AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 29 2021, Vol.374

汚濁化した水 (Muddied waters)

アジア高山域の気候は温暖化かつ多雨化しつつある。Liたちは、この地域から始まる河川が、過去60年間、1990年代中頃からは特に劇的に、流量と土砂輸送率の大幅な増加を経験していることを示すデータを報告している。著者たちは、気候変化が極端な場合、これらの河川からの土砂輸送率が2050年までに二倍以上になる可能性があると予測している。そして、これはこれはもしかするとこの地域での水力発電容量、食料安全保障、そして環境に対する深刻な影響を与える。(Uc,KU,nk,kh)

Science, abi9649, this issue p. 599

輸送体を阻止する独特な機構 (Distinct mechanisms to block transporters)

ATP結合カセット(ABC)輸送体は、大小の分子を膜を横切って移動させる重要な細胞装置である。グラム陰性菌では、MsbAと呼ばれるABC輸送体が外膜の働きを支援し、この輸送体はリポ多糖を細胞膜の内側の面からペリプラズムの面へとはじくように送る。Thelotたちは、MsbAに結合した2つの第一世代の阻害剤であるTBT1とG247の構造を決定し、それらが独特の結合様式を持つことを見出した。ほとんどの阻害物質とは異なり、TBT1は非生産的なATPアーゼ活性を引き起こし、基質が結合した状態と似た立体構造を誘発する。これらの構造は、有望な抗菌薬の設計に対して価値ある情報を与えるだろう。著者たちはすでに、TBT1が誘発する立体構造に基づき、仮想スクリーニング法により新規なリード化合物を突き止めた。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • グラム陰性菌:ハンス・グラムが考案した細菌の分類のための染色法により陰性となる細菌。染色が起こる細胞壁のペプチドグリカン層が薄いため容易にアルコール脱色され、グラム染色法で陰性と判定される。また、グラム陰性菌は細胞壁の外に外膜を持つ。
  • ペリプラズム:グラム陰性菌において、細胞膜と細胞外膜の2枚の生体膜に囲まれた空間)
  • リード化合物:創薬過程の出発点となる創薬標的(新薬候補化合物)のこと
  • リポ多糖:共有結合で結ばれた脂質と多糖の複合体で、グラム陰性菌の外膜の構成成分。
Science, abi9009, this issue p. 580

脳内での核の組織化 (Nuclear organization in the brain)

脳は、異なる細胞型である神経細胞と神経膠細胞からなり、これらは異なる核構造をとっている。Takeiたちは多重化撮像装置を用いて、マウス脳皮質内の同じ単一細胞内で3000以上のDNA遺伝子座の空間配置を、後生的な標識と遺伝子発現様式とともに、同時に調べた。彼らは、メガ塩基対レベルで、各細胞型で進化的に保存された特徴と同時に細胞型依存的な空間配置も観察した。数十キロ塩基対レベルでは、彼らは、集団数に基づく測定で平均化される活性および不活性な両方のX染色体において似たような単一細胞染色体領域の立体構造を観察した。(MY,KU,nk,kh)

Science, abj1966, this issue p. 586

磁石を見定める (Taking the measure of a magnet)

近年、2次元物質に磁性の存在が発見され、その性質を解明しようとする動きが活発になっている。ヨウ化クロム(CrI3)の単分子膜の磁性は面外磁気異方性の観点から理解できるが、関連物質である塩化クロム(CrCl3)のスピンの方向は面内を向いている。Bedoya-Pintoたちは分子線エピタキシーを用いて、グラフェン上に CrCl3 の単層膜を成長させ、その磁気特性を調べた。著者たちはX線磁気円偏光二色性の測定装置を用いて、バルクのCrCl3 が反強磁性体であるのとは異なって、単分子層の CrCl3 は強磁性体であることを見いだした。臨界領域での信号の 比例性により、この物質は 2D-XY 普遍性クラス(universality class)に属し、他のいくつかの2D磁性体が示すイジング磁性とは異なることが示された。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abd5146, this issue p. 616

ガラスの中の安定した発光 (Stable emission in glass)

ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、明るく狭帯域のフォトルミネッセンスを示すことがあるが、不活性相の形成と鉛イオンの損失に関わる安定性の問題がある。Houたちは、ヨウ化セシウム鉛の黒色の光活性相は、液相焼結によって有機金属骨格のガラス相と複合体を形成することで安定化できることを示している。フォトルミネッセンスは、純粋なペロブスカイトよりも少なくとも2桁大きい。ガラス相は、レーザーによる高励起のもとでもペロブスカイトを安定に保ち、水に1万時間浸した後もフォトルミネッセンスの約80%が維持された。(Wt,nk)

Science, abf4460, this issue p. 621

日の当たる海洋における循環 (Circulating in the sunlit ocean)

