AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 12 2021, Vol.374

持ち帰り試料が最近の月の火山活動を示す (Sample return shows late lunar volcanism)

太陽系天体の試料物質を実験室で測定すると、リモートセンシングだけでは得られない情報を得ることができる。嫦娥5号は、2020年12月のミッションでは月に着陸し、試料を採取し、地球に持ち帰った。Cheたちは、嫦娥5号が採取した月の火山性玄武岩の2つの断片を分析した。鉛同位体を使用した放射性年代測定は、その岩石が約20億年前に噴火したマグマから形成されたもので、月の他の火山の試料よりも最近のものであることを示している。その岩石中の崩壊済みの放射性元素量は、放射性加熱でマグマを生成するには少なすぎる。別のこれまで知られていなかった、最近の月の火山活動の発生源があったに違いない。(Wt,nk,kh)

Science, abl7957, this issue p. 887

記憶固定化の場所と時期 (Where and when of memory consolidation)

エピソード記憶は、最初に海馬で符号化され、その後、長期保存のために他の脳領域に転送される。シナプス可塑性が学習の根底にあり、記憶固定化に重要な役割を果たしている。しかし、シナプス可塑性が発生する場所と時期、およびそれがどのように神経細胞の表象を形成するかは、ほとんど不明なままである。Gotoたちは、初期の構造的長期増強(sLTP)を制御するための新しい手段を開発した。著者たちは、sLTPを選択的に操作することにより、海馬領域CA1の局所回路が符号化直後の記憶形成に必要であることを示した。この局所回路は、24時間以内のオフライン記憶固定化にとっても重要である。領域CA1に直接接続されている別の脳領域である前帯状皮質は、2日目の夜の睡眠中の記憶固定化に重要である。(Sk,MY)

【訳注】
  • エピソード記憶:個人が経験した出来事に関する記憶。
  • 長期増強:シナプスの高頻度刺激の後に起きるシナプス結合強度の持続的増加。
  • オフライン記憶固定化:外界からの感覚入力から切り離された状態で行われる、複数の記憶の固定化。
Science, abj9195, this issue p. 857

インテグレーターはどのようにして早期に転写を終了させるのか (How Integrator ends transcription early)

転写は、細胞の遺伝子情報を活性化させる中心的な過程であるが、遺伝子転写がどのように調節されているのかについての我々の理解は不十分である。いわゆるインテグレーターは、遺伝子の先頭で転写中のRNA合成酵素IIを停止させることができるが、そのような転写の下方制御がどのようにして生じるのかは分かっていない。Fianuたちは、転写中のRNA合成酵素複合体に結合したインテグレーターの3次元構造を提供している。これは、インテグレーターがどのようにして転写調節を仲介しているのかの分子的および機構的な洞察を与えるものである。(MY)

【訳注】
  • インテグレーター:RNA遺伝子のプロセシングに関わり、また、RNA合成酵素IIに結合し、特定の標的遺伝子を制御する複合体。
Science, abk0154, this issue p. 883

ワクチン接種に奨励金をつける (Valuing vaccination)

国民がワクチン接種を受けるための動機づけとしてお金を使うことは論争の的になっており、研究では功罪相半ばする結果が得られてきているが、無作為試験はほとんど行われてこなかった。ワクチン接種を受ける動機づけとしてのお金の効果を試験するために、Campos-Mercadeたちは、2021年にスウェーデンにおいて、さまざまな年齢層の人々が重症急性呼吸器コロナウイルス2ワクチンの接種を初めて受けられるようになった時に研究を開始した(Jecker による展望記事参照)。約24米ドルの少額の現金報酬の効果が、いくつかの行動ナッジの効果と比較された。この事前登録された無作為臨床試験の結果は、お金がワクチン接種率を約4ポイント増やす力を持っていたということであった。ナッジおよび再通告は有害とは見えず、わずかなプラスの効果さえあったかもしれないという程度であった。もちろん、ワクチン接種を受けさせるために人々にお金を払うことが倫理的であるかどうかという問題に取り組む必要がある。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ナッジ:人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする手法。
Science, abm0475, this issue p. 879; see also abm6400, p. 819

σ-ホールの解像 (Resolution of the σ-hole)

