AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 27 2021, Vol.373

寒冷化の閾値 (Cooling threshold)

過去80万年以上に渡って各間氷期の終わりは、その時期発生していた日射の段階的な減少とは別に、大規模かつ急激な寒冷化事象によって特徴づけられていた。このような急激な寒冷化はなぜ起こったのだろうか? Yinたちは一連の気候モデルを使って、日射量には閾値があり、それを下回ると太陽からの緩やかなエネルギーの減少が急激な気候寒冷化をもたらすことを示した。この効果は、ノルディック海やラブラドル海における海氷のフィードバックを含む、大西洋子午面循環の弱体化によってもたらされた。(Uc,ok,nk,kj,kh)

Science, abg1737, this issue p. 1035

タンパク質複合体の組み立てを保全する (Safeguarding protein complex assembly)

多タンパク質複合体の細胞内での組み立ては、各々のサブユニットが、その相手に対して規定された水準で産生されることを必要とする。サブユニット合成間の不均衡は不可避であり、これは組み立てられなかった中間体の除去処置を必要にする。Zavodszkyたちは、HERC1と呼ばれるユビキチン・リカーゼが、プロテアソームの特定の組み立て中間体を分解用に標識付けするのを担っていることを見出した。HERC1は、通常はプロテアソームの組み立てが終了すると解離するプロテアソーム組み立て因子を認識することで分解用中間体を見つける。プロテアソーム組み立て中間体の認識能力を弱めるHERC1の点変異は、神経変性をマウスに引き起こす。これは、この品質管理経路の重要性を浮き彫りにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • ユビキチン・リガーゼ:タンパク質にユビキチン(他のタンパク質の修飾に用いられる76個のアミノ酸からなるタンパク質)を連結させる酵素。この標識がついたタンパク質はプロテアソームにより分解される。
  • プロテアソーム:真核生物に普遍的に見られ、細胞内の特定のタンパク質を分解する、33種のサブユニットからなる巨大タンパク質分解酵素。ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系をユビキチン-プロテアソーム・システムという。
Science, abc6500, this issue p. 998

薄い、高感度の電子皮膚 (Thin, sensitive skin electronics)

皮膚材料は導電性が高く、伸縮可能で、薄くなければならないため、温度、圧力、あるいは表面粗さの違いに対する高い感度を含む、人間の触覚の特性をロボット工学において再現することは困難である。Jungたちは、極薄のエラストマーに一部が埋め込まれた単分子層として、ナノ材料を集合させる工程を開発した。この工程は、ナノ構造の銀および/または金をエラストマーと共に含む混合溶媒を脱イオン水表面に堆積させることで、進行する。これが、エラストマーで覆われた水との界面にナノ粒子の単層を形成し、ナノ粒子の層は界面活性剤の添加によってさらに稠密化される。この工程は拡張可能であり、この得られたエラストマー膜は他の基板に転写することが可能である。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 稠密化に関して:脱イオン水表面に拡がった混合溶媒膜の中央に界面活性剤を滴下することにより、膜を周囲に押しやって界面に存在するナノ粒子の層を稠密化している。
Science, abh4357, this issue p. 1022

光の一押しで窒素を移し替える (Shuffling nitrogen with a light push)

炭素-窒素環の操作は、多くの医薬品化合物と農薬化合物の合成に不可欠である。Jurczykたちは、カルボニル置換された環状アミンの光励起が、アミン窒素を環骨格の中(環骨格の一部)から外(環骨格炭素に環外から結合)に移行し得ることを報告している。この反応は、1,5位の水素が光により電子励起されたカルボニルに移行し、これがその後の炭素-窒素結合および炭素-炭素結合の転位を引き起こすことによって進行するらしい。幾つかの酸素や硫黄の複素環は同様に適用可能であった。キラルなリン酸触媒の添加は、この反応を不斉反応にした。(MY)

【訳注】
  • 転位:化合物の骨格変化を生じる原子や化学基の結合位置の移動。
  • 不斉反応:どちらか一方の光学異性体が選択的に生成する反応。
Science, abi7183, this issue p. 1004

温かな海により多くの種 (More species in warm waters)