海洋食物連鎖の基盤にある海洋プランクトンは、地球規模の生物地球化学的流動を促進し、それらの分布に関する知識は、環境変化に対する海洋の反応を理解するための鍵である。Sommeria-Kleinたちは、分類群の共起に関する確率モデルを用いて真核生物プランクトンにおける生物地理の様式と推進力を調査し、70の主要な群の生物地理を、様々なプランクトンの大きさの画分と生態を含めて、比較した。この分析は、世界中のさまざまな海洋地域にある129の観測点からのメタバーコード・データに基づいている。試料は、太陽光が透過してくる表面海水からのもの、および観測点の約半分での、深部クロロフィル最大点からのものである。極めて重要なメッセージは、小さな光合成プランクトンは主に緯度に従って分布し、より大きな捕食プランクトンは海盆によって分割されているということである。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • メタバーコード:DNAをバーコードのように使って種を判別する技術
  • 深部クロロフィル最大点:クロロフィル濃度が最大となる陸水(湖沼)や海洋中の水面下領域
Science, abb3717, this issue p. 594

根粒形成調節 (Nodulation regulation)

マメ科植物は、根の根粒に宿る相利共生菌の助けで、大気中の窒素を生物学的に有用なアンモニウムに変換する。根粒成長の多くは、転写因子NODULE INCEPTION(NIN)によって制御されている。Fengたちは、根粒が窒素固定能力を獲得した時に、NINがタンパク質分解により処理されて、根粒形成の後期段階を調節するNIN断片を遊離することを示している。Jiangたちは関連する研究で、NIN様タンパク質(NLP)転写因子ファミリーのメンバーを突きとめてそれがマメ科植物間で共有される独特なプロモータ・モチーフにより作用するレグヘモグロビンの発現調整因子であるということを明らかにした。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • レグヘモグロビン:マメ科植物根粒にあるヘモグロビン類似タンパク質。
Science, abg2804, abg5945, this issue p. 629, p. 625

記憶の源 (The source of memory)

記憶はどこで形成され、保存されるのか? この質問への多数の回答は、幅広い意味を持つているかもしれない。展望記事において、Shinたちは、新皮質のレイヤー1が、長期的な意味記憶が形成され、保存される場所であるという彼らの仮説を検討している。新皮質を構成する錐体神経細胞は、脳の他の領域からの多数の入力があるためこの役割には最適であり、記憶事象の特徴と背景を一つの細胞に一緒にプログラムすることを可能にしている。このプロセスだけではなく、記憶がどのように検索されるかを理解することは、記憶障害、学習、さらには人工知能ネットワークがどのように設計されているかについての有益な情報を与えるのかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

Science, abk1859, this issue p. 538

老化細胞のために時計が時を刻んでいる (The clock is ticking for senescent cells)

老化細胞は、SASPと呼ばれる生物活性セクレトーム生成によって、免疫系を介して自身の認識と除去を促進する。Sturmlechnerたちは、細胞周期調節因子p21が、SASP初期形態(彼らはこれをp21活性化分泌現象(PASP)と名付ける)を導くことを報告している(ReenとGilによる展望記事を参照)。PASPの一環として、ケモカインCXCL14はマクロファージを引き付け、マクロファージは高濃度p21を示すストレスを受けた細胞を監視する。ストレスを受けた細胞が回復し、p21濃度が4日以内に正常に戻ると、マクロファージは彼らの標的から離れる。そうでなければ、マクロファージは、標的細胞の除去を促進する細胞障害性T細胞を動員する。p16などの他の細胞周期調節因子は、PASPと重複する多くの因子を誘発する可能性があるが、p21は老化細胞の免疫免疫学的監視のこのCXCL14を介した「タイマー」機構を独自に駆動する。(Sh,kj)

【訳注】
  • SASP:細胞老化随伴分泌現象。Senescence-associated secretory phenotypeの略。老化細胞から、様々なセクレトーム(=分泌タンパク質:炎症性サイトカイン、ケモカイン、細胞外基質分解酵素などのタンパク質分解酵素、増殖因子など)が産生される現象。
  • ケモカイン:特定の白血球に作用し、その濃度勾配の方向に白血球を遊走させる活性を持つサイトカイン(=細胞から分泌され生理活性を持つ低分子タンパク質)
  • マクロファージ:白血球の1種で、生体内をアメーバ様運動する遊走性の食細胞。死んだ細胞やその破片、体内に生じた変性物質や侵入した細菌などの異物を捕食して消化する。
Science, abb3420, this issue p. 577; see also abm3229, p. 534

土地強奪の長期的影響 (Long-term impacts of land dispossession)

今日まで、我々は、現在の先住民部族居留地が彼らの元々の土地と比べてどうなのかについてだけでなく、北アメリカの一部の先住民のどのくらいの大きさの土地が植民地開拓者によって奪われ、移住を余儀なくされたのかの正確な推定を欠いている。Farrellたちは、現在の米国の境界内に新しいデータセットを構築し、部族居留地の密度と広がりがほぼ99%減少したことを見いだした(Fixicoによる展望記事参照)。現在の先住民部族の土地は気候変動に対してより脆弱であり、資源も少ない。彼らは、これらの知見に関する調査と政策的関与について考察している。(KU,nk,kh)

Science, abe4943, this issue p. 578; see also abl6288, p. 536

コウモリ・コネクション (The bat connection)

