AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 3 2021, Vol.373

メタン生成巨大複合体 (Methanogenesis megacomplex)

メタン生成菌でのメタン生成の重要な第1段階は、二酸化炭素を、下流の反応段階にとっての基質となる1炭素ホルミル単位へと還元変換する過程である。この反応は、ある酵素複合体触媒によってなされ、この複合体は、水素あるいはギ酸塩を酸化し、異なるエネルギー経路に沿って2つの電子を分離する構成成分を含んでいる。Watanabeたちは、反応を担っている酵素複合体の嫌気性低温顕微鏡試料を注意深く精製し作製して、3メガダルトンの6量体構造を3~3.5オングストロールの分解能で得た。鉄-硫黄からなる補因子の配置は、 電子分岐が巨大タンパク質の動きとどのように結びついているのかの説明を提供しており、これは存在する多重の立体構造状態から予測されるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 1炭素ホルミル:CHO- で表される化学基。
  • 嫌気性:メタン生成菌は大気濃度の酸素に暴露することによって死滅してしまう偏性嫌気性の古細菌。
  • ダルトン:生物化学分野で用いられている分子量を表す単位。3メガダルトンは、分子量が3百万であることを表す。
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。鉄-硫黄クラスターはタンパク質中で電子伝達や酵素活性中心として機能する。
  • ※本論文のプレスリリース:https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/210903_pr.pdf

Science, abg5550, this issue p. 1151

著者表記慣習における性による不均衡 (Gender disparities in authorship practices)

著者表記は科学者の職能資産である。Niたちは、5500人以上の世界中の科学者をアンケート調査し、その回答を統計的に分析することによって、著者表記への指名と並び順を決める慣習に存在する性差の根底にある機構を明らかにした。回答者の半分以上が著者表記に対する見解の不一致を経験していたが、女性は男性に比べて見解の不一致に出くわす確率が大きかった。意志疎通は見解の不一致を軽減しうる。女性は、著者表記について共同研究者と話し合い、研究過程の早い段階にそれを行い、著者表記問題を話し合うことで不快感を感じる、という体験の比率が高かった。見解の不一致が原因で、女性は敵意を看取ってその後の共同研究を制限した例が多かったが、男性は、詐欺行為を観察して仕返しに走る傾向がより高かった。著者表記問題における公平性の不均衡への取り組みは、科学における性の格差を埋めるために必要である。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe4639 (2021).

CRISPRに対する選別所要時間 (Screen time for CRISPR)

CRISPR-Cas9は、ショウジョウバエから霊長類に至る生物のゲノムを編集するために用いられてきたが、動物における大規模な遺伝子選別には用いられていない。それは、多数の変異動物を作り出し、検証し、追跡することが非常に労力を要するからである。Parvezたちは、Multiplexed Intermixed CRISPR Droplets(MIC-Drop)を開発したが、これは、液滴マイクロ流体技術、CRISPRの一括注入、およびバーコード法を組み合わせて、大規模な遺伝子選別を可能にする技術基盤である。ゼブラフィッシュにおける試験的な表現型選別において、MIC-Dropは、小分子の標的の迅速な同定と、心臓血管の発生を支配するいくつかの新しい遺伝子の発見を可能にした。MIC-Dropは、潜在的に数千の標的へ拡張可能であり、多様な生物と実験に適応可能である。(KU,nk,kj,kh)

Science, abi8870, this issue p. 1146

模様化されたネマティック性 (Patterned nematics)

固体中の電子は回転対称性を破ることがあり、それは電子ネマティック状態をもたらす。この現象は、銅酸化物系高温超伝導体および鉄系高温超伝導体の両方で観察されており、それと超伝導との関係は依然として議論の対象となっている。Shimojimaたちは、線二色性測定を使用して、2種類の鉄系超伝導体のネマティック状態を画像化した。意外なことに、研究者たちは非常に長い波長の周期的な模様を見出した。この研究結果は、ネマティック領域壁の列を想定した現象論的モデルで説明されるかもしれない。(Sk,nk)

【訳注】
  • 電子ネマティック状態:電子液体の集団的な応答が方向性を示し、ある方向と別の方向で異なる性質を示すようになる状態を液晶の類推からこのように呼ぶ。
  • 線二色性測定:互いに直行する直線偏光を用いた光電子顕微鏡観察を行い、2枚の画像の差分をとることで画像のコントラストを向上させる手法。
  • ※本論文のプレスリリース:https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/news/wp-content/uploads/2021/09/press_0830_nematic_.pdf

