AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 5 2021, Vol.374

血中の色とりどりのクローン (Colorful clones in the blood)

血液などの再生組織における幹細胞は、増殖有利を可能にする変異を獲得し、 結果としてガン発生の機会を増すことがある。このような多様な変異がどのようにしてクローン適応を促進するかのは不明である。Avagyanたちはゼブラフィッシュにおいてある技術基盤を作って、ヒトの血液疾患に結びつけられる遺伝子に変異を誘発している間に、各クローンを独自の色調で標識付けした。いくつかの遺伝子の変異はクローンを時間とともに増大し、クローン優位をもたらした。優位なクローンの前駆細胞は抗炎症因子を発現して、自身の成熟した子孫によって生成される炎症環境に抵抗し、クローン適合を促進する自己永続的なサイクルに導いた。これらの抵抗経路の標的化は、クローン性造血を減らしてその関連する病状を防ぐために使用出来るかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • クローン性造血:造血細胞が遺伝子変異により増殖優位性を獲得し、そのクローンが血液中で優位に増殖していること。血液ガンの前ガン病変と考えられている。
Science, aba9304, this issue p. 768

軸索の局所的方向性を定量化する方法 (How to quantify local axonal orientations)

脳の白質の軸索路を細胞の分解能で図化することは、神経科学の長年の目標である。しかし、軸索を図化するための既存の方法は、動物での研究に限られるか、データの取得および処理用の特別専門的な装置を必要とする。ニッスル染色は細胞核を識別し、皮質灰白質の区分を調べるのに広く用いられてきたが、この方法では白質はほとんど無視されてきた。SchurrとMezerは今回、ニッスル染色を構造テンソル分析とともに用いることで、白質の構造と軸索周りにグリア細胞が作る脳全体にわたる骨組み組織を研究できることを示している。この方法は、脳内におけるグリア細胞の組織化と軸索投射のきめの細かい組織化に関する我々の知識を大いに前進させるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 白質:中枢神経組織の中で、神経細胞の細胞体から長く伸びた軸索が集中して集積し走行している部分。細胞質をほとんど失っている。この周りにはグリア細胞の1つで、脂質二重層が幾重にも重なりあったミエリン鞘が多く存在するため、白く見える。
  • ニッスル染色:細胞染色法の1つ。細胞体中の特定の小器官が優先して染色される。
  • 灰白質:中枢神経系組織の中で、神経細胞の細胞体が集まる領域。
  • 構造テンソル:二次元画像のxy軸に沿った画像強度の変化。ニッスル染色した二次元画像を構造テンソル分析することでグリア細胞の向きの知見が得られている。
Science, abj7960, this issue p. 762

大きな分子が小さく構築する (Big molecules build small)

放線菌は、ポリケチド系抗生物質などの生理活性のある小分子の大量生産者である。それによってこれらの分子は、タンパク質につながれた成長中の鎖へ短い炭素単位が付加することで構築される。その付加は、脂肪酸合成でのような繰り返し方式でか、あるいはある特定の酵素複合体から次の複合体への受け渡しという部品組み立て方式でのようになされる。BagdeたちとCoganたちは、この合成酵素ドメインのうちの1つに対する抗体安定化を利用して、作用中のポリケチド合成酵素モジュールの構造を報告している。両研究グループは、ドメインの複数の立体構造状態と非対称配置を視覚化し、これらの分子組立て機械が、基質をある活性部位から別の活性部位にどのように移動させるかについての洞察を提供した。(KU,MY,kh,nk)

Science, abi8532, abi8358, this issue p. 723, this issue p. 729

容易なアリール還元 (Easy aryl reductions)

Birch還元はアルカリ金属による、全く正反対に位置する2つの炭素位置におけるアリール環の部分還元を達成する反応で、半世紀以上の間、広く用いられてきた。しかし、この反応条件は、苛性な気体アンモニアの液化を必要とする。その後まもなく、Benkeser によって開発された変法では、より安全な液体エチレン・ジアミンが用いられたが、過還元になりやすかった。Burrowsたちは今回、テトラヒドロフラン溶媒中でエチレン・ジアミンを希釈することにより、Birch条件に匹敵し、液化アンモニアを必要としない反応選択性を得ている。(MY,kj)

