abj8817, this issue p. 1010; see also abm6790, p. 937

若返りの泉にまつわる警告 (Caution around the fountain of youth)

大衆向けの科学記事は、(少なくともモデル生物においては)老化過程を遅らせるか逆転させる食事療法についての主張に満ちている。しかし、これらの療法はどのように働くのであろうか? それは、食物の量、食物摂取のタイミング、あるいは特定の主要栄養素の割合であろうか? Leeたちは総説で、より健康で長生きするための食事療法処方に関する事実と作り話を調査している。彼らは、それらの処方を統一する考えは、タンパク質キナーゼmTOR(ラパマイシンの機能標的)によって媒介される信号伝達経路へと収束するのかも知れないと提案している。もう1つの結論は、人間に対するこれらの食事療法の有効性と安全性が、ほとんど確立されていないということである。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • mTOR:細胞内のシグナル伝達を通じて細胞の増殖や代謝を調節する酵素であり、ラパマイシンによって阻害されることから命名されている。mTOR(mammalian target of rapamycin)としているものもある。
Science, abe7365, this issue p. 953.