AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 20 2021, Vol.373

喃語を発するコウモリ (Babbling bats)

人間における言語発達の注目すべき側面は、喃語の段階である。この間、幼児は大人の話し方を練習し模倣しながら、さまざまな特有の音を発する。しかしながら、発声学習者は人間だけではない。では、我々は人間以外の者に、そのような喃語を期待してよいのだろうか?Fernandezたちは、野生のオオシマサシオコウモリ(sac-winged bat)の子コウモリの発声を記録し、人間に見られるものと一致する喃語の明確な証拠を見つけた。喃語中の共通要素は、発声学習が多種多様な哺乳類種にわたって、同様の特有の仕組みを持っているかもしれないことを示唆している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 喃語:幼児の言葉以前の発声。
Science, abf9279, this issue p. 923

ディープラーニングがタンパク質の折り畳みを引き受ける (Deep learning takes on protein folding)

1972年、Anfinsenは、タンパク質のアミノ酸配列とその3次元構造との間の関係を実証したことでノーベル賞を受賞した。1994年以来、科学者たちは、2年ごとに開かれる「タンパク質構造予測精密評価」(CASP)で腕を競い合ってきた。ディープラーニング手法はCASP14で中心的な役割を果たし、DeepMindのAlphafold2は驚くべき精度を達成した。Baekたちは、DeepMindのフレームワークに基づくネットワーク・アーキテクチャを開発した。彼らは3トラック・ネットワークを使用して、1次元のアミノ酸配列情報、2次元の距離情報、3次元の座標情報を同時に処理し、DeepMindがCASP 14 で示したものに近い精度に達した。この方法、RoseTTAfoldは、X線結晶法および低温電子顕微法のモデル化の困難な問題を解決し、タンパク質-タンパク質複合体の正確なモデルを形成することができる。(KU,nk)

Science, abj8754, this issue p. 871

レトロエレメントとともにヒッチハイクする (Hitching a ride with a retroelement)

レトロウイルスとレトロエレメントは、進化を通して哺乳類のゲノムに自身の遺伝子コードを挿入してきた。これらの組み込まれたウイルス様配列の多くは、ゲノムの完全性に脅威を与えるが、幾つかは哺乳類細胞によって作り替えられ、哺乳類の発達に必須の役割を果たしてきた。Segelたちは、これらのレトロウイルス様タンパク質の1つであるPEG10が、翻訳元のmRNAに直接結合して、このmRNAを細胞外のウイルス様カプシドに隠すことを見出した。こうして作られたウイルス様粒子はその後、フソゲン(fusogen:融合剤)で偽型化され、積荷の機能的mRNAを哺乳類の細胞に送り込む。これは、RNAに基づく遺伝子治療に対する内因性ベクター(運び屋)を提供する可能性がある。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • レトロウイルス:遺伝物質がRNAで、生体細胞に感染すると逆転写酵素が働いてDNAに転写され、宿主の染色体に組み込まれるウイルス。
  • レトロエレメント:逆転写酵素を持つ因子の総称。
  • 偽型化:ウイルスの外被タンパク質が別種のタンパク質に置換されること。
Science, abg6155, this issue p. 882

わずかに塩分を含んだ地表水 (Lightly salted surface waters)

水圧破砕法は、水をベースにした混合物を使用して、堅い石油とガスの岩盤を切り開く。この工程はほとんど封じ込められているが、地表水が汚染される可能性については懸念が残る。Bonettiたちは、米国におけるいくつかの場所において水圧破砕に付随した特定のイオンがわずかに増加していることを見出した (HillとMaによる展望記事を参照)。これらのわずかな増加は、新しい井戸が設置されてから90日から180日後に現れ、何らかの地表水の汚染を示唆している。その規模は小さく見えるが、井戸の近くの地表水のモニタリングにもっと注意を払う必要があるかもしれない。(Wt,ok,kj,nk,kh)

Science, aaz2185, this issue p. 896; see also abk3433, p. 853

埋もれたボイドを避ける (Avoiding buried voids)

ペロブスカイト太陽電池の内側の界面は、合成後の変更が難しい。Chenたちは、製造時に、ジメチルスルホキシド溶媒と一緒になっているペロブスカイト膜を正孔移動層から除去すると、膜の性能が低下させているかなりのボイド率となっていることを確認した。ジメチルスルホキシドの大部分を沸点のかなり高い鉛配位化合物であるカルボヒドラジドに置き換えると、ボイドの発生を防ぐことができた。この太陽電池は、60℃で550時間動作させても高い電力変換効率を維持した。(Wt,ok,kj,nk)

Science, abi6323, this issue p. 902

金属フィラメントが成長するのを見つめる (Watching a metal filament grow)