過去の多様性の様式は、現在の人為的変化が生物多様性にどのように影響しつつあるかを理解するための指針として使用できる。Womackたちは、ニュージーランドにおける4000万年前の軟体動物の化石を調べて、海洋温度が種の豊かさと機能的多重度にどのように影響するかを調べた。機能的多重度は、どのくらいの種が類似した生物学的な役割を果たすのかという尺度である。種の豊かさと多重度の両方が、より海水温の高い時期に増加しており、それは、より多くの種がいたこと、そしてそれらの種が多くの場合同様の生態学的役割を果たしていたことを意味している。このような生態系の多重度は生態系の回復力を高めることが可能であり、その気温との関係を理解することは、人間活動が変化を促しつつある場所を特定するのに役立つかもしれない。(Sk,ok,kh)

Science, abf8732, this issue p. 1027

ヒト変異の範囲を評価する (Gauging the spectrum of human mutations)

変異がヒトの間の表現型の変動と病気の危険性に影響を及ぼすことが、ますます明白になってきている。しかし、変異には多くの違った種類のものがある。Seplyarskiyたちは、大きなヒト・ゲノム・データ群に行列因数分解法を適用して、教師なし法で生殖細胞系列の変異過程を同定した。この調査から、9つの堅牢な変異成分が同定され、また、ゲノムの特徴との相関性から、これらの過程のうちの7つを生み出す特有の機構が提案された。これらの結果は、変異過程に対する我々の理解を強固にまたより良いものにし、ヒト・ゲノムのもっともらしい変異機構を明らかにする。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 行列因数分解法:多変量解析手法の1つで、データを加法的な構成成分に分解し、行列積表現として解析する方法。
  • 教師なし法:機械学習で変異を抽出する際の学習に、正解となる変異データを使わず行う方法。
Science, aba7408, this issue p. 1030

ヘルクラネウムからの古代ローマ人の食事についての洞察(Insights into the Roman diet from Herculaneum)

史料と人骨の標準的な安定同位体分析の両方が、古代ローマの食物消費の様式への洞察を提供してきた。しかしながら、この研究は多くの場合、性別間、異なる職業、またはより微妙な社会的地位での食事の違いを調査するのには、十分な解決法ではない。この短所に対処するために、Soncini たちは、ベスビオ山の西暦79年の噴火で死亡した17人の成人の、骨コラーゲンの安定同位体分析とタンパク質合成のベイズ・モデルとの組み合わせを用いた。彼らは、男性が女性よりも多くの魚を消費したことを見出したが、得られた総エネルギーの観点から見ると、男女の食事は穀物、陸生動物、オリーブ、そしておそらくワインが中心であった。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • ヘルクラネウム:ベスビオ火山噴火で, ポンペイとともに,失われた古代ローマの町
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg5791 (2021).

COVID-19の起源としての野生生物の状況 (The case for wildlife as the COVID-19 origin)

COVID-19がどのようにして2019年の冬に中国の武漢でヒトに出現したのかについて、多数の仮説があるにも関わらず、多くの専門家は、これがキクガシラコウモリで始まった人獣共通感染症だと推察してきた。Lytrasたちは展望記事で、COVID-19が、重症急性呼吸器症候群関連コロナウイルス(SARSr-CoV)の貯蔵宿主であるキクガシラコウモリからの中継点として働く中間宿主種から恐らく伝播した、感染流出事象であることを支持する証拠について論じている。著者たちは、アフリカ豚熱ウイルスの勃発に伴う養豚場の処分に続く食肉需要の高まりなど、そのような感染流出の可能性を増大させた当時の出来事について論じている。需要の高まりは、SARSr-CoVに感染しやすい野生生物の生息地の耕作、生息地との接触、および生息地の侵害を増加させた。2002年のSARS流行は、SARSr-CoVが引き起こす危険性を明らかにした。また、現在のSARS-CoV-2の世界大流行は、これらのウイルスが、監視の必要な差し迫った危険性をもたらすことを再び強調している。(MY,kh)

【訳注】
  • キクガシラコウモリ:キクガシラコウモリ科に属する動物の総称で、ユーラシア大陸に広く分布する。顔の中央にキクの花に似た皮膚のひだがある。
Science, abh0117, this issue p. 968

結晶学の先にある明るい未来(Bright future ahead for crystallography)