原子上の電荷の異方的分布は分子間相互作用に重要な役割を果たすが、直接に実験で画像化することは長年にわたる課題であった。1つのよい例として、炭素原子に共有結合したハロゲン原子上の電荷の異方的分布であるσ-ホールが挙げられる。σ-ホールはハロゲン結合の機構をもたらし、これは超分子化学でよく知られているが、その存在は間接的にしか確認されていない。Malladaたちは特別な機能が付加された探針からなるケルビン・プローブ・フォース顕微鏡を開発した。そして、σ-ホールの実空間での直接可視化を報告している。これは、σ-ホールの強い異方的電荷分布を明らかにしている。著者たちは、静電相互作用に全面的に依拠する本手法が、原子の電荷異方的分布を調べる強力な道具になるかもしれないことを示している。(NK,MY)

【訳注】
  • ハロゲン結合:ジハロゲン分子(Br2など)のハロゲン原子や分子中のハロゲン原子が、他の分子の電子供与性の原子と水素結合に類似した様式で結合すること。結合前のハロゲン原子の表面には正電荷(σホール)が存在し、これがハロゲン結合の原因であると言われている。
  • ケルビン・プローブ・フォース顕微鏡:原子間力顕微鏡プローブと試料表面の間の局所的な接触電位差を定量測定することで、プローブ直下試料表面の相対電位を高解像度で得る装置。
Science, abk1479, this issue p. 863

暗黒物質は、自らを明らかにすることを拒む (Dark matter declines to reveal itself)

天体物理学者は、私たちの宇宙が、部外者である我々を困惑させる謎の「暗黒」の物質とエネルギーに支配されていると考えている。実際、これらは、多くの証拠によってその存在が裏付けられているにもかかわらず、まだよくわかっていない。暗黒物質の候補として、いくつかの新しい基本粒子が提案されているが、決定的な信号があると主張するものはほとんどない。例外はDAMA共同研究チームによる、得られた信号のイベントレートに統計的に有意な年変動があり、それは大質量粒子との弱い相互作用が存在することと整合するとの主張だが、この結果は他の直接探索実験と矛盾しているように思われていた。Adhikariたちは、COSINE-100という別の共同研究機関のデータを分析したが、それはDAMAの結果を否定しているように見える。かくして、暗黒物質は謎のままである。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • DAMA:イタリアにある暗黒物質研究プロジェクト。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abk2699 (2021).

回路調節のための絶縁 (Insulation for circuit regulation)

脂質に富んだミエリンは、神経細胞の軸索を包み込んで軸索を絶縁し、信号伝搬の速度と効率を向上させる。髄鞘形成(ミエリン形成)は中枢神経系の全てで起きてはおらず、同一回路内の軸索でさえ、それらが保有する髄鞘形成の量が異なることがある。Bonettoたちは、そのような変動が脳回路の計算速度にどのように影響し得るのかについて、分かっていることを概説した。ミエリン可塑性は、経験学習を脳における接続の修正に結び付ける1つの機構であるかもしれない。ジャグリングを学んでいようと読むのを学んでいようと、髄鞘形成の変化は、それらの学習技量の根底にある脳回路を調整しているかもしれない。(MY,nk,kj,kh)

Science, aba6905, this issue p. 838

遺伝子と病気との関係を解きほどく (Detangling gene-disease connections)

多くの病気は、少なくともある程度は遺伝的原因によるものであり、常に理解されるものでも或いは特定の治療法で標的化できるものとは限らない。治療法開発のための可能性のある指針のみならず、さまざまな人間の病気の生物学に関する洞察を提供するために、Pietznerたちは、詳細なゲノム全体のプロテオゲノミック相関地図の作成を実施した。著者たちは、可能性のある疾病関連の変異、特定のタンパク質、および病状の間の何千もの関係を分析し、それによって将来の研究者による利用のための詳細な相関地図を提供している。彼らはいくつかの事例をも提供しており、その中で彼らは彼らの方法を、結合組織障害、胆石、COVID-19感染と、さまざまな医学的状況に適用し、時には複数の臨床シナリオで役割を果たす単一の遺伝子を同定することさえあった。(KU,MY,kh)

Science, abj1541, this issue p. 839

セントロメアをもっとよく見る (A closer look at centromeres)

セントロメアは、染色体を有糸分裂紡錘体に固定するのに重要であるが、多くの反復するDNA要素を含む可能性があるため、配列決定することが困難であった。しかしながら、これらの反復は、ほとんどだが完全に同一ではないDNA配列反復の間の配列不均一性のために、一定間隔の、明確に区別できる配列標識を持っている。このような差異は、配列組立てを助ける。Naishたちは、超ロングリードDNA配列決定法を用いて、小さなアブラナ科植物シロイヌナズナにおける5つのセントロメアすべてを解像する参照用の配列組立て確立した。セントロメアの微妙に均質化された世界への彼らの観察は、セントロメア組織を分断するレトロトランスポゾンと、減数分裂交差型組み換えによる修復がセントロメアに起こらないようにする抑制的なDNAメチル化の存在を明らかにしている。したがって、シロイヌナズナのセントロメアは、配列の均質化とレトロポゾンによる分断という反対の力の下で進化している。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:可動遺伝因子の一種で、自分自身をRNAに複写した後、逆転写酵素によってDNAに複写し返されることで転移する。
Science, abi7489, this issue p. 840

