AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 6 2021, Vol.373

トウモロコシの素晴らしいゲノム群 (An a-maize-ing set of genomes)

トウモロコシは世界中で栽培されている重要な作物である。トウモロコシが世界各地に広がるにつれて、地域環境に適する淘汰が多様性をもたらしたが、ゲノム間の違いに及ぼす淘汰の影響は定量化されていなかった。Huffordたちは、トウモロコシの入れ子型関連マッピング(nested association mapping)目録に用いられた26の系統に対して高品質ゲノム配列を作成することで、重要な形質を対応付けし、トウモロコシの多様性を実証している。著者たちは、目録の各系統でRNAと遺伝子メチル化を調べ、トウモロコシのコア遺伝子群を突きとめた。このコア遺伝子群のほかに、各系統間の比較解析により、トウモロコシの全遺伝子群であるパンゲノムで高水準の変異が確認された。この情報源の価値は、病原体への抵抗性に関係する形質などの、関心の高い量的形質を対応付けすることにより、さらに例証された。(MY,kh)

【訳注】
  • トウモロコシの入れ子型関連マッピング:Bucklerたちによりなされた、トウモロコシの量的形質(表現型)がどの遺伝子群のどんな配列(遺伝子型)と関係するかを解析した結果のこと。
  • 26の系統:上記解析に用いられたトウモロコシの系統で、世界各地から選別された。
  • コア遺伝子:全ての対象種に共通して存在する遺伝子。
  • 量的形質:収量など、数値によって評価できる形質。
Science, abg5289, this issue p. 655

安定化 •QOOH のスペクトル指紋(Spectral fingerprint of stabilized •QOOH)

通常は •QOOH で表示される、ヒドロペルオキシ基を含む炭素中心ラジカルはとらえにくいが、さまざまな大気過程と燃焼過程で炭化水素の酸化を動力学的にモデル化する上で最も重要な中間体種の1つである。それらを実験的に直接観測することは長年の課題であり、これまでうまくいったのは1例だけである。Hansenたちは、赤外光活性化分光法と紫外レーザー誘起蛍光検出を組み合わせて、イソブタン酸化反応における •QOOH 中間体の振動構造を直接特性化し、衝突で安定化して単離し、赤外光による活性化の下で、十分な時間とエネルギー分解でその解離進展を追跡した。高水準の電子構造計算により、この過程で果たす重原子トンネリングの重要な役割が明らかになった(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 重原子トンネリング:ヘリウムより大きな原子がごく近傍にある他の化学基に結合する際に、障壁ポテンシャルに沿ってアレニウス型で移動するのではなく、障壁をトンネリングで移動すること。障壁の幅がごく狭いことが必要で、アレニウス型と比べ反応速度が非常に大きい。
Science, abj0412, this issue p. 679

量子強化センシング (Quantum enhanced sensing)

量子力学的効果の利用は、古典的なセンシング技術よりも優位な点があると期待されている。Gilmoreたちは、2次元クーロン結晶に捕捉された約150個のイオンの重心の運動状態をイオンの集団的なスピン状態ともつれさせることで、変位と電場の量子強化測定感度を実証している。このように強化された感度は、例えば、暗黒物質と通常の物質との間に提案されている弱い相互作用を探査したり、重力波の検出を強化したりすることに応用できるかもしれない。(Wt,KU,nk,kj)

Science, abi5226, this issue p. 673

高温まで構造を固定する (Locking structure to high temperature)

原子拡散のため、ナノメートルの大きさの結晶粒を持つ金属合金は、高温でその構造を維持できない。Xuたちは、最小界面構造により、過飽和状態のアルミニウム-マグネシウム合金が融点以上の高温で構造を維持できることを見いだした。この系は、原子の拡散性が高いことが知られており、根底にある界面構造の重要性を強調している。これらの観察結果は、高温用途に対する構造用合金の設計に示唆を与えるものである。(Wt)

Science, abh0700, this issue p. 683

涼しさを保つための耐久性のある方法 (A durable way to keep cool)

布地を構成する繊維は、熱放射との相互作用を増加・変化させることができるが、結果として得られる材料は多くの場合耐久性がない。Zengたちは、四フッ化エチレン層と積層させた酸化チタン・ポリ乳酸複合材料で構成される多層変種布地を開発した。この組み合わせが、優れた機械的性質と拡張可能性を備えた、受動型放射冷却特性を持つ布地を生み出す。この布地は、衣服や自動車カバーにすることが可能であり、他の布地よりも人や自動車をはるかに涼しく保つ。(Sk,ok,kh,kj)

