AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 8 2021, Vol.374

ラブラドル海が海洋変化を操縦する (Labrador Sea drives ocean variability)

大西洋子午面循環(AMOC)は、表層の暖水を北大西洋亜寒帯に輸送している。そこでは、冷却された高密度水が1000m下に沈み、南方にそして赤道を越えて流れる。近年の観察結果は、沈み込みの支流をラブラドル海に置く気候モデルの信頼性について疑問を呈している。Yeagerたちは高分解能の気候モデルを点検し、海洋の渦流を解明することにより、このモデルが平均的な循環を現実に即して再現していることを見いだした。この展開は、ラブラドル海が北大西洋における主要な沈み込み領域ではないとしても、AMOCにおいて重要な数十年規模の変化を駆動しており、そこでの変化は AMOC 全体の変化に数年先立って生じているということである。この知見はラブラドル海の状況に基づいて海洋変化を予測できる可能性を示している。(Uc,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abh3592 (2021).

コンフォーマーに固有の動態 (Conformer-specific dynamics)

立体構造-依存性反応動態は、タンパク質の折り畳みなどの生物学的プロセスのみならず、電子環状反応などの有機化学合成にも重要な役割を果たしている。しかしながら、現在の時間分解実験方法は、コンフォーマー(立体構造異性体)を互いに区別するのが困難であり、立体構造異性化は通常、反応物と生成物の分布によって分析される。メガ電子ボルト超高速電子回折と量子波束シミュレーションの組み合わせを用いて、Champenoisたちは、フェムト秒の時間分解能で分子αフェランドレンの光化学的電子環状開環を直接追跡し、特定の分子コンフォーマーの変換が、有名なウッドワード・ホフマン則に従っていることを確認した。提案された方法は、さまざまな有機系および生物系におけるコンフォーマー特異性を実時間で追跡するための強力な手段となる可能性がある。(KU,nk)

【訳注】
  • 電子環状反応:共役π電子系が閉環して環状化合物を生成する化学反応と、その逆反応にあたる開環反応。
  • αフェランドレン:二重結合の位置が異なるよく似た環状構造異性体βフェランドレンが存在する。
  • ウッドワード・ホフマン則:共役π電子系化合物の電子開環反応等における禁制反応と許容反応に関する法則
Science, abk3132, this issue p. 178

古代のDNAがB型肝炎の歴史をたどる (Ancient DNA traces the history of hepatitis B)

B型肝炎ウイルス(HBV)感染症は、人類の世界規模の健康懸念を代表するものである。Kocherたちは、この病原体の歴史を研究するため、4百年前から1万年前の間に年代特定された、検出可能水準のウイルスを持つ137のヒト化石を鑑定した。これらの古代ウイルスの塩基配列の決定と解析で、1万2千年から2万年前の間に共通の祖先が示唆された。人類がアフリカの外に最初に広がった際に、彼らにHBVが存在したことを示す証拠はないが、農耕が始まる前の人類集団にはHBVが存在していた可能性が高い。さらに、このウイルスは、約9千年前までにはアメリカ大陸に存在しており、これは、ユーラシアで見つかったウイルス株の、約2万年前に分岐した姉妹系統に相当する。(MY,kh)

Science, abi5658, this issue p. 182

結晶粒成長のモデルのバージョンーアップ (Revising grain growth)

多結晶材料は、多くの場合、焼鈍中に粗粒化する。この過程は物理特性を変化させる可能性がある。一般的に受け入れられている理論は、粒界の曲率を粒界の移動速度と結び付けている。Bhattacharyaたちは、ニッケル試料中の52,000個の結晶粒についてこの関係を測定した。彼らは、曲率と速度の間に何らの関係をも観察することはなかった。このことは、この一般に受け入れられた理論が、多結晶試料に対しては強力ではないことを示唆している。この観察結果からは、 粒子粗大化モデルを更新して焼鈍の影響をより正確に予測することを要求している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abj3210, this issue p. 189

光と熱を結合する (Coupling light and heat)

バンドギャップのトポロジー的特徴を理解することで、光の指向性伝搬を可能にしたり、欠陥に堅牢な光構造を制御したりする方法が拓かれてきた。Guddalaらは、シリコン製トポロジカル・フォトニック結晶と六方晶ボロンナイトライド(hBN)の原子単層とを組み合わせた。フォトニック結晶のトポロジー的特徴が、フォノン-ポラリトン形成を介してhBNの格子振動と結び付けられる。赤外ヘリカルフォノンを任意の経路に沿って、急な曲がりをも乗り越えて漏斗状に集める手法は、トポロジー的に堅牢な放熱体に沿った、指向性のある熱消散を実現する可能性を与える。(NK,KU,nk,kj)

Science, abj5488, this issue p. 225

より長くより強く; 剛いが脆くはない (Longer and stronger; stiff but not brittle)