言語と道具利用のための共通基盤 (Common basis for language and tool use)

道具利用と言語はヒトの進化の顕著な特徴である。道具利用の運動過程と言語を支える運動過程の間の類似性のため、統語法と道具利用は脳の機能を共有している可能性があるとの仮説がおかれてきた。Thibaultたちは、磁気共鳴機能画像法と多変量パターン分析を用いて、ヒトの脳の大脳基底核の小領域が道具利用と言語における統語法の双方に対して共通の神経基質として機能していることを見出した。行動実験において、彼らは道具利用を含む新しい作業が、複雑な言語作業の水準をも向上させることを示した。このような結果は更に、道具利用と言語の共進化の仮説を支持している。(Uc,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 共進化:1つの生物学的要因の変化が引き金となって別のそれに関連する生物学的要因が変化すること。
Science, abe0874, this issue p. 841

レビー小体型認知症における自己免疫 (Autoimmunity in Lewy body dementia)

レビー小体型認知症(LBD)は、思考、運動、それに自律機能に対して進行性の低下をもたらす脳疾患である。LBDは、レビー小体と呼ばれる微小な沈着物の蓄積からもたらされ、この小体はα-シヌクレインと呼ばれる誤った折り畳みのタンパク質からなる凝集体から生じる。Gateたちは、LBD患者の脳にT細胞として知られている免疫細胞があることを観察した(KrotとRollsによる展望記事参照)。ゲノム解析により、T細胞がLBDの脳に移動して神経細胞の損傷に関与することが明らかとなった。α-シヌクレインで刺激されると、LBD患者のT細胞は、神経細胞を損傷することで知られているある炎症性タンパク質を分泌する。これらの知見は、LBDにおける免疫系の予想外の有害な役割を示唆している。(MY,nk)

【訳注】
  • α-シヌクレイン:主に神経組織に見られるタンパク質でアルツハイマー病やパーキンソン病でも異常な蓄積がある。
Science, abf7266, this issue p. 868; see also abm4739, p. 823

長寿命と短寿命の魚臭い話 (A fishy tale of long and short life span)

魚は近縁種の中でさえ、寿命が大きく異なっている。そのような例の1つは、北太平洋沿岸に見られるメバル属の種で、これらの種は、11年から200年以上までの寿命を有する。Koloraたちは、88のメバル属の種のゲノム配列決定とその分析を行った。そこには6つの種のゲノムに対するロングリード配列決定が含まれている(Luたちによる展望記事参照)。この分析から著者たちは、免疫およびDNA修復関連経路などの、長寿命進化の遺伝的けん引役を解き明かした。ブチロフィリン遺伝子ファミリーの複製数拡大が、寿命と正の相関があることが示され、また、個体群の歴史的動態と生活史が、長寿命種と短寿命種の間で異なる相関を示した。これらの結果は、炎症がこれらの魚における老化過程を変更しているかもしれいという考えを支持している。(MY,kh)

【訳注】
  • ロングリード:全ゲノム分析では、ゲノムを切断してそれを増幅して求めた配列をつなぎ合わせて全配列を決定するが、ロングリードは従来の方法と比べ切断配列長がはるかに長いこと。従来の方法より配列の正確性が高いと言われている。
  • ブチロフィリン:膜貫通型免疫グロブリンのスーパーファミリーに属するタンパク質で、炎症性の刺激に対して、サイトカイン分泌やT細胞産生を抑制する機能を持つ。
Science, abg5332, this issue p. 842; see also abm3392, p. 824

フィブリルの運動はペプチドによるシグナル伝達を改善する (Fibril motion improves peptide signaling)