【訳注】
  • 受動型放射冷却:受動とはエネルギー源または動力源なしの意。この布で内部の熱を放射し、太陽光を反射して環境温度より3-4°C下げる。
Science, abi5484, this issue p. 692

HIVウィルス成熟における構造変化 (Structural changes in HIV maturation)

新生のHIV粒子は、感染した細胞の原形質膜で組立てられ、出芽して膜に包まれた未成熟なウイルス粒子になる。組立てと出芽は、Gagと呼ばれるポリタンパク質によって駆動されるが、これは原形質膜に動員されるマトリックス・ドメイン(MA)、自己組織化に関与するキャプシド・ドメイン(CA)、およびウイルスRNAゲノムを動員するヌクレオカプシド・ドメイン(NC)からなる。Gagの切断は、成熟したウイルス粒子を生成する構造的再編成をもたらす。Quたちは、電子断層撮影法によって成熟および未成熟のHIV粒子を画像化し、MAドメインに焦点をあてた(HikichiおよびFreedによる展望記事を参照)。彼らは、MAが2つの異なる六量体格子の相互間で再編成し、成熟したMAが膜脂質に結合することによってウイルスの付いた膜を調節することを見いだした。この知見は、MAが成熟したウイルス粒子において機能的な役割を果たしている可能性を示唆している。(KU,kh,kj)

Science, abe6821, this issue p. 700; see also abj9075, p. 621

コロイド量子ドットにおける進歩 (Advances in colloidal quantum dots)

コロイド半導体量子ドットに見出された閉じ込めは、調整可能な性質をもつ材料の設計を可能にする。Garcia de Arquerたちは、量子ドットの光学的、化学的、電子的な性質の微調整を可能にする、量子ドットの合成と機能化に関する方法における最近の進歩を概説している。これらの重要な開発は表示と照明用の用途の商品化につながってきたが、関連するレーザ発振と計測分野での進展も有望である。(KU,nk,ok,kh)

Science, aaz8541, this issue p. eaaz8541

アルファ株からイプシロン株へのSARS-CoV-2 (SARS-CoV-2 from alpha to epsilon)

COVID-19のパンデミックを封じ込めるための戦いが続く中、SARS-CoV-2ウイルスの新たな変異株に注目が集まっている。これらの変異株は、感染あるいはワクチン接種によって誘発される抗体に耐性があったり、あるいは伝播力または病気の重症度を高めるために懸念される変異株と見なされている。3つの論文は機能的および構造的研究を用いて、ウイルスのスパイク・タンパク質における変異が、どのようにして宿主細胞に感染し、宿主免疫を回避するその能力に影響するかを研究した。Gobeilたちは、B1.1.7(アルファ株)、B.1.351(べータ株)、およびP1(ガンマ株)のスパイク変異体に加えて、ミンクとヒトとの間の伝播に関与するスパイク・タンパク質の変異体を調べた。Caiたちはアルファ株とべータ株に焦点を当てた。McCallumたちは、 B1.1.427/B.1.429(イプシロン株)からのスパイク・タンパク質の特性について検討している。全体として、これらの論文は、安定性を高める突然変異、ヒト受容体ACE2への結合を強くする突然変異、および中和抗体に対する耐性を与える突然変異の間の均衡を示している。 (KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • 新型コロナウイルス変異株に関して;https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/10530-covid19-50.html
Science, abi6226, abi9745, abi7994, this issue p. abi6226, p. 642, p. 648

遺伝的問題に対するRNAソリューション (RNA solution for a genetic problem)

フェニルケトン尿症は、新生児の代謝選別検査の役立つ典型的な例である。これは、出生時に検出できる単一遺伝子疾患であり、その神経学的影響は食事療法によって防ぐことができる。残念ながら、これは必ずしも簡単ではない、というのは疾患の原因となるフェニルアラニン水酸化酵素の変異は患者によって異なり、表現型の重症度に影響を及ぼし、使用できる治療に対し結果として一部の患者の症状が完全には応答しないほどだからである。Liたちは、フェニルアラニン水酸化酵素と相互作用し、その機能を調節する、マウスに一つとヒトに一つの2つの長鎖ノンコーディングRNAを同定した(Ben-Tov PerryとUlitskyによる展望記事を参照)。それらの効果を模倣する修飾されたRNAの投与は、フェニルケトン尿症のマウスモデルにおける疾患の症状を改善した。(KU,nk,kh,kj)

Science, aba4991, this issue p. 662; see also abj7969, p. 623

閉じ込められた流れが効くのだ (Confined flow effects)

