AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 22 2021, Vol.374

メタ表面で偏光を制御する (Metasurfaces tune polarization)

黒リンの原子薄膜から反射されることで光線の偏光制御を行うアイディアは芸術的である。量子光システムにおいて、光の偏光状態は誘電体と液晶による嵩高い部品によって操作されるのが一般的である。能動的メタ表面は、これら嵩高い部品の大きさをナノスケールに縮小できる可能性を有している。Biswasらは、汎用性のある電気光学的に偏光制御可能な能動的ナノフォトニクス構造を実証している。彼らは、共振器を形成する電極ゲートで挟まれた黒リンの三層構造を用いて、通信波長帯全域で光の偏光状態を電気的に切り替えることが出来るTことを示している。このような制御技術は、伝播光の波面の能動的制御を可能とし、通信、画像化、光線制御といった多くの応用に役立つと期待される。(NK,nk,kh)

Science, abj7053, this issue p. 448

COVID-19に対する抗体の集団(Community of antibodies against COVID-19)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2スパイク・タンパク質は、多くのワクチンの基本であり、COVID-19感染後の中和抗体の主要な標的である。世界中56人の参加者で構成される、Coronavirus Immunotherapeutic Consortium (CoVIC)は、269のモノクローナル抗体(mAb)の一群を分析し、競合特性(competition profiles)に基づいて、受容体結合ドメインを標的とする186のmAbを7つの集団に分類した。Hastieたちは、代表的な抗体結合を構造的に分析し、偽ウイルス中和 検定を用いて、懸念される特定の変異株に見られる変異の組み合わせを含む、抗体機能に対するスパイク変異の影響を研究した。これらの結果は、治療と予防の両方の取り組みを導くために重要である。(KU,kh)

Science, abh2315, this issue p. 472

微細規模の渦巻き強化 (Fine-scale strengthening swirls)

付加製造法を用いて、複合特性を強める方法で異なる合金を組み合わせることで、興味深い特性を持つ材料を生み出す可能性がある。Zhangたちは,レーザー粉末床溶融結合法を用いて,少量の316Lステンレス鋼を結合させてTi64チタン合金にした。この処理により、高強度を維持しながら延性を大幅に向上させた特徴的な微細構造を持つ合金が作られた。この設計戦略は、他の合金系の機械的特性の改善にも役立つはずである。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 316Lステンレス鋼:オーステナイト系ステンレス鋼の代表鋼種であるSUS304のニッケル(Ni)含有量を高め、更にモリブデン(Mo)を添加して耐食性を高めたもの。“L”はLow carbonを表す
Science, abj3770, this issue p. 478

脳への立ち入りを封鎖する (Locking down access to the brain)

炎症性腸疾患は腸症状として最もよく知られているが、さまざまな腸外症状を他の臓器で引き起こすことがある。炎症性腸疾患はまた、不安や抑うつなどの、認知的および精神的な作用を伴うことがある。Carloniたちは腸炎症のマウス・モデルを用いて、炎症性腸疾患のこうした側面の間の病因的関連性を明らかにした。炎症過程は、腸の血管障壁をより透過性にし、腸を越える炎症の広がりをもたらす一方で、脈絡叢中の血管障壁が塞がり、炎症から脳を守るのに役立つけれど、同時に臓器間の情報交換を損ない、幾つかの脳機能を害する可能性もある。(MY,nk)

【訳注】
  • 炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎、クローン病の2疾患からなり、腸の粘膜に炎症または潰瘍を長期にひきおこす原因不明の難病。
  • 脈絡叢:脳室の内壁にあり、脳脊髄液を産生し脳室内に分泌する組織。
Science, abc6108, this issue p. 439

アフリカ全土でのSARS-CoV-2 (SARS-CoV-2 across Africa)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)パンデミックの影響は、アフリカの国々では、主としてデータが断片的なため、追跡が困難だった。Wilkinsonたちは、この大陸の幾つかの国々から集められたウイルス・ゲノムを整理してまとめた。アフリカ各国での2020年の1年間でのこの感染症の勃発は、国外(ほとんどは欧州)からもたらされた症例によって始まった。パンデミックが進展するにつれて、アフリカの国々での症例数は報告されたよりも何倍も高かったらしく、パンデミックのその後の波は、一層激しかったようである。その結果、伝播性の強い変異株が現れて、それがアフリカ大陸内に広がった。そのため、アフリカの国々は世界的な抑制努力に組み込まれなければならない。(MY,kh)

