AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 15 2021, Vol.374

微調整と動きに対する感覚信号 (Sensory signals to fine-tune and movement)

熟練した手の動きは、運動系からの信号だけでなく感覚からのフィードバックによっても調節される。しかし、これらのフィードバック信号を調節する回路や、そのような調節がどのようにして動きに影響するのかについてはほとんど分かっていない。Connerたちは、マウスにおいて、分子的、電気生理学的、および行動論的な方法を組み合わせて、脳幹の楔状束核中の抑制回路を同定し特性を明らかにした。これらの回路は触覚情報の伝達を強化または抑制でき、それにより、手の巧みな動きを必要とする行動に影響を与える。さらに、楔状束核の抑制あるいは興奮をもたらす下行皮質入力が存在する。これらの知見は、触覚からのフィードバックを調節するための解剖学的で機能的な新規な回路構成を示している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 楔状束核:延髄中にある組織。下肢・体幹から上行した感覚信号がここで別の神経細胞に切り替わり、大脳の視床へと向かう。
Science, abh1123, this issue p. 316

どのホスフィンが一緒に身を絞るか? (Which phosphines squeeze together?)

パラジウムとニッケルに配位したホスフィン配位子は、医薬品化合物の骨格を組み立てるのに不可欠の手段である。何十年もの間、空間的嵩張りを特性付ける記述子が、ホスフィンの最適化を導くのに役立ってきた。しかし、これらの記述子は、単一配位子に対する理想的な形状に適用される傾向にある。Newman-Stonebrakerたちは、配位子の立体配置が混み合った環境でどのくらい変化するのかを考慮した記述子を導入している。具体的には、彼らは、1個か2個の特定配位子が金属中心に配位する場合、最小percentage buried volumeが正しく予測し、多くの場合で触媒が成功する重要な決定因子になることを見出した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ホスフィン配位子:ここではリン(III)に置換アルキル基や置換アリール基などが結合している有機リン化合物を指している。
  • percentage buried volume:錯体中での配位子の嵩高さ表す指標で、配位子が配位している金属原子を中心とした半径3.5 A の球体空間の中で配位子が占有する体積の割合として定義され、%Vburで表される。
Science, abj4213, this issue p. 301

モアレからさらなる力を引き出す (Getting more from Moire)

ねじれた2次元材料からなるモアレ超格子は、強く相関した電子系を探求する新しい枠組みとして浮上してきた。しかし、一度作製されると、そのデバイス構造の電子相関とその後の挙動は固定される傾向にある。Schwartzらは、グラフェン電子ゲート層の間に2層ヘテロ構造をさらに挟みこむことで、それぞれの層の電子特性を別々に、そして全体の電子相互作用の強さを制御する方法を提供できることを示している。調節可能なフェシュバッハ共鳴の観点から、電子相互作用を微調節できる本手法は、多体物理と量子シミュレーションを研究する技術基盤を提供する。(NK,KU,nk,kh)

【訳注】
  • モアレ超格子:グラフェン2層からなる超格子において2層の周期性のずれからモアレ構造が生じる
Science, abj3831, this issue p. 336

岩石系太陽系外惑星の組成 (Compositions of rocky exoplanets)

小さな岩石系太陽系外惑星の内部組成は、直接観測することはできないが、その惑星を宿す主星の組成と関連していると予想されている。Adibekyanたちは代表的な岩石太陽系外惑星を分析し、その質量と半径を内部構造モデルと結びつけることで、その惑星の鉄の割合を推測した。主星の鉄の割合は、恒星の元素存在量から計算された。惑星の鉄分率と恒星の鉄分率とはお互いに相関があったが、その傾きは1よりも急で、惑星形成の過程で岩石惑星の組成が変化していることを示している。(Wt,nk,kh)

Science, abg8794, this issue p. 330

幹細胞なしの筋修復 (Muscle repair without stem cells)

骨格筋は、過負荷な筋肉収縮後の細胞傷害に耐える機械的な器官である。外傷が原因の損傷は筋幹細胞により修復でき、その場合、筋幹細胞は損傷細胞と融合したり、全く新しい筋線維を作り出す。Romanたちは、筋幹細胞とは無関係の細胞自律的修復過程について記述している(McNallyとDemonbreunによる展望記事参照)。局部損傷後に、筋核が損傷部位に遊走して、細胞再構築のためのメッセンジャーRNAを局所的に送達する。この筋線維自己修復は、健康な状態と病気の状態における筋構造の回復を理解する一つのモデルを示すものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 筋核:骨格筋はいくつかの細胞が融合した巨大な多核(融合した細胞の核がたくさん入っている)細胞で、筋核はこれら1つ1つの核のこと。1つ1つの核は、限られた骨格筋質量を支配・調節している。
Science, abe5620, this issue p. 355; see also abm2240, p. 262