抵抗スイッチングは、電圧パルスに応答して試料の電気抵抗が数桁のオーダーで急激に変化するプロセスである。この現象は、多くのニューロモルフィック・コンピューティング法の中核を成すものであるが、時空間で可視化することは容易ではなかった。del Valleらは、時空間分解光反射率を測定することで3つの異なる酸化バナジウム化合物における抵抗スイッチングを観測した (HilgenkampとGaoによる展望記事参照)。特徴的な導電性フィラメントがその試料中の不均一部を起点に急速に核形成され、それが次にジュール熱によって伝播した。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • ニューロモルフィック・コンピューティング:脳の構造を模倣した計算システムを構築し,そのような脳の機能を再現する方法
Science, abd9088, this issue p. 907; see also abh2231, p. 854

小児マラリア (Childhood malaria)

地域でのマラリア原虫罹患率の推移が、重症マラリアの率と年齢分布をどのように変えるのかを理解することは、マラリア制圧活動を最適化するのに不可欠である。Patonたちは、東アフリカにおける13の病院から集められた、2006年から2020年の間の小児重症マラリアの入院発生率を評価した(TaylorとSlutskerによる展望記事参照)。地域でのマラリア原虫罹患率が25%上昇するごとに、入院はより低年齢の子供の方へ変化した。低い生涯感染率が幼児重症マラリアに対するある程度の免疫を与えている。そのため5才未満の子供たちが、依然としてマラリア制圧に対して、病気予防の中心であり続ける必要がある。(MY,kh)

Science, abj0089, this issue p. 926; see also abk3443, p. 855

DNA修復は転写ノイズを増幅する (DNA repair amplifies transcriptional noise)

「ノイズ」、言い換えると遺伝子発現率の確率的な変動の潜在的な役割は、まだ解明されていない。Desaiたちはスクリーニング法を用いて、5'-ヨード-2'-デオキシウリジン(IdU)を同定した。この化合物は、ほとんどの遺伝子の全体的な転写速度を変えずに培養中のマウス胚性幹細胞における遺伝子発現ノイズを増加させた。彼らは、チミジン類似化合物IdUが、塩基除去修復タンパク質であるAPエンドヌクレアーゼのDNAへの結合を促進し、それによってDNAの螺旋歪みを誘発し、突発的遺伝子発現を調節するモデルを提案している。そのようなノイズの調節は、胚性幹細胞の初期化の度合いを強めた。このように、遺伝子発現ノイズの変動は、発生や疾患のプロセスに影響を与える可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • チミジン:チミンと糖が結合して形成されたDNAの構成成分であるヌクレオチドの1つ。
  • エンドヌクレアーゼ:核酸配列内部のヌクレオチド間のリン酸ジエステル結合を切断する酵素。
  • 突発的遺伝子発現:多くの発現遺伝子は、常に一定の速度で転写されているわけではなく、速い速度で転写される状態とほとんど転写されない状態が確率的に切り替わっている。この転写活性の揺らぎを突発的遺伝子発現、もしくは転写バーストと言う。
  • 胚性幹細胞:初期胚から将来胎児になる細胞塊から細胞を取り出し、あらゆる細胞に分化できる能力である多能性をもったまま培養したもので、ES細胞とも呼ばれる。
  • 初期化(reprograming):すでに分化した細胞から、固定化された標識を消去して未分化の状態に戻し、多能性を持った幹細胞を作り出す過程。本論分では、ある種の転写ノイズの活性化が、胚性幹細胞から体細胞への分化と分化した体細胞のiPS細胞への初期化を高めることが示されている。
Science, abc6506, this issue p. eabc6506

高地アジアの水 (Waters of high Asia)

アジアのヒマラヤーカラコルム地域の河川がどのように気候変動に反応しているかということは、その河川が供給する水に依存している10億人以上の人々にとって非常に重要である。展望記事において、Azamたちは、そこでの水文学的収支において、氷河と雪の融解の重要性の理解に関する最近の進捗について議論している。これは主としてリモート・センシングやモデリングの進歩によって推進されている。観測データはわずかで、かつ収集に関して課題が残っている。(Uc,ok,nk)

Science, abf3668, this issue p. eabf3668

どのようにして翻訳は停止するか (How translation stops)

リボソームが転写体(mRNA)中の終止コドンに遭遇し、それが(進化上)高度に保存された翻訳終結因子の動員を誘発してタンパク質生成物を解放すると、タンパク質合成が完結する。Lawsonたちは従来の生化学的方法と単一分子蛍光分析を用いて、翻訳終結因子とリボソームの相互作用を追跡し、終結に関する分子の振る舞いを明らかにした。彼らは、翻訳終結因子を直接阻害し、終止コドンの読み飛ばしを助長する、2つの異なる種類の作用因子である、小さな分子とmRNA配列を特定した。これらの知見は、すべての遺伝性ヒト疾患の11%をもたらす、未成熟終止コドンによって引き起こされる疾患を治療するための継続的な努力を強化するかもしれない。(Sk,KU,kh)

