AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 17 2021, Vol.373

複雑さの進化的突発波 (Evolutionary pulses of complexity)

陸生植物の進化は、生殖構造の複雑さの増加によって特徴付けられてきた。Leslieたちは、古生物学的記録全体にわたる化石および現存する陸生植物の研究において、この増加の時間的様式を分析した。生殖の複雑さは大きく離れた2つの突発波の形で増加した。それらは生殖生物学上の重要な革新、すなわちデボン紀後期の種子の出現と、ほぼ2億5000万年後の白亜紀中期の顕花植物の出現、に対応している。花の起源の後、顕花植物の形態学的複雑さが急速に拡大した。動物の形態学的多様性が多くの点で進化の歴史の初期に拡大したのとは対照的に、植物の複雑さのほとんどは比較的遅く達成された。(Sk,nk)

Science, abi6984, this issue p. 1368

凝縮体の断片化 (Fragmenting the condensate)

ボーズ-アインシュタイン凝縮体では、かなりの割合の粒子が1つの量子状態を占めている。いくつかの系では、そのように巨視的に占有された状態を複数持つことが原理的には可能である。Evrardたちは、3つのスピン状態を持つボソン粒子であるナトリウム原子の超低温気体の中で、このいわゆる断片化凝縮体を観察した。静磁場中の単一の凝縮体から出発して、磁場をゼロにすると、3-断片化凝縮体が生じた。(Wt,kh)

Science, abd8206, this issue p. 1340

チタンが立派な双晶になる (Titanium gets some twins)

ナノ双晶の網状組織を導入すると、面心立方金属合金の特性が向上することが知られている。Zhaoたちは、液体窒素中での穏やかな圧縮を用いて、六方最密充填構造のチタン中に同様なナノ双晶の網状組織を導入した。ほとんど酸素を含まないチタンから始めることで、双晶の網をより簡単に確立できる。このナノ双晶の網状組織は、室温で降伏強さを50%、延性を20%向上させた。極低温特性はさらに優れており、降伏強さは2ギガパスカル、引張延性は破損前に100%であった。(Sk,kj,kh)

Science, abe7252, this issue p. 1363

CRISPRとカスパーゼが出会う (CRISPR and Caspase meet)

多くの原核生物は、CRISPR RNAとこのRNAに結合したタンパク質を使って、DNAではなくウイルスRNAを感知し、ウイルス感染を防ぐ免疫応答を作動させる。これらのリボ核タンパク質は通常、多くのタンパク質サブユニットから構成されるが、van Beljouwたちは、CRISPR-CasのIII-E型システムが、RNAの二重切断が可能な大きな単一ユニットからなるエフェクター・タンパク質により形成されていることを発見した。このエフェクターは他のCRISPR系とは異なり、カスパーゼ・ファミリー由来のペプチド分解酵素と複合体を形成する。これは、ウイルスRNAが、宿主の自死によりウイルス増殖を妨げるプロテアーゼ活性を活性化してしまうという興味深い可能性を提起する。(MY)

【訳注】
  • RNAを感知:CRISPR-Casは細菌が持つ獲得免疫機構で、外来ヌクレオチド鎖の分解・切断機構などに基づきⅠ~Ⅲ型に分類される。Ⅰ型とⅡ型はDNAを標的にするが、Ⅲ型はDNAとRNAの両方を標的にできる。またⅢ型では、A~Eの5つの亜型が知られている。
  • リボ核タンパク質:RNAとタンパク質の複合体のことで、ここではCRISPR-CasにおけるCRISPR RNA(ガイドRNA)とCas(ヌクレオチド鎖分解酵素)との複合体のこと。
  • エフェクター・タンパク質:CRISPR-CasにおけるCasのこと。
  • カスパーゼ:細胞死を引き起こすシグナル伝達経路を構成するプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)。
Science, abk2718, this issue p. 1349

樽を作る樽 (Barrels that build barrels)