被害者を道徳的に高潔とする見方 (Viewing victims as morally virtuous)

犯罪の被害者は、しばしば同様の非被害者と比べて道徳面での人格が上がると認識されている。web上や大学キャンパスの要員から募られた研究の参加者が、架空のストーリー中の人物の品性を評価した17の実験から結果抽出により、JordanとKouchakiはこの道徳的被害者効果が実際に実在し、その原因がこの被害者自身が行った何かではなく、彼らが受けた虐待による経験が原因であることを見出した。著者達は被害者を特別に道徳的とみなすことは、彼らが「修復的司法仮説」と呼ぶところの、加害者の懲罰そして被害者への支援を強く動機づける可能性があることを同様に見出した。この研究は、犠牲者がどのように彼らの内心の告白について決定するかや、政策や慣習への反応について示唆を有している。(Uc,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg5902 (2021).

分娩に関する決定 (Decisions about delivery)

発見的方法、あるいは単純化された決定規則は、いろいろな状況において意思決定に影響を与えることがわかっている。Singhは、患者が経膣分娩または帝王切開分娩のいずれかでの出産中に合併症を経験した場合、担当医師は担当する次の患者の出産に対して反対の分娩方法に変更する可能性が高いことを見出した(LiとColbyによる展望記事参照)。この発見的方法が、より悪い患者予後につながるかもしれないという証拠もある。(Sk,kh)

Science, abc9818, this issue p. 324; see also abl5647, p. 260

ミトコンドリアはCTLの殺人本能を駆り立てる (Mitochondria drive CTLs’ killer instinct)

細胞傷害性Tリンパ球(CTL)は、パーフォリンやグランザイムBなどの細胞溶解性タンパク質を分泌することにより、ウイルス感染細胞とがん細胞の両方を殺すことができる。CTLは、連続殺傷と呼ばれるプロセスで複数の標的を連続的に殺すことができるため、特に効果的である。Lisciたちは、ミトコンドリアをCTL殺傷の重要な調節因子として同定した。脱ユビキチン化酵素USP30を欠くマウスでは、CTL内のミトコンドリアがひどく枯渇し、これらの細胞は殺傷能力が低下したが、運動性、シグナル伝達、そして分泌は正常であった。驚いたことに、ミトコンドリアのエネルギー代謝機能はこのプロセスに必要ではなかった。むしろ、ミトコンドリアの翻訳機能が、CTLの細胞溶解性タンパク質合成と持続的なCTL殺傷に不可欠であることが証明された。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • パーフォリンとグランザイム:パーフォリンは標的細胞表面に孔を形成し、グランザイムはこの孔を通じて標的細胞に侵入して細胞内たんぱく質を分解する。
Science, abe9977, this issue p. 299

神経膠細胞が白質の情報の流れを制御する (Glia control white matter information flow)

白質の有髄軸索は、脳の処理ノードの間の迅速な情報伝達を仲介する。軸索の興奮性と伝導速度が神経回路機能の重要な決定要因であるが、それらがどのように調節されているかはほとんど分かっていない。Lezmyたちは、有髄軸索の機能特性に関するアデノシンの影響を調べた。彼らは、星状膠細胞プロセスにおける活動依存的カルシウム濃度の上昇、星状膠細胞からのカルシウム誘発性ATPの放出、軸索初期セグメントとランヴィエ絞輪におけるアデノシン受容体の活性化、サイクリックAMP濃度の増加、HCN2チャネルの活性化、および5~10ミリボルト程度の軸索の脱分極を観察した。この分子経路により、星状膠細胞は錐体神経細胞の興奮性を高め、軸索伝導速度を大幅に低下させることができた。星状膠細胞は、このように有髄軸索におけるシグナル伝達速度を制御している。(KU,kh)

【訳注】
  • 白質:大脳や脊髄など軸索が集まっている部分
Science, abh2858, this issue p. 300

ゼオライト合成における選択的制御 (Selectivity control in zeolite synthesis)

ゼオライトは、多くの産業分野で広汎に利用されているが、何十年にわたる研究にもかかわらず、その合成は試行錯誤的な方法に頼っている。複雑な核生成機構とトポロジーの多様性が強い相競合を引き起こし、ゼオライト合成の合理的な設計を複雑なものにしている。Schwalbe-Kodaたちは、原子論的シミュレーション、文献調査、人間計算機相互作用、合成、特性評価を用いて、ゼオライト合成における相選択性の事前制御を可能にする計算戦略を開発した (ChaikittisilpとOkuboによる展望記事を参照)。この方法は有機構造指向剤を設計するためのいくつかの指標を用いて、相競合と連晶を制御しながら対象となるゼオライトを結晶化した。この方法が、実用上有用だが珍しいゼオライトの合成に成功することが示されれば、これらの結果は材料科学界に大きな影響を与える可能性がある。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • 連晶:2つ以上の結晶が、ある一定の角度で規則性を持って接合したもの。
Science, abh3350, this issue p. 308; see also abm0089, p. 257