ヒドロゲルは、著しく水膨潤した架橋重合体である。それらは、大きく変形できるが、弱くなりがちであり、それらを強くしたり強靭にする方法は、延伸性を低下させる傾向がある。今回2つの論文が、強靭であるが変形可能なヒドロゲルを作る方法を報告している(BosnjakとSilbersteinによる展望記事参照)。Wangたちは、二重網目ヒドロゲルの剛性網目側の分子鎖に、束縛から解放可能な環状の余分な鎖長を備えることにより、靭性化機構を導入した。強い力がかかると、鎖が大きく伸びた場合だけ作動する環状鎖の開環が引き起こされた。Kimたちは、通常よりずっと少ない量の水と架橋剤および開始剤を用いて、合成中に分子鎖混み合いを引き起こすことにより、分子鎖の密な絡み合いを達成できるアクリルアミド・ゲルを合成した。この方法は、固体形状での機械強度を向上させると同時に、ヒドロゲルとしてひとたび膨潤されると耐摩耗性もまた向上させる。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 二重網目:ここでは伸張した堅く脆い分子鎖からなる網目と、コイル状態で柔らかく伸張性に富んだ分子鎖からなる網目が組み合わさった構造のことを言っている。
Science, abg2689, this issue p. 193, abg6320, this issue p. 212; see also abl6358, p. 150.

交差反応性T細胞が戦いを助ける (Cross-reactive T cells aid in the fight)

季節性のヒト・コロナウイルス(hCoV)の感染後の免疫記憶が、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する交差防御に寄与するという証拠が増えている。Loyalたちは、コロナウイルスのスパイク・タンパク質における細胞膜融合ペプチド領域内で見つかったコロナウイルス共通の免疫優性ペプチドを同定した。このペプチドは、CD4陽性T細胞によってSARS-CoV-2に曝露されていない人たちの20%で、また、SARS-CoV-2からの回復期患者の50%以上で、さらにPfizer–BioNTechのCOVID-19ワクチンを接種した被験者の97%で認識される。これらのhCoV反応性CD4陽性T細胞はどの年代層にも見られるが、年齢とともに減少した。これは、高齢者がCOVID-19により罹りやすいことの説明に幾分なるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 交差防御:標的とは異なる対象にも感染予防効果を発揮すること。
  • 免疫優性:免疫系において抗原提示細胞が提示するさまざまな抗原断片(抗原が部分に分解されたもの)に対し免疫反応は一様ではない。特定の抗原断片に対して特に免疫反応が高まることを免疫優性と言う。
  • CD4陽性T細胞:ヘルパーT細胞とも呼ばれ、抗原を捕捉した抗原提示細胞からの刺激で、抗原を攻撃するB細胞やキラーT細胞にシグナルを送り、免疫反応を起こさせる。
Science, abh1823, this issue p. 171

高効率で充電可能なMgとCaの電池 (Efficient, rechargeable Mg and Ca batteries)

マグネシウムとカルシウムを元にした二価の充電式金属電池は、これらの元素が豊富に存在し、樹枝状結晶を形成する傾向が低いことから興味深いものであるが、実用上の実証が不足している。Houたちはメトキシエチル・アミン・キレート剤を用いて、その配位子が金属原子に複数の場所で結合し、金属イオンの溶媒和構造を変化させることで、電荷移動反応を容易にした (ZuoとYinによる展望記事参照)。完全単電池セルでは、これらの成分が高効率とエネルギー密度の向上につながっている。理論計算が溶媒和構造の解明するために用いられた。(Wt,kh)

【訳注】
  • 金属電池:現在普及しているリチウム・イオン電池などと違って, 負極に金属を使う電池。
Science, abg3954, this issue p. 172; see also abi6643, p. 156

微生物が前立腺がん治療を乗っ取る (Microbes hijack prostate cancer therapy)

テストステロンやジヒドロテストステロンなどのアンドロゲンは、雄性の生殖と性機能に不可欠である。アンドロゲンはまた、前立腺腫瘍細胞の増殖に影響を与えることがあり、外科的手段(去勢)または薬理学的方法(ホルモン抑制)のいずれかによるアンドロゲン抑制療法(ADT)は、現在の前立腺がん治療の基本である。Pernigoniたちは、ADT中にアンドロゲンが体に不足すると、腸内細菌叢がアンドロゲン前駆体からアンドロゲンを生成できることを見いだした(McCullochとTrinchieriによる展望記事参照)。ADT治療を受けた患者または去勢されたマウスの腸内共生微生物叢は、腸内共生微生物叢はアンドロゲンを産生し、それは体循環系に吸収された。これらの微生物由来のアンドロゲンは、前立腺がんの増殖を容易にするらしく、去勢または内分泌療法に対する抵抗状態への進展を促進するのを助けた。 (KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アンドロゲン:男性ホルモンの総称で、テストステロン、デヒドロエピアンドロステロンなどの成分、その代謝物が含まれる。その中で、最も多く分泌され作用も顕著なのがテストステロンである。
  • 体循環:左心室から右心房までの血液の循環路。
  • 内分泌療法:がん細胞の増殖を抑えるホルモン療法
Science, abf8403, this issue p. 216; see also abl7070, p. 154

金属で強力に作られたムール貝の繋留 (Mussel mooring made mighty by metals)