Science, abj4336, this issue p. 423

硫黄で安定化されたナノ粒子 (Sulfur-stabilized nanoparticles)

白金の金属間化合物合金のナノ粒子は、触媒活性を高める電子特性を増強できたはずだが、完全な原子の拡散を保証するのに必要な高温が、多くの場合、表面積が小さく、したがって全体的な活性が低い、より大きなナノ粒子の成長(焼結作用)を引き起こす。Yangたちは、硫黄を不純物添加したカーボン担体が強い白金-硫黄結合を形成し、小さな白金合金ナノ粒子(直径5ナノメートル未満)を最高1000℃までの温度で安定化させることを示している。彼らは、白金合金のライブラリを選別し、水素燃料電池における酸素還元反応に対して高い質量活性を有する白金合金を特定した。(Sk,KU,kh)

Science, abj9980, this issue p. 459

タンパク質が自然界にない元素を捕捉する (Protein captures unnatural elements)

短命の放射性核種は、多くのさまざまな病気の画像化と治療に重要な役割を果たしている。特にアクチニウム・カチオンは、標的α線療法で大きな注目を集めているが、精製、抽出、および安全な送達には多くの課題が存在している。Deblondeたちは、最近発見された天然タンパク質であるランモジュリンは、アクチニウムに対して驚くべき結合選択性を持っていることを示している。このタンパク質がこの元素に出会うことは自然界ではまずない。ランモジュリンへの結合により、1010当量の競合イオンが存在する場合でもアクチニウムの精製と回収が可能である。このタンパク質は、医療応用に対する多用途のキレート化基盤技術開発への新しい戦略を提供する可能性がある。 (KU,nk,kh)

【訳注】
  • ランモジュリン: ランタノイド (アクチノイドと並ぶ遷移元素群) に大きな親和性を持つ, 近年識別されたタンパク質
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abk0273 (2021).

低用量接種の方が、要領がいい (A smaller-dose jab does the job)

低用量のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、 医療提供者により多数回の接種を限られたワクチンの供給量で行わせる可能性があり、かつ副反応が抑えられるかもしれない。しかしながら、低用量のCOVID-19 mRNAワクチンが、現在承認されている用量に匹敵する免疫応答を生じるかどうかは、未解決の問題のままである。Mateusたちは、25 μgのmRNA-1273(Moderna)COVID-19ワクチンを接種した患者と、100 μgのmRNA-1273COVID-19ワクチン接種者、および重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2感染者を比較した臨床試験の結果を報告している。低用量のModernaワクチンは、若年患者と高齢患者の間で同等の長寿命のT細胞免疫を生じ、交差反応性T細胞の存在によって強化することができた。さらに、抗体および低用量ワクチンによって誘発されたT細胞応答は、自然感染に匹敵し、高用量ワクチン接種で見られたものの約半分の強さであった。(Sk.kh)

【訳注】
  • 交差反応性T細胞:新型コロナウイルスなど初めて我々が遭遇する病原体に対する記憶型細胞は、未感染者には通常存在しないと考えられる。しかし、風邪症状を起こす他のコロナウイルスの記憶型T細胞の一部が、新型コロナウイルスにも反応しうる(=交差反応)ことが報告されている。未感染者がもともと持っているこの交差反応性T細胞の数や性質の違いが、COVID-19の症状の地域差、年齢差、個体差を生む一因となる可能性が指摘されている。
Science, abj9853, this issue p. 420

他者に対する心眼の見方 (A mind’s-eye view of others)

