AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 13 2021, Vol.373

ジャガイモのペクチンが疫病菌に役に立たなくなる (Potato pectin falls to Phytophthora)

Phytophthora infestansは、1800年代のジャガイモ飢饉を引き起こした植物感染性卵菌病原体で、今日もジャガイモ畑を悩まし続けている。多糖類のペクチンは、ジャガイモの細胞壁の約3分の1を占めている。Sabbadinたちは、ペクチンを分解し、感染中のP. infestansで増加する、細胞溶解性多糖モノオキシゲナーゼ(LPMO)のファミリーを同定した。関係するLPMO遺伝子のサイレンシングにより、P. infestansの感染がうまく抑制された。これらの知見は、病気介入の標的および生物工学応用の扉を開く。(MY,kj)

【訳注】
  • 疫病菌:真核生物に属する原生生物のうちの特定の分類に属する微生物。多くのものは生きた植物に寄生し、植物病害(疫病と呼ばれる)を引き起こす。
  • ペクチン:植物の細胞壁を形成する3つの多糖類のうちの1つ(他はセルロースとヘミセルロース)。水和したゲル状の巨大分子を形成し、結晶性のセルロース微繊維とヘミセルロース架橋で作られる網状構造の隙間を充填する。
  • 溶解性多糖モノオキシゲナーゼ:セルロースのような細胞壁の難分解性多糖類を酸化的に分解する酵素。
Science, abj1342, this issue p. 774

SARS-CoV-2変異株に対する防御策 (Defenses against SARS-CoV-2 variants)

COVID-19パンデミックに対する重要な防御手段は,自然感染やワクチン接種によって誘発される重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)ウイルスに対する中和抗体である。最近出現しつつあるウイルスの変異株は、抗体による中和から免れる可能性があることから、懸念を引き起こしている。Wangらは、初期の集団感染の回復者から得られた4つの抗体が、懸念されている変異株を含む23の変異株に対して効力があることを確認し、SARS-CoV-2スパイク・タンパク質との結合の特徴を明らかにした。Yuanらは、スパイク・タンパクの受容体結合ドメインに生じた変異が、宿主の受容体であるACE2との、およびさまざまな抗体との結合に与える影響を調べた。これらの研究は、より広範な効果を持つワクチンや治療用抗体の開発に役立つ可能性がある。(ST,KU,nk,kh)

Science, abh1766, this issue p. eabh1766, abh1139, this issue p. 818

対称性を制限する (Constraining symmetry)

多くの超伝導体は一つの転移点しか持っておらず、特定温度以下になると電気抵抗がゼロになる。ごくまれに、より低い温度でもう一つの超伝導転移が発現することがある。Hayesらはその比熱を測定することで、二テルル化ウラン(UTe2)化合物においてこの2段階超伝導性が生じることを明らかにしている。補足的な光学計測は、時間反転対称性の破れを示し、この材料における秩序変数の可能な対称性を制限している。(NK,Sk,nk,kh)

Science, abb0272, this issue p. 797

マンモスの一生 (A mammoth's life)

化石はこれまで長い間、我々以前に現れた生命の瞬間の姿を示してきたが、これらの瞬間の姿は一般的に静的である。それらは、我々に生きていた種について少し教えてくれるが、彼らがどのように生きていたかについてはあまり教えてくれない。進化する技術は、私たちの視点を深めつつある。Woollerたちは、17,000年前のマンモスの牙から集められた同位体を調べ、誕生から死までのその活動を解明した。この結果は、約28年の寿命にわたる、赤ん坊および子供としての、さらに壮年の成体としての、そしてその後衰退していく老体としての、その歳月(おそらく群れとともにあった)を含んでいた。(Sk,nk,kh)

Science, abg1134, this issue p. 806

変動する生涯 (A lifetime of change)

