AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 10 2021, Vol.373

第5の力に限界を設定する (Setting bounds on a fifth force)

素粒子物理の標準模型の拡張には、これまで知られている4つの力を補う第5の力の存在を前提とするものがある。そのような相互作用の強さの範囲を設定するために、非常にさまざまな長さ規模での実験が行われてきた。Heacockたちは、ペンデル干渉法と呼ばれるこの分野では珍しい手法を用いてケイ素の中性子構造因子を測定した。構造因子の運動量依存性は、湯川型相互作用とされる第5の力の強さの範囲をさらに厳格にするのを可能するとともに、中性子の荷電半径の測定を可能にした。(NK,MY,kj,nk)

【訳注】
  • 標準模型:素粒子物理学で、強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用の3つの基本的な相互作用を記述するためのモデル。重力を含む4つの相互作用のうち、前記3つの相互作用を量子論的に記述することに成功している。
Science, abc2794, this issue p. 1239

酸素を解体する (Breaking down oxygen)

酸素分子(O2)は、ミトコンドリアや多くの細菌における呼吸の最終酸化剤である。膜結合ヘム-銅オキシダーゼ中でのO2から水への制御された4電子還元は、このオキシダーゼが結合している膜を横断する水素イオンのくみ上げと連結していて、そして、この水素イオンくみ上げは、他よりもとりわけ、アデノシン三リン酸の産生に使われる。Joseたちは、シトクロムbo3ユビキノール・オキシダーゼを研究し、磁気円偏光二色性分光法を用いて重要なPM中間体を調べた。この中間体は、O–O結合開裂後に形成され、水素イオンくみ上げに先行して存在する。著者たちは、PMが3スピン系であることを示す特徴を観測した。これは、鉄(IV)-オキソ種、銅(II)イオン、およびチロシル遊離基を含む合意モデルと一致している。これらの結果は、O–O開裂機構についての重要な検証を提供し、水素イオンくみ上げの進行過程を理解する道を開くものである。(MY,nk)

【訳注】
  • 最終酸化剤:有酸素呼吸でエネルギーを生み出す経路の最終段階での原子状酸素供給物質のこと。
  • 4電子還元:呼吸鎖の最終段階を担う複合体IV(抄録文中でのヘム-銅オキシダーゼ)では、O−O結合の開裂で、開裂Oが複合体IVに配位したPM中間体が形成される。その後、4つの電子が関与して2分子の水が生成する。
  • ユビキノール:ミトコンドリアや多くの細菌の有酸素呼吸に関与する電子伝達体の1つであるユビキノン(ベンゾキノン誘導体)に電子が供与され、還元型になったもの。
  • シトクロム:酸化還元機能を持つポルフィリン鉄錯体を含有するヘムタンパク質の一種。
  • 磁気円偏光二色性分光法:試料への静磁場印加で引き起こされる円偏光二色性を測定する分光法。
  • 鉄(IV)-オキソ種:Fe=O基のこと。
Science, abh3209, this issue p. 1225

好一対が透明にした (A match made clear)

強固で靭性のある複合材料の製造は、堅牢な表示装置のための機械的性能と透明性の組み合わせなど、多くの技術において興味深い。Aminiたちは、ガラス薄片をポリ(メチル・メタクリレート)(PMMA)と組み合わせ、次いで遠心力をかけて透明な複合材料を作製した。ガラス薄片との屈折率を合せるよう、不純物添加することでPMMAの屈折率を変化させて光学的透明度を最大化することができた。このような複合材料は、優れた強度と靭性を示し、現在のガラス複合材料の代替としての幅広い潜在的な応用性を有するかもしれない。(Sk,MY,kh,nk)

Science, abf0277, this issue p. 1229

屈曲するコンピュータ記憶素子 (Flexing computer memory)

相変化材料は、構造の変化を活用して、コンピュータの記憶および処理への応用にとって魅力的な、電気抵抗の違いを生み出す。Khanたちは、屈曲可能なポリイミド基板上に直接堆積されたテルル化アンチモンとテルル化ゲルマニウムの層を用いた、屈曲可能な相変化記憶素子を開発した。この素子は、低いスイッチング電流密度で多段階動作を示す。この相変化と機械的特性の組み合わせは、屈曲可能な電子回路技術に対する多数の新たな応用にとって魅力的である。 (Sk)