COVID-19の不均一性が、個人の感染経路を予測することを困難にしている。ウイルスに感染すると、インターフェロン(IFN)は細胞防御のための初期シグナルを発生する。IFNシグナル伝達における欠陥が、より重度のCOVID-19に関連していることを知って、Wickenhagenたちは、ヒト肺細胞にIFN-刺激遺伝子発現スクリーニング法を使用した。彼らは、そこから2'-5'-オリゴアデニル酸合成酵素 1(OAS1)に対する遺伝子を同定した(Schogginsによる展望記事参照)。OAS1はRNaseLを刺激して、ウイルスがその中で複製する膜状の細胞小器官を標的とする、驚くほどの特異性でウイルスを抑制する。ほとんどの哺乳類では、OAS1はプレニル基によって膜に付着する。しかしながら、何十億もの人はプレニル化の付いたOAS1ハプロタイプを持っておらず、その多くは重度のCOVID-19を経験している。同じことが、古代のレトロ転位事象のために、ベータコロナウイルスのを量産する源であるキクガシラコウモリにも当てはまる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 2'-5'-オリゴアデニル酸合成酵素 1:ウイルスの感染或いはIFNの刺激によって誘導され、ウイルスRNAに結合することで活性化され、産生された2'-5'-オリゴアデニル酸がウイルスRNAを分解する。
  • プレニル基:炭素数5のイソプレンを基本単位として構成される構造単位の総称
Science, abj3624, this issue p. 579; see also abm3921, p. 535

ニッケル分だけのCOを含むポリエチレン (Polyethylene with a nickel’s worth of CO)

最も大量に製造されている合成樹脂であるポリエチレンの最大の問題は、いったん廃棄すると簡単には分解されないことである。化学者たちは長い間、少量の一酸化炭素(CO)をポリエチレン鎖に導入して光分解を促進しようと努めてきたが、余分なCOが割り込んでこの合成樹脂の他の特性を損なう傾向にある。Baurたちは、嵩のあるホスフィノフェノラート配位子によって配位されたニッケル触媒が、約1%のCOを取り込むエチレン重合を触媒し、紫外線曝露下での分解を促進しつつ、引張強度を維持できると報告している(Sobkowiczによる展望記事参照)。(Sk,kh)

Science, abi8183, this issue p. 604; see also abm2306, p. 540

有効電荷を測定する (Measuring the effective charge)

温度が十分低くなると、超伝導体では所謂クーパー電子対が形成され電気抵抗ゼロで電流が流れることができる。クーパー対は、通常超伝導性が生じるのと同じ臨界温度で形成される。ある特定の材料においては当該臨海温度以上でクーパー対が形成されると考えられているが、実験で直接的にこの性質を示すことは困難である。Bastiaansらはトンネル・ノイズ分光法を用いて、窒化チタン無秩序超伝導体における電流キャリアの有効電荷を測定した。臨界温度以下では期待どおり、有効電荷は2電子電荷であった。しかしながら、臨界温度以上であっても同様の性質が維持され、電子対がそのような(臨界温度より高い体制で)体制でも存在することが示唆された。(NK,kj,nk,kh)

Science, abe3987, this issue p. 608

ポリマーを切り替える (Switching a polymer)

電気的に切り替え可能なメタ表面とプラズモン材料は、能動的なナノフォトニック技術の開発を可能にするだろう。Karstたちは、プラズモンのナノアンテナ共鳴の電気的切り替えに金属様ポリマーが使用できることを示している。プラズモン共鳴は、最大30ヘルツ(ビデオ・レート)の切り替え速度、±1ボルトの低い切り替え電圧(相補型金属酸化膜半導体と互換)、そして100%の伝送変調深度で完全にオンとオフを切り替えることができる。この結果は、拡張現実および仮想現実の画像技術用途に用いられるような、ナノフォトニック素子に応用されるかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 金属様ポリマー:絶縁体−金属転移を生じる材料(絶縁体−金属転移:不純物のない絶縁性の固体物質に電子や正孔を高い密度で注入すると金属様に変化する現象)
Science, abj3433, this issue p. 612

タタンカ・イヨタケの子孫を特定する (Identifying Tatanka Iyotake’s descendents)

歴史上の人物の系譜の遺伝子分析は、親の遺伝の複雑さ、試料への制限または限定された利用、およびそのような試料におけるただでさえ限られた量のDNAがしばしば高度に分解しているという事実のために、困難である。有名なラコタのリーダー、タタンカ・イヨタケ(シッティング・ブル)の推定子孫の要請で、Moltkeたちは、このような状況のもとでのDNA分析のための強力な新しい方法を開発した。2007年に彼の推定子孫たちに返還されたシッティング・ブルのわずかな髪の毛を用いて、チームは、彼らの一人をシッティング・ブルのひ孫として明確に特定した。この方法は、内在性DNAが非常に少量の試料の分析に有望である。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • シッティング・ブル(Sitting Bull):本名タタンカ・イヨタケ、アメリカインディアンのラコタ・スー族の戦士
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abh2013 (2021).