【訳注】
  • 未成熟終止コドン:正常な終止コドンより5′末端側に出現した終止コドン.センス・コドンが終止コドンに変化したナンセンス変異や翻訳の読み枠がずれた場合に出現する終止コドンをいう。
Science, abi7801, this issue p. 876

高エントロピーの杉綾模様の合金 (High-entropy herringbone alloy)

共晶型高エントロピー合金は、材料の特性を最適化するのに役立つかもしれない二相構造を持っている。Shiたちは、アルミニウム-鉄-コバルト-ニッケルの共晶型高エントロピー合金の方向性凝固が、破壊に対して非常に耐性のある杉綾模様(ヘリンボーン)の微細構造を作り出すことを見出した(Anによる展望記事参照)。この構造は硬質相と軟質相のラメラ(交互層の繰り返し)を含んでおり、硬質相で形成された亀裂は軟質相の境界で阻止された。このことは、応力伝達と同時に、高い強度を維持しながら最大伸びを3倍にすることを可能にした。(Sk,ok)

Science, abf6986, this issue p. 912; see also abk1671, p. 857

SARS-CoV-2の主要なプロテアーゼを標的とする (Targeting the main protease of SARS-CoV-2)

宿主細胞内で、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のRNAゲノムは、切断されて個々のウイルス・タンパク質になる2つのポリタンパク質に翻訳される。Mproまたは3CLproとして知られる主要なウイルス・プロテアーゼは、これらの切断において重要な役割を果たしており、重要な創薬標的となっている。Draymanたちは、1900の臨床的に安全な薬剤の目録から3CLproを標的とする8つの薬を特定した。SARS-CoV-2を対象にするという課題のため、彼らは通常の風邪を引き起こすヒト・コロナウイルスの複製を抑制する薬剤を選別することから始めた。彼らは次に、SARS-CoV-2複製を抑制し、3CLproを抑制するための有力な候補薬剤を評価した。幅広い抗ウイルス剤であるマシチニブ(Masitinib)は、コロナウイルスとピコルナウイルスの主要なプロテアーゼを抑制し、マウスにおいてSARS-CoV-2複製の減少に有効であった。 (KU,kh)

【訳注】
  • ピコルナウイルス(picornaviruse):小さなRNA(pico-rna)を持つという意味でつけられたRNAウイルス。エンベロープを持つていない。
Science, abg5827, this issue p. 931

パンデミックへの家禽通行証 (Poultry passport to pandemic)

パンデミックの芽が大きくなるのにはどんな条件が必要とされるのか? 鳥インフルエンザ・ウイルスH7N9の人への感染は稀であるが、それが起これば死亡率は30%を越え、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の死亡率をはるかに上回る。Chenたちは全ゲノム配列解析を用いて、高水準のH7N9に曝されている家禽産業で働く人たちの中で稀な変異の寄与を調べた。H7N9に罹った患者では、ミクソウイルスへの抵抗性を発揮するMx1遺伝子座で多重の欠損性ー塩基多型が普通に見られた。イン・ビトロの感染実験とインフルエンザ・ポリメラーゼの活性試験は、ミクソウイルスへの抵抗性を示す17のMxAタンパク質多型のうちの14が抗ウイルス活性を持たないことを示した。このため、高ウイルス量に曝露されると、そのような遺伝的脆弱性を持つ人々は、悪性新インフルエンザの様々な亜型による感染への「るつぼ」として働くかもしれない。(MY,kj)

【訳注】
  • ミクソウイルス:インフルエンザやおたふくかぜの原因となるウイルスを含むRNAウイルス類。
  • 一塩基多型:ゲノム配列の1塩基変異で、遺伝子の発現に重大な影響があるものから全く影響しないものまでさまざまな変異がある。
Science, abg5953, this issue p. 918

激増を煽る (Fueling outbreaks)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のB.1.1.7系統は、世界中で急速に拡がる感染激増を引き起こしている。もともとこの変異株は前のものより伝播力が強いが、この伝播力は様々な状況下で増幅され、人の行動と局所免疫の組み合わせによって悲劇的な効果をもたらした。変異株の急速な広がりを助けたり妨げたりする外的要因は何だろう? KraemerたちはB.1.1.7の動態を、英国のケントにおけるその発生源から国中へのその不均質な広がりに至るまで、詳細に調べた。携帯電話と17,000を超えるゲノムを含めたウイルス・データの組み合わせは、分散の様々な段階がどのように人流の強さと封鎖の時期に関連していたかを示している。局所的な激増が増えるにつれ、ロンドン源地からの輸入はそれほど重要ではなくなった。B.1.1.7がわずかに異なる時期に出現していたら、その影響は異なっていたかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • B.1.1.7系統:イギリスから広がった変異株、通称アルファ株。
Science, abj0113, this issue p. 889