出生前から老年までの年齢の被験者の大規模なコホート(同一属性集団)における、総エネルギーと基礎エネルギーの測定は、人間の生涯の間に生じる明確な変化を記録している。Pontzerたちは、新生児のエネルギー消費量(体重に合わせて調整)が成人のエネルギー消費量と同じようなものであったが、生後1年で大幅に増加したと報告している(RhoadsとAndersonによる展望記事参照)。その後、それは徐々に若年者が成人特性に達するまでに低下し、その成人状態は20歳から60歳まで維持された。高齢者はエネルギー消費量の減少を示した。このように、組織代謝は一定ではなく、重要な岐路で変遷するように見える。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abe5017, this issue p. 808; see also abl4537, p. 738

極低温分子を遮蔽する (Shielding ultracold molecules)

超低温の分子は、さまざまな刺激的な応用が期待されている。しかし、このような応用は、作成できる極低温分子の集合体の種類が限られていることと、極低温分子の寿命が短いことによって妨げられているのが現状である。Andereggたちは、マイクロ波で調製した場を用いて、光ピンセットに捕捉された一フッ化カルシウム分子の衝突特性を調整した。この方法により、非弾性トラップ損失衝突を6倍まで抑制することができた。この方式は、さまざまな長寿命極低温分子の集合体作成への道を開くものである。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abg9502, this issue p. 779

活動銀河における変動性の時間尺度 (Variability time scales in active galaxies)

活動銀河中心核には、降着円盤に取り囲まれた超巨大ブラックホール(supermassive black hole:SMBH)が存在する。降着円盤の物質が SMBH に向かって落ちて行くと、それは十分に高温となり可視光領域で発光する。Burkeたちは、67個の活動銀河の例に対して、このような可視光の輻射が時間とともにどのように変化するかを調べた (LiraとArevaloによる展望記事を参照)。彼らは、SMBHの質量に関連した発光間隔の変光の主要成分を発見した。この結果は、降着円盤内の物理過程を解明するとともに、光学的な変動性の観測結果に基づくSMBHの質量推定方法を提供するものである。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abg9933, this issue p. 789; see also abk3451, p. 734

アクセサリー・タンパク質とニコチン受容体 (Accessory proteins and nicotinic receptors)

アセチルコリンは最初に同定された神経伝達物質であり、ニコチン・アセチルコリン受容体(nAChR)は最初に単離された神経伝達物質受容体であった。最近の研究は、さまざまな組織でnAChRを調節する多数の分子と機構を明らかにした。レビュー記事において、Mattaたちは、これらの発見と、nACHRの細胞生物学および医学用薬理学に対するそれらの関係について考察している。多くのアクセサリー因子が、多様なnAChRの組み立てと機能を促進している。因子の一部は小分子であり、一部はタンパク質であり、一部は受容体の生合成を制御し、一部はチャネルの開閉を調節している。これらのタンパク質シャペロンと補助サブユニットは、アセチルコリンによって調節される薬理学的および生理学的過程を明らかにする。(KU,kj)

Science, abg6539, this issue p. eabg6539

微生物群集を細胞ごとにひそかに探る (Spying on microbial communities, cell by cell)

どの生物群集内でも、遺伝子発現は不均一であり、この現象は、遺伝的には同一であるが異なる表現型を持つ個体群として現れることがある。全貌をとらえるのには、状況の中で個体をよく見て、空間と時間の両方で様式を分析することが必要である。Darたちは現状の方法の隙間を埋めることを目標とし、parallel sequential fluorescence in situ hybridization(par-seqFISH)と名付けられたトランスクリプトーム撮像方法を開発した。彼らはこの技法を日和見病原体である緑膿菌に適用し、成長条件が微視的規模で変化し得るバイオフィルムに注目した。これらの群集の発達は、mRNA組成により明らかにするやり方で、空間的時間的に追跡された。結果は不均一な表現型景観を明らかにするもので、単一で連続したバイオフィルム断片内においても酸素利用の違いがミクロン規模の空間の代謝を形作っていた。この手段は、自然環境中およびヒトの微生物叢中の複雑な微生物群集に適用可能なはずである。(MY,nk,kj,kh,kh)