【訳注】
  • アリール:芳香族環化合物。
Science, abk3099, this issue p. 741

初期進化の様々な速度 (The variable tempo of early evolution)

6.35億年から5.39億年前のエディアカラ紀は、地球上で複雑系生物が現れてきたことによって特徴づけられている。Yangたちは、エディアカラ紀の進化が緩慢でも一様でもなく、劇的な環境変化を所々伴ったむしろ急速な多様化の期間によって特徴づけられることを見出した。著者たちは、より適切に進化の速度を明らかにする地質年代学的データと、この速度の変化がエディアカラ紀の地層中の炭酸塩岩の炭素同位体測定によって証拠づけられた地球的規模の炭素循環変化とどのように関連しているのか、を報告している。この過程は周期的であった。すなわち複雑系生物の特定の集団が各周期において数千万年間安定的に存続し、その後、新しい集団が遙かに短い時間間隔にわたって出現した。現在のデータは、このような多様化の突発が炭素循環の変化に伴う急速な環境変化によって生じたかもしれないことを示唆している。これらの環境変化事変の原因は殆ど理解できていないままである。(Uc,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abi9643 (2021).

海綿と進化的起源 (Sponges and evolutionary origins)

海綿は我々の遠縁動物の代表である。彼らは神経系を持っていないが、ろ過摂食のための単純な体は持っている。Musserたちは、淡水海綿であるヌマカイメンの細胞型を調査し、シナプスの情報伝達に重要な多くの遺伝子が、小さな消化腔の細胞中に発現していることを見出した。彼らは、他のすべての細胞種と接触している小さな多極細胞の中にシナプス前部特有の分泌機構を見つけ、また水流を生成して微生物の食物を消化する襟細胞の中にシナプス後部の受容装置も発見した。これらの結果は、動物の体内における目的をもった情報交換は、最初に摂食を調節するために進化したのかも知れず、それが神経系の進化への長い道のりの出発点として機能したのではないか、ということを示唆している。(Sk,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 襟細胞:一本の鞭毛とそれを取り囲んで環状(襟状)に並んだ微絨毛からなる海綿特有の細胞。類似構造の単細胞生物である襟鞭毛虫類に関連するとされている。
Science, abj2949, this issue p. 717

学校を安全に開き続ける (Keeping schools open safely)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の伝播における学校の役割については、多大な議論がなされてきた。展望記事において、LadhaniとsKIDs調査チームは、以下のデータについて議論している。それは、子供たちと職員は学校でCOVID-19に罹患することがあるが、これらの感染は主に地域社会の感染率を反映しており、緩和策が取られていれば学校は伝播の主要な推進者にはならないというものである。これらの緩和策には、マスクの着用、対人距離の確保、消毒、空気品質の監視、外部との遮断、および接触追跡と隔離が含まれる。子どもたちはCOVID-19に罹患し、場合によっては重症となることや、ロング・コビッドと呼ばれる後遺症を経験することがあるが、子どもたちの大部分は学校に通って、対面での教育やその他の支援のための社会基盤を利用できるという利点がある。(Sk,kh)

【訳注】
  • sKIDs:英政府機関であるイングランド公衆衛生サービスによる、「COVID-19 surveillance in school KIDs 」活動のコードネーム。
  • ロング・コビッド:Long COVIDのこと。Long-term effects of coronavirusから。
Science, abj2042, this issue p. 680

炭素14の活用 (Using carbon-14)

炭素14、すなわち放射性炭素は、宇宙線によって大気上層部で生成される放射性同位体であり、速やかに地球上の炭素循環に取り込まれ、55,000年までも前の炭素含有物質の年代を計算する方法を与える。Heatonたちは、より優れた放射性炭素年代較正曲線の構築を可能にした最近の進歩を概説し、これらの取り組みから明らかになった気候プロセス、太陽、地球のダイナモ、炭素循環に関する新たな洞察について論じている。(Wt)

Science, abd7096, this issue p. 707

原子以下の大きさの選択分離 (Selective subatomic separations)

膜は気体や液体を選択的に分離するのに用いられている薄膜材料であり、卓上実験から産業プロセスまで幅広く利用されている。極めて類似した大きさや化学的性質を有する材料、特に最小規模のものは分離が困難である。Kidambiたちは、電子、水素同位体、気体といった原子以下の大きさの粒子や化学種の分離用に、グラフェンや六方晶窒化ホウ素のような原子層厚の2次元材料を用いる進歩について概説している。著者たちは、これらの膜の規模拡大とそのエネルギー・顕微鏡法・電子工学技術への応用可能性について検討している。(NK,kh)