Science, abj1261, this issue p. 1243

フェルミの入れ子 (Fermi nesting)

2次元の層が互いにちょうど良い角度となっている2層および3層のグラフェンには、相関状態が現れることが示されている。相互作用の強度を高める鍵となるものは、そのような系で形成されるいわゆるモアレ電子バンドである。Rickhausたちは、互いにねじれた2つのグラフェン2重層からなる色々な系を調べた。ねじれの角度は、層間の結合がモアレ・バンドを形成するのに十分な強さでありながら、上層と下層のキャリア濃度を別々に十分制御できる弱さとなるよう設定した。彼らは、上の2層には電子を、下の2層には正孔をドープすることで、入れ子状のフェルミ面をもつ相関状態を作り出した。(Wt,MY,kh,nk)

Science, abc3534, this issue p. 1257

吸収において例外的 (Absorbingly exceptional)

ほとんどの振動系には、リング共振を起こす1つまたは複数の共振があり、励起に非常に敏感である。非エルミート系、つまり利得と損失のある開放系では、利得と損失を工学的に調整できると、共鳴が合体して例外点になることがわかっている。Wangたちは、これらの共鳴例外点を補完する形で、結合した微小共振器系の吸収を制御することで、新しい種類の吸収例外点を生成できることを示している。彼らは、また、これらの例外点がどのように特徴付けられ、新たな散乱挙動を見せる系をどのように設計するかについても示している。(Wt,kh,kj,nk)

Science, abj1028, this issue p. 1261

保全における一貫性 (Consistency in conservation)

海洋保護区(MPA)は、保全のため、海洋多様性の強化のため、そして持続可能な漁業促進のための手段として、現在世界中でしっかりと確立されている。とは言え、MPAとして分類されている区域は、完全に海洋種を保護して人による採取を禁止しているところから、集約的漁業から採掘まですべてを許可しているところまで、大きく変化に富んでいる。 この非一貫性が、保護が本当になされるべき海洋環境比率の保全と定量化の両方を、妨げるかもしれない場合がある。Grorud-ColvertたちはMPAの一貫性を振り返り、保護の水準の評価と改善ができる枠組みを提案している。(Uc,MY,kh)

Science, abf0861, this issue p. 1215

置換すべきか編集すべきか? (To replace or edit?)

ミトコンドリア病は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異により引き起こされる一連の複合的な病気である。ミトコンドリア置換技術は、母親の核DNAを、除核した提供者の卵細胞や接合子に移植するものであるが、リスクを持つ母親から子孫へとこの病気が伝わるのを防ぐのに有望になってきている。実際、少なくとも1人の子供がこの技術を使って生まれてきている。しかし、ミトコンドリア置換に対する有効性と安全性についての疑問が浮かび上がってきている。Adashiたちは展望記事で、ミトコンドリア置換が持つ潜在的な課題と、ミトコンドリアDNAの配列変異部を特異的に標的とする核酸分解酵素を用いてmtDNAを編集する代替方法について論じている。mtDNA編集方法の一層の進歩が必要であるが、著者たちは、これがさらにミトコンドリア置換と組み合わさりさえして、ミトコンドリア病の軽減を最適化するかもしれない強力な方法となり得ることを示唆している。(MY,nk)

Science, abg0491, this issue p. 1200

ヒト細胞内でのリボソーム形成 (Making ribosomes in human cells)