シグナル伝達性ペプチド配列を持つ組織再生用タンパク質からなる人工足場は、しばしば限られた有効性しかない。Álvarezたちは、1つはグリア瘢痕を軽減しもう1つは血管形成を促進する、神経再生を促進する2つのペプチド配列を持つ超分子ペプチド・フィブリルからなる足場を合成した(WojciechowskiとStevensによる展望記事参照)。麻痺性のヒト脊髄損傷のあるマウス・モデルで、フィブリル遺伝子のシグナル伝達領域の外側のテトラペプチド部の変異は、フィブリル内の激しい超分子運動を促進することによって回復を改善した。最も強い活動力を持つ変異は、皮質脊髄軸索の再成長と髄鞘形成、機能的血管再生、および運動ニューロンの生存をもたらした。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フィブリル:直鎖状の生体高分子を意味する。ここでは、シグナル・ペプチド配列領域やテトラペプチド部を持つポリペプチドが、可逆的な非共有結合で形成した棒状構造体を指す。
  • シグナル・ペプチド配列:細胞外に分泌されるタンパク質の前駆体末端に存在する、25個前後のアミノ酸残基からなる配列で、細胞質内で生合成されたタンパク質の、輸送や局在化を指示する。
  • 足場:再生誘導のための細胞の周辺環境。
  • 超分子:共有結合のような強固な結合ではないが安定した構造を持つ物質。マクロには安定な構造をとっているように見えるが、結合や脱離などが活発に生じて、いわゆる動的平衡状態の物質も含まれる。
  • グリア瘢痕:損傷を受けた中枢神経系で、損傷周囲部に反応性星状膠細胞が集積して形成される高密度の瘢痕組織。
  • テトラペプチド:アミノ酸4個で構成されたペプチド。
  • 髄鞘形成:髄鞘は、神経細胞の軸索を外部から電気的に遮断する絶縁体として機能する鞘で、神軸索が一定の径に達すると髄鞘形成が開始される。
Science, abh3602, this issue p. 848 see also abm3881, p. 825

下部マントルの "ゴミ箱" (Lower mantle “garbage can”)

ケイ酸カルシウム・ペロブスカイトがついに天然試料中で同定され、今回、ダベマオイトという鉱物名が付けられている。Tschaunerたちは、ダイヤモンドの内包物として、高圧および高温で閉じ込められたこの型の鉱物を発見した(Feiによる展望記事参照)。この鉱物の構造的および化学的分析は、かさばる物をゴミ箱に詰め込むのとよく似て、この鉱物がさまざまな元素の受け皿になれることを示した。具体的には、大量の閉じ込められたカリウムを有している。したがって、ダベマオイトは、地球の下部マントル(メソスフェア)での発熱に影響を与える3つの主要な熱生成元素(ウランとトリウムはすでに実験的に示されていた)の受け皿になれる。(Sk,kh)

Science, abl8568, this issue p. 891; see also abm4742, p. 820

多くの卵母細胞から1つの卵母細胞を指定する (Specifying one oocyte from many)

多くの動物では、生殖細胞の嚢胞から1つの細胞だけが卵母細胞になるように選択される。Nashchekinたちは、ショウジョウバエをモデルとして用いて、卵母細胞の運命を特定するための重要な因子として、微小管のマイナス末端-結合タンパク質であるPatronin/CAMSAPを同定した。Patroninは、フソームによって与えられる初期の非対称性を増幅して、1つの細胞に焦点を合わせた非中心体微小管ネットワークを形成し、それに沿ってダイニンは卵母細胞の運命決定因子を輸送する。単一の卵母細胞を選択するためのこの機構は、他の生物でも共有されている可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • フソーム:卵母細胞分化の際に微小管ネットワークを組織化する、生殖細胞特異的な小器官 。
  • ダイニン:分子モーターの一種で、ATPを加水分解して得られるエネルギーで微小管上を運動するタンパク質複合体。
  • 中心体(centrosome):動物細胞における細胞小器官の1つで、微小管形成中心(MTOC; microtubule organizing center)として作用する。
Science, abj3125, this issue p. 874

深部での石炭化 (Coaling in the deep)

エネルギーに対する、我々の現在の化石炭素への依存にもかかわらず、石炭と天然ガスを生成する生物地球化学的反応は完全には理解されていない。Lloydたちは、木材から完全に炭化した無煙炭までの幅広い試料で、その化学的性質と同位体組成を試験した(Keppler による展望記事参照)。メタンの潜在的な供給源であるこの有機物質中のメトキシル基は、炭化とともに減少したが、炭素13の割合は徐々に増加した。この観察された様式の最ももっともらしい説明は、基質が制限された条件下での生物学的脱メチル化である。これらの結果は、地質学的時間尺度で石炭と天然ガスを形成する過程を理解するのに役立つ。(Sk,nk,kh)

Science, abg0241, this issue p. 894; see also abm6027, p. 821