個体集団の中の社会的相互作用は複雑な命題である。集団内の動物個体は、現在存在しているさまざまな鳴き声や直接的な相互作用の経過を追う必要があるだけでなく、他の全ての個体に対するそれらについての知識や、その個体との相互作用の経緯をも保持する必要がある。2つの研究が、そのような複雑性を管理する神経細胞過程を解明し始めている(Sliwaによる展望記事参照)。Baez-Mendozaたちは、3頭のアカゲザル間の相互作用動態を追跡して、背内側前頭前皮質中の神経細胞が、自己認識、状況、および相互作用経緯などの相互作用の詳細を表現していることを見出した。Roseたちは、自由に相互作用するエジプト・オオコウモリの脳神経情報を遠隔で記録し、個体間に協調的神経活動が存在し、また、脳の活動パターンと社会的選好との間に関連性があることを同様に見出した。彼らはまた、前頭前皮質中の単一神経細胞が特定の個体の鳴き声を聞きわけることを見出した。これらの研究は共に、社会的相互作用と自己認識の神経細胞による符号化のはっきりとした証拠を明らかにしている。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 背内側前頭前皮質:脳にある前頭葉の前側の領域の一部。背内側前頭前野などの語も用いられる。
Science, abb4149, aba9584, this issue p. 421, p. 422; see also abm3060, p. 397

鉄がトリオを結び付ける (Iron links a trio)

鉄は触媒金属として特別の魅力を保持している。すなわち、鉄は安全で、豊富で、酵素反応性の柱である。とはいえ、合成で炭素-炭素結合を作る場合、現代の化学者たちは、パラジウムなどのより稀少な金属に大きく頼らねばならなかった。Liuたちは今回、嵩高いキレート形成ホスフィン配位子の鉄への配位により、3つの異なる反応物であるハロゲン化アルキル、アリール系グリニャール試薬、オレフィンが、効率的に相互カップリングして、2つの炭素-炭素結合を形成できることを報告している(Lefevreによる展望記事参照)。メスバウアー分光法、結晶解析法、計算機シミュレーションの組み合わせが、この反応の機構を解明した。(MY,kh)

【訳注】
  • グリニャール試薬:R?MgXで表される有機マグネシウムハロゲン化物。強い求核性と強塩基性を持つため、幅広い有機合成反応に応用されている。
  • メスバウアー分光法:原子核の共鳴励起現象を使って、特定の原子核周辺の電子構造や磁性についての情報を得る分析方法。
Science, abj6005, this issue p. 432; see also abl4762, p. 396

水の取り込みを設計する (Designing water uptake)

一部の多孔質材料における水分子の位置は回折技術で決定されていたが、水位置の充填順序を決定することは困難あった。Hanikelたちは単結晶X線回折法を用いて、さまざまな水負荷状態における有機金属構造体MOF-303細孔内のすべての水分子の位置を定めた(OhrstromとAmombo Noaによる展望記事参照。 彼らは水分子の吸着順序に関するこの情報を用いて、このMOFのリンカーを変更し、さまざまな温度状況に対する湿った空気からの水取り込み特性を制御した。(KU,kj)

Science, abj0890, this issue p. 454; see also abm1854, p. 402

木材をハニカム構造に変える (Turning wood into honeycombs)

木材は構造的な用途として魅力的な素材であるが、通常最もうまく機能するのは、板や薄板としてである。Xiaoたちは、これらの薄板を複雑な構造に加工することを可能にする、硬材を処理するための工程を開発した(TajvidiとGardnerによる展望記事参照)。鍵となるのは、細胞壁構造を収縮・破裂で加工して、繊維と導管を乾燥と「吸水衝撃」で広げることである。この工程は、裂けたり割れたりせずに木材を加工できる窓(条件範囲)を生み出す。ハニカム、段ボール、またはその他の複雑な構造は、いったん木材が乾燥すると固定できる。(Sk,nk,kh)

Science, abg9556, this issue p. 465; see also abm3882, p. 400

牙を失う (Lose the tusks)