ヒト・リボソームの組み立てには、膨大な数の組み立て因子が必要で、最初はリボソーム小サブユニット(SSU)の巨大前駆体であるSSUプロセソームを形作る。Singhたちは、低温電子顕微鏡法、X線結晶学、および機能研究を使用して、核小体中で成熟する過程におけるヒトSSUプロセソームの構造を明らかにすることにより、ヒト・リボソーム組み立てに対する新しい知見を提供している。この研究は、連携した組み立て因子群がヒトSSUの形成をもたらす初期の不可逆的成熟段階を制御する、厳密に制御された分子的な振舞いと制御を明らかにしている。(NA,MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • SSUプロセソーム:リボソームを構成する2つのサブユニットのうちの小サブユニット(mRNAの読み込みとアミノ酸の連結がなされる)の形成につながる巨大な粒子。 
Science, abj5338, this issue p. 1216

脳損傷後の神経炎症 (Neuroinflammation after brain injury)

外傷性脳損傷は、毎年何百万人もの人々に影響を及ぼし、世界中の身体的障害の主要な原因である。精神医学的に見た場合の不適応性結果のほとんどは、その後数か月または数年経過して発生するので、最初の衝撃よりも後の間接的かつ長期的な影響である二次的損傷によって引き起こされると考えられている。Holdenたちは、二次的で慢性的な神経炎症と神経変性が、補体経路のメディエーターであるC1q分子によって引き起こされることを見いだした。C1qは、特に皮質-視床-皮質回路における慢性炎症と二次的神経細胞喪失の原因である。外傷性脳損傷はまた、C1q補体経路によって引き起こされる脳状態の変化に導く。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 補体:免疫反応を媒介する血中タンパク質の一群でC1からC9で表され、C1にはさらにC1q等3種の分子との複合体を形成する。抗体により活性化され免疫応答に寄与し生体防御に働く一方、宿主細胞にきわめて強力な傷害作用をもたらす。
Science, abj2685, this issue p. 1217

ピッカリング安定化細胞内エマルション (A Pickering-stabilized intracellular emulsion)

ピッカリング・エマルションは、固体粒子で安定化された懸濁液滴で、100年以上前に発見され、食品、石油、化粧品、医薬品などでよく研究されている。固体粒子が液滴界面に吸着して乳化物が粗大化するのを防ぐ。Folkmannたちは、Caenorhabditis elegans に存在する生体分子濃縮物であるP顆粒が、細胞内のピッカリング・エマルションの例であることを報告している(SneadとGladfelterによる展望記事参照)。生体分子濃縮物は、従来型の脂質膜を介さずに形成される細胞内区画である。この仕事は、生体分子濃縮物においてピッカリング乳剤が膜の役割を果たしている可能性を提示するものである。(MY)

【訳注】
  • Caenorhabditis elegans:非寄生で体節構造を持たない細長い糸状の虫。成虫の体細胞の数は1000個程度と非常に少ない。
  • P顆粒:線虫の受精卵の中に存在する、母方から受け継がれた、RNAと多くのタンパク質の複合体からなる構造体。
Science, abg7071, this issue p. 1218; see also abl6282, p. 1198

クプラートの鎖を探索する (Exploring cuprate chains)

クプラートの超伝導はそれらの2次元(2D)層で発生するが、2Dで相互作用するフェルミ粒子の最も単純なモデルでさえ解くことは困難である。実験が難しくなる点を除けば、この理論の問題は1Dで単純化される。Chenたちは、並列鎖で構成され、1Dの系のように動作するクプラートを合成した。重要なことに、この物質は広範囲の正孔濃度にわたって正孔用の不純物添加が可能であった。研究者たちは、それらのクプラートの光電子放出測定値を説明するためには、相互作用するフェルミ粒子の1Dモデルに隣接引力相互作用を含めることが必須であることを示した。(Sk,kh)

Science, abf5174, this issue p. 1235

水を汲み上げる (Water up)

AACP(above-anvil cirrus plume)と呼ばれる積乱雲上部に広がる巻雲は、幾つかの非常に強い雷雨の上端部から風下に向かって形成される成層圏の雲である。よく見られる現象であるにもかかわらず、その特徴や現象の多くを説明する適切な物理モデルは存在していない。O'Neilたちは、この現象を以下のように報告している。すなわち、成層圏に広がる嵐のスーパーセルが物理的な障壁のように作用し、地形の障害物のように風の流れをそらして、対流圏と成層圏の境界で下流方向に跳水現象を引き起こしている(Smithによる展望記事参照)。この特徴的な現象が、成層圏の奥深くへの強烈な水蒸気注入を引き起こし、成層圏の湿度を大きく上昇させている。(ST,kj,kh,nk)