【訳注】
  • 日和見病原体:健康な人には感染症を起こさないが、病気などで免疫力が低下した人に感染症を起こす病原体のこと。
  • バイオフィルム:微生物が自身の産生する粘液により膜状に集合した状態。
Science, abi4882, this issue p. eabi4882

ガンの起始を突き止める (Identifying the origin of cancer)

多くのガンは、それが原発した臓器や組織に基づいて分類される。どんな仕方でも、腫瘍発生に先行する特有の細胞と疾患を突き止めることは、もたらされる病気の理解とよりよい治療に役立ちうる。Nowicki-Osuchたちは、単一細胞を解析する方法を用いて、Barrett食道(BE)の起始細胞と、食道腺ガン(EAC)の発生に至る機構を調べた(GeboesとHoorensによる展望記事参照)。健康なヒト食道組織、変異系譜の追跡、およびオルガノイド・モデルの解析により、BEが胃噴門に由来し、また、EACが未分化BE細胞から生じることが明らかとなった。この解析は、これらの病気に対するマウス・モデルと比較可能な、健康なヒト食道の転写景観地図を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • Barrett食道:逆流性食道炎が原因で炎症を起こして傷害された食道の扁平上皮が、胃と同じ円柱上皮で置き換えられたもの。これは食道の重層扁平上皮が変化したものと考えられていたが、胃から上皮細胞が移動したとする説もある。
  • 食道腺ガン:食道の胃の近くに発生しやすく、粘液や他の液体を産生し放出する細胞に生じたガン。Barrett食道から起こりやすいと言われている。
Science, abd1449, this issue p. 760; see also abj9797, p. 737

CASTシステムにおける標的部位選択 (Target site selection in CAST systems)

非常に興味をそそるゲノム技術の可能性が、CRISPR/Casシステムを組み込んだトランスポゾンと呼ばれる自然統合システムに存在する。これらのシステムの未解明な機能の一つは、これらがどのようにしてプログラムされた標的配列から正確な一定距離で、一定方向への挿入を指示するのか、である。Parkたちは、方向情報が、AAA+タンパク質TnsCで構成されたらせん状フィラメントの単一方向性の成長を用いて、トランスポザーゼTnsBに伝達されることを示している。ATP加水分解は、TniQで標識されCas12kタンパク質で定義される最小単位まで、そのフィラメントを切り詰めて空間情報を与える。この知見は、治療用途のためのこれらのシステムの将来の技術に役立つかもしれない。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン (transposon) :細胞内においてゲノム上の位置を転移 (transposition) することのできる塩基配列。動く遺伝子、転移因子とも呼ばれる。
Science, abi8976, this issue p. 768

強靭なリサイクル可能なポリアセタール (Tough recyclable polyacetals)

ジオキソランなどの環状アセタールは、リサイクル可能なプラスチックに対する魅力的な構成要素であるが、制御可能に重合するのが難しいことが知られている。Abelたちは、ブロモメチルエーテルとインジウムまたは亜鉛ルイス酸の最適な組み合わせにより、包装用に役立つかもしれない高引張強度を備えたポリジオキソランが生成されることを示している。このプラスチックを強酸中で加熱すると、アセタール・モノマーへと容易に分解し、結果として混合プラスチック廃棄物の流れから蒸留により高収率で回収することが出来る。(KU,kh)

【訳注】
  • ポリアセタール: オキシメチレン(-CH2O-, アセタール)構造を単位構造にもつ重合体
Science, abh0626, this issue p. 783

陸生植物起源の時期(The timing of land plant origins)