Science, abd7687, this issue p. 708

シナプス安定化 (Synapse stabilization)

脳発達の初期に、神経細胞は互いに積極的に接続する。発達が進むにつれて、過剰なシナプスは選別されて、効率的に接続された回路に精密化される。不活性なシナプスが除去の主標的となり、一方、活性シナプスは保持される傾向にある。Gomez-Castroたちは、これらの選択がどのようになされるのかをより詳しく調べた(BlumとLopesによる展望記事参照)。後シナプスのアデノシン受容体が弱まっているか十分な細胞外アデノシンを見つけられない場合、シナプスは除去される。アデノシン受容体による神経伝達物質依存性シグナル伝達経路は、タンパク質キナーゼAを駆動して、後シナプスの足場タンパク質であるゲフィリンをリン酸化する。相手方のシナプス形成膜タンパク質とともに、ゲフィリンは、γ-アミノ酪酸受容体の安定化に必要である。アデノシン受容体はこのようにしてシナプス活性を検知し、次いでそのような活性を生み出すシナプスの安定化を駆動する。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • タンパク質キナーゼA:標的タンパク質のセリン/トレオニン残基をリン酸化し、細胞内シグナル伝達系に関与する酵素。
  • 足場タンパク質:複数のタンパク質に同時に結合することにより、それらのタンパク質の細胞内局在や、シグナル伝達の効率を変化させるタンパク質のこと。
  • ゲフィリン:抑制性シナプス後膜における足場タンパク質。
  • γ-アミノ酪酸:抑制性シナプスで神経伝達物質として機能する。
Science, abk2055, this issue p. 709; see also abm3902, p. 684

抗菌タンパク質による2型免疫の増幅 (AMPlifying type 2 immunity)

抗菌タンパク質(AMP)は、粘膜表面の病原性微生物に対する防御の最前線である。 これらの陽イオン分子は、主に細胞壁と膜を破壊することによってそれらの標的を不活性化する。Huたちは、低分子量高プロリン・タンパク質2A(SPRR2A)が、グラム陽性菌を標的とする腸内で産生される殺菌性タンパク質であり、他のすべての既知のAMPと系統発生的に異なることを見出した(HarrisとWickramasingheによる展望記事参照)。SPRR2Aの産生はインターロイキン-4や-13などの2型サイトカインによって選択的に増強されるのだが、これは蠕虫感染によって誘発される。SPRR2Aを欠くマウスは、蠕虫が腸上皮に損傷を与えた後、腸内細菌が腸のバリアに侵入するのを防ぐことができない。このようにSPRR2Aは、蠕虫感染に続く細菌の侵入と繁殖から保護する2型免疫の重要な要素である。(Sh,kh,nk)

【訳注】
  • 2型免疫:寄生蠕虫類やアレルゲンに対する適応反応。
  • プロリン:コラーゲンの原料の1つでもある非必須アミノ酸。
  • グラム陽性菌:グラム染色によって紺青色や紫色に染色される細菌の総称で、外膜を持たず、糖やアミノ酸で構成される分厚いペプチドグリカン層を持つ。ボツリヌス菌、ぶどう球菌、レンサ菌、炭疽菌、乳酸菌、ビフィズス菌等が含まれる。
  • 蠕虫:体が細長く蠕動により移動する虫。寄生虫から寄生性の原生動物や節足動物を除いた、吸虫、条虫、線虫、類線形虫、鉤頭虫、ヒルなどが含まれる。
  • 2型サイトカイン:免疫細胞が分泌するタンパク質や糖タンパク質の総称であるサイトカインのうち、ヘルパーT細胞の一種であるTh2型細胞が産生するもの。代表的にはインターロイキン-4や-13。インターロイキンとは、ヘルパーT細胞が分泌するサイトカイン。
Science, abe6723, this issue p. 710; see also abm3876, p. 682

エアロゾル表面での自発的化学反応 (Spontaneous chemistry on aerosol surface)