【訳注】
  • スーパーセル:回転する継続した上昇気流域(メソサイクロン)を伴った、単一セルで構成される、非常に激しい嵐(雷雲群)。
Science, abh3857, this issue p. 1248; see also abl8740, p. 1194

強迫的なコカイン摂取の予防 (Prevention of compulsive cocaine taking)

時間の経過とともに、慢性的なコカイン使用者の約20%が自制心を失い中毒になる。脳のセロトニン(5-HT)神経系の有効性の違いが、薬物中毒に対する脆弱性に関わっている可能性を示す徴候がある。しかし、関連する回路と基になる細胞過程は謎のままである。Liたちは、強迫的欲求への移行と最終的には中毒の可能性を減らす5-HTの調節的役割の根底にある、マウスのシナプス機構を発見した(MiyazakiとMiyazakiによる展望を参照)。コカインは5-HTトランスポーターに結合して5-HTの再取り込みを遮断する。細胞外5-HTの上昇は、5-HT1B受容体を活性化し、眼窩前頭皮質から背側線条体への投射のシナプス前抑制を引き起こす。これらの変化は、シナプスでのシナプス後増強を誘発する可能性を減らし、究極的には強迫的欲求に駆り立てる。(Sh,nk)

【訳注】
  • セロトニン:精神の安定や睡眠に深く関わっている神経伝達物質。別名は5-ヒドロキシトリプタミン(5-hydroxy tryptamine)で、ここから5-HTと略される。
  • シナプス:神経細胞間に間隙があり、その間を多くは神経伝達物質によって情報を伝える神経細胞間の接合部。伝達する神経細胞の構成分をPre側(前)、受け取る神経細胞の構成分をPost側(後)と言う。
  • 5-HTトランスポーター:シナプスで5HTなど神経伝達物質によって情報伝達を行うが、5HTがシナプスに放出されたままだと5HT量は変わらず情報伝達が続くことになる。Pre側シナプス膜に存在し、遊離5HTを取り込むことにより5HT量を減らし神経伝達を停止させる物質。
  • 眼窩前頭皮質:思考や創造性を担う脳の最高中枢で、前頭前皮質の表面にあり、眼球が収まっている眼窩のすぐ上に位置する。
  • 背側線条体:大脳皮質と視床や脳幹を結びつけている神経核の集まりである大脳基底核の主要構成要素のひとつで、大脳辺縁系と大脳新皮質からそれぞれ興奮性入力を受ける。
  • シナプス前抑制:興奮性シナプスが放出する伝達物質の量を減少させることによってシナプス伝達を抑制する現象。
Science, abi9086, this issue p. 1252; see also abl6285, p. 1197

多様な短鎖DNAを合成するための基盤技術 (Platform for the synthesis of diverse oligos)

DNAは、主に塩基配列にコードされた情報担体と見なされているが、ホスホジエステル骨格の化学的性質は短鎖DNAの安定性と構造にとって極めて重要である。P(V)ホスホロチオエートのカップリング合成反応における従来の研究に基づいて、Huangたちは、ホスホロジチオエートとホスフェートに基づく結合を形成するための2つの新しい試薬を開発した(Virtaによる展望記事参照)。著者たちは、これらすべての試薬のすべてを、市販の自動化された固相合成装置上で高効率で動作可能な一体化されたP(V)に基づく合成基盤技術に組み入れた。彼らは、特定の位置に3つの結合型すべてを持つ短鎖DNAを生成することにより、この合成系の柔軟性を実証している。そのような正確に構築された分子の入手は、治療用短鎖DNA設計への新たな方法への道を開く。(KU,kh)

【訳注】
  • ホスホロチオエート:チオリン酸のことで、5価リン(P(V))の周囲に硫黄と酸素が配位した4面体構造をとる。
Science, abi9727, this issue p. 1265; see also abk3478, p. 1196