細胞は、特別な機構を作って、真核細胞中の小器官や幾つかの細菌における膜通過輸送と膜タンパク質生合成に関与する機能性β-バレル・タンパク質を産生する。Wangたちは、これらの系の1つで、それ自体がβバレルである、ミトコンドリアの選別および組み立て機構(SAM)を、対象タンパク質の1つであるミトコンドリア外膜の輸送体(TOM)との複合体の状態で研究した。TOMがSAMに結合している間ずっと、TOMのサブユニットが1度に1つずつ付加して組み立てられる。完全なTOMの中核複合体の構造と比べると、最後に付加されるTOMの中核サブユニットはSAMとぶつかり合う配置となる。これはTOMの遊離が、その最後の中核サブユニットとSAMとの配置関係によりもたさられるかもしれないことを示唆している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • β-バレル・タンパク質:タンパク質の3次構造の1つである平面状βシートが丸まり円筒状(樽・バレル)となったもので、生体膜に埋め込まる膜タンパク質となる。疎水性のαーヘリックスから組み立てられる一般的な膜タンパク質とは異なり、内側が親水性になる。
  • ミトコンドリア外膜:ミトコンドリア(呼吸により取り込まれた酸素から、エネルギー物質のアデノシン三リン酸を産生する)は、外膜と内膜の2枚の脂質膜で囲まれており、外膜は、低分子が自由に透過できるが、タンパク質は自由に出入りできず、必要なものだけが内側に取り込まれる。
  • SAM:チャネルを構成するβ-バレル型膜タンパク質をβシートから組み立てるとともに、TOM複合体をミトコンドリア外膜に組み込む装置。タンパク質複合体からなり、その中心をなすSam50はβ-バレル型膜タンパク質からなる。
  • TOM複合体:ミトコンドリア外膜にあるチャネル(搬入孔)を形成する複合体で、チャネルを構成するβ-バレル型膜タンパク質と、その周りに存在する6つの膜貫通型タンパク質からなる。
Science, abh0704, this issue p. 1377

流体の流れを方向付ける表面 (Surfaces directing fluid flows)

被覆物を用いれば、物の表面が液体を引き付けるまたは反発するようにできるが、同じ効果を達成するためには特定の曲率を持った表面構造も用いることができる。しかしながら、流体の輸送は通常、(流体の特性に関係なく)その表面自体、上の流れを駆動するだけの、特定の型によって制限されている。Fengたちは、流体がその表面層と表面下の層に広がるような、断面が非対称で、直交する2方向にリエントラント構造を持つ表面を作製した。さらに、それらの液体が表面とそれぞれが特定の相互作用をするというだけの理由に基づいて、異なる液体が自然に反対方向に導かれるようにこれらの表面を設計することができる。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • リエントラント構造:凸部壁面がオーバーハングした曲面からなる微小な凹凸構造で、これに覆われた表面は液体との接触角の関係で高い撥液性を示すことが知られている。
Science, abg7552, this issue p. 1344

金属3D印刷のための設計されたビーム (Designer beams for metal 3D printing)

金属積層造形(AM)は、高出力レーザーを使用して粉末を加熱および溶融し、複雑な設計品を作り出す。しかしながら、この構造体の機械的性能は、溶融池での乱流や飛散によって低下することがある。レーザー・ビームの整形は時空間制御を可能にし、工程の効率と部品の性能の向上を可能にするかもしれない。Tumkurたちは、印刷品質を制御する設計されたベッセル・ビームを導入することで、欠陥を減らし、印刷された構造体の機械的特性を向上させている。このようなビームは、既存の機器に直接実装でき、AM工程を改善するための低コストの解決策を提供する。継続的な開発は、金属AMの速度と処理量を向上させ、金属AMを新しい材料に拡張する潜在力を持つ。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • ベッセル・ビーム:回折現象によりビームが広がらない非回折ビームの一種で、微小な集光スポット(直径数μm程度)が長距離(数mm以上)にわたって伝搬可能である。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg9358 (2021).

前臨床薬剤開発を改善する (Improving preclinical drug development)

従来の前臨床医薬品開発には、動物モデルと生体外でのヒト細胞培養が含まれているが、これらはヒトに対する医薬品の安全性と有効性を十分予測できず、臨床治験で失敗する一因となる。Rothたちは展望記事で、医薬品有効性のより優れた前臨床モデルとして、生体機能搭載微少流体素子の適用について論じている。これらの微小生理装置は、すでに幾つかの前臨床医薬品安全性評価に用いられているところではあるが、著者たちは、これらがまた、医薬品有効性の試験にも使えることができるだろうと主張している。たとえば、患者の細胞を素子に移植して、最も効果的な治療を突き止めることによって個人向け医療方法を開発することは重要な応用であるかもしれない。前臨床医薬品開発用の生体機能搭載微少流体素子を開発することには多くの課題があるが、これらの素子が臨床の場への橋渡しを改善するかもしれないという希望がある。(MY,nk,kh)

Science, abc3734, this issue p. 1304

SAAがビタミンAを介した免疫を助ける (SAAving vitamin A–mediated immunity)