界面酸化還元化学反応は、気体分子およびエアロゾル粒子の形成に重要な役割を果たす。しかしながら、このような不均一過程の特性評価は困難であるため、化学反応速度モデルではしばしば省略される。Kongたちは、分子動力学シミュレーションと組み合わせた大気圧X線光電子分光法を用いて、硫酸アンモニウムという典型的な無機エアロゾル表面上で、溶媒和過程の第一段階にある表面によって促進される自発的な酸化還元化学反応を発見した(Ruiz-Lopezによる展望記事参照)。硫酸塩還元アンモニウム酸化反応の可能性のある生成物として、いくつかの予期しない化学種が特定されてきており、これは大気化学に関する持続する難問のいくつかを解決するのに役立つかもしれない。現在の結果はまた、廃水処理やその他の産業技術の開発に役立つかもしれない。(Sk,kh)

Science, abc5311, this issue p. 747 see also abl8914, p. 686

ホウ素での不斉炭素の結合 (Asymmetric carbon coupling at boron)

Matteson反応は、広く入手可能なジクロロメタンのようなハロゲン含有炭素化合物をホウ素上のアルキル置換基と結合することにより、炭素-炭素結合を生成する反応である。Sharmaたちは、この反応に対する不斉触媒作用を報告している。キラルなチオ尿素、ボロン酸エステル、およびアルキル・リチウム塩基から誘導される反応触媒は、そのリチウム中心を介して1塩素の抜き取り段階を加速するように思われる。反応生成物は、まだ1塩素を持っていて、立体特異的置換によりさらに修飾されて、広範な3置換キラル中心を生成することができる。(MY,kh)

Science, abm0386, this issue p. 752

ケトン移動のための注意深い振り付け (Careful choreography for a ketone shift)

化学者たちは、分子骨格内の酸素の正確な配置に多大な努力を捧げている。Wuたちは、カルボニル基の酸素を隣接する炭素中心に移動させるための簡便な方法を報告している。ケトンを対応するアルケニル・トリフラートに変換し、パラジウムとノルボルネンによる協同触媒作用により、トリフラートを水素化物で置換しながら、隣接する炭素に窒素を付加する。次に、加水分解により、目的のケトン移動化合物が生成される。この合成手順は、薬物最適化の際の複雑な分子の合成終盤での官能基変換に非常に適している。(KU)

【訳注】
  • トリフラート:トリフルオロメタンスルホン酸エステル(CF3SO2OR)の略称。このRがアルケニル(二重結合をもつ脂肪族炭化水素から水素が1個失われた基の一般名、例えばビニル基の場合は CH2=CH−)。
  • ノルボルネン:架橋構造を持ち、化学式 C7H10で表される炭化水素。
Science, abl7854, this issue p. 734

小さなものも、ないがしろにするな (Little things matter)

2.5マイクロメートルかそれ以下の大きさの粒子状大気汚染(PM2.5)は重要な人の死因であり、その生成を管理することは健康政策の優先事項である。窒素酸化物はPM2.5の重要な前駆体であり、汚染防止計画の中心となってきた。しかしながら、Guたちは今回、アンモニア排出量の低減もPM2.5削減の重要な要素であり、低減の社会的利益はそのコストを大幅に上回っていることを示している(Erismanによる展望記事参照)。このように、アンモニア排出量を削減することは、窒素酸化物と二酸化硫黄の管理に対する費用効果の高い補完になるかもしれない。(Sk)

Science, abf8623, this issue p. 758; see also abm3492, p. 685

Perseveranceによる火星の三角州の画像 (Perseverance images of a delta on Mars)

Perseverance探査機は、2021年2月に火星のJezeroクレーターに着陸した。それ以前の軌道からの画像では、そのクレーターは、数十億年前に湖に流れ込んだ水が堆積した、古代の川の三角州を含んでいることが示されていた。Mangoldたちは、着陸直後に撮影された火星探査車(rover)の画像を分析した。それは、三角州の端の遠方にある崖の面を示している。露出した層序と岩石の大きさから、過去の湖の水位と水の排水量を決定することができた。最初は安定した流れだったのが、その惑星の乾燥とともに断続的な洪水に移行していった。この三角州の地質の歴史は、残りの探査任務の背景知識を与え、火星の古代の気候に関する理解を深めるものである。(Wt,kh)

Science, abl4051, this issue p. 711