現在に至るまで、陸生植物の最初の化石の証拠は4.2憶年前のデボン紀由来のものであった。しかしながら、分子系統発生学的証拠はさらに早期のカンブリア紀であることを示していた。StrotherとFosterは、約4.8億年前のオーストラリアにおけるオルドビス紀の堆積層から得られた胞子化石の群集について説明している(Genselによる展望記事参照)。これらの胞子は、確証された陸生植物胞子と関係性が不確かなより初期の形状との間の中間的な形態である。この知見は陸生植物起源の時期に関する分子データと化石のデータとの間の不一致を解決する手助けとなる可能性がある。(Uc,KU,kh)

Science, abj2927, this issue p. 792; see also abl5297, p. 736

腸内微生物と全身性疾患の危険性 (Gut bugs and systemic disease risk)

人々が食べるものは、腸内に常在する微生物集団に即座に選択効果を及ぼす。高脂肪食は、コリンを異化する微生物の発生と、心疾患の原因となる血流中のトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)の蓄積に随伴する。Yooたちは、マウスにおいてコリンをTMAOに変換する微生物と経路に対する調査した。コリン代謝に対する遺伝子群は微生物叢に広く見られるが、高脂肪食の宿主に豊富に存在するようになるのは通性嫌気性菌だけである。高脂肪食は、宿主腸細胞中へのミトコンドリアによる酸素の取り込みを弱め、粘液中に硝酸塩を増加させ、それが次に健常な嫌気性腸機能を弱める。病原性大腸菌などの通性嫌気性菌が優勢になり、TMAO前駆体に異化されるコリン量が全体的に増加する。この経路が心疾患に関与しているかどうかは不明なままである。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • コリン:循環器系と脳の機能、および細胞膜の構成と補修に不可欠な水溶性の栄養素で、第4級アンモニウムカチオ。
  • 異化:生物が体外から摂取した物質を体内で化学的に分解して、より簡単な物質に変える反応。
  • 通性嫌気性菌:生育に酸素を必要としない嫌気性菌のうち、酸素存在下でも生育できる菌。
Science, aba3683, this issue p. 813

ボリデン:2次元ホウ化物 (Boridene: a 2D boride)

グラフェンや六方晶窒化ホウ素などの2次元(2D)材料群が合成され研究されてきた。それは、1つの次元が非常に小さくなる場合に生じる異常な性質のためである。マキシン(MXene)は、数原子の厚さの無機的な遷移金属の炭化物や窒化物の層から作られた材料群の1つで、選択的エッチングで作られる。同様のボリデン(boridene)材料を作る試みは、ホウ化物相が持つ反応性の性質のためと、母材料が選択的エッチングされるよりむしろ溶解しやすいために困難であった。Zhouたちは、フッ化水素水溶液中で選択的エッチングし規則正しい金属空孔を持った薄層を生成することにより、単層2Dホウ化モリブデン薄膜の形でボリデンを合成した。これは研究用のさらなる材料群を開拓するものである。(MY,kj,kh)

Science, abf6239, this issue p. 801

プラズモン渦空洞がOAM(軌道角運動量)を増やす (Plasmonic vortex cavities multiply OAM)

光の軌道角運動量(OAM)は、プラズモン渦の形で金属表面に閉じ込めることがあり、そこではナノメートル規模のねじれた光が金属内の自由電子と一緒に振動する。Spektorたちは、この表面に閉じ込められた角運動量を生成および制御するための新しい自由度として、構造境界からの反射を導入した。彼らは、カイラルな境界を持つ渦空洞を設計し、引き続く反射がカイラル空洞次数の倍数で渦OAMを増加させた。彼らは次に、フェムト秒以下の分解能を有する時間分解光電子顕微鏡を用いて、渦空洞内のプラズモン・パルス列の時空間動態を追跡した。これらの結果は、量子初期化の仕組みとしての応用性を有しているかもしれないし、動的に進化する形態を持った渦格子空洞を達成する可能性がある。(Sk,kh)

Sci.Adv. 10.1126/sciadv.abg5571 (2021).