ビタミンAの代謝物であるレチノールは、B細胞とT細胞の発生と腸へ誘導に極めて重要である。樹状細胞やマクロファージなどの腸の骨髄系細胞はレチノールを取り込み、それをレチノイン酸(RA)へと処理し、次にリンパ球でRA依存性の遺伝子発現プログラムが開始する。Bangたちは、LDL受容体関連タンパク質1(LRP1)をレチノールに対する骨髄系細胞の表面受容体として同定した。LRP1は、血清アミロイドA(SAA)タンパク質に介添えされたレチノールに結合し、SAA-レチノール複合体は次に、骨髄系細胞によってエンドサイトーシスされ、代謝される。Saaまたは骨髄特異的Lrp1のいずれかを欠くマウスは、ビタミンAを介した免疫に深刻な障害を示した。これらの重要なプレーヤーのいずれかが欠けると、腸へのBおよびT細胞の輸送、B細胞による免疫グロブリンAの産生、および腸内サルモネラ菌感染からの防御はすべて減少した。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • LDL受容体:血中に存在するLDL(低密度リポタンパク質)に結合し細胞内に取り込むタンパク質。
  • エンドサイトーシス (endocytosis) :細胞が細胞外の物質を取り込む過程の1つ。
Science, abf9232, this issue p. 1323

電子が光の量子性を見る (Electrons see the quantum nature of light)

光は粒子と波の二重性を有しており、この二重性は電磁波励起の古典的特性と量子的特性に起因することが知られている。Dahanたちは、光が自由電子と相互作用する今までの実験は全て、光を波動と見做して記述されてきたことに気付いた(Carboneによる展望記事参照)。著者たちは、光子と自由電子の相互作用の量子性を明らかにする実験的証拠を報告している。彼らは光と電子を閉じ込めて、それらの相互作用を強めるシリコン・フォトニクス・ナノ構造と超高速透過型電子顕微鏡を融合した。光子の「量子」統計が伝搬する電子の波に刻みこまれ、それをエネルギー・スペクトル中で直接見ることができる。(NK,kj,kh)

Science, abj7128, this issue p. 1324; see also abl6366, p. 1309

抗体が防御とぴったり合う (Antibodies dovetail with protection)

免疫学的指標は、ワクチンによる生じる免疫原性と防御の評価に用いられる臨床エンドポイントである。Corbettたちは、いろいろな用量のmRNA-1273ワクチン(モデルナ社)に対するヒト以外の霊長類(NHP)の免疫応答を研究して、さまざまな免疫応答と防御結果を提供した。彼らは、血中のスパイク・タンパク質特異抗体が、気道での重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の複製に対する防御と相関していることを特定した。NHPで作られた抗体の投与による受動伝達は、 SARS-CoV-2への暴露からハムスターを防御するのに十分であった。これは、抗体が機構的に相関していることを強調している。下気道の防御に必要なのは、より低濃度の血清抗体であったが、これは、現状のほとんどのワクチンが何故、重症下気道疾患に対して非常に効果的であるのか、を説明しているかもしれない。上気道感染の低減に必要なより高い抗体閾値は、伝播を制限するための追加接種に意味を持つ可能性がある。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 臨床エンドポイント:臨床試験において、有効性・安全性を評価するために用いられる指標、評価項目。臨床試験の実施計画書に記載される。
Science, abj0299, this issue p. 1325

フェルミ粒子の超放射 (Fermionic superradiance)

光共振器内に原子気体を導入すると、共振器の光子との結合により長距離の原子相互作用が誘発されるなど、非常に大きな効果が得られる可能性がある。 このような実験はボース粒子である原子で行われてきたが、フェルミ粒子での実現は難しいことが示されてきた。Zhangたちは、空洞にフェルミ粒子であるリチウム-6原子の超低温気体を入れ、その空洞軸に直交するレーザー光で励起した。十分に強いポンピングを行うと、空洞内の超放射相転移に対応して、原子の運動量空間の中に市松模様が検出された。パウリの排他原理はボース粒子ではなくフェルミ粒子に適用されるものだが、これが原子の動力学的振舞いを減速させた。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abd4385, this issue p. 1359

同一素子中のメモリとロジック (Memory and logic in the same device)

将来の人工知能アプリケーションやデータ量の多い計算には、従来の異種素子構成を越える、神経形態的(neuromorphic)システムの開発が必要である。周辺信号処理ユニットとメモリ操作ユニットが物理的に分離されていることは、異種素子構成の主要な障害の1つであり、効率的な抵抗整合、エネルギー消費、および統合の互換性をこれまで以上に改善していくことの妨げとなっている。Tongたちは、一様なセレン化タングステン-ニオブ酸リチウム素子列に基づいたトランジスタ-メモリ構成を発表している(RaoとTaoによる展望を参照)。アナログ周辺信号の前処理と不揮発性メモリが同一素子構造内で可能であったことは、様々な種類の神経形態的機能を保証し神経形態的システム素子における改善の可能性を開くものである。(ST,kh)