外乱の重要性 (The importance of disturbance)

過去数十年にわたるラッコでの研究は、生物群集の構造と安定性の推進力としての、特定の種、すなわち要石の重要性についての我々の理解を一変させた。Fosterたちは次の段階に進み、ラッコの採餌がアマモの生態系における遺伝的多様性に影響を与えるかどうかを調べた(Romanによる展望記事参照)。著者らは、ラッコが存在する場所でのアマモの遺伝的多様性は有意に高く、その影響は時間に関連していることを見出した。つまり、より長期のラッコの存在は、より高い遺伝的多様性と関連していた。これらの結果は、捕食者の行動が、栄養系における生産者の多様性にいかに影響し得るかを示している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abf2343, this issue p. 333; see also abm2257, p. 256

遠くから繋がっている (Together from afar)

メキシコ湾流と黒潮は、それぞれ西大西洋と太平洋における大きな表面境界流である。それらは熱帯から温帯に熱を輸送し、北半球全体の海面水温、天候、気候に影響を与える。Kohyamaたちは衛星観測とモデル実験を組み合わせて、これら2つの海流が、大気のジェット気流(偏西風)の子午線方向の移動によって10年単位の時間規模で同期していることを示している(Cessiによる展望記事を参照)。この結合は、北半球中高緯度における、2018年の異常に暑い夏のような気候事象を説明するのに役立つ。(Sk,kh)

Science, abh3295, this issue p. 333; see also abl9133, p. 259

機械的力による心臓弁の作成 (Making cardiac valves via mechanical forces)

心臓弁は、鼓動する心臓によって生成される機械的な力に応答して形成される。Fukuiたちは、心臓弁のパタニング信号がこれらの力に応答してどのように生成されるかを研究した(JainとEpsteinによる展望記事参照)。彼らは、2つの機械的情報変換経路が同時に作用して心臓弁前駆細胞に指示することを示している。すなわち、確立された一過性の受容体電位機械感覚経路と、もう一つはCa2+振動を引き起こして活性化T細胞のタンパク質核因子の核移行をもたらす細胞外ATP依存性プリン受容体経路。これらの2つの相乗的な機械的情報変換経路が、位置情報を作成して弁の形成を制御する。複数の経路の使用は、生命システムにおける機械的力に対する応答の堅牢性と精度を高めるための一般的な解決方なのかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • パタニング:フィードバック機構を利用して, 筋の神経支配を回復させる方法
Science, abc6229, this issue p. 351; see also abm1858, p. 264

RNAポリメラーゼIIによる制御 (Control by RNA polymerase II)

サイクリン3が蓄積して哺乳類のRb(網膜芽細胞腫)タンパク質の機能的同等物であるWhi5のリン酸化を引き起こすと、酵母細胞がDNA合成を始め、細胞周期のG1期からS期に移行することを指し示す証拠がある。Koivomagiたちは、それとは異なるサイクリン依存性キナーゼの標的の証拠を提示している(Fisherによる展望記事を参照)。彼らは、酵母のサイクリン3とサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)1複合体が、RNAポリメラーゼIIのリン酸化を促進し、細胞周期へ入ることを制御する遺伝子の転写を増加させることを見出した。したがって細胞周期を調節するCdkは、転写調節因子として作用するが細胞分裂の制御で機能しないことが知られている、いわゆる「転写Cdk」と同様の機構で作用する可能性がある。(Sh,kj)

【訳注】
  • RNAポリメラーゼII :RNAを合成する酵素であるRNAポリメラーゼのうちメッセンジャーRNAの合成を担う酵素。
  • サイクリン:サイクリン依存性キナーゼを活性化することによって、細胞が細胞周期の次の段階へ進むかどうかを制御するタンパク質群。
  • Rbタンパク質:小児に特徴的ながんである網膜芽細胞腫の原因遺伝子として発見されたRb遺伝子の産物であるタンパク質。通常はリン酸化されておらず細胞分裂を抑制するが、S期でリン酸化し活性型となり、DNA合成が開始する。
  • サイクリン依存性キナーゼ:サイクリンと結合してはじめて活性をもち細胞周期を調節するタンパク質リン酸化酵素。
Science, aba5186, this issue p. 347; see also abm2010, p. 264