巨大分子のX線結晶構造解析は通常、試料の平衡状態での静的瞬間撮影を与える。時間分解能結晶解析法の進歩は、生体分子における動的挙動(大小の挙動、高速と緩慢な挙動)を捕らえることを可能にした。BrandenとNeutzeは、近年のX線自由電子レーザー源への取り組みから生まれ、他の実験設定や多くの生体系に適応されつつある手法と概念を概説している。得られるデータを解析し生体系に関連づけることは難しい課題ではあるが、本分野における実験は高い時空間分解能における新たな道を切り開き、また非平衡化学や生体系の立体構造変化に関する知見を多く生み出している。(NK,KU,kj,kh)

Science, aba0954, this issue p. eaba0954

空気伝染の仕組み (Mechanisms of airborne transmission)

COVID-19の世界的流行は、呼吸器病原体が宿主間でどのように広がるかについての論争と未知要素を浮き彫りにした。昔から、呼吸器病原体は、咳で生成された大きな飛沫および汚染された表面(媒介物)との接触を通じて人々の間で広がると考えられていた。しかしながら、いくつかの呼吸器病原体は、空気流の中を浮遊して移動可能な小さな呼吸器エアロゾルを通して広がることが知られており、感染者から短距離および長距離でそれらを吸入する人々に感染する。Wangたちは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染症およびその他の呼吸器病原体の蔓延を研究することによって得られた、空気伝染の理解における最近の進歩を概説している。著者らは、空気伝染がSARS-CoV-2を含むいくつかの呼吸器病原体の主要な伝染形態であるかもしれず、空気伝染経路による感染の根底にある仕組みの更なる理解が、空気伝染の軽減策をもっと活性化することを示唆している。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abd9149, this issue p. eabd9149

ママのIL-6は赤ちゃんの腸の免疫を再配線する (Mom’s IL-6 rewires baby’s gut immunity)

妊娠中に生じる感染症のほとんどは、軽度で一過性である。しかしながら、そのような病原体との遭遇が、子の免疫系の長期的な軌道を定めることがあるのかどうかは不明なままである。Limたちは、妊娠中のマウスを一般的な食物由来の病原体、仮性結核菌(YopM)に感染させた(AmirとZengによる展望記事参照)。感染は母性に限定され、長続きしなかったが、子は成人期になってもより多くの腸Tヘルパー17細胞を保有していた。インターロイキン-6(IL-6)は、発育中に胎児の腸上皮に作用することでこの組織限定の効果を仲介していた。YopMに感染した、またはIL-6を注射された母親からの子は、サルモネラ菌の経口感染に対する耐性が強化されていたが、腸内炎症性疾患に対してより高い感受性を示した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis):ヒトに下痢や腹痛などの胃腸炎症状を引き起こす人獣共通感染症。
Science, abf3002, this issue p. eabf3002; see also abl3631, p. 967

小脳はその遺伝的プログラムを明らかにする(The cerebellum reveals its genetic programs)

遺伝子調節ネットワークは、臓器の発達を支配している。Sarropoulosたちは、遺伝子調節ネットワークとの関連でマウス小脳の発達を分析した。 約90,000個の細胞におけるクロマチン接近可能性を分析する単一核のプロファイルは、前駆細胞の多様性と細胞分化を導く遺伝的プログラムを明らかにした。進化の跡はさまざまな細胞型に対するさまざまな制約のなかで明らかになった。(KU,kj)

Science, abg4696, this issue p. eabg4696

SARS様ウイルスに対する幅広い防御 (A broad defense against SARS-like viruses)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、過去20年間に深刻なヒト病原体として出現した3番目のコロナウイルスである。現在および将来のSAR様コロナウイルスに対して広く保護する治療戦略が必要である。Martinezたちは、ウイルスのスパイク・タンパク質のキメラに基づくワクチンを開発することにより、この課題に挑戦した。メッセンジャーRNAワクチンは、ヒトに交差感染する可能性のあるコウモリ・コロナウイルスだけでなく、流行性およびパンデミック性コロナウイルスからのドメイン・モジュールから構成されるスパイク・タンパク質をコードしている。感染に対して脆弱な老齢マウスにおいて、このキメラ・ワクチンは、SARS-CoV、SARS-CoV-2およびテストされた懸念される変異株、さらにパンデミックの可能性がある動物原性性コロナウイルスからの攻撃を保護した。(KU,kj,kh)

Science, abi4506, this issue p. 991

RNA編集は繊毛キナーゼを制限する (RNA editing restricts ciliary kinases)