【訳注】
  • 異種素子構成:信号処理ユニットとメモリが分離された集積回路で構築したシステム構造のこと。
Science, abg3161, this issue p. 1353 see also abl4110, p. 1310

追加免疫に向けての後押し (A boost for boosters)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の懸念される変異株の進化は、ワクチンによる免疫達成への潜在的な障害をもたらす。Peguたちは、B.1.351(ベータ)変異株およびB.1.617.2(デルタ)変異株を含むウイルス変異株が、モデルナ製mRNA-1273ワクチンを接種した少人数の人における免疫応答にどのように影響するかを調べた。最初の一連のワクチンにおける2回目の接種から6ヶ月後に得られた血清を分析することにより、研究者たちは、中和抗体価が試験したすべての変異株に対して持続することを見いだした。しかしながら、B1.351変異株に対する中和抗体は、6ヶ月までに大幅に低下し、中和活性の弱い人もいれば、まったくない人もいた。これらのデータは、追加の追加免疫ワクチン接種に関する公衆衛生政策を導くのに役立つだろう。(KU,kh)

Science, abj4176, this issue p. 1372

裏打ちに銀を (Silver in the linings)

還元細菌シェワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensi )は、燃料電池として培養された時に、細胞外電子吸収源、金属酸化物、および自然のまたは電極のイオンを使って有機物質の異化作用を行なうことがよく知られている。しかしながら、微生物燃料電池の出力密度は、主に微生物をアノードに接続するさいに関連するさまざまな要因によって制限されてきた。Caoたちは、還元型酸化グラフェン-銀ナノ粒子のアノードがこれらの問題のいくつかを回避し、電流密度と電力密度の大幅な増加をもたらすことを見いだした(GaffneyとMinteerによる展望記事参照)。電子顕微法は、外側の細胞膜に埋め込まれたり、または付着した銀ナノ粒子を明らかにし、おそらく内部の電子担体からアノードへの電子移動を容易にしている。(KU,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 異化作用:化学的に複雑な物質を簡単な物資に分解する反応。
Science, abf3427, this issue p. 1336; see also abl3612, p. 1308

哺乳類の社会 (Mammal societies)

広くゆきわたっている構造の型は少数であるが、哺乳類の社会システムは比較的多様である。常時観察から遺伝学までの新技術は、この多様性、それが環境とどのように関連しているか、およびそれがどのように進化してきたのか、についてより深く理解することを可能にしてきた。Clutton-Brockはさまざまな型の繁殖システムの形態および原動力と、それらが生態系と過去の過程によってどのように形作られてきたのかを、概説している。著者は、哺乳類社会の相互作用が、環境変化を駆動している人間活動によってどのように影響をうける可能性があるかについて論じている。(Uc,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 繁殖システム:ここでは子を産む社会構造の形態のことを言っている。具体的には単独で行動する雌が単独で子を産むシステムや、集団に属する雌が集団の中で子を産むシステムのことなど。
Science, abc9699, this issue p. 1322

腫瘍細胞の免疫回避を明らかにする (Defining tumor cell immune evasion)

ガン研究に使用されるマウス・モデルは、完全な免疫系を欠いていることが多く、マウスへのヒト腫瘍の移植を可能にする。対照的に自然に進化する腫瘍は、十分に機能的な免疫系と免疫系による一部の腫瘍細胞の破壊と戦わなければならない(HoとWoodによる展望記事参照)。今回2つのグループが、できる限り完全な免疫系を備えたマウス・モデルに関する研究を報告している。Martinたちは、既存のマウス腫瘍細胞株から始め生体内での継続的進化を調べ、一方、Del Poggettoたちは、ヒト患者によく見られるように、炎症を背景に発生した新たな膵臓腫瘍の進行を調べた。各々の研究で著者たちは、免疫系が、腫瘍を引き起こす細胞に選択圧をかけることを見出し、そして免疫系は、腫瘍抑制遺伝子が発現しなかった細胞の、または特定のガン遺伝子が活性化した細胞の、生存を助けた。研究結果は、複数型のガンにわたり腫瘍の進化を進める免疫系の主要な役割を示唆している。(Sh)

Science, abg5784, this issue p. 1327, abj0486, this issue p. 1326; see also abl5376, p. 1306