Science, abd6701, this issue p. 1122

SARS-CoV-2内の校正係 (A proofreader in SARS-CoV-2)

ワクチンは重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)からの防御を提供するが、COVID-19を治療する抗ウイルス薬への要求が依然として存在する。ウイルスのRNA重合酵素を標的にしているレムデシビルなどのヌクレオチド類似体薬は、見込みがあるが、新規に合成されたRNAから誤ったヌクレオチドを除去するエキソリボヌクレアーゼ(ExoN)活性により効力が損なわれる。Liuたちは、誤ったヌクレオチドを組み込んだRNA模倣体に結合した、ExoN活性を内在する複合体(nsp10–nsp14)の構造を決定した。この構造は、ウイルスRNAがどのように認識されるのかを示しており、また、ExoNがどのようにミスマッチ・ヌクレオチドを特異的に除去するのかを示唆している。それはまた、切除を回避できるかもしれないヌクレオチド類似体を設計する手掛かりを与えている。(MY,kj)

【訳注】
  • レムデシビル:RNAを鋳型にしてRNAを重合するRNA依存性重合酵素(複製誤り校正機能を持たない)の基質として取り込まれ、ウイルスRNAの合成を阻害する薬剤。
  • エキソリボヌクレアーゼ(ExoN):RNA分子配列の外側(5’末端もしくは3’末端)から、逐次的に末端ヌクレオチドを除去することによりRNAを分解する酵素であるが、コロナウイルスではRNA複製の校正と、新生RNAに取り込まれたヌクレオチド類似体薬の除去を担っている。
  • nsp:非構造タンパク質(nonstructural protein)のこと。SARS-CoV-2には少なくとも16種のnspが存在することが知られている。このうちのnsp10–nsp14からなる複合体がExoN活性を持つ。
  • ミスマッチ:二本鎖の塩基対が誤った組み合わせであること。
Science, abi9310, this issue p. 1142

寒い天候異変 (Cold weather disruptions)

地球規模の気候変動の主要な特徴である急速な温暖化、特に北極圏では世界の他の場所よりもはるかに大きく高温化が進んでいるにもかかわらず、米国および北半球の他の地域では、過去40年にわたり、顕著でますます頻繁になる極寒の冬の気候という事象を経験してきた。Cohenたちは、観測とモデルを組み合わせて、北極圏の変化が、いわゆる成層圏の極渦破壊に関与する一連の過程の重要な原因である可能性があり、それが最終的には北半球中緯度での極寒の期間をもたらすことを論証している(Coumouによる展望記事参照)。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 極渦:北極および南極の上空にできる大規模な気流の渦で、各極の冬の時期に最も強まる。極渦の周辺部は最も風が強く内部では風が比較的弱いため、極渦の内部は低緯度からの暖気流入が遮られ、気温が非常に低くなる。
Science, abi9167, this issue p. 1116; see also abl9792, p. 1091

反射に際し、位相を変調せよ (Upon reflection, modulate phase)

メタ表面は、対応する三次元の光学部品よりはるかに薄い小型形状をした光学素子を製造するための基盤を提供する。メタ表面はまたその周囲と相互作用する開放系であるという認識のもとに、Songたちは、例外点を取り囲むことが可能な非エルミート特性を利用して、メタ表面を設計した。このような例外点では入力光に対して散乱光は偏波依存であることが示されており、その結果として、波面工学用のメタ表面の設計における追加の調整つまみが提供された。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 例外点:開放(非エルミート)光学系において特定の摂動に依存して異なる応答を示すような縮退が出現する特異点。
Science, abj3179, this issue p. 1133

末梢神経障害を打ち負かす (Defeating peripheral neuropathy)

末梢神経障害の根底にある機構は、よく理解されていない。Spauldingたちは、転移RNA(tRNA)合成酵素の変異によって引き起こされる遺伝性シャルコー・マリー・トゥース(CMT)病のマウスモデルを研究した。脊髄における神経細胞中の遺伝子発現とタンパク質合成速度の変化は、タンパク質センサーGCN2によって活性化される細胞ストレス応答を引き起こした。GCN2が遺伝子学的に除去されたり薬で抑制されると、ストレス応答が阻止されて神経障害ははるかに軽度になった。Zukoたちは、変異型グリシルtRNA合成酵素がtRNAGlyに結合するが、それを遊離できないため、細胞のtRNAGlyプールが枯渇することを見いだした。この過程は、グリシン・コドン上で翻訳リボソームの停止を引き起こし、統合的ストレス応答を活性化した。遺伝子組み換えtRNAGlyの過剰発現は、マウスとショウジョウバエのモデルで末梢神経障害およびタンパク質合成の欠陥を防止した。したがって、tRNAGly濃度の上昇またはGCN2の標的化は、この現在治療不能な病に対する治療の可能性を持っているのかもしれない(MelladoとWillisによる展望記事参照)。(KU)