ほとんどの記憶抵抗(「メモリスタ」)系は、電荷担体として電子を用いているが、神経細胞が働く方法と同様に、イオン担体を用いることもできるかもしれない。Robinたちは、2つのグラファイト層間の疑似2次元間隙に閉じ込められた、水性電解質を研究した(HouとHouによる展望記事参照)。著者らは、ヒステリシスを示す電流と電圧の関係を調べたが、コンダクタンスは、メモリスタ効果としても知られるが、系の履歴に依存する。それらの系のシミュレーションを用いて、彼らは、ニューロ・モルフィック動作に特徴的な電圧スパイクの放出をモデル化することを可能にしている。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • メモリスタ:通過した電荷を記憶し、それに伴って抵抗が変化する受動素子
  • ニューロ・モルフィック:脳の神経回路における非線形な電気的振る舞いをまねて、効率のよい情報処理システムを構築しようとする考え方
Science, abf7923, this issue p. 687; see also abj0437, p. 628

リスのパルクール (Squirrel parkour)

私たちの頭上では、毎日のように 軽業のような催し物が行われている。リスは、非常に複雑で予測不可能な環境の中で、枝から枝へと飛び移るが、失敗は致命的な結果になり得る。このような芸当には、進化した生体力学的な適応と学習した行動の複雑な組み合わせが必要である。Huntらは、自由に生活しているキツネリスを使った一連の実験で、これらの特徴の統合を特徴づけた(AdolphとYoungの展望記事を参照)。彼らは、キツネリスの著しい一貫した素晴らしい成功は、距離と枝の柔軟性のバランスを判断して、過去の学習から決めた強さでの跳躍と、困難になって来る状況に直面した際の革新的な跳躍と着陸の追加の, 二つのの組み合わせによるものであることを見出した。(ST,nk,ok,kh,kj)

【訳注】
  • パルクール:走る・跳ぶ・登るといった移動に重点を置く動作を通じて、人が持つ本来の身体能力を引き出し追求する方法およびスポーツである。
Science, abe5753, this issue p. 697; see also abj6733, p. 620

薬剤治療が視野内に入ってきたか? (Therapeutics in sight?)

アルツハイマー病を治療するための薬品開発は、直近のアデュカヌマブ承認までは大部分が期待外れの状況であった。論議が無いわけではないが、とりわけ高い薬価と一貫性のある臨床成果が足りないという点で、アデュカヌマブの承認が複雑な慢性疾患に対する薬品開発における重要な問題を浮き出させている。展望記事において、Selkoeは直近の承認とすぐにでも承認を評価される予定のより進歩した臨床治験 が行われている薬品の進行状況からの推測によって明らかになってきた課題について議論している。このような治験は更に一貫した臨床反応を提供できるか否かについてはは分かっていないが、明らかなことは、アルツハイマー病の壊滅的な効果への取り組みを開始するための、少なくとも一部の患者にとっての、疾患修飾薬が遂にできた。(Uc,nk,kh,kj)

【訳注】
  • アデュカヌマブ:アルツハイマー病の治療に用いられる医薬品の一
  • 疾患修飾薬(disease modifying drug):疾患の再発率を抑制したり,進行を遅らせたりする作用をもった薬剤.
Science, abi6401, this issue p. 624

アルツハイマー病に対する血液検査 (Blood tests for Alzheimer's disease)

アルツハイマー病の進行は、脳内の特定の変化、特にアミロイド斑とタウ・タンパク質の線維凝集の形成を伴う。これらの変化が疾患の原因であるかどうかはまだ議論の余地があるが、通常は陽電子放出断層撮影法を通じて、または脳脊髄液中のアミロイドβまたはタウ・タンパク質濃度を測定することにより、脳内の変化を診断に用いることができる。ただし、このような試験は被験者の負担が非常に大きい。アルツハイマー病の治療法の進歩を考えると、治療の効果を評価し、その後の治療のための正確な診断を裏付けるために、臨床試験で使用できる簡単な血液検査が必要である。展望記事において、Blennowは、アルツハイマー病の血液検査の開発における進展と克服する必要のある障害について論じている。(Sh)

【訳注】
  • 陽電子放出断層撮影法:体内で代謝されるグルコースなどに放射性核種の標識を付加した検査薬を用い、細胞活動状態の分布を画像に表わす検査法。代謝が活発な細胞は、検査薬を多く取り込み、陽電子を多く放出、陽電子が消滅する際のガンマ線が多く検出される。検出されたガンマ線から、細胞の活動に応じた画像を得る。
Science, abi5208, this issue p. 626