繊毛キナーゼは、繊毛の形成と機能に不可欠であるが、それらの活性がイン・ビボで(生体内で)どのように調節されているかは不明である。Liたちは、繊毛を破壊する過剰に活性の高い繊毛キナーゼを保有する回虫動物モデルを作成した。彼らの遺伝子抑制因子選別法は、アデノシンのイノシンへの(A-to-I)RNA編集を触媒するRNAアデノシンデアミナーゼの喪失が繊毛の異常を救済したことを明らかにした。彼らは、キナーゼの過剰活性化が、このRNAアデノシンデアミナーゼにキナーゼRNAを編集させ、キナーゼRNAのスプライシングと翻訳を損わせ、それによって核から繊毛キナーゼを下方制御することを見いだした。これらの結果は、繊毛関連疾患が繊毛を除いた経路を標的とすることで治療されるかもしれないことを示唆している。(KU,ok,kj,kh)

Science, abd8971, this issue p. 984

いつもの超電導じゃない (Not your usual superconductor)

ほとんどの超電導体は、超電導相が1つしかない。Khimたちは、重い電子系物質であるCeRh2As2の磁化率を測定し、2つの異なる超伝導相が存在することを明らかにした。その相のひとつは、外部磁場が印加されると、もう一方の相から現れる (PourretとKnebelによる展望記事を参照)。著者たちは、CeRh2As2の特異な性質は、その結晶構造に起因すると考えている。CeRh2As2の結晶構造は、全体的には中心対称であるが、非中心対称な層により構成されている。(Wt,kh)

Science, abe7518, this issue p. 1012; see also abj8193, p. 962

2つの方法で熱を遮断 (Blocking heat in two ways)

熱伝導率が低いことは、遮断コーティング材や熱電材料、その他さまざまな用途で重要である。Gibsonたちは、内部の界面特性を操作する2つの相補的な方法を組み合わせて、無機材料BiO2Cl2Seの熱伝導率を劇的に低下させた (KimとCahillの展望記事を参照)。著者らは、面内構造の歪みと層結合の弱さの両方を利用して、熱伝導率を0.1ワット/ケルビン/メートルまで押し下げた。この値は、空気のわずか4倍にすぎない。この原理は、他のシステムにも応用でき、熱伝導率が極めて低い結晶の開発方法を与えてくれるだろう。(Wt,nk)

Science, abh1619, this issue p. 1017; see also abk1176, p. 963

SagAは免疫療法の応答を促進する (SagA promotes immunotherapy response)

腸内微生物叢は、PD-L1免疫療法を受けているがん患者の治療結果に影響を与えることがあるが、好ましい応答の根底にある機構は不明である。 Griffinたちは、腸球菌と呼ばれる特定の種類の細菌がマウスの抗PD-L1免疫療法を強化することを見出した(AnsaldoとBelkaidによる展望記事を参照)。研究者らは、腸球菌が細菌の細胞壁成分を分解するSagAと呼ばれる酵素を分泌することを示している。このプロセスにより、ムラミルペプチド断片が放出され、これが刺激分子として機能して、自然免疫センサー・タンパク質NOD2のシグナル伝達を促進し、免疫療法の反応を改善する。(Sh)

【訳注】
  • PD-L1(Programmed cell Death Ligand 1):T細胞の細胞表面に発現する受容体であるPD-1(Programmed cell Death 1)と結合し、免疫応答を抑制する膜貫通タンパク質。
  • ムラミルペプチド:細菌細胞壁の骨格構造であるペプチド・グリカンを構成し、N-アセチルムラミン酸に複数のアミノ酸がつながった構造を持つ。
  • 自然免疫センサー・タンパク質:自然免疫系で働く、細胞内で病原体の感染を感知するタンパク質。
Science, abc9113, this issue p. 1040; see also abl3656, p. 966

機械学習がRNAのパズルを解く (Machine learning solves RNA puzzles)

RNA分子は、実験的に決定することも計算で予測することも困難な、複雑な3次元形状に折りたたまれている。このような構造を理解することは、現在治療不可能な病気の薬の発見につながる可能性がある。Townshendらは、RNA構造の予測を大幅に向上させる機械学習法を導き出した(Weeksの展望記事参照)。最近の他の深層学習の進歩のほとんどは、学習のために膨大な量のデータを必要としている。この手法がわずかな学習データで成功したことは、同様の手法が、データの少ない分野の多くで未解決の問題を扱うことができるかもしれないことを示唆している。(ST)

Science, abe5650, this issue p. 1047; see also abk1971, p. 964