【訳注】
  • シャルコー・マリー・トゥース(Charcot-Marie-Tooth:CMT)病:1867年、仏のシャルコーとマリーとトゥースによって報告された、下腿と足の筋萎縮と感覚障害を引き起こす難病。
  • グリシルtRNA合成酵素:グリシンを関連するtRNAに結合させる酵素。
Science, abb3414, abb3356, this issue p. 1156, 1161; see also abk3261, p. 1089

非素粒子の渦ビーム (Vortex beams of nonelementary particles)

軌道角運動量を有する光子および電子の渦ビーム(ねじれ波面から生じる)の発見に伴い、光学的撮像、光学顕微鏡と電子顕微鏡、情報通信、量子光学、極微操作がかなり進展し、さらなる進歩が期待されている。Luskiたちは、この進歩を他の種類のビームに拡張しようとして、特別に微細加工された刃状転位類似形状の回折格子によって回折され、長い可干渉距離を持つ超音速ビームから形成された、ヘリウムの原子および二量体からなる渦ビームの生成を実証している(Kornilovによる展望記事参照)。内部自由度を持つ非素粒子で作られた渦ビームは、量子力学の巨視的規模での直接的な発現を示しており、また、このビームの生成は、多くの待望された応用への道を開くものである。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 刃状転位類似形状:1本あるいは2本の格子が、2本の回折格子の間の途中まで挟まった形状。
  • 可干渉距離:分割した光が干渉する最大光路長差。干渉を妨げる要因は波長の時間的変動など。
Science, abj2451, this issue p. 1105; see also abk1565, p. 1084

恒星合体の電波による証拠 (Radio evidence of a stellar merger)

中心核の重力崩壊による超新星は、大質量の星が燃料を使い果たして爆発する際に発生する。理論研究者は、進化した大質量星が中性子星などのコンパクト伴星と合体すると、同様の爆発が起こる可能性があると予測している。Dongたちは、以前の電波探査では存在しなかった電波源を同定した。追跡調査として実施した電波、および、可視光領域の分光観測によると、これは、爆発の数世紀前にその星から放出された周囲の物質に、超新星の膨張する残骸が衝突したものと思われる。2014年には、それと同じ場所で未同定の過渡X線現象が発生した。これは、その時の爆発によってジェットが発生したことを示唆している。著者たちは、最もありそうな説明は、合体が引き金となった超新星であるとしている。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abg6037, this issue p. 1125

量子力学を監視する (Monitoring quantum dynamics)

相互作用する粒子からなる量子系の次元の大きさを減らすことで、その物理を単純化することができる。このような次元削減は、超低温の原子気体で可能となる。そこでは、光学ポテンシャルを用いて1次元(1D)気体の格子の生成が可能である。Malvaniaたちは、軸方向のトラップのポテンシャルを急に増加させた後、ルビジウム-87の1D原子気体の動態を調べた。通常は、このような動態を理論的に記述することは困難であるが、著者たちは、一般化流体力学と呼ばれる理論が、長期間の進展にわたって、この1D系の挙動を捉えていることを見出した。(Wt,kh)

Science, abf0147, this issue p. 1129

クロマチン状態と腫瘍形成能力 (Chromatin state and oncogenic competence)