野生生物の捕獲と密猟は、人口と我々の技術が発達するにつれて増加してきた。これらの圧力は、今や、選択の推進力と見なせるような規模で発生している。Campbell-Statonたちは、この現象が、20年間のモザンビーク内戦中に象牙のために密猟されたアフリカゾウで発生していたことを示している(DarimontとPelletierによる展望記事参照)。軍隊による激しい密猟に応答して、ゴロンゴサ国立公園におけるアフリカゾウの個体数は90%減少した。内戦後、個体数が回復するにつれ、比較的多数の雌の個体が牙を持たずに生まれた。さらなる調査は、この形質が伴性(性によって発現の異なる現象)であり、牙の無い表現型を生み出す特定の遺伝子に関係しており、密猟に直面して生き残る可能性がより高いことを明らかにした。(Sk,kj,kh)

Science, abe7389, this issue p. 483; see also abm2980, p. 394

野生種ファージの進化 (Wild phage evolution)

細菌は、急速に進化し細菌ゲノムの大部分を占める多様な高度に特異的なファージへの防御機構を持っている。ファージ療法を臨床使用のために本気で検討する場合は、これらの動態を理解する必要がある。Hussainたちは、ほぼクローンの遺伝子構成をもつ野生Vibrio lentus宿主とそのファージの組み合わせを研究し、宿主が、異なるウイルスに感染した2つの集団に分かれることを見出した(MeadenとFineranによる展望記事を参照)。不可解なことに、両方の宿主集団は同じ表面ファージ受容体を持っている。この明らかな矛盾は、宿主の塩基配列の決定によって解決され、2つの宿主表現型において内在性であるが可動性のファージ防御要素(PDE)の異なる組合せが明らかになった。実際に、PDEは細菌の柔軟な非コア・ゲノムの大部分を構成する。これは、PDEが進化し、必須の細胞表面分子を合成するために必要な代謝過程に干渉することなく細胞から細胞へと移動できることを意味している。(Sh,kj)

【訳注】
  • ファージ:正式にはバクテリオ・ファージ。細菌に寄生し、その菌体を溶かして増生するウイルス。
  • 非コア・ゲノム:対象となる菌株群において、すべての菌株が有するゲノム領域をコア・ゲノムと言い、それ以外のゲノム領域を指す。
Science, abb1083, this issue p. 488; see also abm2444, p. 399

データの重要性 (The importance of data)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2の世界的大流行は、多くの種類のデータ、特に患者数と発生率、入院者数、および死亡者数で追跡されている。この情報は、緩和策と政策決定を行うために重要であるが、これらの種類のデータには制限があり、一部のデータは定期的には追跡されていない。展望記事において、PagelとYatesは、地域的流行についてそのデータが我々に何を教え、何を教えていないかを検討し、ワクチン接種を受けた個人の後遺症(Long Covid)とブレイクスルー感染の数など、欠落しているデータの重要性を強調している。(KU,nk.kh)

Science, abi6602, this issue p. 403

ひねりを伴う光の活用 (Exploiting light with a twist)

光には、情報の符号化に利用できるいくつかの自由度がある。波長、振幅、位相、偏光、パルス幅に加えて、光を渦状の波の重なり構造と考えることもできる。これらの渦は光の角運動量を持ち、通信チャネルとして他の多くのモードの効果的な活用に道を開く。Niたちは、光の渦をオンチップで生成、検出できるナノフォトニクスの技術基盤でなされた進歩を概説している。これらの開発は、古典的および量子的な情報処理への応用が期待されている。(Wt,nk,kh)

Science, abj0039, this issue p. 418

海洋熱波の影響 (The impacts of marine heatwaves)

世界の海洋における極端な温暖化現象は、より広範囲にかつより頻繁になりつつある。10の最も過酷な記録された現象のうち8が、過去10年内に発生している。Smithたちは、これらの海洋熱波が、どのように広範囲な社会経済学的影響とともに、生態系のサービス提供を深刻に変化させているかを概説している。生息域の移動や海洋種の大量死、有害な藻類ブルーム等の熱波の影響は、既に何十億USドルに達するような連鎖的な経済的結果をもたらしている。このような現象の結果の評価に加えて、著者達はリスクと悪影響を軽減するのに必要な緩和策と適応対策を議論している。(Uc,KU,kh)

Science, abj3593, this issue p. 419