ムール貝は、例外的なタンパク質性接着剤を生成して波や流れに耐える。修飾されたチロシン残基に結合した金属イオンは、その接着性を強化する上で重要な役割を果たしている。Priemelたちは様々な分光法と顕微法の技術を駆使して、ムール貝における接着剤製作に関与する細胞機構を研究した(Wilkerによる展望記事参照)。彼らは、金属イオンに富む小胞が接着性タンパク質を含む小胞と一緒に分泌され、ムール貝の足の外側管に見い出された相互接続された微小流路内でマイクロ流体様プロセスで混合され、多孔性の接着プラーク・フィラメントを形成することを見いだした。(KU,kh)

Science, abi9702, this issue p. 207; see also abm2298, p. 148

試験管中の生物時計 (A biological clock in a test tube)

シアノバクテリアの生物時計は、驚くことに3種のタンパク質しか必要としないのだが、その入力と出力の詳細な研究を可能にする系としてイン・ビトロで再構成され、環境信号がどのように生物学的発振器に影響を及ぼせるのか、この時計がどのように遺伝子転写のような細胞事象を制御しているのかについての新たな理解をもたらしてきた。Chavanたちは、この核となる時計構成部分の既知のイン・ビトロ機能を拡張して転写調節への出力信号を包含させ、実時間での蛍光測定による監視を可能にした。著者らは、結晶学、突然変異誘発、および定量的モデリングを組み合わせて、将来の合成生物学の応用を可能にするかもしれない時計機構をさらに探索した。(Sk,kh)

Science, abd4453, this issue p. 170

脳深部刺激療法を最適化する方法 (How to optimize deep-brain stimulation)

例えば臨床現場で、パーキンソン病を治療するために現在使用されているような脳深部刺激療法は、差のある神経回路機構の間を差異化してはいない。かなりの改善がなければ、特定の神経細胞集団を標的とする選択的刺激を達成することは出来ないだろう。Spixたちは光遺伝学を用いて、細胞型の特異性を高める巧妙な電気刺激方法を開発した(Haasによる展望記事を参照)。著者たちは短時間の電気刺激を用いて、淡蒼球外節と呼ばれる脳領域で神経細胞集団に特異的なニューロモデュレーションを操縦し、パーキンソン病のマウスモデルで長期に持続する効果をもたらした。(KU,nk)

【訳注】
  • ニューロモデュレーション (neuromodulation) :ディバイスを用いて電気・磁気刺激や薬剤の投与を行い神経活動を調節する治療
Science, abi7852, this issue p. 201; see also abl9915, p. 153

KRAS阻害剤に対する道を開く (Paving the way for KRAS inhibitors)

KRASは多くの種類のがんにおける重要ながん遺伝子であるが、既存の阻害剤はG12C変異を含んでいるKRASの変異体型のみを標的とし、その機能は機構上の難問を与えている。KRASG12C阻害剤は、腫瘍性タンパク質の不活性型に結合することが知られている。しかしながら、G12CなどのKRAS変異は、 KRAS がGTPを加水分解して不活性な状態を実現するのに役立つタンパク質の作用を妨害する。従ってなぜKRASG12CがKRASG12C阻害剤に阻害されるのかわからなくなる。Liたちは今回、変異体KRASによるGTP加水分解を促進する一つのタンパク質を同定した。それはこの腫瘍性タンパク質を標的とする現在の薬剤の臨床活性を説明するのに有用である(CoxとDerによる展望記事を参照)。(KU,nk,kj,kh)

Science, abf1730, this issue p. 197; see also abl3639, p. 152

保持し、把持する (To have and to hold)

浮遊システムの運動を内部自由度(場合によっては運動の基底状態まで)と同様に外部の力とシステムに結合する能力は、基礎的な科学・技術に好機を提供する。 Gonzalez-Ballesteroたちは、浮揚力学の現状、課題、および展望についての概要を述べている。この浮遊力学は、真空中でのマイクロ粒子やナノ粒子の光学的捕捉について理解し、制御することに焦点を当てた学際的な研究分野である。これは最終的にそのような空中浮遊粒子を測定応用における超高感度プローブとして用いることを目標としている。(Wt,nk,kh)

Science, abg3027, this issue p. 168

生態系における転換点からの回復力 (Resilience to tipping points in ecosystems)

空間的様式の形成は、生態系を含む複雑な系における危険な転換点と危急の臨界転移に対する、早期警告信号として提案されてきた。Rietkerk たちは、空間的様式形成のさまざまな経路を通して、生態系と地球系の構成要素が、実際どのようにして破滅的転換を回避できるのかを総説している。数学と実世界の例で、彼らは、これまで転換点に達しやすいとして知られていた多くの生態系と地球系の構成要素が転換を回避し、回復力を高めていると見做すのが適切であると主張している。これらの複雑な系の多くは、見落とされていた空間的動態と複数の安定状態のために、現在考えられているよりも回復力があるかもしれず、したがって地球規模の変化を伴う重大または破滅的な転移をしないかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, abj0359, this issue p. 169