特定のDNA変異は、腫瘍の発生につながる可能性があるが、すべての細胞状況で形質転換しているわけではない。これは元の細胞に存在する固有の転写プログラムによる可能性がある。ゼブラフィッシュ・モデルとヒト多能性幹細胞ガン・モデルを用いて、Baggioliniたちは、神経堤細胞とメラノブラスト(メラニン色素細胞の前駆体)にはBRAF 遺伝子の特定の変異に感受性があるのに対し、メラニン色素細胞は比較的耐性があることを報告している(VredevoogdとPeeperによる展望記事参照)。腫瘍形成能力の高い細胞は低い能力の細胞と比較して、例えばタンパク質ATAD2などのクロマチン因子の濃度が高くなっている。ATAD2は、神経堤細胞の転写因子SOX10と複合体を形成し、BRAF 変異の誘発を許容するクロマチン状態を確立する。これらのデータは、発生時クロマチン・プログラムが、細胞がDNA変異にどのように反応するかのひとつの決定因子であることを示している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • クロマチン:真核細胞のDNAが核内でとっている構造を指し、通常ヒストンなどのタンパク質からなる複合体であるヌクレオソームにDNAが巻き付いた構造を取る。ヌクレオソーム密度が高い状態では一般に、転写因子等の結合が阻害される。
  • 神経堤細胞:脊椎動物の発生初期に神経管と予定表皮外胚葉の間に生じ、その後全身へと移動して、末梢神経系や頭蓋組織、色素細胞、心臓の一部やホルモン産生細胞など、多様な細胞や組織へと分化する一過性の細胞群。神経堤細胞からメラノブラストが生じ、さらにメラニン色素細胞へと分化する。
  • BRAF 遺伝子:悪性黒色腫や肺ガン、大腸ガンなど、さまざまな悪性腫瘍の発生や進行に、直接重要な役割を果たす遺伝子。
  • ATAD2:ヌクレオソームの密度管理に関わるタンパク質で、さまざまなガン細胞において異常発現が見られ、ガンの悪性化に密接に関連していることが知られている。
Science, abc1048, this issue p. 1104; see also abl4510, p. 1088

多様なベータコロナウイルスを標的にする (Targeting a range of betacoranaviruses)

過去20年間に、最も最近の急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を含め、3つの高病原性β-コロナウイルスが動物からヒトへ移行した。これらのウイルスを修飾するスパイク・タンパク質には、宿主細胞受容体に結合するS1ドメインと、ウイルス膜と宿主細胞膜を融合して細胞侵入を可能にするS2ドメインがある。S1ドメインは、多くの中和抗体の標的であるが、遺伝学的にS2より変化しやすく、そのため、抗体は選択圧として働き、耐性を持つ変異株をもたらす可能性がある。Pintoたちは、S2ドメインのらせん構造部と相互作用する5つのモノクロナール抗体を同定した。最広域の中和抗体は、β-コロナウイルスの全亜属を阻害し、SARS-CoV-2に感染したハムスターのウイルス負荷を低減した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • モノクロナール抗体:単一の抗体産生細胞に由来するクローン(同じ遺伝情報を持つ細胞)から得られた抗体。1種類の抗原決定基だけに作用する。
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で、多様な抗原に対して能力を発揮するもの。
  • ウイルス負荷:感染者が持つウイルス量。
Science, abj3321, this issue p. 1109

花成を周囲温度に結び付ける (Linking flowering to ambient temperature)

小さなカラシナ植物のシロイヌナズナでは、花成ホルモンFLOWERING LOCUS T(FT)が動員されて、茎頂分裂組織で花成を開始する。Susilaたちは今回、葉細胞で産生されるFTが、周囲温度が好ましくなければ蓄えられたままにされうることを示している(JaillaisとParcyによる展望記事参照)。低温では、FTは葉細胞膜のリン脂質に結合し、その結果、移動性が制限される。より高い温度では、そのような結合は好まれず、FTは、放出されて茎頂分裂組織へと動員され花成を駆動する。このように、感温性の脂質結合は、シロイヌナズナが花成の時期を好ましい周囲温度に合わせるのを助ける。(MY,kh)

Science, abh4054, this issue p. 1137; see also abl4883, p. 1086

神経細胞による情報伝達の一般原則 (General principles of neuronal communication)

過去数年間にわたる現代技術の爆発的進歩は、個々の神経細胞の分子的、解剖学的、および生理学的特性に関する膨大な量の知識を生み出してきた。しかしながら、個々の神経細胞は単独では機能しない。すなわち、それらは回路内でお互いに相互作用することで情報を処理する。Luoは、さまざまな関連分野の研究を統合することを企て、神経細胞がシナプス結合の特定のパターンを介してお互い情報伝達している方法の根底にある一般化された原理を抽出した。これまでは個別神経細胞の投射様式、および入出力領域間の神経細胞群のより大規模な接続構造方式、についてのさまざまな要素部分が別々に議論されてきたが、これらの投射様式と接続構造は、今や同じ知的枠組みの中で一緒にすることができる。(KU,MY)

Science, abg7285, this issue p. 1103